そして、夢を見た。
それは、錬鉄の英雄と呼ばれた男の最期。
誰が見ても瀕死の重傷を負ったその男は、その最期まで人々を救うため、二つの部族の争いの原因として、全ての罪を背負い処刑台に立たされていた。
その光景に、ネプギアは静かに涙を流した。
男の願いはたった一つ。
それは、誰もが傷つかない世界という、理想の中にしかない、御伽噺よりも現実味のないものだ。
だが、それを分かったうえで、正義の味方を目指すことは間違っていたとしても、その祈りだけは美しいものだとその命を燃やし尽くし戦った。
その結末が、どうして、こんなに報われないものなのか。
これほど美しい祈りが、どうして醜い欲望に穢されなければならないのか。
名前も知らない、貴方たちの為に、その人は死力を尽くし、魂さえも投げ打って戦ったというのに。
どうして、どうして、どうして、どうして
―――――――――――――――――――――貴方は、その結末を受け入れてしまったのか。
その男の激動の人生は、絞首刑の元、あまりにもあっけなく幕を閉じ、その命を使い、また一つ、戦争を治めた。
誰もが、その男に罵詈雑言を浴びせる中、たった一人、ネプギアと同じく、静かに涙を流す少年がいた。
―――――――あぁ、この子が……そして、あの人が……
ネプギアが悠理に憧れたように、悠理も士郎に憧れ、剣を取った。
尊い願いに命を燃やす、その輝きが、あまりにも眩しくて。 自分もそうなりたいと願って。
意識が浮上する。 薄れていく景色のその最後。
今の悠理と同じ、静かに燃える、強大な意思の炎が灯った瞳をみた。
目を覚ました、ネプギアは頬をつたう涙に気が付いた。
知らなければよかったと、無力感に打ちひしがれる。
知らなければ、歩いていられた。
ただただ、幼稚な憧れのまま、純粋に悠理の背中を追いかけることができただろう。
だが、それはもう、叶うことのない願い。
悠理が死んでしまったと思ったとき、今思い出せば、自分が恐ろしくなるほどの怒りに囚われた。
否定することのできない、あまりにも明確な殺意。
人殺しになってほしくないと、悠理に告げたことがあった。
貴方は間違っていると言ったこともあった。
そう言った、自分が、その場の激情に囚われ、人を殺めようとした。
確固たる信念のもと、己の願いの為に弓を引いた悠理とはあまりもかけ離れた幼稚な殺意。
両手で、涙が伝う頬を覆う。
こんな様で、大切な人を目の前で殺されても、揺らぐことなく、受け入れた悠理を、どうやって超えられるというのか。
護りたかった人は、あの戦いの後、力の後遺症で倒れ、意識を取り戻さない。
居合わせた医師の話では、いくつもの筋肉繊維が断絶し、本来なら歩くどころか立つことすらままならない状態だったという。
そんな状態で、弱みを見せんがために、降伏した犯罪組織の人間を連行したのだ。
そんな状態の悠理を見ていることしかできず、糸が切れた人形のように崩れ落ちた、悠理を泣きながら運ぶことしかできなかった。
これまで培ってきたすべてが崩れ落ちていく。
積み重ねてきた力も、揺らぐことのないと思っていた信念も。
「ネプギア。 ユーリが目を覚ましたわよ」
そう言いながら、ドアを開けると、そこには手で顔を覆い泣いているネプギア。
「アイ、エフさん……」
手のひらから覗かせる顔は、涙でくしゃくしゃになり、目も赤く腫れている。
おおよその状況を察したアイエフは、静かにドアを閉じ、ベッドの淵に腰を落とした。
「情けない顔してるわね。 あいつに啖呵を切ったあの時のあんたはどこにいったのよ」
茶化したように言うアイエフに、ネプギアは顔を上げることなく答えた。
「―――――分からなくなりました……
ユーリさんを独りにしたくないって、そう、思ってたのに……」
独りになれば、悠理は必ず、あの英雄と同じ最期を辿る。
無実の罪を着せられて処刑されるというのに、満足そうに死んでいく。
だから、あの剣の丘を目指す悠理を止めなければならないと、そう―――――――思っていた。
「でも、私は何もできなかった……!
あんなにボロボロになっても戦うユーリさんを見ていることしか……!
