犯罪神の復活、そして討伐。
その知らせは、瞬く間に世界中へと広がった。
なにせ、ギョウカイ墓場で行われていてた死闘は、その規模故に、外にいた人たちもその片鱗を見ていたのだ。
死神が放った世界を飲み込む炎。大地を擬人化した犯罪神。そして、暗黒の空を切り開いた聖剣の輝き。
更に、囚われていた女神たちが三年ぶりに、故郷の大地へと帰還した知らせも合わせ、その日から数日は、毎日がお祭り騒ぎのように賑わいを見せいていた。
世界を救った女神候補生と英雄エミヤを讃える声は、止むことはなく、世界は元の平和を取り戻していた。
だからこそ、その旅立ちは必然なものだった。
「本当に、行ってしまわれるのですか?」
宙に浮く本の上に座るイストワールが、隣を歩く悠理に再三に至って尋ねる。
世界の存続をかけ、命がけで戦った、紛れもない、この世界の英雄。
その代償として、左目には眼帯が掛けられている。
直視の魔眼を宿した瞳は、限定的なものにしたはずだったが、左目にはその瞳が残ってしまったのだ。
魔眼殺しの眼鏡など存在せず、視界を塞ぐことでしか、封じる術がなかった左目こそ、唯一、この戦いで残った後遺症だ。
だが、一度は片腕を失うどころか、死んでも不思議ではない修羅場だったのだ。
片目が使えなくなるだけですんだのならば、むしろ喜ぶべきだろう。
「―――――あぁ、この世界に、もう俺は必要ないだろう」
誰にも明かしていない、イストワールとの密約。
犯罪神の脅威を取り除いたとき、ゲイムギョウ界とは異なる世界へ移動する術を譲渡する契約。
その契約の元、悠理は、新世界へ旅立つ。
「しかし、皆さんに、何の挨拶もなく旅立つのは、あまりに薄情というものでは……」
「君も、ネプギアの執念深さは知っているだろう。
別れの挨拶など切り出そうものなら、力づくでも引き留めようとするに決まっている」
だからこそ、寝静まった深夜に行動を起こしているのだ。
最強の聖剣とその鞘を武装している今のネプギアは、悠理をもってしても倒すことは不可能。
汎用性という意味では悠理に分があがるが、単純な戦闘力という意味では、既に悠理を越えている。
「―――――ユーリさんとなら交際を公開しても、反感より祝福の声が多く上がると思われますが。
むしろ、私としましても、ユーリさんにならば安心してネプギアさんをお任せできます」
「止めてくれ。もう、ネプテューヌに追い回されるのこりごりだ」
ネプギアを渡すまいと、毎日のように追い掛け回されたことを思い出し、うんざりしたため息をつく。
更に、ネプギアには知らせていないが、各女神から、少なからずアプローチがあったこともあるのだ。
定住を持つような生き方などするつもりもない、悠理にとってその手の好意は、迷惑とすら言っていい。
「―――――ふぅ、決意は固いようですね。分かりました、これ以上引き留めようとするのは無粋のようです」
そう、ネプギアにもう手助けは必要ない。
四代目エミヤとして、この世界に平和を齎し続けるだろう。
ひたむきなネプギアの好意に、少なからず罪悪感を感じないこともない。
だが、これでいいのだと、転移門がある部屋の扉を開いた先、聖剣を突き刺し仁王立ちするネプギアの姿があった。
「こんばんわ、ユーリさん」
一見穏やかに見えるものの、僅かながらに輝く聖剣が、ネプギアの意志を代弁している。
下手に誤魔化そうものなら、教会が焦土と化すだろう。
イストワールに強行突破は可能かと、視線を向けるも、黙って首を横に振られてしまう。
「――――――どうして、今夜だと分かった?」
「今夜だと分かっていたわけじゃありませんよ。
ユーリさんの体力が回復した日から、毎晩、張っていました」
「やはり、君を出し抜くことは出来ないようだな……」
こと悠理のことに限っては、思考を覗かれているのではないかと邪推するほどに、勘が鋭い上に、恐ろしい行動力を兼ね備えている。
そんなネプギアを、寝静まったという安直な理由で出し抜くなど、最初から不可能だったのだ。
