ネプギアは、今、悠理がいる部屋の前で立ち尽くしていた。
部屋の前に立ってすでに10分以上は経過し、扉を叩こうとしては、手を引っ込めてしまう。
アイエフに唆されるまま、来たのはいいものの、結局のところ、合わせる顔がないの一言に尽きた。
かといって、おめおめと逃げ帰るわけにもいかず、神妙な顔つきのまま立ち尽くしていると、扉のほうから開き、その先には、ルウィーの教祖である西沢ミナが出てきた。
「あら、貴女は、プラネテューヌの女神候補生の」
「あ、はい。 ネプギアです」
「ユーリさんのお見舞いですか?
まだ動くことはできませんが、目を覚ましていますよ」
ぺこりと頭を下げ、立ち去っていく西沢を見送り、図らずとも逃げ場がなくなったネプギアは、部屋の中へと入り、ベッドの上で体を起こしている悠理と目が合った。
「教祖の次は君か。 千客万来とはこのことだな」
「あ、えっと……ごめんなさい……」
「あぁ、すまん。 追い返そうとしているわけじゃないんだ。
とにかく、座るといい」
悠理に促され、ベッドの横にある椅子に腰を掛けたが、扉の前でもそうであったように、悠理を目の前に、何を言えばいいのか分からず、顔をうつ向かせてしまう。
以前であれば、もっと気軽に話しかけることができたのだが、あの戦い以降、多くのことが変わってしまった。
現実の厳しさを知り、自信を失ったネプギアは、伝える言葉すら失った。
静まり返る個室で、先に口を開いたのは悠理だった。
「良い知らせと、悪い知らせがあるが、どちらから聞きたい?」
「――――良い知らせから聞かせてください」
「先の戦いで、ルウィーに在中していた、犯罪組織の殆どが投降した。
その結果、多くの情報を得ることができ、ルウィーの中枢に入り込んでいたスパイもまとめて捕らえ、犯罪組織を擁護していた政治家も、発言力を失った。
これで、ルウィーも正常な政治運営が行えるだろう」
これで、ラステイションに続き、ルウィーも犯罪組織の手から抜け出すことができた。
侵攻の少なかったプラネテューヌを含めれば、残りはリーンボックスのみ。
戦いの終わりは近い、そう思えるが、どこまで行こうとも人間の敵はやはり人間なのだ。
「悪い知らせだが―――――――――女神排斥派の人間が、動き出したようだ」
この戦いだけではなく、ラステイションにおける戦果の殆どは悠理が得たものと言っていい。
守護女神は囚われ、女神候補生は悠理に遠く及ばない。
三年もの間、犯罪組織に支配されていたゲイムギョウ界における、女神信仰は低下しているさなかの、出来事。
元々あった女神排斥派は、英雄エミヤを旗印に、表舞台に出ようとしていた。
「無論、俺は、権力や地位に興味はない。
だが、俺が戦果を挙げ続ければ、やつらの思うつぼだ」
当然、悠理がネプギアたちに加担している以上、簡単に世情を覆すことは出来ない。
だが、悠理の力のみで犯罪組織を打倒することがあれば、今でこそ小さいその声は大きくなるだろう。
「――――それじゃあ、ユーリさんはもう……」
「あぁ、少なくともリーンボックス奪還は、君たち女神候補生の力で成し遂げる必要がある」
それが現状とれる最善の策。
無論、悠理の力を借りる手もないわけではない。
女神を救出後、悠理の存在を女神の加護を得た存在などと、適当に誤魔化してしまえばいい。
それで、納得するかは半々といったところだろうが、その後の女神の活躍次第で、声は抑えられるだろう。
「――――私に、できるでしょうか……」
「戦うことが、怖くなったか……?」
そう、尋ねる悠理に、ネプギアは首を横に振った。
戦うことを傷つくことを恐れてはいない。
今もまだ、剣を持ち立つことは出来る。
「―――――分からなくなりました。 ただ、私は戦って敵を倒して、世界を救えばいいと、そう思ってたんです」
ただ、何も考えることなく剣を振るい、眼前の敵を倒せば、残るは味方だけ。
そうなれば、世界は救えると、悠理に手が届くと。
「でも、本当に、世界は救われることを望んでいるんですか」
その問いに、悠理は押し黙る。
なぜなら、悠理はすでに、その問いに答えを出している。
それも、ネプギアが望まないであろう答えを。
「―――――ならば、ここで剣を置くか?」
たとえ、ここで剣を置いたとしても、ネプギアを責めはしない。
英雄は怪物を打倒できても、民衆に殺される存在であるが故に、英雄や救世主と呼ばれる存在が必ず直面する問題だ。
「―――――一つお願いがあります」
悠理の大きく、傷だらけの手を割れ物のように両手包みこみ、祈りを捧げるように額に当てる。
幾人もの人を救い、幾人のものを殺めてた、これからネプギアが辿るかもしれない未来。
「今の私に答えは出せません。だから、ユーリさんの為に戦わせてください」
祈りをささげるその姿に、悠理は既視感を覚える。
それは遠い過去、それは、まだ衛宮士郎と旅をしていたころの記憶。
「もしも、私が、リーンボックスを取り戻したら、少しでいいんです。
ほんの少しでいいですから、その体を大事にしてください」
傷つく士郎を見ていられなくて、戦い方を教わった日々が甦る。
役に立ちたい一心で、剣を振るい、弓を引き、心身ともに鍛え上げた。
しかし、その結末は、決して悠理が望むものではなかった。
だからこそ、悠理は、この手を振りほどくことができない。
その想いを知っているが故に。
「――――――――一週間は安静の身だ。
それまでに、奪還とは言わないが、その切っ掛けになるものを掴んで見せろ」
「――――――――分かりました」
その手を握り返すことはしない。
握り返してしまえば、揺らいでしまいそうだから。
ネプギアを置いていくことが、今までの道が、本当に正しいのか迷ってしまいそうだから。
こうして、悠理の力を借りることなく、女神候補生の力による、リーンボックス奪還作戦が幕を開けた。
というわけで、悠理は一時退場となりました。
次回からは、リーンボックス編。
おそらく原作色は全くない展開となりそうですが、今後ともよろしくお願いします。