そこは、まぎれもない地上に舞い降りた地獄だった。
人権なんて存在しない
周りを見渡せば路上に堕ちているゴミのように死体が転がり、今この瞬間にも、銃弾に貫かれ、爆弾に吹き飛ばされ、火に焼かれ、死体は増えていく。
果てのない憎しみの連鎖は、どちらかが滅びても途切れることはない。
敗者には滅びを、勝者には次なる地獄を、人間の業が生み出した地獄は、人間という種が滅びるまで終わることはない。
しかし、その地獄は、突如降り注いだ剣の雨によって中断を余儀なくされた。
その剣の雨は、的確に急所を外してはいるものの、戦闘を継続できない傷を負わせ、一瞬のうちに銃撃は止み、戦場に静寂が訪れる。
その静寂の隙を突くように轟く轟音、戦場の目を釘付けにしたその場所は、隕石が落ちてきたかのようなクレータが大地に刻まれ、その中心には、紅い外套を纏った白髪の青年が立っていた。
容赦なく浴びせる日の光に、浅黒く焼けた肌に、赤銅色の瞳。
その手には、現代の戦場には時代遅れの武器である剣、黒白の双剣が握られている。
しかし、その剣はそこにあるだけで存在感を放ち、例え何百発の銃弾を受けても砕けない名剣を想わせた。
「双方、今すぐ武装を解除し、戦闘行為を中断せよ」
静寂の戦場に響き渡る大人びた声、非現実的な光景の後、人間の声という現実的な現象に、我を取り戻すと、銃を持ち直し、白髪の少年へと向けた。
憎しみは終わらない、ならば、生きるために殺す。
戦場の殺意が青年へと向けられるが、青年は微塵の揺らぎも見せず、瞳を閉じた。
「そうか……ならば仕方がない……
ならば『エミヤ』の名に於いて、この戦場を仲裁しよう」
瞳が開かれると同時に、四方から銃弾がばら撒かれ、爆弾が投げ込まれる。
死角など無い、生存への道筋など皆無である暴力の嵐は容赦なく青年を襲った。
爆音と共に、立ち上る黒煙、不可思議な現象は死と共に収まり、再び戦火が戦場を覆おうかという瞬間、断末魔にすら聞こえる絶叫が上がった。
そこには、十人を超える兵士たちが地に倒れ、たった一人、双剣に血をしたたらせる白髪の青年が立っていた。
「ば、化物がぁぁあああああああああ!」
戦場の兵士たちは敵味方の区分を忘れ、戦場に舞い降りた化物を討たんと、半乱狂になりながら武器を取る――――――――――――――――が、その全ては、突如現れる剣によってすべて弾かれた。
銃撃が止んだ隙を縫うように、再び青年は切りかかり、死者を一人も出すことなく戦火を鎮火させていく。
その光景を見た兵士たちは、完全に士気を奪われ、我先にと逃げだして行く。
傷を負い、命かながら逃げ出す兵士たちには目もくれず、鷹のように鋭い目は、両陣営の武器庫を睨んでいた。
いつの間にか手に持っていた双剣は消え、手に持つのは黒塗りの弓であり、継が得るのは捻じり曲がった歪な剣。
「征け、
赤き猟犬の名を持つ剣は、音速を軽々と越え、直線にしか動かないはずの道理を曲げた魔弾となりて武器庫に喰らいつく。
「
赤き猟犬は主が命じるまま、標的を滅ぼし、武器庫を失った両陣営は、敗走を余儀なくされる。
一方的な蹂躙と破壊によるものではあれど、戦場という地獄は引き払われた。
しかし、その瞳に戦場を止めた喜びもなければ、戦火が及ぼす悲劇を憂うこともなく、ただただ無機質な瞳で次の地獄を目指す。
手にするは鋼の剣、心に抱くは剣の丘。
青年が憧憬を抱き、目指した場所は遥か遠く、一人の男が辿り着いたその丘を目指す。
その道が血に濡れ、屍の山を越えることになろうとも。
「やっぱり、あんただったのね」
憧れた背中を思い出している中、凛とした声が、青年の足を止める。
振り返れば、予想通りの人物がそこに立っていた。
宝石のように煌びやかであり、その輝きは何ものにも穢せない気高さを持つ、青年が少年であった時に出会った、命の恩人とも呼べる人物。
「凛さん、やはり、貴女が来たんですね」
「ええ、ホントに師弟揃って馬鹿やって……
今のあんたを見たら、あいつがどう思うか、あんたなら分かるはずよね?」
「はい、だけど、あの人が祈りに殉じたように、俺はその祈りを継ぎ、その背中を追うと決めたんです」
「――――――――――そう、なら、もう何も言わないわ。
神秘の秘匿は絶対よ、あんたが止まらないっていうんなら、私が殺してでも止めるわ」
向けられる殺気に、剣を持って答える。
「ならば、俺はあなたを倒し、先へ進む。
それが、衛宮士郎の後を継ぐと決めた、衛宮悠理の答えだ」