―――――――――――――夢を見ている
灼けた大地に、墓標のように突き刺さる無限の剣。
小高い丘には、赤い外套を纏った男が一人、佇んでいる。
孤独と悲しみ、以前感じた想いは、その男を見ると、泣きたくなるくらいに強くなる。
だが、ネプギアが如何に強く想っても、ここは過去の景色。
衛宮悠理という■■■、その存在によって創りだされた剣を持ち、強く知りたいと思ったからのこと。
信仰から生み出された女神、似て非なる存在ではあるが、僅かに重なった部分が、誤作動を起こし、ネプギアにこの景色を見せている。
―――――――――――――教えて、ここはどういう場所なの?
ネプギアの問いは虚空へ響く。
この景色も、佇む男も過去の景色が故に、何も答えることはない。
だが、答えを求めるネプギアに、この夢を見せている存在は答えた。
それは、ここではない世界の血濡れた歴史。
敗者には滅びを、勝者には更なる地獄を、人間が生み出した業は全てを焼き尽くすまで終わらない。
犯罪組織に占拠されていたゲイムギョウ界ですら、ここまで酷い区域はないだろう。
無意味に散っていく命、ただ、生きるために殺す。 その生存行為に何の罪があるだろうか?
しかし、生きていることが罪だと言わんばかりに、死という罰が無情に押し付けられる。
嘆きと怨嗟の声がこだまする地獄に救いはないと、銃弾が人体を貫き、爆薬が生きたまま焼き払う。
その地獄を見せられる続けるネプギアは、目を背けようとした時、その地獄を振り払うかのように、剣の雨が降り注いだ。
その中心には、剣の丘に佇んでいた男。
悠理と似て非なる人物が、的確に争っている人間達を無力化し、戦争を鎮圧させた。
―――――――――――あの人が……! 教えて、あの人は一体誰なの!
剣の丘へと繋がるヒントを前に、興奮を抑えられないネプギア。
だが、その興奮は叩きつけられた殺気によって、掻き消された。
夢の中だというのに血の気が引き、凍えるような殺気がネプギアを襲う。
それは、■■へと続く正式な道に、いるはずのない門番。
かつて感じたことの無い、明確な死の気配に、剣の丘に繋がる手掛かりのことなど忘れ、その場所から逃げ出す。
しかし、死に物狂いで逃げるネプギアを、ただ見送る赤い影。
愛と憎しみ、その相容れない感情が、境界を超え混じりあうほどに狂気的な殺意を持つ赤い影は、悠理以外眼中にない。
ただただ、赤い影は待ち続ける。
きたるべきその時を。
「―――――――――――――っはぁ、はぁ……! ゆ、夢……?」
赤い影から逃げ果せるように、ネプギアは飛び起きる。
ドクドクと脈打つ鼓動と、肌に張り付く冷や汗が、赤い影から受けた殺意の強烈さを示している。
再び訪れた剣の丘、悠理に似た男の過去、殺意を向ける赤い影、多くの事を一度に体験し、混乱している頭を深呼吸を繰り返し、平静を取り戻す。
「あっ、ギアちゃん、起きたですか!」
「―――――――コンパさん……?」
「もう、ギアちゃん、あんまり無茶ばっかりしちゃダメですよ!」
コンパの言葉を聞いて、どうして、今まで眠っていたのか思い出した。
ユニと二人で悠理へと挑み、二度目の敗北を喫したことを。
遠い遠い背中、でも、諦めるという気持ちは微塵もない。
二度でダメなら三度、それでもダメなら勝つまで挑むだけなのだから。
「ギアちゃん、聞いてるですか!」
「わっ! ご、ごめんなさい!」
いつも、ボロボロになって帰ってくるネプギアを治療しているコンパにしてみれば、いくら女神とはいえ、少しは自重して欲しいところだというのに、当の本人は注意も右から左に通りに抜けるばかり。
温厚なコンパも、流石に怒り心頭といった様子で、延々と説教を垂れる。
「あ、あの、コンパさん、ユーリさんは何処に……?」
