甦った、破滅を齎す邪神。
ギョウカイ墓場という器に、降臨した犯罪神。大地を自らの体として操るには流石に時間が掛かるのか、攻撃を開始する様子はないが、既にその大きさは百メートルを超え、その倍に達そうとしている。
四天王を器とする犯罪神であれば、今の悠理でも倒せただろう。
それほどに、死神から盗んだ
しかし、死神ならいざ知らず、悠理が使うその魔剣に、今の犯罪神を倒す力を引き出すことは不可能。
死神との戦いで女神化の維持すらやっとのネプギアは実質戦力外。
あれが外に出れば文字通り世界に破滅を齎すだろう。
死神と異なり、全戦力を投入すれば倒すことは可能だろう。
しかし、それはあくまで器を破壊したに過ぎず、次はゲイムギョウ界の大地を器にして甦る。
そうなれば、じり貧どころか、護るべき大地を破壊するという本末転倒になりかねない。
だからこそ、悠理の決断は早かった。
「―――――ネプギア、今すぐ俺を置いて逃げろ」
「―――――怒りますよ……!」
静かに怒りをにじませるネプギアだが、悠理の意志は変わらない。
このままでは、全てを失う。
そして、それを防ぐことができるのは悠理だけ。
「君がもし万全だとしても、あの鞘の力で拒絶できるのは事象だけ。
その存在を拒絶することは出来ないだろう」
「だからって、ユーリさんが犠牲になる理由になりません!」
「いや、この状況を打開できるのは俺だけだ。
固有結界に内包されている全ての神秘を開放する。
そこにあの魔剣があれば、あの巨体といえど破壊できるだろう。
やつ自身を殺しきれるわけではないが、この場所からやつが出るまで長い時間を有する。
それまでに、君たちがやつを殺す術を見つけろ。それが、最善の手段だ」
固有結界に内包されているすべての刀剣の神秘を開放すれば、犯罪神は倒せるだろうが、当然、悠理の命もその爆発に巻き込まれ命を落とすだろう。
俯き体を震わせるネプギア。
悠理の言うことは正しい。
過去に犯罪神を封じた伝承が残っているのであれば、ゲイムギョウ界中を探し回ればその方法も見つかるだろう。
そして、万全のネプギアと、女神たちが集まれば犯罪神も倒すことができる公算も高い。
何よりも、ネプギアがエミヤを継ぐに足りないものがある。
全てを救うという衛宮士郎と同じ理想を掲げるのは、悠理も望むことだが、本当にどうしようもない事態に切り捨てることができる冷酷さがなければ、必ずより多くのものを失う。
だからこそ、これは必要な儀式。
悠理の死をもってエミヤの継承は成される。
「ネプギア、エミヤを継ぐかどうかは君に任せる。
―――――俺が死んだ後の世界は君に任せる」
「――――――分かりました」
俯くネプギアの頭に手を置き、くしゃりと髪をなでると、ネプギアに背を向け死地へと歩く。
結局、その命を懸けて成したいことは見つからなかったが、驚くほどに心は軽やかだ。
背負った想いを望む形で引く継ぐ後継者ができたのだ。思い残すことはない。
「―――――ユーリさん……」
呼び止める声に、足を止める。
これが最後の言葉。恨み言か、はたまた、約束を守れなかった説教か。
たとえそれが、叶わぬ想いを秘めた言葉であろうと、悠理の死を振り切ることができるのであればそれでいい。
しかし、その言葉は、どれも的外れ。
「歯を食いしばってください」
あまりに予想外の言葉に振り返った瞬間、視界をふさぐ小さな拳。
だが、小さくとも女神の膂力がこもった拳は、悠理を簡単に殴り飛ばした。
ネプギアの怒りはそれだけにとどまらず、倒れた悠理の上に座り、胸ぐらをつかむと、力の限り頭突きをかます。
視界に火花が飛び、額からは血がにじむ。
「私が馬鹿でした。そうですよね、ユーリさんが素直に聞いてくれるはずありませんよね」
烈火の如き怒りを無理やり抑え込もうとしても、抑えられない怒りが滲んだような言葉が、ぐらぐらと揺れるしかいにも関わらず、はっきりと聞こえてくる。
静謐な瞳も、今や怒りに染まり、抑えきれない怒気を伝える。
「いい加減にしてください! どうして、ユーリさんが傷ついて悲しむ人いるって分からないんですか! 自己犠牲の果てに待っているものは、孤独と無だって、ユーリさんが一番知っているはずじゃないですか!」
そう、初めて夢で見た時から気に入らなかった。
悠理が目指す、ネプギアが大嫌いな剣の丘が。
偽善の果てにある、自己満足でしかない孤独と無の象徴が。
「そんなに私が、他の人が信用できませんか! ユーリさん一人が戦って世界が救われるなんて、思い上がらないでください! そんなだから、
確かにエミヤは、多くの人を救ってきた。その数は、過去未来において類を見ないものだろう。
だが、言ってしまえばそれだけ。多くの戦いを治め、死ぬはずの人間を多く救ったとしても、何も変えることは出来なかった。
争いは再び繰り返される。敗者には滅びを、勝者には次なる地獄を、終わりのない負の連鎖を何一つ止めることは出来なかったのだ。
