―――――それは、ユーリさんが苦しんでも、貫き通さなければならない正しさなんですか……!
―――――どうして、受け入れるんですか……! 私は、そんなに頼りになりませんか……!
ネプギアの悲痛な叫びが、何度も木霊する。
衛宮士郎に対する贖罪。
それは、出会って一月も立っていない、少女の言葉で揺らぐほど安いものではない。
だが、悠理とネプギアの立ち位置、そして、悪である下っ端を身を挺して救ったネプギアの行動が、過去の衛宮士郎と衛宮悠理を彷彿させる。
しかし、その背景があったとしても、ネプギアの言うことは見当外れだ。
これまでに罪のない人間ですら、多くを救うために切り捨ててきた悠理にとって、今更、明確な世界の敵である悪人を手に掛けることに罪悪感など無い。
そもそも、全てを救う道を選べば、更なる地獄が待っているのだから。
――――悔しいじゃないですか! ユーリさんはこの世界の為に戦ってくれているのに!
――――どうして、人殺しの罪なんて背負わなければならないんですか!
ただ、ネプギアの言っていることは全て見当違いの事であったとしても、その言葉は、悠理が衛宮士郎に伝えたかった言葉。
その理想が如何に尊く、その理想を叶えようとしている衛宮士郎が、どうして、救ったはずの人間に殺されなければならないのか。
赤の他人の為に手を汚し、多くの人々を救ってきたというのに、その最期が処刑だなんてあまりも報われない。
だというのに、当の本人はそれで、一人でも多くの人が救われるのならばと受け入れた。
その最期を認めたくない。
だというのに、今の悠理は、衛宮士郎と同じことをしようとしている。
その矛盾こそが悠理を苦しめているモノの正体。
「らしくない顔してるわね」
顔を覗き込むように、後ろからひょっこりと現れた、アイエフ。
今の悠理にその矛盾を解く答えがないからこそ、一度頭を冷やすために一人なったというのに、のこのこと付いてきたアイエフに悪態を突こうとするも、それは失敗に終わった。
「ネプギアならコンパに任せてきたわよ。
それに、少し落ち込んでいたけど、少なくとも今のあんたよりはマシな顔してたわ」
「―――――――はぁ……悪いが一人にしてくれ、と言っても聞かないんだろうな」
頭を冷やしてくると言い残して去っていた悠理を追いかけてきたくらいだ。
その言葉の意味を理解できない人間ではない。
「分かってるじゃない。ほら、そんな情けない顔してる理由を聞かせないさいよ」
ベンチに積もる雪を掃い、足を組んで座り、あんたの事情なんて知ったことかと話を切り出した。
その傲慢ともいえる態度に、大きくため息をつき、あっけなくも観念した。
なぜなら、それは心の贅肉と言いながらも、結局手を貸してしまうお人好しそっくりで、そのお人好しがこの状況で手を引くわけがない。
「ネプギアの行動をどう思った?」
「なによ、質問に質問で返すわけ? 話を逸らそうとしても無駄よ」
「違う。 順を追って説明するから答えてくれ」
何処か納得いかないような不満そうな顔をしながら、一度瞳を閉じた。
おそらく、ネプギアの行動、悠理の言動を思い出し、整理しているのだろう。
「正直、あんな下っ端を殺すだなんてやり過ぎだとは思うわよ。
でも、あんたと、ネプギア、どっちが正しいかって言われたら、あんたの方が正しいと思う。
少なくとも、私は、下っ端を庇おうだなんて思わないし、死んだら死んだで自業自得ってことで終わらせる。
もちろん、そのことであんたを責めることはしないわね」
アイエフの出した結論は、ネプギアの行動とは対極と言っていいものだ。
だが、大多数の人間がアイエフの結論を支持するだろう。
毎日のように多くの人間が死んでいる。
戦場で押し付けられる無慈悲な戦死。 貧困の末の餓死。 不運に見舞われた事故死。