説教の最中だというのに、御執心である悠理の事を気にするネプギアに、言っても無駄だと観念したのか、ため息をついた。
「ユーリさんだったら……」
コンパから聞いた、信じ難い話をその目で確かめるために、ラステイションの教会にある、修練場をへと駆けたネプギアは、その目で見ても、現実感というものを感じられなかった。
「もっと、コンパクトに纏めろ! 敵から離脱する為に、そんな大ぶりの攻撃は必要ない!」
悠理が放った上段蹴りを、左腕に体重を乗せ、添えた右の掌で受ける。
どしりと、重い音を小さな体で受け止めると、直ぐに受け止めた脚の下に潜り込み、軸足へと足払いを掛ける。
悠理はそれを跳んで躱すと、その勢いを殺さぬまま上空で回転し、踵を落す。
地面に膝をつき腕を十字に組んで、蹴り下しを受け止めると、立ち上がる勢いを利用して、悠理を押し返し、距離を取った。
「格上の相手に相対した時、攻める姿勢は必要ない。
まずは、生き残る事、それだけを考えろ」
「―――――――はぁ、はぁ……で、でも、それじゃ勝てないじゃない」
「格上の相手に必勝は望めない、だからこそ、生き延び勝つ為の方法を探れ。
君は、あの時、確固たる戦略を持って俺に攻撃を当てたはずだ。
いいか、考えることを諦めるな、やけになれば必ず負ける。
逃げることは恥ではない、たった一度の勝利だとしても、最後に立っていれば、そのものが勝者だ」
「――――――うん、わかった。 それじゃ、もう一回お願い」
「あぁ、テンポを上げるぞ、付いてこい」
再び、悠理がユニを攻め、ユニはその攻撃を捌き、隙を見て距離を取る。
狙撃手であるユニが、一人で戦う時、どうしても必要になる、接敵した状態から離脱する訓練。
これまでは、近づかれるまでに撃ち倒していたが、悠理という格上の相手と戦うことを想定し、苦手としていた体術の訓練を始めたのだ。
そして、その相手は、多くの武芸を修めている悠理以上に適した人物はいない。
やはり、悠理は天才であるが故に、出来ないという感覚が理解できず、構えや型を教えることはできない。
だが、戦いの心構えや定石、それらは経験で語ることが出来るのだ。
「あら、目を覚ましたのね」
高速で組み交す、打撃の乱打を的確に捌いていくユニを眺めていると、同じく胴着を着て汗を拭いているアイエフから、声を掛けられる。
「あ、アイエフさん、あれは……?」
「ん……? あぁ、あれね。 どういうわけか、あの子もユーリにすっかり懐いちゃったみたいでね。
ネプギアが動けるようになるまで、ラステイションに留まるって言ったら、稽古をつけてくれって頼まれたらしいわよ」
そのついでに、アイエフも混ぜてもらっていたという状況だが、聞きたいことはそこではない。
あれほど仲が悪かった悠理とユニが、どうして、あそこまで親密になっているのかだ。
恩人である悠理と、友人であるユニが仲よくなることは、ネプギアも喜ばしいこのはずなのに、心にはもやもやと霧がかかったようにすっきりしない。
――――――――――――私は、こんなに必死に、追いつこうとしているのに……
不自然なネプギアの様子に、アイエフは、何事かと首をかしげたが、直ぐにピンと来ていた。
「ユーリ、ネプギアが目を覚ましたわよ!」
「そうか……」
あまりに薄い反応に、アイエフは、額に手を当てた。
ちらりと隣を盗みると、そこには、不気味なオーラを纏って俯いているネプギア。
悠理に悪気は一切ない、真剣なユニに対して、真剣に手合わせをしてるだけであり、少なくとも、この訓練が終われば会いに行くつもりですらいた。
悠理の誤算は、この場にネプギアがいるということに気付かなかったことであり、ネプギアの強い覚悟の源泉が、悠理に向かっていることに気付いていないこと。
――――――――――――そう、そうですよね……ユーリさんにとって私はその程度の存在だということなんですよね……!
