対峙した衛宮悠理と遠坂凛、睨み合いから先に動いたのは悠理だった。
10mの距離を数歩で詰める、その身体能力は、生身の人間ではありえない動き。
魔術回路を持たない故に、その体には魔力の欠片も存在しない。
その特異な体質が故に、多くの執行者は真っ向から対峙した時に油断を招き、初撃の元に倒れていった。
しかし、その体質を知っていた凛は、近づけさせまいと魔術回路を回し、フィンの一撃へと昇華したガンドを乱れ打つ。
質量をもった呪いは、魔術回路を持たない悠理には致命的な呪いとなり、一発でも貰えば動けなくるだろう。
だが、手に持った夫婦剣、干将・莫耶によって、全て叩き落された。
距離を詰めさせないように立ち回る凛に対し、距離が詰められない悠理。
千日手であるこの戦況は、本来ありえないものだ。
全ての距離に対応して戦術を変える悠理ならば、距離を詰められなければガンドの射程外である長距離から弓で射抜けばいい。
しかし、相手が凛であることが、その戦術を封じていた。
数キロ先の標的を寸分なく射抜く、超長距離の射撃を可能としていた衛宮士郎ならば、それも可能ではあっただろうが、衛宮悠理では、当てることはできても手加減が効かない。
衛宮士郎亡き後、抜け殻になっていた悠理に手を差し伸べたのが遠坂凛であり、二人目の命の恩人と言ってもいい相手だ。
殺さずに無力化するならば、得意とする白兵戦以外に方法はなく、また、それ以外の戦術をとるつもりもない。
そして、それは凛も弁えていることであり、それ故に今の戦況が生まれていた。
「
そんな戦況を打破すべく投げ込まれた
「
しかし、それを予測したかのように、夫婦剣の片割れである、内に秘めた神秘を自壊させることにより、膨大な魔力を解き放ち、破壊の閃光を相殺した。
「―――――――っ! ホントにあんたのそれ反則よね!」
光が晴れると、失ったはずの莫耶が、悠理の手にある。
ランクは低いとはいえ、宝具の一つである干将・莫耶の投影は、魔術師である彼女にしみてれば、目を覆いたくなるほどの、神秘への冒涜だ。
本来、等価交換が原則の魔術の法則を凌駕する、衛宮士郎にのみ許された固有結界から派生した投影魔術。
それを、魔術回路すら持たない、衛宮悠理が使っているのだ。
魔術師なら卒倒しかねないその光景に、知っていも理不尽を感じざるを得ない。
「退いてください、凛さん。
貴女では、魔術師では俺に勝てないことは百も承知でしょう」
条件さえ揃えば、
魔術師殺しという忌み名を、過去三代において襲名してきた「エミヤ」の中でも、飛び切りの特異体質を持つ悠理がその身に宿す、特大の神秘。
魔術の極点である、「魔法」にも劣らないと、青の魔法使いに言わしめたそれは
「あらゆる神秘を無制限に再現する、
ホント、出鱈目もいいところよね」
長い年月をかけ、練磨してきた魔術を見ただけで再現できる突然変異体。
魔術によって齎される現象は、複雑な法則によって定められ、それを理解できなければ扱えないのだが、悠理はその過程をすっ飛ばして結果だけを齎す。
その真に恐ろしいところは、魔術の燃料ともいえる魔力を必要としないところにある。
敵対した魔術師は、己が得意とする魔術を再現されるだけでなく、何度も同じ出力で再現される魔術に消耗を強いられ敗れ去っていたのだ。
故に、魔術師では衛宮悠理を打倒しえない。
「多くの執行者が失敗してきたことです。
逃げ帰ったとしても、協会は責めはしないでしょう」
聡明な彼女ならば、理解できるだろう。
例え、莫大な魔力を込めた宝石が千あったとしても、それが魔術である以上、その性質・規模問わず再現され打ち消される。
「―――――――――そうね、あんた相手に出し惜しみなんてしたら勝てるわけないか……」
「凛さん……仕方ありません。
少々手荒な真似をしても、力づくで貴女を協会に送り返します」
悠理の背後に無数の剣が現れ、凛へと殺到する。
無銘の剣とはいえ、内包された神秘は、並の魔術を凌駕する。
ガンド程度では太刀打ちできず、宝石魔術では数が足りないその攻撃は、一筋の極光によって打ち消された。
「宝石剣ゼルレッチ、今からあんたに《魔法》の一端を見せてあげるわ!