大層な理由もなしに、殺されている人間がいる事を、多くの人間は情報媒体で知っていながらも、翌日には忘れさられている。
それと同じ、どうでもいい赤の他人が何人死のうと、自分に関係がなければ行動なんて起こさない。
それが犯罪組織の人間ならば尚更だろう。
正義という免罪符の基に、悪という弱者を
「だろうな、少なくとも俺は自らの行動を間違っているとは思わない」
むしろ、客観的に見れば正しい行いだ。
勧善懲悪が世の理であることは今も変わらない以上、悪を切り捨て多くの人を救う悠理はまさしく英雄そのものだろう。
「だけどな、いたんだよ。善も悪も関係なく、全ての人を救いたいと。そう願い続けて、戦い続けた人が」
理想追い求める愚者こそ、真に悠理が成りたかったものだ。
たった一つの理想を、どんな苦行にも折れることなく目指す背中こそ、悠理の想いの原点なのだから。
「―――――それが、あんたの目指したかったもの」
「あぁ、だが、俺には無理だった。悪を救いたいだなんて思えない、多くを救うために小数を切り捨てることに、何の感傷もない」
生きるために人を殺す事なんて日常茶飯事、何の理由もなく死んでいく人々を間近で見続けてきた。
ならば、多くの人間を救うという大義名分の下、どうして、感傷を抱くことが出来ようか。
「それにな、アイエフ。俺はこの世界の人間が全て死んでしまおうと、どうでもいいと思ってすらいる。
俺が護りたいものはただ一つ。あの人が願った理想へ少しでも近づくことだけだ」
その為だけに、世界を救う。
エミヤの意志は不滅だと、多くの世に示す為、戦い続ける。
それこそ、今の悠理が成すべきことだと、信じているが故に。
「―――――――だけどな、俺はあの人に死んでほしくはなかった。理想を曲げることになったとしても、生きていて欲しかった」
それは、矛盾した願いだ。
衛宮士郎が理想を貫き通したが故の死を否定するということは、悠理が憧れた背中を否定することにも繋がる。
そう分かっていても、悠理は、この想いを消すことが出来ない。
例え、理想を曲げてしまったとしても、報われて欲しかった。
多くの人を救うために戦い続けた、その苦行の果てに、ほんの少しでいい、世界から争いが消え、誰もが傷つかない世界が実現して欲しかった。
ほんの少しでいい、遠坂凛と平和な日常を歩んで欲しかった。
「だから、ネプギアの言葉を否定できなかったってわけね」
ネプギアの言葉は過去の悠理の言葉だからこそ、誤魔化すことも否定することもできない。
だが、受け入れるわけにもいかないのだ。
その言葉を伝えることが出来ず、衛宮士郎を死なせてしまった悠理が、今更、後に引くわけにはいかないのだから。
「―――――そういうことだ。少し距離を置けばお互い熱も引くだろう」
だから、少しの間一人にしてくれと暗に言っているのだが、当のアイエフは、腕を組んだまま、腰を上げることはなかった。
それならば、こっちが移動して、立ち去ろうとすると、逃げるなと言わんばかりに投げナイフが飛んでくる。
「―――――うん! 正直、何言っていいか分からないし、私が何言っても、あんたには響かないと思う」
大まかな事情こそ理解したものの、衛宮士郎に会ったこともなければ、悠理と同じ境遇を経験した事もない。
ましてや、全てを救おうだなんて、正直馬鹿らしいとすら思っているアイエフでは、悠理を止めることは出来ない。
だが、だからと言って悠理を見捨てる程、潔い性格もしていない。
「だから、聞かせないさいよ。あんたがネプギアをどう思ってるのかを」
また、面倒な問いかけをと、心底面倒くさい気分になり、いっそ、アイエフを気絶させて逃げてしまおうかとすら思うが、余計に面倒なことになってしまうし、アイエフが簡単に諦めるとも思えない。