剣の丘に向かう悠理、それを連れ戻す事で、悠理を救うなどと思い上がっているわけではない。
むしろ、悠理の理想を阻もうとしている敵として君臨するのだ。
だが、一方的なものとは言え、強い感情を向けている相手から、そっけない態度を取られればどう思うか。
少し前のネプギアならば、落ち込んだだろう。好意の反対である無関心を突き付けられたのだから。
だが、今のネプギアは、悠理ですら認める程、強い覚悟を持った少女なのだ。
――――――――――――だったら……
「――――――ふぅ、あれ……ネプギア……?」
修練場に入ってくるネプギアの、あまりに自然な笑顔に、これまで感じたことの無い寒気を感じた。
伝わってくる怒気の強さに、思わず足を一歩引いてしまうユニに、傍から見れば再開を喜んでいるような笑顔で、肩に手を置いた。
「ユニちゃん、次は私でいいかな?」
こくこくと、無言で首を振るユニに、ありがとうと、最早眼中に入っていないユニに形式上の言葉を口にすると、笑みは鳴りを潜め、静かに闘志を燃やす。
「病み上がりで、大丈夫なのか?」
「はい。 お手合わせお願いします」
あくまでも手合わせのつもりでいる悠理と、滾る怒りに身を委ねているネプギア。
両者の温度差に、アイエフは目を覆い、コンパは、今度怪我をしようものなら包帯で拘束してやろうと、こっちはこっちで無茶ばかりするネプギアに怒りを燃やしている。
「―――――――行きます」
その踏み込みは、体捌きが上手くなったなどという、そんなレベルではなかった。
人間の状態で、女神に迫る速度。
一足で間合いを詰めるネプギアの動きは、コンパには、消えたようにしか見えず、訓練を積んでいる筈のアイエフでさえ、目で追うのがやっとという速さ。
その直後に、ズドンと、鈍器で殴りつけたような上段蹴りが、重い音と共に大気を震わせる。
それを受けた悠理の手は痺れ、急成長を遂げたネプギアの動きに目を剥いてい驚いている。
――――私は、もう、貴方の足を引っ張るだけの存在じゃないってことを教えてあげます!
先日の決闘の最後、極限の状態で引き出した力。
女神として覚醒した、その力は、人間である悠理を遥かに圧倒していた――――――――――――が、怒りの余り、どんな格好をしているのかをすっかりと忘れていた。
「―――――――え、あ、あぁ……いやぁぁああああああああああああああッ!」
スカートのまま繰り出した上段蹴りは、物理法則に従い、その内部を曝け出す。
目の前にいる悠理には見えてしまうどころか、大きく脚を開いて見せつけているような状況だ。
怒りなど吹き飛び、羞恥心が耳まで顔を真っ赤に染め、直ぐに一歩引きスカートを抑えたが、突如、体の力が入らなくなり、そのまま転倒した。
それは、体力が戻っていない内に、これまでとは一つ段階の違う力を使った反動。
しかし、今はそんなことはどうでもいい。 倒れた勢いで捲れてしまったスカートを戻そうと、四苦八苦している中、見かねたユーリがネプギアを抱えた。
「み、見ないでください!」
「非常事態だ、気にするな、俺は気にしない」
「私が気にするんです! せめて、スカートは戻してください!」
所謂、お姫様抱っこの状態で、じたばたと暴れるネプギアを、呆れた目で見るアイエフと、今度こそ縛り付けてでも休ませると、目を光らせているコンパ。
そして、そういうことかと、ネプギアの怒りの理由をなんとなく察したユニは、出来るだけ悠理と二人きりなるのは止めておこうと、こっそりと胸に誓ったのだった。
―――――――――見られた見られた見られた見られた見られた見られた!
蒸気を吹き出しそうなほど顔を真っ赤にして、ベッドで身悶えるネプギア。
衣装で言えば、女神の衣装も体のラインが出てしまい、何気に露出も多い。
今回の件で、悠理が男性であることを急激に意識してしまい、今まで、気にならなかったことが、急に恥ずかしくなっていた。
「あぁ~、ネプギア、大丈夫……?」
「ユニちゃん……私の下着変じゃなかったよね!?」
「あっ、気にするとこ、そこなのね……」
青と白のストライプ、子供っぽいと言えばそうなのだが、ネプギア自体まだまだ幼い少女故に、似合っていると言えば似合っている。
だが、やはり、悠理と比べると幼すぎるし、悠理は本当に預かった娘程度にしか思っていないだろう。
「ねぇ、ネプギア、やっぱり、あいつのこと好きなの?」
ユニ自身、悠理に対して特別な感情を持っていないといえば嘘になる。
少なくとも、求愛されれば、断ろうとは思わないし、教祖である神宮寺も二つ返事で喜んでくれるだろう。
しかし、ネプギアのように本気になれるかと言えば、それも嘘になってしまう。
悠理が何処か歪んでいるのは薄々気づいているし、悠理と付き合うということは、あの強さは生んだ歪みと戦うことになるということ。
ようやく、立ち上がり、前を向こうとしているユニには、荷が重すぎる。
「―――――――ううん、違うよ」
帰ってきた返事は、予想と反して否定の言葉。
しかし、それが嘘であることは、同じ境遇であるユニならば分ってしまう
面と向かっては、恥ずかしくて言うことはできないものの、ユニにとってネプギアは、手を差し伸べてくれた大切な友人だ。
その友人が本気だというのなら、手を貸してあげたいと思っているのだが、否定されればそれ以上踏み込むことが出来ない。
――――――――ネプギア……本当に、それでいいの……?