再び放たれる極光を前に、悠理はその極光を再現し打ち消したが、その表情は驚愕に満ちていた。
「《魔法》……? まさか、至ったというんですか!?」
「いいえ、私が出来ることなんて、魔法の一端を真似ることだけ!
でも、あんたを倒すだけならこれで十分よ!
再び相殺される極光に、初めて悠理が苦悶の表情を浮かべる。
見ただけで性質・規模問わず再現できる悠理の観測者の書。
だが、仮定を飛ばし結果だけを齎すその現象は、決してその魔術そのものを理解できるわけではない。
火をつけるという現象を例にあげよう。
その方法はと問われれば、いくらでも方法はあるだろう。
単純にライターを使えばいい、小難しく太陽光をレンズで凝縮させればいい。
魔術も同じく、同じ現象を超すにも数多の方法があるのだ。
そして、悠理が出来ることは、その方法を無視して結果だけを齎す。
故に、魔力を収束させ放つという力技を、何度も使う彼女に疑問がわいてくる。
放たれた極光に込められた魔力は、数発で周囲の魔力を枯渇させるはずだというのに、未だ、その極光は尽きることなく、悠理へと放たれる。
「――――――――――――くッ! いくら同じことをしても無駄です! それが魔術である以上、俺は倒せない!」
「そう、ならこれでも受けてみなさいってのッ!
さらに出力を上げた魔力の奔流が、ぶつかり合う。
その威力は、例え余波だとしても、命を落しかねない程の威力。
このままでは、二人纏めて死んでしまうと考えた悠理は、極光の継ぎ目に勝負を仕掛けた。
どういう理論の元、目を疑うような規模の魔力を行使しているのかは理解できない。
だが、魔力を収束し放つという魔術ならば、宝石剣さえ奪ってしまえば、勝敗は決する。
魔力の大奔流が大気を揺るがし、その余波は、全身の骨を軋ませるが、打ち消し合ったその瞬間、バゼット・フラガ・マクレミッツの破格の身体能力を可能としていたルーン魔術を再現し、一足の元に距離を詰めた。
「これで、終わりですッ!」
振り上げた剣が、宝石剣を捕え、勝利を確信した瞬間、その斬撃は不可視の壁に囚われた。
空振りに終わった斬撃、その僅かだが決定的な隙に、彼女の魔術回路は既に稼働していた。
「ええ、これで終わりよッ!」
放たれるフィンの一撃、神秘を再現できるとはいえ、魔術回路がない悠理は呪いに抗えない。
しかし、先ほど見た、斬撃を無効化した魔術を発動させ、体勢を立て直そうと後ろへと飛ぼうとした瞬間、その一撃は悠理に届いた。
「―――――――――――ッァ!?」
痛みと共に、急激に重くなる体は、呪いに蝕まれ、立つことさえままならずその場に崩れ落ちた。
「な、どうして……?」
「『キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ』が到達した第二魔法、それは、平行世界の運営。
種明かしをすると、魔力は平行世界からくみ取って、あんたの攻撃も平行世界に飛ばしたってわけ」
そして、同じように防ごうとした悠理は、同じ《魔法》の使い手である彼女には通じない。
届くはずの攻撃を平行世界へと飛ばそうとした悠理だが、種さえ分かっていれば、後は簡単だ。
その空間の歪みを超えるように魔術を組めばいい。
無論、それが如何に難解な所業か、世の魔術師が効けば卒倒しかねない魔術だ。
「さて、言い残すことはあるかしら?」
高熱に魘され、視界すら定かではない悠理を見下ろす、凛だが、死地にあっても悠理は間だ諦めてはいなかった。
「まだ……死ねない……! 俺は、あの丘に……立つんだ……!」
憧れた剣の丘に立つまでは死ねない。
あの背中に追いつくまでは、死ぬわけにはいかない。
