「―――――あんた、なにやってんのよ……」
扉に背を預け、呆れた顔と声音が悠理の耳に届いた。
「見てわからないか? 筋トレだ」
そう、一週間は絶対安静と言いつけられているにも関わらず、既に体を動かしている悠理に、アイエフは大きなため息をついた。
筋骨隆々と鍛え上げられた筋肉とはいえ、使わなければ衰えると理解はできるが、休むという言葉を知らないのかと、額に手を当てる。
「魔法とは、便利なものだな。
後遺症の一つや二つ覚悟の上だったか、数日で動けるまで回復するとは、魔術で同じことをしようと思うと、人命の一つくらいは必要だろう」
「あっそ……そのままでいいから聞きなさい。
ネプギアたちが向かった、リーンボックスだけど、嫌な予想は当たるものね」
「その様子だと、既に、女神排斥派に実権を握られていたということか」
「ええ。 まぁ、崇める女神がいないんだから仕方ないし、エミヤの名が想像以上に広まってるのよ。
大方、世論の流れを引き寄せるために、種をばら撒いたんでしょうけど、実績を伴っている以上、火消しも難しいわ」
「おまけに、犯罪組織と繋がっていると。 想像しうる限り最悪の展開というわけか」
女神排斥派も犯罪組織も、女神が邪魔なことに変わりはない。
しかし、敵の敵は味方ではないのだ。
共通の敵である女神がいなくなれば、次は人間が戦いの舞台に上がるだろう。
そして、その旗頭が悠理であり、その強さゆえに、基盤は盤石となる。
それが、女神排斥派の描く展開であろうが、いくら悠理とはいえ、犯罪神を相手に、勝てる保証はどこにもない。
犯罪組織側は、女神を消し去った後は、内部から働きかけ、悠理を戦わせないように動くだろう。
どう転ぼうとも、ネプギアたち女神候補生が失敗すれば、世界は大きく動く。
新たなる体制の設立か、世界の終焉か。
どちらにせよ、リーンボックスでの戦いは、人間と犯罪組織、その両方と戦わなければならないということ。
「そこまで分かっておいて、あの子を行かせたわけ?」
「―――――それ以外に、選択肢などないだろう」
「正直、まだ、あの子には、荷が重すぎると思う。
多少世論が流れる程度なら、女神を救出してから、十分に巻き返せるはずよ。
それに、もしも、失敗することがあれば、それこそ……」
アイエフが言うう通り、成功するメリットは大きいが、失敗した時のデメリットがあまりにも大きすぎる。
今の世情で、女神の失態が流れれば、それは大きな流れとなり止めることも難しくなる。
さらに、ネプギア達、女神は代えが利かないのだ。
ネプギア達が成功すればベストだが、ここは、リスク回避を込め、悠理たちもついていくベターな選択を取るべきだと、訴える。
「―――――言いたいことは分かる。
だが、これは、ネプギアが言い出したことだ」
「分かってるわよ。
でも、だからこそ、あんたなら止められたはず」
「いや、むしろ、俺だからこそ、無理だっただろうな」
思い出すのは、昔の自分と重なる、祈りを捧げるように手を握るネプギアの姿。
そして、あらゆる雑念を振り払った、据わった瞳。
その当事者である悠理が、止めようとすれば、ネプギアは一人でもリーンボックスに赴いただろう。
「そもそも、君が嗾けたことだろう」
痛いところを突かれ、唸るアイエフだが、まさか自分の手すら跳ね除け、敵地に向かうとは思っていなかったのだ。
強くなったとはいえ、先の戦いで悩み迷っていたネプギアを戦わせることには、やはり抵抗がある。
「―――――それに、君は過保護すぎだ。
俺も、ネプギアの稀少性は理解している。
そして、それを踏まえた上で止めなかったんだ」
「―――――あんたって、思ってるより、ネプギアを信用してるのね。
この前は苦手だ、なんて言ってたくせに」
「苦手なのは変わっていない。
正直、会わなければよかったと思う位にな」
己と同じ運命を辿る少女。
自身の根幹を揺るがしかねない、その存在の行く末を見てしまっていいのかと。
悠理と同じ道を辿るならば問題はない。
だが、もしも、悠理と違う道を選ぶとすれば、その時は、再び、悠理にも選び難い選択の時が来るということだ。
「だがな、同時に、あれほどの逸材はいないだろう。
もしも、俺が、エミヤの後継に選ぶのならば彼女だろうな」
今のネプギアでは話にならないだろう。
なにせ、エミヤの正義とは屍の上にこそ築かれる、秩序という名の大多数による正しさだ。
和を乱し、世に害をなす存在を粛正する歯車。
それは、全てを救うと、理想を掲げた衛宮士郎でさえ当てはまること。
それを、人一人の死すら許容できないネプギアに務まるはずがない。
だが、悠理と同じく強い憧憬を持ち、失意の中にあっても剣を置くことはない。
一つの目的を持てばどこまでも、追い求るある種の純粋さを持ち合わせているのも確か。
悠理が直接指導に当たれば、その才能は瞬く間に開花するだろう。
そして、衛宮悠理の死をもって、エミヤの名は継承される。
四代目エミヤとなった暁には、おそらく悠理を含め、先代のエミヤを超えることになるだろう。
なにせ、人間よりも遥かに優れた女神という生命体の上、この世界の四分割する一つの国のトップだ。
個人で戦ってきた先代達よりも、その影響力は大きく、寿命という概念がないネプギアは、争いのない世界という理想を現実にできる可能性を秘めている。
だからこそ、悠理はネプギアから目を離すことができない。
悠理と同じ運命を辿るのか、それとも別の道を選び何かを変えることができるのか。
これはそれを見極めるための一つの試練。
そして、その試練を課されているネプギアは今、絶体絶命の危機に直面していた。
ルウィーの女神候補生である、ロムとラムはすでに戦えないほどの傷を負い倒れ、立っているのはネプギアとユニの二人。
その二人も、軽くはない傷を負い、肩で息をしている状態。
「ふん、やはりこの程度か。
所詮、女神など過去の産物、新世界を築く我らの敵ではない」
女神候補生に立ち塞がるは、犯罪組織マジェコンヌ四天王が一人、
悠理が不在の中、最大の試練が幕を開けていた。
遅くなりましたが、リーンボックス編開幕です。
とはいえ、最初からクライマックスな感じですが、次回は、リーンボックスに到着から、勇者との対峙までという回想になります。
姉である守護女神が敗北した四天王との闘い。
ネプギア達の運命は如何に!?
という感じでお送りいたします