「あーるーじー!!!」
「わわっ、駄目ですよ、主さん仕事中!ちょっ、こら和泉守さん!!」
バンッと大きな音が響く。
ここはわたしの執務室兼私室。1日のうち数時間だけ集中して仕事を行うため、そのときだけ近侍に全権を託し外の壁に『執務中』の掛札をかけた上で部屋にこもる。そうすることによって集中力が増し、短時間で処理を終えることができるからだ。何故短時間で終わらせたいかって、そんなのみんなとの時間を長く取りたいからに決まっている。
そういうわけでこの本丸十ヶ条にも『執務中の審神者の部屋への近侍以外の立ち入りを禁ず』としたのだけれど、見ていないのかしら〜?
ちなみに大きな音は、わたしが勢いよく開けた襖が立てた音だ。
「…今、忙しいのですが近侍も通さず制止も聞かずわたしの仕事を邪魔してまでいう必要のある用件がもちろんあるということでよろしいですね第一もうすでに早い方は寝ている時間ですしあなたが勝手に起きているのも夜更かしするのも構いませんが騒いで他に迷惑をかけるのもここまで起きていただいている鯰尾さまの手を煩わせるのも喜ばしいことではないことを当然理解した上での行動ですよね?」
それでも言いたいことがあるのなら言ってみろ、と微笑む。随分引きつっているだろうけど。
「へっ、あっ、の、…ごぉ"」
ひゅーんと廊下の向こうから飛んできた何かがまっすぐ和泉守さまの頭に命中する。おやあれは…
「いーずーみーのーかーみー!?」
「げっ、二代目!」
やはり歌仙さまか。あの巾着には見覚えがあった。お気に入りを投げさせて申し訳ないことをしたかしら?
ズンズンと、けれど決して走らずに近寄ってきた歌仙さまは、もう一度今度は自分の拳で和泉守さまの頭を殴った。結構いい音がした。
「悪いね主。暇で仕方なくて戦に出すよう直談判しに来たようなんだ。止めたんだけど聞かなくてね。まだ遠征で体を慣らすべきなのに…」
「だって加州は最初っから出陣したんだろ!俺だっていいじゃねーか」
「彼はまだ遠征がなかったから仕方がなかったんだ、和泉守とはちがうんだよ」
もう一度謝った歌仙さまは、和泉守さまの耳を引っ張って連れて行こうとした。暴れる和泉守さまも、歌仙さまの睨みにはかなわなかったようだ。
「…はあ。歌仙さま、明日の近侍ですが、和泉守さまと交代してもいいですか〜?」
「…まあ、君が決めているのだからそこは何も言わないが。いいのかい?」
「はい。暇つぶしついでにちょっとわたしも体を慣らしておきます。一度薬研さまと喧嘩もしてしまいましたし、いいでしょ〜。あ、鯰尾さまもありがとうございました。今日は諦めますのでもう休んでいいですよ」
「はーい」
とんとん拍子に自分を置いて進む話を聞いていた和泉守さまが、歌仙さまの手を振り払って詰め寄ってきた。
大きな犬みたい…なんて言ったら怒られそうね。
「いいのか!?」
「ええ。それで賭けをしましょう。内容はまた明日です」
「わかった!」
とても良いお返事。
それを横目に、歌仙さまと鯰尾さまはなんとも言えないように苦笑していた。
あらあらまったく、勘のよろしいことで。
*** *** ***
そうして翌日、日の出とともに和泉守さまはわたしの部屋にやってきた。予想して早く着替えておいてよかった。
「俺はなにをすればいいんだ?」
「おはようございます〜。まあ落ち着いてください」
言いながら部屋を出てキッチンへ向かう。今日の食事当番は青江さまと安定さまと清光さまだ。
「おはようございます。お三方にお願いがあるのですが…」
「なぁにーあるじ。珍しいね」
「はい。証人になっていただきたくて」
こてんと首をかしげる清光さまと安定さま、それからなんとなく察したような顔つきで微笑する青江さま。それらを前に、わたしは和泉守さまに向き直った。
「都合のいいことに今日は土曜ですから、この一日で、わたしにこれを当てられたら第三部隊に組み入れましょう。わたしにすら勝てないようなら死にに行くようなものです、わたしの采配に従ってもらいます。いいですか〜?」
「ちょっ、あるじ?!」
「おう分かった!」
渡した小さな巾着を受け取ると、和泉守さまは嬉しそうに中身を見た。わたしはそれにビー玉を十だけ詰めておいた。
「打撃などは禁止、わたしに触れるのも禁止、防御はカウントしない、他に迷惑をかけない、ビー玉は一つ一度までの使用でなくなったらその時点で終了、時間は三分後の六時半から今夜七時まで、よろしいですか〜?」