ただ、それだけの想いで、常人なら激痛の余り、泣き叫ぶ体で立ち上がった。
「凛さん、悪いが……逃げさせてもらう……」
「ふぅん、そんな体で私から逃げきれると思ってるわけ?」
「あぁ……俺には貴女が見せてくれた《魔法》がある……!」
息も絶え絶えの中、遠坂凛が到達した魔法の一端を再現した。
平行世界へと繋ぐ穴を空け、ここではない世界へと逃げ込む、一か八かの賭け。
しかし、観測者の書が出来るのは再現、その性質・規模も再現するその能力では、魔力が通るような小さな穴しか空けることが出来ない。
その高度な魔術理論を理解できない悠理では、人が通れるほどの穴を空けることは不可能だった。
「そう、なら、手伝ってあげるわ」
「―――――――――――え?」
諦めるつもりは毛頭なかったが、積んでいる状況に歯噛みしている中、差しのべられた手に、気力だけで立っていた体が再び崩れ落ちた。
信じられないと、嘘をつくような人間ではないと知っていながらも懐疑的な視線を向けるが、彼女はさも当然のように悠理の手を取った。
「元々、そうするつもりだったのよ。
残念だけど、あんたはやり過ぎたの。
例え、私が退いても、必ずあんたは殺される。
だから、私が、あんたのことを誰も知らない世界に飛ばしてあげる」
どうして、という言葉は出なかった。
悠理は知っているのだ、彼女が衛宮士郎に向けていた感情を。
裏切りの果ての死、そのことにショックを受けたのは悠理だけではない。
それでも、彼女は後悔だけはしていないのだろう。
やれることはやった、その結末が望むものではなかっただけ。
そんな風に割り切れる強い人間だと悠理は評価していた。
事実その通りであり、後悔はしていない、後悔はしていないが、悔しいと感じていたのだ。
それこそが悠理の誤算であり、悠理の希望だった。
「いい、悠理、よく、聞きなさい。
あなたが士郎に憧れているのは知っている。
だけど、その為に、あいつの真似をするのは止めなさい。
悠理は悠理よ、決して衛宮士郎にはなれないの」
告げられた残酷な言葉。
誰から馬鹿にされようと決して折れることはないと、あの丘に辿り着くと誓った。
だが、彼女からその言葉を聞きたくはなかった。
「貴女も……貴女が、士郎さんを裏切るんですか!」
差しのべられた手を振り払い、怒りのままに吼える。
悠理にとって衛宮士郎は憧れであり、その理想を分かち合えはしなかったものの、衛宮士郎を理解し支えようとした、特別な人だ。
だからこそ、その裏切りだけは許せない。
例え、このまま殺されることになろうとも、決して、その手を取ることはない。
今にも倒れそうな体を起こし、睨みあげる悠理。
その姿に溜息をつくと、拳を振り下ろした。
「だから、よく聞けって言ってるでしょうが!
はやとちりしてんじゃないわよ、この馬鹿!」
振り下ろされた拳は、頭部を直撃し、鈍い音を立て、今度こそ悠理は大地に倒れ込んだ。
「ねぇ、あんたは正義の味方になりたい?」
そう、問われたとき咄嗟に返事が出来なかった。
衛宮士郎が目指したもの、その後を継ぐと決めたにも拘らず、即座に答えることが出来なかった。
「あんたは士郎とは違う。
あいつは、誰もが傷つかない世界を本気で追い求めてた。
でもね、あんたは戦争の中で生まれて、生きてたもんだから、それが叶うはずのない理想だって諦めちゃってるのよ」
戦争は終わらない、敗者には滅びを、勝者には更なる地獄を。
しかし、それは衛宮士郎も知っていたことだ。
それを知って挑み続ける、その背中に憧れたからこそ同じ道を歩むと決めた、その決意に迷いはない。
それなのに、衛宮士郎と衛宮悠理のどこに齟齬があるというのか?
