「――――
死んだと思っていた悠理、しかし、砂塵の中にあれどその声が聞こえるということは生きている証拠。
激情に呑まれていたネプギアは、はっと、我を取り戻し、悠理が生きていたことに歓喜するが、それも一瞬のことだった。
「――――
次の一節を聞いた途端に心が凍り付く。
おそらく、ネプギアは、この場にいる誰よりも、この詩の意味を理解した。
「――――だめ……」
無意識に漏れる言葉。 隣にいるロムは意味が分からないような顔でネプギアを覗いているが、そんな些事に心を割く余裕などなかった。
行かせてはならないと、連れ戻さなければならいと、強く、何よりも強く思っていた。
遠い遠い背中、必ず追いつくと、あの時弱い自分に決別し誓った。
だが、今も、あの時と変わらない。 手は届かない、振り向かせることすらできない。
「―――
あぁ、そうだろう。 あの世界が、こんな
百どころか、千を超え万の数を揃えたところで負けやしない。
それほどの修羅場の先にこそ、あの世界はあるのだから。
「―――
いっそ、耳をふさいでしまいとすら思う。
否定したかった。 あなたは機械なんかじゃない、血の通った人間なんだと。
だから、そんな悲しいことを言わないで欲しいと。
「―――
知らず知らずのうちに涙があふれる。
分かってはいたことだ、ネプギアは立場こそ特別というだけだと。
その立場さえなくなってしまえば、悠理にとって救った大勢の人間の一人だ。
だから、彼の孤独を埋めることはできない。
そもそも、孤独であることを望んですらいる、彼の隣に立つことなどできない。
「―――
――――――違う……あなたは私を助けてくれた。あなたがいたから戦えた。
――――――だから……だから、意味がないなんて、そんなこと……
行かないでと、泣いて縋りたかった。
それが意味のないことだとわかっていても、悠理の歩みを少しでも止めることができるのであれば。
だが、それすらもできない。
なぜなら、この状況を覆すには悠理に頼るしかない。
また一歩離れていく悠理を、泣きながら見ていることしかできない。
「―――
弱い自分とは決別したと、そう思っていた。
だが、そう思っていたけで、実際は何も変われてはいない。
三年前のあの時と、何も。
「―――
塗り替えらる景色。
そこは、夢で見た剣の丘。
その丘の上で、孤独に佇む悠理の姿に、心が折れる音がした。
顕現した剣の丘の前に、すべての形勢は覆された。
死角など存在しない。 この世界に存在する全ての剣が悠理の武器であり、臣下だ。
王の命令に従い、堅牢なはずの装甲を貫く。
それだけではない、それぞれに与えられている剣の特性が働く。
その巨体を焼き尽くし、氷柱となるまで凍てつかせ、時には、破魔の刃が、犯罪神とのつながりを強制的に断たれ機能を停止していく。
阿鼻叫喚、その攻勢にさらされている犯罪組織にしてみれば、まさしくその光景は悪夢であり一つの地獄だろう。
もっとも、殺戮兵器もただ、破壊されるだけではない。
その性能を生かし、飛来する剣群を打ち落としはするものの、無限の前には無力。
たとえ、四本の腕で4本の剣を叩き落そうと、背後から迫る剣に刺し抜かれる。
「ば、化け物……」
誰かがそう呟いた。
確かに数の上では有利だったが、それは剣の丘によって覆された。
ならば、個の力では?
女神にすら迫る膂力を秘めている殺戮兵器ならば、人間の悠理を倒せるかもしれないという、淡い期待は―――――――――――――轟く破砕音によって文字通り打ち砕かれた。
自身の倍はある、石削りの戦斧を片手に振り回す悠理に、恐れおののく。
その身に降ろすはギリシャの大英雄・ヘラクレス。
その怪力すら投影した、今の悠理は、単純な膂力においても死神に匹敵する性能を持つ。
鋭さで断ち切るではない、重さで断ち切るでもない。
ただただ、重い物を振り下ろして叩き潰す、その単純ゆえに強力な攻撃を前に、個においても優秀な性能を誇っていた殺戮兵器の攻撃は受け止められ、返す刃で無残にも破砕されていく。
「何やってんだ、てめらぁ! 相手はたったの一人なんだぞ! 撃て、とにかくやつを止めろぉ!」
もはや、殺戮兵器では悠理を止められない。
その巨体故に、一度に悠理を取り囲める数は多くて4機だろう。
しかし、それすらも、素早く動く悠理を取り囲むこともできず、単機で挑もうものなら、粉砕される。
それだけではない、こうしている間にも、無限に降り注ぐ剣に次々と、破壊され、戦闘が始まって三分の間に、最初に用意してた20機はすでに破壊され、呼び出した追加の30機も破壊されていた。
ならば小回りの利く、人間が悠理を止めるしかない。
少しでも手傷を負わせ、動きを鈍らせることができれば、削り殺しにできる。