「――――――今はまだ幼いが、将来は引く手頭に……」
誤魔化すなと、真顔で再び投げナイフを投擲し、まだ誤魔化すつもりなら、次はぶった切ると、カタールを装備し始めるアイエフに、観念したと、両手を上げた。
「苦手、その表現が一番、正解に近いな」
過去の自分を思い出させるという点もあるが、何より、一度助けられたというだけで、ここまで慕われるという経験がない悠理にとって、どう扱っていいか分からない相手。
だから必要以上に懐かれないように、防寒具を渡す際にも、わざと同じものをアイエフやコンパにも渡したのだ。
もっとも、予想以上に落ち込まれたこともあり、結局フォローせずにはいられなかった時点で失敗に終わっているのだが。
「また、曖昧な表現をしてくれるわね……」
「君たちにとっては、都合がいいだろう。
もし、俺が彼女に気があると言ったら、どうするつもりだ」
「そりゃぁ、そうだけど……」
女神は、世界を守護するという立場ではあるが、それとは別に、馬鹿騒ぎが好きなゲイムギョウ界にとって、信仰を集めるアイドルという一面もあるのだ。
そのアイドルに男が出来たとあらば、信仰が落ちるのは目に見えているし、基本的に人間は女神より早く死んでしまう。
その他にも多くの問題を抱えている以上、ネプギアが諦めてくれるという展開が一番いいのだが、悠理を救う可能性があるのもネプギアだけなのだ。
いっそのこと、相思相愛であった方が、アイエフも開き直りやすいというのに、悠理は苦手と言っているし、ネプギアに至っては自覚さえしていない。
「参考のために聞いておくけど、どんな娘がタイプなのよ?」
アイエフも、女を与えれば悠理が止まるなんて思ってはいない。
だが、少なくともネプギアをその方向に持っていけば、少しは変わるかもしれないという、軽い気持ちで聞いたつもりだ。
その質問に対して浮かんできたのは、当然、初恋の相手である遠坂凛であり、外見はともかく性格がそっくりなアイエフがいるのだから、説明はしやすいだろうと、そう思った時、ふと悪戯心が芽生えた。
「俺にも、一応初恋の相手がいてな、タイプと言えばその人になるだろう」
「へぇ、以外ね。それで、どんな人よ」
「そうだな……とにかく綺麗な人だったよ。
もっとも、俺が好きになったのは、外見より、その性格の方でな。
何があっても後悔はしない強い人で、勝気で自分本位だと言っている割に、お人好しな人だったよ。
――――――――今思い出してみれば、アイエフにそっくりだな」
「―――――――はぇ……!?」
ボンっと顔を急騰させ跳び上がると、わなわな震えあがる。
悠理が一歩近づき、後ずさるも、後ろにはベンチがあり、足を引っ掛け再び腰を下ろしてしまう。
「ちょ、ちょっと待って! え、なに? 私、遠回しに告白されてる!?」
「さて、どうかな?」
距離が縮まるたび、鼓動が大きくなり、パニックを起こしているアイエフは、立ち上がって逃げるという判断もできず、ただただ、ベンチに座って近づいてくる悠理を眺めることしかできない。
足音が止まり、手を伸ばす悠理に、アイエフは強く目をつぶった。
――――――そりゃぁ、嫌いじゃないけど! 嫌いじゃないけど!
アイエフにとって、ここまで親しくなった男は初めてであり、何より、尊敬する程頼りになる相手だ。
そんな相手を嫌いになれるはずがない。
高まる鼓動と緊張に狂いそうになりながら、悠理の行動をただ待った。
「少し長居しすぎたな、頭に雪が積もっているぞ。
風邪をひく前に、教会に戻るとしよう」
しかし、頭に積もっている雪を叩き落とすと同時に、緊張と堪忍袋の緒が切れた。
「こ、ここここんのぉおおおおお! よくも乙女心を弄んでくれたわね!」
怒りをこめた、キレのある乱打を的確に捌きつつ、少し軽くなった心で、アイエフに感謝するのだった。