「あいつは、ホント馬鹿だから、叶うはずのない理想だって知っても諦める事だけはしなかった。
でも、あんたは戦争で人が死んでいくなんて、当たり前だって思ってる。
何より、あんたは生きるために、人を殺すことに、抵抗なんてないでしょ?」
彼女の言葉に、目が覚めるような気分だった。
衛宮悠理の根幹であったはずの、衛宮士郎から受け継いだ理想。
その夢が失われていく感覚。
衛宮士郎の理想を継いだつもりでいた、その理想を叶えるために多くの戦場を渡り歩いてきた。
それはきっと間違いではない、彼女から暴かれた衛宮悠理の真実を告げられても、胸に灯った火は消える気配はないのだ。
ならば、この胸に灯った火はなんだというのか?
「あんたはさ、あいつの背中に憧れたんでしょ。
不可能だって周りから馬鹿にされても、それでも諦めずに挑み続けるその背中に憧れたんでしょ?
それを、誰も傷つかない世界を追い求める姿に憧れたって勘違いしてたのよ」
その言葉に、ずれていた理想の姿が重なった。
「そうだ……俺は、誰もが傷つかない世界を求めていたわけじゃないんだ……
俺は……俺は、誰もが傷うつかない世界を求める、あの大きな背中に憧れたんだ……!」
涙を零れ、地に伏せながら天に手を伸ばす。
それは、理想を背負うと誓いながらも、結局のところ、その理想を諦めていたことに対する謝罪だった。
「士郎さん……ごめんなさい……俺は、貴方の後を継ぐと、その理想を叶えると誓ったのに……!」
この胸に灯った火は、その理想ではなく、理想を追い求める姿にこそ憧れたのだ。
今まで、多くの戦場を渡り歩いていたのは、その背中を世界から消したくないという我儘。
「エミヤ」は、まだこの世界にいるのだと、衛宮士郎を殺した世界に対する復讐だった。
「それでも、あんたは士郎の、ううん、「エミヤ」の意志を継いでいるのよ」
涙を流し、天に伸ばす手を、彼女は取った。
「あんたは、あいつに追いつきたいんでしょ?
だったら、立ちなさい! いつか、士郎が抱いた理想に負けないくらい、命を懸けて叶えたい理想を手に入れるまで生きなさい! その先にきっと、あの丘は有るんだから!」
叱責する彼女の声は震えていた。
ぽたぽたと落ちる雫と、強く握られた手は、衛宮士郎を救えなかった悔しさ。
そして、そのやり直しの機会を与えられ、今度こそ、救ってやると決めた意志の強さを表していた。
「俺に、出来るのかな……? あの丘に辿り着けるのかな……?」
「――――――――当然でしょ! あんたはあの馬鹿の跡継ぎなんだから!」
涙は止まっていた。
胸に灯った火は消えることなく、強く輝きを増していく。
衛宮士郎と同じ理想は抱けない、でも、同じくらい尊い理想を抱き、それを叶えようとするその背中には追いつけるはずだ。
今はまだ、叶えたい願いはないけれど、いつか必ず――――――!
「凛さん……絶対に、絶対にあの背中に追いついて、追い越して見せます!」
それは、新たなる誓いの言葉。
衛宮士郎が愛した女性であり、衛宮悠理も同じく愛した女性の前で、いつまでも惨めな姿は見せられないという男の意地。
「ええ、いってらっしゃい。
あんな奴、さっさと追い越して、自慢してやりなさい。
理想を追い求めて死んじゃった、あの馬鹿に、生きたまま理想を叶えた姿を見せつけてやりなさい!」
悠理が開いた平行世界への穴を、宝石剣が人が通れる大きさまで広げる。
後戻りはできない、衛宮悠理だけでは平行世界へと渡る力はなく、二度とこの世界に戻ることはできないだろう。
それでも、最愛の女性に誓った言葉と意地がある。
いつか、必ず振り向かせてみせると、空っぽの心に宿った二つ目の願いを胸に、新世界へと旅立つのだった。
さて、ここまで読んで頂きありがとうございました。
プロローグとか書いといてここから先は何も考えていません!
適当なラノベの世界にでも放り込もうと思っていましたが、よくよく考えると、二次創作を掛ける程読み込んでいる作品がないことに……
それでも、アニメの出来が素晴らしすぎたので書いてしまった作品。
続きを書くかは、不明です、ごめんなさい。
ちなみに、この世界の士郎は、凛ルートを通り、倫敦で凛と別れ一人戦場へ行ったというIF設定です。