分かりやすい、人海戦術だが、人間が百人集まっても勝てない殺戮兵器を、易々と粉砕する悠理に、果たして銃口を向けることができるだろうか。
その答えは否だった。
悠理に一睨みされた構成員たちは、恐怖にかられ、銃を手から滑り落とす。
逃げ場のない異界、逃げることすらできない今、できることは命乞いだけ。
次々に銃を捨て、降伏する犯罪組織の士気はすでに枯渇している。
それを見て取った悠理は、戦斧を投擲。 殺戮兵器に突き刺し、破壊すると、既に底を尽き、百機となった殺戮兵器へと黒塗りの弓を向けた。
投影するは、
「――――
そしてもう一つ、大英雄が持ちうる、宝具を投影する。
それはヘラクレスが成した十二の偉業の一つ、ヒュドラ殺しを元に編み出された攻撃宝具・
あらゆる武器に対応するその宝具を、宝具に重ねるという荒業は、魔力という縛りがある衛宮士郎では不可能。
衛宮士郎より受け継いだ剣の丘と、悠理に備わった神秘があってこそ成せる技は、その原典にすら迫る。
「――――
九つの撃鉄を落とし、その身に大英雄の絶技を落とし込む。
すでにその身に余る怪力を振り回した体は、高熱を帯び、激痛を発している。
だが、そのことをおくびにも出さない。
この戦いを望む形で収束させるため、全身神経を弓と矢に注いだ。
「
そして、打ち出される九つの閃光。
初速において音速を越えたそれは、標的である殺戮兵器に到達するまでにおよそ三倍にまで達し、機体の中心に大穴を開け一射の元に破壊する。
それが九射、無論、螺旋剣のみですら容易く打ち抜くことができるほどの威力。
そこに、大英雄の絶技が重なった螺旋剣が一機破壊した程度で止まるはずがない。
九つの射線上にあった殺戮兵器は、纏めて貫かれ荒野の大地に沈んでいく。
その光景を見ていたすべて者は唖然の一言。
思考が現実に追いついてこない。 あまりにも非現実的な光景。
これだけの偉業、今は囚われている守護女神ですら不可能だろう。
「――――ふざけんな……ふざけんなよ、なんなんだよこりゃぁ……」
周囲を見渡せば、朽ち果てた殺戮兵器。 そして、依然として突き刺さる剣。
勝てるはずの戦いだった。 この世界における最高戦力であるはずの女神を捕らえ、残っているのは未熟な女神候補生。
国家すら相手どれる戦力を用意した、犯罪組織に負ける要素などどこにもなかった。
しかし、ふたを開けてみれば、たった一人の人間に、戦力のすべてを奪われた。
「――――おい、立てよお前ら。 あいつだって消耗してるはずだろう! このままおめおめ帰れるわけねぇだろうが!」
唯一、一人だけ戦意をなくしていない者がいた。
だが、傍から見ればそれは空元気だ。 あまりに非現実的な事態に暴走を起こしている。
それ故に、発破を受けても立ち上がるものは誰もいない。
否、たとえ彼女が正気であったとしても、英雄エミヤの力を見せつけられた今、立ち上がれるものはいなかっただろう。
「あいつを殺すんだよ! このままじゃ、あいつに滅ぼされ……」
叫び続ける彼女の声が、肉を抉る声とともに止まった。
左胸に突き刺さる剣は完全に心臓を破壊していた。
前を見ると弓を構えている悠理の姿、しかし、肝心の矢はない。
そして、ようやく、心臓を撃ち抜かれたのだと理解すると、口から血を吐き絶命した。
「それには三度忠告を行った。そして、それが、投降の意志を見せなかった者の末路だ」
これが最後の工程。
古来より、集団を相手どるとき、頭を潰すことほど有効的なものはない。
さらに、態々、悠理自身が殺戮兵器を叩き潰す、演出まで行ったのだ。
「さて、もう一度だけ忠告しよう。 降伏するものは武器を捨てろ」
悠理の背後に剣が浮かぶ。
それが意味するのは、この戦いにおける、たった一人の死者が語っていた。
構成員とはいえ、彼らも戦士の一人である以上死は覚悟しただろう。
だが、あまりにも無意味な死。
何かを為せるわけでもない、劇的な死を迎えるわけでもない。
与えられる死は、名誉の殉職ではなく、ただの処刑。
英雄における、悪の排斥に他ならない。
手に持っていた銃や剣が、荒野の大地へと落ちる。
英雄エミヤと、犯罪組織における戦いは、たった一人の戦死者を出し、静かに幕を閉じた。
ネプギアの挫折と、悠理の無双回でした。
これでリーンボックス編はオリジナル展開が決定という、自分で自分の首を絞めている状況なのですが、まぁ、仕方なしです。
彼女が好きだった方には申し訳ありません。
次回は、挫折したネプギアの回。
この戦いで殺意を覚え、無力さを知り、下っ端を殺すことを止めることのできなかったネプギアは、はたして……
では、また次回です。
次回はちょっと間が空くかもしれません。