「衛宮悠理」、それは衛宮士郎によって付けられた名。
その名を付けられれる以前は、名前すらなく、その特異な体質を利用した殺戮兵器として利用されていた。
幼いころから幾つもの戦場で、多くの人間を殺してきた、彼の心はとっくに擦り切れ、生きるために命じられるがまま殺してきた。
しかし、人間としてではなく兵器として使用されていた彼の体はやがて限界が訪れ、彼を利用していた人間諸共凶弾に倒れた。
急所こそ外していたものの、碌に食事もとっていなかった体は、溢れる血を止めることもできず、薄れゆく意識の中で、近づいてくる死の気配を感じ、受け入れるように目を閉じた。
そんな時、声が聞こえた。
「まだ息はある……! 待ってろ、すぐに助けてやるからな!」
僅かに残った意識の中、なぜこんな死にぞこないを助けるのだろうという、疑問だけだった残った。
その翌日、彼は小さなテントの中で目を覚ました。
彼の命を救った男は衛宮士郎といった。
目を覚ました彼を見て、嬉しそうに微笑み彼に、空っぽの心に残った疑問を問いかけた。
「どうして、助けたの?」
「目の前で死にそうになっている子供がいるんだ、助けるなんて当然だろう?」
その答えに、彼は理解こそしなかったが納得はいった。
つまり、彼を助けたこの男は、この国の人間ではないのだろうと。
戦争の被害にあった子供たちを救おうという行動をしている集団がいる事は、彼も知っていたし、何度か食料を分けてもらったこともあったし、奪い取ったこともある。
彼の中に引っかかっていた疑問が氷解し、再び空っぽになった心は、死にそこなったことに対する後悔だけ。
生きていれば、再び兵器として利用され、多くの人間を殺すことになるだろう。
そこまでして、生き延びる意味はあるのか?
戦争は終わらない、終わらなければ殺すしかない。
屍の山を築いたその果てに、何の意味があるのだろうか?
答えの出ない葛藤に、いっそ死んでしまうかと諦観の念がよぎる。
今更、人間を殺すことに対して良心の呵責を覚えるようような心なんて残っていない。
だが、どうしても理由が欲しかった。
空っぽの心にたった一つだけでいい、生きる意味を、犠牲を容認できる理由が。
そんな時、遠い場所から銃声と悲鳴が上がった。
「いいか、ここで待ってろ」
躊躇うことなく、惨劇の場へ行こうとする男に、やはり納得はできず、再び問いかけた。
「どうして、助けようとするの?」
その疑問に、男は苦笑しながらも、意志の籠った瞳で告げた。
「俺は、正義の味方だからな」
そう言い残し、戦場へと駆けていく男の背中を、なんて愚かなのだろうと思った。
正義の味方? 戦場に正義なんて存在しない。
戦場にあるのは生か死か、殺すか殺されるかだ。
そして、その戦争の正義と悪を決めるのは、後の歴史だ。
そんなこと、戦場にいるものならば子供ですら弁えている常識だというのに、迷いなく戦場へと駆けていくその背中が、空っぽの心に残った。
それから、彼は男について回った。
当然、男は渋ったが、彼が持つ特異な力を見せると、目の色を変え、同行を許可した。
正義の味方と言った男だが、所詮は人間なのだと、自分でも驚くほどに落胆していた。
使い方によれば、巨万の富を得ることも、多くの敵を滅ぼすこともできる特異な力。
また、利用される日々が続くのだと、やはり、この世界に正義の味方なんてものはいないのだと、分かりきった答えを、見せつけられた気分になった。
しかし、その諦観は次第に薄れていった。
男と共に多くの戦場を巡り、多くの人々を救ってきたが、ただの一度も男は彼の力を望まなかった。
例え、自分が傷つくことになっても、助けたはずの人間に裏切られ、死にそうになっても、一本の剣のように決して折れることも曲がることもなく、頑なに正義の味方を張り続けた。
馬鹿だと、愚か者だと、心で男を罵った。
なぜ、この力を使わないのか? なぜ、そこまでして、見ず知らずの人間を助けようとするのか? なぜ、その背中がこんなにも心に残るのか?
次第に大きくなる苛立ちを掻き消すように、心で男を見下した。
「馬鹿じゃないのか? そんな世界あるはずないだろう……」
「あぁ、分かってるよ。
それでも、この願いはきっと間違いじゃないんだ」
誰も傷つかない世界、そんな世界が存在するはずがない。
人間の数に対して、幸福でいられる数は限られている。
ならば、小数を切り捨て多くを救う道を選べばいいのだ。
実際に、そんな場面はいくつもあった。
それなのに、男は最後の最後まで、小数を救うこと諦めず、結局、小数を切り捨てた。
その度に、涙を流し、血反吐を吐きながら、諦めることなくその理想に挑み続ける。
その背中を見るたびに、止めろと、無駄だと、せめて少しだけでも妥協してくれと、願った。
しかし、男は止まらない、傷を増やし、敵を増やしても、理想を曲げることはなかった。
そして、彼は見て、苛立ちの理由を理解した。
炎に囲まれた、荒野に、墓標のように突き刺さる剣の丘。
それは、吸血鬼という人外の怪物と敵対した時の事。
千を超える死者の群れ、その上に佇む死徒を相手に、男はその世界を顕現させた。
降り注ぐ剣の雨に瞬く間に数を減らしていく死者達、無限ともいえる剣は、遂に人外の化物を貫き滅ぼした。
その丘に孤独に立つ男の姿は、彼の心に火を灯した。
誰もが傷つかない世界なんて存在しない、それは変わらない真実として彼の中にある。
しかし、その不可能へと挑み続ける生き様に、憧れたのだ。
感じていた苛立ちは、万人が愚か者だという姿に憧れているなんて認めたくなかったのだろう。
自身ですら愚か者だと罵っていた姿、しかし、安全圏に居ながら、最初から叶うはずがないと挑もうともしない人間が、どうしてその生き方を笑い飛ばせようか。
叶うはずがないと知って、その道が地獄に通じていると知って尚、挑み続けるその姿は、彼にとってまさしく正義の味方だったのだ。
だからこそ、彼は目指す。
男が理想の果てに辿り着いた剣の丘は、彼にとって目指すべき理想の場所。
手にするは鋼の剣、心に抱くは剣の丘。
男亡き今、その理想を継ぎ、その背中を追い求める。
それが、三代目「エミヤ」、衛宮悠理の在り方である。