「世界はユーリさんだけじゃないんです。私がいて、ユニちゃんがいて、アイエフさんがいて、名前も知らない人達がいて、世界は成り立っているんです。
だったら、その名前も知らない人達が、平和を望まなくて、どうやって世界が平和になるんですか」
エミヤは、その力を振るって世界を平和にするのではない。
エミヤは、あくまで寄り添うだけ。世界が平和にしたいという想いを護り育み、名も知らない人たちこそが世界を平和にするのだ。
それが、この旅で、一度は失い、手に掴んだ、伝えるべき言葉。
「―――――これでも、分かってもらえないなら、気絶させても連れて帰ります」
物騒なセリフを呟くネプギアに、冷汗が背筋を伝う。
「だが、現実問題、あれを放っておくことなどできないだろう」
「―――――そんなの簡単ですよ」
「ネプギア、ユーリ、生きてるわよね!」
駆けつけつけてくる、アイエフや、女神候補生たち。
その声を聴いたネプギアは、とびっきりの笑顔で、その問いに答えた。
「私たちには仲間がいます! 一人じゃできないことだって、皆がいればできないことなんてないんです!」
その笑顔に、その答えに、忘れていたことを思い出した。
一人で戦い、死地に歩む衛宮士郎に、何度も言いたかった言葉。
そして、その最期まで伝えることができなかった言葉。
「――――そうか……そうだな……。 言って聞いてくれる人じゃなかった。
こんな風に殴ってでも止めればよかったんだな」
エミヤとして正しい行いだとしても、決して納得できなかった衛宮士郎の死。
生涯悩み続けていた答えは、こんなにも簡単なことだったのだ。
それを、まさか、こんな少女に気づかされることになるとは思いもよらなかった、悠理は不意に笑ってしまう。
「な、なんですか、変なこと言ったら本当に気絶させますからね!」
しかし、それは決して、不思議なことではなかった。
その生まれから重い宿命を課され、悠理と同じ運命を辿ったネプギアが出した答えだ。
その言葉の重みは、傍にいた悠理が誰よりも知っている。
氷解した想いの果てに、晴れ晴れとした心が、未だマウントポジションで物騒なことを言うネプギアに対し、いたずら心が沸いた。
「ユ、ユユユユユユッユーリさん!」
突然抱き寄せられた、ネプギアはその不意打ちに、顔を赤くする。
わたわたと、腕の中で悶えるネプギアの拘束を抜け、抱き寄せたまま立ち上がると心からの言葉を告げた。
「―――――ネプギア、君のおかげで同じ過ちを繰り返さずに済んだ。感謝する」
「―――――やっと、分かってくれたんですね。遅いですよ、もぅ……」
その言葉は、ネプギアの願いの一つ。
果てし無く続く夢の一歩だが、何よりも大きい一歩。
その喜びを示すように、ネプギアも悠理の背に手を伸ばした。
「この緊急時に、なにいちゃいちゃしてんのよ、あんたたちは!」
「ち、ちがいます! これはユーリさんからで! 嬉しかったのは事実ですけど!」
世界の危機に、抱き合っていれば文句の一つも言われても仕方ない。
言い訳にもなっていない、言い訳を繰り返すネプギアを突っつきまわすアイエフとユニ。
余程初心なのか、ラムは手で目を覆い、ロムは、相変わらず表情の薄い顔で悠理に抱き着いていた。
とても世界の危機とは思えない、姦しい状況に、悠理は覚悟を決めた。
「アイエフ、頼みがある」
「なによ、ネプギアと二人きりなりたいとか言ったら本気でぶっ飛ばすわよ」
「俺は
無意識なのか意図的なのか、乙女心を理解しようともしないセリフに、浮かれていたネプギアが現実に戻る。
その冷え切った視線を気付かないふりをして、要求を続けた。
「あれを、倒せるものを取ってくる。
それまで、あれの相手を頼む」
「―――――ふーん……それは、あんたを犠牲にするようなものじゃないわよね?」
「あぁ、そんなことをしたら、誰かに気絶させても連れて帰ると脅されているからな」
全てを救う、自らさえも犠牲にすることなく。
この戦いを最高の形で終わらせるために。
必要なものはすべて、この身の内側に。
今こそ、自らに秘められた因縁に決着をつける。
「ネプギアは、可能な限り力を回復させておけ。
取ってくる武器を使うのは君だ」
こくりと頷くネプギア。これで、あとは悠理次第。
己が因縁を乗り越え、エミヤの想いを正しい形で果たすため、そして己が願いの為。
「ねぇ、ユーリ。時間を稼ぐのはいいけど―――――――あれ、倒しちゃってもいいんでしょ?」
不敵な笑みを浮かべて、冗談交じりに、悠理と同じセリフを口にする。
どこまでも、初恋のあの人に似ているアイエフに、同じく不敵な笑みを返す。
「―――――あぁ、期待している」
そして、悠理は己が内にある、道を探り当てる。
なにも難しいことはない、元よりその道はこの身に合ったもの。
ただ、無意識に閉ざしていた道を、今こそ開く。
向かう先は世界の果てにして始まり。
因縁たる《赤い影》が待つ、根源へ。
いよいよ、この物語もクライマックス。
キャラ設定をよく読んでいる人なら、割と予想できる展開だったと思いますが、最期の最期まで王道展開で突っ走ります。
では、また次回