「黙って行こうとしていたことは謝ろう。
だが、俺は行かなければならない。そこを通してくれ」
残された手段は、誠実な説得だけだ。
無論、力づくで通るという手もないわけではない。
真っ向からの勝負では敵わずとも、多くの手札をもって勝利を掴むことができる。
だが、悠理にとってのネプギアは、衛宮士郎と遠坂凛と同じく大切な存在。
剣を向けるには、あまりにも情が移りすぎている。
「―――――いいですよ」
予想に反して、あまりにも簡単に道を開けるネプギア。
どんな心情の変化だと疑うが、ネプギアの目的は何一つとして変わっていない。
「ただし、私を連れていくことが条件です。
忘れましたか? 私の夢は、ユーリさんを幸せにすることなんですよ。
例え、地獄の底にでも付いてきます」
それこそ、ネプギアの想いの源泉。
それこそ、これから多くの世界を救う、この世で最も身勝手な善意。
それこそ、聖剣とその鞘に認められた純粋すぎる理想の形。
「それに、ユーリさんを独りにしたら、すぐに無茶して死んじゃうに決まってます。
ユーリさんの夢を叶えるためにも、私の力は必要ですよね?」
未だに片腕を犠牲にしたことや、後遺症の残った片目を恨んでいるネプギアは、据わった眼で悠理を咎める。
耳に痛い指摘に、その視線から目を逸らす。
「だ、だがな、君は女神としてこの国を治めなければならないだろう」
「それに関しては、必ず戻ってくるということを約束していただければ、少しの間くらい構いませんよ」
予想外の裏切りに、言葉を詰まらせる。
恨みがましい視線を向けるが、イストワールはどこ吹く風。
悠理と密約していたように、ネプギアも、悠理に知られることのないようにイストワールと密約を交わしていたのだ。
その内容は、ゲイムギョウ界が危機に瀕した際に戻ってくるという約束の元、悠理についていくというもの。
もし、再び、ゲイムギョウ界が危機に瀕した時、ネプギアと共に悠理も戻ってくるのなら、イストワールにとっても決して都合の悪いものではない。
「ちなみに、お姉ちゃんも説得済みです」
知らぬは本人ばかり。
黙って立ち去ろうとしていた悠理の影で、しっかりと外堀を埋めていたネプギア。
その手腕には、毎回、肝を抜かれるばかり。
「それと、私は、愛は見返りを求めない、なんて言えるほど聖人じゃありませんよ。
私は、ユーリさんを幸せにすることで、見返りを求めているんです。
ただただ、ユーリさんに尽くすだけの都合のいい女だなんて思わないでくださいね」
「―――――参った、俺の負けだよ」
最後に残っていた、対価という言い訳すら、ネプギアに先手を刺された。
本当に強くなったと、成長したネプギアを見つめる。
自分の居場所を護るために、善意を振りまき、絶望に押しつぶされていた、あの頃のネプギアとは違う。
確固たる目的の元、何物にも負けない意志と力を手に入れ、今その集大成を悠理に突き付けている。
「―――――ネプギア、俺と共に来てくれるか?」
差し伸べた手は、敗北の証であり、その想いに報いる覚悟の証。
一人では成し遂げられない大きな理想を為すために、新しい一歩を踏み出した。
「―――――はい!」
その手を満面の笑みでとるネプギア。
大きな夢の為、二人は手を取り合い、新世界へと旅立つ。
斯くして、剣の丘を目指した青年の物語は一つの区切りを迎えた。
そして、再び青年は歩き出す。
丘を越え、荒野を踏破し、その先の景色を見るために。
そして、孤独と無の極地である剣の丘に、祈りの詩を刻むため。
――――――心に宿すは剣の丘、手にするのは小さな少女の手。
一人ではなく二人で、新たな物語は幕を開けた。
悠理とネプギアの物語は新世界にてまだまだ続きますが、一応はここで完結させていただきます。
気が向けば、女神救出編後~エピローグに至るまでの、女神たちとの閑話を投稿するかもしれません。
それでは、長い間お付き合いいただきありがとうございました。