「わかった。首洗って待ってろよ!」
ふはははと高らかに笑いながらキッチンを出て行く和泉守さま。それを見送るわたしたち。
「では、そういうことで〜」
「お嬢平気なの?」
「ふふ。これでも紫黒より道具の扱いには長けているんですよ〜」
それをどういうように取ったか知らないが、三者三様に笑ってそれ以上はなにも言わなかった。
*** *** ***
わたしと和泉守さまの勝負はたちまち本丸の全員の知るところとなり、必要以上にみんなが近づいてくることはなかった。
一投目は開始五秒後、縁側を歩くわたしの目の前からまっすぐ投げられた。こうも隠れず隠そうともしないのだから避けるのは簡単だった。
二投目は背後からだったが、これも躱した。
三投目からは少し策を練ってきたようで、時に何かに隠れて、時に二つを一度にとしてきたが、それも角を曲がって外させた。
「主は背中に目でもあんのかよ!」
「まさか〜。ほら、着物でハンデもあげてるんですから頑張って下さ〜い」
ひらひらと挑発すれば、簡単に怒って一つ投げてくる。これで、あと四つ。
途中昼餉を取ったが、その間に投げられた一つは箸の後ろで打ち上げた。睨んだらそっぽを向いて冷や汗を流していたから、食事中はもうやってこないだろう。
「だいぶ頑張るね、あいつも」
出陣を終えての帰り道、隣を歩く清光さまが呟いた。昔馴染みだから言いたいこともあるのだろう。
「でもあれ当たったら結構痛いと思うよ?」
「まああれくらいで仕事の邪魔をしないでくれるのならそれくらいは」
「ぉう、当たる気無いね」
ふふ、と笑う。だってこんなにわたしに有利なゲームはありませんもん。
帰還後、待ち構えていたように和泉守さまは詰め寄ってきた。出陣あとは疲れているとでも思ったのか、また後ろからまっすぐ投げてくる。それを、懐から取り出した扇子の親骨で打ち返した。それが床に落ちて転がる。
「あと二つ。時間もそんなにありませんよ〜」
「チックショー!」
でたらめに一つ投げられた。それはわたしの方ではなくて、広間でお茶を飲んでいた数人の方へ。
「前田さま!」
咄嗟に名前を呼んで間に入る。その直後、ガツッと木がえぐられるような音がした。
当然痛みも無い。どういうことかと振り向くと、乱さまが鞘ごと自身を構え立っていた。
「あんのねぇ…黙って見てればばっかじゃないの!?本来審神者に食って掛かれば謀反となり処分されてもおかしくないのに、このかちゃんは優しいからそんなことしないだけなんだよ!あとねぇ、最初は遠征ばっかりなのは和泉守さんだけじゃないし、それはボクらが戦闘するための体慣らしでもあるから必要なことなの!それを自分のわがままで出陣させろとか、ちょっとはこのかちゃんの思いを考えた!?ボクたちに折れてほしくないんだよ、少しは考えてから行動しなよね!」
ツカツカと詰め寄りながらの言葉の猛攻に、後ずさりながら頷くしかできない和泉守さま。最後には首が折れるんじゃないかってくらいの勢いで頷き続けていた。
「それからこのかちゃん!」
「はいっ」
クルッと振り返った乱さまに、今度はわたしが睨まれる。初めてこんなに怒っているところを見たかもしれない。
「前田を守ってくれてありがとう。でもね、こうなった原因は、一割くらいはこのかちゃんにもあるんだよ。それと、こんな危険なゲームはしないで。たかがビー玉でもボクたちが投げたら威力がおかしなことになる。当たりどころが悪かったら本当に大変なことになっちゃうかもしれない。もっと自分を大事にして」
「…はい、すいませんでした」
神妙に頭をさげる。これは全面的に乱さまが正しい。決して負ける気も当たる気もなかったけど、万が一もあるのだ、考えておかなければならないことだった。
「よし。じゃあこの勝敗はボクが持つからね。和泉守さんは文句があるなら本丸の全員が相手になるから覚悟しておいて。このかちゃんはお仕事。誰にも邪魔させないから終わらしておいで。はい解散!」
全員が相手に、と言われて竦んだのか、和泉守さまはそれからだいぶ大人しくなった。けれど出陣させるようになると、大人しかったのが嘘のように連日戦場に意気揚々と向かうようになった。
うちの乱ちゃんっょぃ。なぜか身長とイケメン度が比例しない我が本丸。まあ楽しければいいですよね!
次回の更新は1/4を予定しております。
みなさま良いお年を。新年がみなさまにとってよい一年となりますように。