確かに、女神と人間の恋なんて、決して良いことばかりではない。
その中でも一番の問題が、女神と人間の寿命の差だ。
人間の寿命は百年程度、女神はその何十倍も生きるのだ。
必ず訪れる別れの時、想いが強ければ強い程、別れが辛くなるのは感情を持っていれば当然。
ならば、最初から、願わなければいいと、そう思っても仕方のないことだ。
―――――――――良いわけない……! そうよ、寿命なんて四国の技術を集めれば、超えられるかもしれないじゃない!
悠理に立ち向かった時の事を思い出した。
悠理に勝つことなんて不可能、それはユニ自身分かっていたことだ。
それでも、諦めなかったから、一矢報いることが出来た、その先の道を示すことが出来た。
ならば、そんな将来の不安に負けて、自分の気持ちを誤魔化すことは、自分に負けると同義だ。
「ネプギア――――――――」
「だって、ユーリさんは、アイエフさんの事が好きだから。
私、ずっと、お似合いだなって思ってたの!」
「――――――え?」
「そっかぁ、私、ユーリさんがユニちゃんに構って、アイエフさんの事をおざなりにしていたから怒ってたんだね!」
「――――――え?」
「ユーリさん、いつも他の人の事ばっかり考えて、少しは自分の幸せも考えてもいいのに」
「―――――――え?」
「ねぇ、ユニちゃん、私たちであの二人の事、応援しよう!」
喜怒哀楽、ころころ変わるネプギアの表情に、嘘や誤魔化そうという魂胆は見られない。
本当に、純粋に悠理とアイエフが結ばれることを願っている。
ようやく事態を整理できたユニは、頭を抱えたくなった。
――――――――もしかして、自分の気持ちに気付いてない……?
下着を見られておいて、第一声が、似合っているのかと聞くくらいだ。
意識してないはずがないし、ユニと同じく、悠理に救われたというのなら、大なり小なり特別な感情を抱いてもおかしくはない。
そして、一緒に訓練していたが、悠理とアイエフにそんな色っぽい感情なんて見られなかった。
「――――――ネプギア、これから、狙撃に関して教えてもらうんだけど、一緒に来る?」
「うん! 一緒に強くなって、今度こそ勝とうね、ユニちゃん!」
いろいろ考えた結果、とりあえず、様子見という形に落ち着いてユニ。
だが、悠理と二人きりになれば、どんな反応を示すか分からないネプギアに配慮し、二人で悠理の元へと向かう。
自分の気持ちにすら気づいていないネプギアと、預かっている娘のようにしか見ていない悠里。
――――――――あっ、これムリゲーってやつだ……
前途多難どころか、未だ始まりにすら立っていない親友の恋路の難易度の高さに、思考を投げ捨て、ネプギアに手を引かれるのだった。
「ギアちゃん、どこにいくですか?」
ちなみに、悠理の初恋は大人版遠坂凛で、戦場ではハニートラップを幾度も経験したこともあり、色仕掛けでは、全く動じません。
さらに、悠理とアイエフは何気に相性が良かったりするので、難易度はナイトメアモードです。
ユニの心情は、《ニセコイ》の小野寺春みたいな感じです。
悠理を意識しているが、それよりネプギアを応援したいという、友達想いなユニちゃんですが、心労はストップ高、おかげで角が取れて、少し丸くなる模様。