ふわふわと風に流され、ゆっくりと積もりゆく雪。
宙を舞う雪はそのまま、しかし、大地に積もる雪は今、人為的な衝撃に再び宙を舞っていた。
「――――――ッ! いい加減、当たれー!」
鋭く尖った氷柱が、宙に舞う雪を蹴散らし、雪の上を走るアイエフへと殺到する。
その大きさはアイエフの体の優に倍はあろうかという大きさ。
いくらアイエフが小柄だとは言え、3mを超える氷柱に押しつぶされれば、怪我では済まないだろう。
しかし、その氷柱はアイエフに掠ることすらなく、大地に突き刺さっていく。
宙に浮くラムとは違い、大地を走るアイエフは必然的に雪に足を取られ、その機動力を削がれているにも拘わらず、そうとは思えない程に足取りは軽やかに雪原を走り抜ける。
「こんなの当たったら死んじゃうでしょうが!」
お返しとばかりに、手に持った短銃が火を噴く。
ラムはともかく、アイエフは殺し合いをしているわけではない為、弾はゴム弾だが、例えそれが実弾であれ、ラムが作り出す分厚い氷の壁に弾かれる。
悠理のように、遠距離から高火力の攻撃を出来ないアイエフでは、千日手。
致死性の攻撃を次々に放ってくるラム相手では、いずれ体力が付き氷柱に押しつぶされるされるだろう。
それを見守るロム、いつ惨劇が訪れるかと思うと、もはや目を向けていられず、手で顔を覆っていた。
しかし、悠理は、一向にアイエフの勝利を疑わず、そして、反撃が始まった。
空を飛ぶことの出来ない人間では、空を自由に飛び回る女神に対し、大きなハンデを負っている。
ラムの攻撃は必殺、対するアイエフはダメージすら望めない。
そもそも、女神と人間では基本性能に差がありすぎる。
だが、このゲイム業界よりも技術が遅れている地球ですら、百年も前に人類は空を飛んでいる。
脆弱な人間では野生に生息する動物相手にすら敵わないが、人類はその惑星すら支配した。
性能が劣っているなんて当然、弱いからこそ知恵を振り絞り、人類はここまで発展を成し遂げてきたのだ。
性能で劣るなら頭を振り絞れ。 使えるものは何でも使え。
それでも勝てないのならば、勝つことが出来る場所へと引きずりおろせ。
勝利へ至る
ラムを中心に円を描くように走り回り、確実に回避するために空けていた距離を詰めた。
当然のように殺到する氷柱、飛来してから到達するタイムラグは詰めた分だけ、短くなり、密集した氷柱群に安全な場所は存在しない。
迫る死を前に、ここまで隠していた手札を切った。
「――――魔界粧・轟炎」
温存していた魔力を全てを炎へと変換する。
炎と氷は蒸気を発し激突するが、やはり、その性能差は歴然だった。
アイエフを護る炎の壁は、数秒も持たず穴だらけになり、大地へと突き刺さる。
しかし、それは当然の結果。 性能で劣るアイエフが、いくら全力を出そうと真っ向勝負で敵うはずがない。
故に、目的は攻撃ではなく、氷を蒸気へと昇華させることによる目くらまし。
密集した氷柱群を全力で後方へ跳躍し、回避し、視界を遮る蒸気を見据えた。
これにてお膳立ては終了。 あとは腹をくくるだけ。
氷柱に刺し抜かれる未来が思考をよぎる。
賭けに勝たなければ死ぬ可能性すらある中で、蒸気の中へと駆け抜けた。
もう、アイエフに攻撃を躱す手段はない。
そもそも、蒸気で相手の姿すら見えず、何処から攻撃が跳んでくるか分かりもしない状況では、万全の状態でも回避することは不可能。
だが、それはラムにも言えることなのだ。
視界が晴れた状況で、苛立ちを覚える程に当たらない相手に、姿が見えない状況で攻撃を繰り返すだろうか?