そんな私が、こんなに弱い私が、ユーリさんに、何を伝えられられるのか……何を伝えればいいのか、分からないんです……」
ネプギアの覚悟は砂上の楼閣だったのだろう。
ある意味それはとても強いものだ。
何もかも、常識も知らずに、夢だけを見続けることができるそれは、確かに強い。
だが、所詮は砂上の楼閣。
夢から覚め、その足場を見てしまえば、現実という土台のない虚構の産物。
だから、墜ちるしかない。 積み立て来たと思っていたものは、幻影の上にしか、夢の中にしかないのだから。
現実という土台を積み重ね、尚、夢に手を伸ばす悠理とは、その積み重ねが決定的に異なっている。
「―――――アイエフさん、教えてください……
本当に、人間は救われなければならないんですか……?」
人間は必ず、その最期に、己が欲望に滅ぼされる。
救世の英雄を殺し、救いを跳ね除け、浅はかな欲望のままに破滅へと向かう。
それは、別段おかしなことではないのだ。
誰もが禁欲的な生活を送れるわけではないし、大衆にとって安価な快楽こそが正義であることは揺るぎのない事実。
そして、その欲望こそが人間を進化させ続けた原動力でもある。
故に、滅びは必然。 進化の果てにあるものは栄光ではなく破滅であることは人間が人間であるが故の結末。
だからこそ、エミヤの理想は叶うことはないのだ。
それを、ネプギアは知ってしまったのだ。
残酷な真実に直面し絶望しているネプギアを、優しく抱き留める。
なんて残酷な世界だと思う。
こんなに優しい少女に、どうしてこれほどの試練を与えるのか。
見捨ててしまえばいいのだ。 女神の手を跳ね除けた人間なんて救う価値なんてない。
それを分かったうえで、まだ迷っている。 この期に及んで、まだ人間を救おうと思っているのだ。
「ネプギア、あんたがもう戦いたくないっていうんなら戦わなくていい。
これはもともと、私たち人間の問題だから。
それで、どうこう言うやつがいたら、私が黙らせてやる」
だから、このまま、諦めてしまえばいい。
悠理の正義はネプギアにとって、あまりにも強すぎる。
人間の悪意を呑みこんだ上での正義故に、情けも容赦もない。
それを受け止めるには、ネプギアはあまりも幼く優しすぎる。
「でも――――――」
心は折れ、積み重ねたものは幻影だと知り、絶望のどん底にいたとしても。
「それでも、あんたが、あいつを追うっていうんなら、私は止めない」
未だ、胸に宿った灯が消えていないのなら。
「きっと、それはとても辛いことよ。
今のあんたは現実の厳しさを知った。 人間がどれだけバカな生き物なのかも知った」
地の底で、憧れた背中に手を伸ばすのなら。
「あいつの正義がどれほど重いものなのかも知った」
「――――――――っ」
「だから考えなさい。 その答えは自分で考えるしかないの。
厳しいことを言っていると思う。 でも、他人から聞いた答えであいつを納得させられる?」
「――――――――分かりません……」
もう、何も知らない、子供のままではいられない。
世界は残酷なものだと知った。 人間の滅びは必然だということも知った。 世界を救おうとしているネプギアの行動も、エミヤの理想も遠くない未来に全て無駄になると知った。
何ができるかわからない。 何を伝えられるのかも、何を言っていいのかも分からない。
「――――――それでも諦めたくないんです……!」
涙交じりの力強い声。
抱擁を解いてみると、涙はまだ止まってはない。
しかし、絶望に負けた瞳ではなかった。
「だったら、こんなところで泣いてないで、ユーリに会ってきなさい。
ユーリと話して、その過去を知って、それから、あんたなりの答えを出せばいい。
その果てに、人間を見捨てるっていうんならそれも有りよ。
その時は、馬鹿な人間たちに、嫌みの一つでも言ってやりなさい」
「アイエフさん……」
「もちろん、あんたたちに見捨てられたからって、簡単には死んでやらないわよ?
人間のしぶとさを見せてあげるわ」
人間は確かに愚かなのかもしれない。
でも、悠理やアイエフのように、神すらも超えるような人間もいるのだ。
力強い発破をかけられたネプギアは、ベッドとから飛び起き、部屋を飛び出す。
その直前に、アイエフの最期の問いかけがネプギアの足を止めた。
「最後にもう一つ、どうしてそこまでユーリに肩入れしたいのかも考えることね」
「それは……ユーリさんは、私の恩人で……」
当然のように切り返すネプギアに、複雑な笑みを浮かべた。
「だったら、私だって、命がけであんたをギョウカイ墓場から救い出したのよ?
それなのに、あんたは、ユーリさん、ユーリさんと……」
「あぅ、ごめんなさい……」
「あぁ、ごめんごめん、責めてるわけじゃないのよ。
ただ、恩人ってただけじゃ説明がつかないでしょ?
だから、よく考えなさい。 どうして、肩入れしたいのか。 どうして、あいつの隣に立ちたいのか、ね?」
答えは出ない。
以前なら、剣の丘から連れ戻すには対等な立場でなければならないと思っていた。
しかし、何をするべきかわからない今でも、悠理の隣に立ちたいという気持ちだけは変わっていない。
また一つ、大きな宿題を出されたネプギアは、大きく頭を悩ませ、悠理の部屋へと向かうのだった。
「アイちゃん、本当にいいんですか?」
「私だって、公私含めて複雑よ。
イストワール様になんて説明すればいいか……
それに、妹みたいなネプギアに男ができるとか、あいつじゃなかったら、蹴り飛ばしてるところだわ」
「ねぷねぷも、大反対しそうです」
「まぁ、ねぷ子もたいがいシスコンだしね。
でも、まぁ、あいつなら仕方ないかなぁって思うところもあるのよ」
「――――――アイちゃんは、いいんですか?」
「いいって、なにがよ?」
「アイちゃんは、ユーリさんをギアちゃんに取られてもいいんですか?」
「――――――そりゃね、正直、ネプギアよりも私のほうがあいつを分かってやれると思う。
でもね、分かってやれても、私じゃ、あいつを救ってやれないから……
それに、コンパが思ってるような感情なんて持ってないわよ。
私には、面倒見ないといけない子が、いっぱいいるんだから」
「――――――はぁ、いきおくれる人の典型的な一例みたいですよ……」
「なによ、コンパだって、彼氏どころか男友達だっていないでしょ?」
「ん? いるですよ」
「ちょっとまって、私聞いてないわよ!」
「同じ職場の男の子です。
アイちゃんの言う通り、彼氏さんではないですけど、お友達くらいはいるですよ」
「――――――コンパ、プラネテューヌに戻ったら、私にもそいつ紹介しなさいよ」
「いいですけど?」
「約束よ? あぁ、ついでにねぷ子も連れてこようかしら。
友達の友達は、友達よね……?」
再起というには微妙なかんじなネプギアですが、うじうじモードは終わりです。
少し、ルウィーの緩和を挟みつつ、リーンボックス編に移りたいと思います。