みんないっしょに。   作:matsuri

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今回はわちゃわちゃしたお話。notシリアス。基本的に恋愛要素を排除して書いてはおりますが、この2人はまあないですね、はい。


正国さまと猪

起きて起きてと珍しく慌てた声に起こされた。起床時間にはまだ少し早いけれど、誤差の範疇。しかし、いつも自分で起きるわたしを起こしにくるなんてよっぽどのことがあったに違いない。

 

なんて寝巻きのまま慌てて秋田さまについてきてみれば。

 

 

「な、なんです、これ…」

 

「おっきな音がして、来てみたらこんなことにっ。主君、どうしましょう…」

 

 

本丸の中、しかも厨の中だというのにボロボロな姿の正国さま。確か、彼は鳴狐さまと夜番だったはず。ただ、ボロボロと言っても怪我をしているわけではない。服が泥で汚れて、ついでに周りのものも落ちたり散らばったりしているのだ。そんな正国さまは今、泥のように眠っている。

 

ええと、別に敵襲があったわけではないようだけど…。

 

 

「秋田さま、すいませんが雑巾を持って来ていただけますか」

 

「はいっ」

 

 

頼んだ通りに走り出してくれる。

 

その間、わたしはこの惨状をどうにかしなければ。

 

 

「正国さま、正国さま、起きてください。説明してくださ〜い」

 

「…んあ?」

 

 

間抜けな音。けれどどうにか目は覚めたようで、寝ぼけながらもどいてくれた。いや、どくのではなく説明して欲しいんですって。

 

血が飛んでいた。拭き取られたあとはあるけれど、きっと暗闇で気づかなかったんだろう。でもこれは正国さまの血の匂いではないし、ほかの男士のそれとも違う。まあ、厨に血が飛んでいる時点でおかしいのだけど。

 

とりあえず、と灯りをつけた。暗闇では出来る作業もしようがない。

 

これはこれは。あまりにも酷い現場に、思わずため息が出た。

 

まずは血痕。布で擦られた跡が庭へ出る縁側に続いている。それを拭いたのであろうタオルも戸の脇に落ちていた。次に悪臭。血が乾ききっていない、腐った臭い。戦の本陣までは出向くにしても、ここまで凄惨な模様は見ていないから、さすがに頭が痛くなる。それからシンクに溜まった血。洗い流そうとしたのだろうか。もういっそ洗剤を目一杯流し込んでやりたいくらいだ。

 

残念ながら今使えそうな薬品がないので、代わりに調理酒をばら撒いた。雑巾でこすればまあ何とかなるだろう。まあまだ乾いていないのはどうとでもなるだろうし、最悪、目立たなくなればいい。いっそ木造なのだから薄く削ってもいいかもしれない。そこらへんは、みんなが起きてから考えよう。

 

 

「主君、お持ちしました」

 

 

まだ眠っているものへの配慮か、小声で差し出してきた。礼とともに受けとる。こんな掃除、手伝わせるわけにはいかない。何事も自己責任とこの間決めたばかりなのだ。

 

 

「ありがとうございます。もう部屋に戻っていいですよ。あとは正国さまに話を聞いてからにしますので〜」

 

「はい。では、朝の支度を済ませてきますね」

 

 

さすが刀剣といったところか。この血塗れの部屋を見ても、ちらりとも狼狽えるそぶりを見せない。最初に呼びに来たのだって、血に驚いたわけではなく、異常事態を知らせに来ただけなのだから。

 

足早に部屋を出て行く秋田さまを見送って、さてどうしたものかと腕を組んだ。このまま正国さまが起きるまで待つわけにはいかない。血は固まってしまうと、しかも木の床、落とせなくなってしまう。すやすやと気持ちよさそうに眠っているところ申し訳ないけど、起こさせてもらおう。

 

 

「正国さま!起きてください!!」

 

 

厨から声が響かないよう、声を押さえた上で耳元で叫ぶ。まだ夢を見ているかもしれないほかのみんなを起こすわけにはいかないから。

 

殴ってもいいのだけど、さすがに固そうで気がひける。わたしのほうが手を痛めそうだ。

 

 

「…起きなければ明日から戦に出しませんよ」

 

「あ"あ"?!」

 

「おはようございます、正国さま。目が覚めたのなら説明していただけますか〜、この現状」

 

 

怒鳴っても起きないのに呟くだけで目をさますとは。どれだけ戦狂いしているのか。

 

わたしはまっすぐ厨の中を指し、微笑って尋ねた。

 

 

「これは、いったいどういうことか説明してください」

 

「あー…拭き取りきれてなかったのかよ。えーと、あれだ。見張りしてたんだけどよ、敵はこなかったんだけど、塀の外に何かぶつかる音がしてさ、門からでちゃいけねぇと思って塀の上から見下ろしてみたらよ、」

 

 

なにやらゴニョゴニョといい篭る。言いづらい理由があるとすれば無断外出だろうけど、それをしていないという。さて、どういうことか。

 

 

「その、猪が…」

 

「は?」

 

「だからよ、ぶつかってたのは猪だったんだよ。んで、牡丹鍋もいいかなと庭におびき寄せて、ぶった切って、血抜きして…あ、見るか?」

 

 

そういって立ち上がり、向かった先は冷蔵庫。よく見れば冷蔵庫にも血を拭き取った痕がある。まさかとは思うけど。

 

 

「食いもん持たせるにはここに入れとけばいいんだろ?」

 

 

そうして開いた冷蔵庫。大所帯になるからと政府に注文付けた特大のそれが仇になった。ぽっかり空いていたスペース、収まったのが、まさか猪の頭だなんて。

 

結論から言えば、わたしは腰を抜かした。そりゃもう綺麗にお尻から崩れ落ちた。叫ばなかったことを褒めてもらいたい。なんせ、人間しかいない、すでに食べ物は加工されていた世界を生きていたのだから、動物の死体なんて見ることもなかったのだ。

 

 

「おい、大丈夫か?」

 

「と、とりあえずそれを閉めてもらえますか。冷気がもったいないので。えっと、それから、ええっと、」

 

 

ああもうなにを言ったらいい。怒ればいいのか泣けばいいのか。驚きのあまり頭が真っ白だ。いっそもうこれ以上の驚きはないかもしれない。

 

とりあえず落ち着こう。ゆっくりと肺に残っている空気を吐き出す。そうして空っぽになったら新しい空気を取り込む。少しだけ、体が軽くなった。立てないけど。

 

 

「正国さま、ちょっと、わたしを部屋まで運んでくれませんか〜?言いたいことはいろいろありますが、とりあえず着替えたいのです〜」

 

「ん?おう、立てないのか?」

 

「誰のせいだと…って、正国さま!?まさか俵担ぎされるとは思っていませんでしたよ!」

 

 

早朝だというのを忘れて騒ぎ立て、皆を起こしてしまったのは言うまでもない。

 

 

ついでに正国さまには今後一切動物への手出しを禁じ、汚したところの掃除を命じ、それ以上のお咎めはなしとした。

 

しかし、今回の件では必要なものが多々見つかったので、明日にでも誰かを連れて買いに行こうと思う。

 

ちなみに、牡丹鍋は平野さまと秋田さまの頑張りによってとっても美味しくいただけました。




ここまで閲覧ありがとうございました。はたしてお話の中の季節はどうなっているのでしょう。一応夏のつもりだったんですが、まあ真夏のお鍋もきっと美味しいですよね。(追記8/21:題名を差し替えました)

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