それも、全力の炎を抜かれ、既に氷柱に当たっているのならばと、希望的観測が頭をよぎれば?
なにも無駄に体力を消耗し走り回っていたわけではない。
全てはこの一瞬の為、生存の確率を高めるための、
しかし、それは万全とは言い難い。
何せ相手は子供、癇癪を起していつ攻撃を再開するか分かりもしない。
突き刺さる氷柱を足場に高く高く、登りつめる中、不安と恐怖による焦燥感に、いっそ笑みすら浮かんでくる。
―――――ドクドクと高鳴る心臓。
氷柱はまだ飛んでこない。 だが、まだ、高さが足りない。
―――――引き伸ばされる一秒。
呼吸すら忘れ、耳障りな心臓の音が、加速を急かす。
―――――最早、疲れなど感じない、頭にあるのはこの死線を乗り越えることだけ。
蒸気の中に光が差す。 高さも十分、残り一歩。
―――――跳べ、跳べ跳べ跳べ跳べ跳べ跳べ!
突き刺さった氷柱を蹴った、力の限り跳躍は、蒸気を突っ切り、ラムと同じ高さまで上り詰めた。
―――――勝った!
驚愕するラムは、硬直し反応が遅れる。
だが、アイエフが向けている短銃に我を取り戻した。
アイエフは空を飛べない。 あとは重力に従い地に墜ちるだけ。
ならば、弾が尽きると同時に、撃ち抜けばいい。
数秒後に訪れる勝利を前に、余裕をもって氷盾を用意するラム。
だからこそ、その短銃が、入れ替わっていることに気付かなかった。
「きゃぁぁあああああ!」
撃ちだされるはゴム弾ではなく閃光弾。
ラムは疑うべきだった。
なぜ、危険を冒してまで宙に身を投げ出したのかを。
なぜ、そんな危険を冒して辿り着いた果てに、短銃を取り出すのかを。
そして、なぜ、通用しないと分かっていて、必要なまでに何度もゴム弾を撃っていたのかを。
これまでの攻防全てはこの一点に集約する。
例え、賭けに勝ったとしても、自由に空を飛ぶことが出来るラムが、アイエフから距離置いてしまえば、全ては御破算。 墜ちるしかないアイエフはただの的でしかない。
だからこそ、ラムに選択させる必要があったのだ。 回避するではなく防ぐという手段を。
その為のゴム弾。 それが通用しないと、身を以て何度も経験させた。
だからこそ、予想外の事態である一瞬の中で、短銃を見た途端、安堵しただろう。
なにせ、ゴム弾では、ラムにダメージを与えることが出来ないのだから。
この二つの思考誘導こそが、アイエフが描いた勝利への論理。
視覚を潰され、逃げようとするラムだが、もう遅い。
短銃を投げ捨て、フック付のワイヤーを取り出し、展開している氷盾ごと巻き取った。
目が見えていれば容易く処理できたであろうが、それを含めた上での閃光弾。
重力に従い落下していくアイエフに引きずられ墜ちていくラム。
魔法による遠距離戦ならば敵わないだろう。 それが空中戦ならば尚の事。
だが、地上による白兵戦ならば、アイエフの方が圧倒的に有利。
地上に降り立ったアイエフは、ワイヤーに繋がれ墜ちてくるラムを抱き留めた。
「さて、まだやる? 流石にこれ以上は怪我させないようにって言うのは難しいから、降参してくれると助かるんだけど」
閃光弾によって、一時的に視界を奪いはしたものの、結果を見てみれば、ラムの体に傷一つつけていない。
それがどれほど難しく、如何に手加減されていたのか、完全に封殺されたラムは、それ以上戦意を見せることはなく、アイエフの完全勝利という結果に幕を閉じたのだった。
改めて思うと、女神と女神候補生って、意外と関係が薄いというか、どういう絡みをしているか想像しにくい組み合わせがありますね。
ネプ子とロムとか二人にしたらどうなるんでしょうね?
次回からぼちぼち、ルウィー編も佳境に入ります。
ではまた次回