「―――――――――っ、はぁッ、はあッ……!」
《赤い影》から追われる夢から生還し、息を荒げ飛び起きる。
夢にしては、あまりにも感覚が生々しすぎる悪夢。
死者のように血の通っていない冷たい手の感触、首を絞められ、肺が酸素を求める苦しみ、今まで感じたことがない程に強烈な殺意。
どれもこれもがはっきりと思い出せる、それだけではなく、あの闇で詰め込まれた情報は、全て記憶していた。
「なんなんだあれは……? あれが、俺の正体の手がかりなのか……?」
悠理の身に宿る、一線を逸する神秘である《
これまでも、なぜこんな力があるのか考えたことはあったが、結局答えが出ることはなく、保留にしていた問題。
その手がかりが、突然身に降りかかってくる心当たりは、ないわけではない。
死が迫ってくる極限の状況、衛宮士郎に救われた時よりも危険だった事態に、悠理も知らない何かが起きたという可能性。
その何かが、間違いなくあの場所に繋がっている。
懐かしいと感じた闇、歓喜を覚える程に渇望した《渦》。
断片的である手がかりを纏めようと、考察に入ろうとした時、長い茶髪に、全身を覆う外套を纏った小柄な少女が部屋に入ってきた。
「目が覚めたのね」
様子を見に来たであろう少女、だが、重心の置き方、袖の下に隠されている刃物が、緊張を走らせる。
「あぁ、どうやら、助けられたみたいだな。
礼を言わせてくれ」
表面上は穏やかに取り繕いながらも、目に見えない布団の下では、両手を着き、僅かに腰を浮かせ、すぐにでも跳びだせるように警戒を怠らない。
親切に助けてもらったのにと、非難されるかもしれないが、悠理が育った戦場では、昨日助けてもらった相手が、明日もまた味方である保証はない。
もっとも、衛宮士郎に育てられた悠理が恩をあだで返すことはなく、一種の反射行為であり、結局その心配は杞憂に終わることになる。
「それで、一体どうしてあんな場所で倒れてたわけ?
それも、イストワール様が、三日もかけて思い出すような古い呪いを掛けられるなんて、よっぽどの事情があるんでしょ?」
「――――――すまない、どうやら記憶が混濁しているようだ。
悠理という名前は思い出せるのだが、それ以外はさっぱりだ」
当然、真っ赤な嘘だが、少なくとも三日は高熱に魘されていた状況を知っている少女ならば、その影響で記憶に障害が出ても不自然だとは思われても、嘘だとは断定しづらい。
未だ、ここがどんな世界でどんな場所か分からない以上、警戒を怠るわけにはいかない故の嘘。
「はい、ダウト。
刃物を隠し持ってるのは、まずかったわ。
少なくとも、あなたに危害を加えるつもりはないから、力を抜いたら?」
「参ったな、そこまで見抜かれてるとは……
参考までに、どうして、嘘だと分かったか教えてもらえるか?」
「記憶喪失の人間が、そんなに落ち着いてるわけないでしょ?
それと、記憶喪失を演じるつもりなら、助けてもらった、なんて言うんじゃなかったわね。
ちなみに、三日なんて言ったけど、あれは嘘よ」
本当は一日よ、と淡々と口にする少女に、思わず感心してしまう。
刃物を隠し持ち、警戒させるところまでもが計算の内。
刃物に警戒を引き付けておきながら、本命は日付をずらした鎌賭け。
流石に記憶喪失という嘘までは予測していなかっただろうが、何か隠していても、そのずれを利用して矛盾を暴き、優位に立つ算段。
これで、悠理が何を言おうと、まず、最初に嘘かどうか疑われてしまう。
これでは、下手な嘘など付けるはずもない。
見た目こそ少女であれど、中身は切れ者であることを認識した悠理は少女を見据えた。
「さて、それじゃあいろいろ聞かせてもらうわよ。
まず、どうしてあんなところに倒れていたのかしら?」
嘘は許さないと、真剣な瞳が訴える。
だが、嘘はつかずとも、嘘と思われても仕方がない真実故に、どう答えればいいか二の足を踏んでしまう。
なにせ、追われの身で呪いを受け、逃げる為に別の世界に来た、などと子供ですら疑ってしまう事実。
答えを渋る悠理に、少女は眉をひそめる。
「答えられないってわけね……悪いけど、答えられないなら、犯罪組織と縁がないって証明できるまで拘束させてもらうわよ」
その言葉に過剰な警戒の理由を理解した。
確かに、死に体だったとはいえ、こんな怪しげな男を、放置するわけにはいかないだろう。
「いや、答えられないわけではないんだが、正直信じてもらえるか分からない内容でな」
「―――――ふぅん……まぁ、聞いてみるだけ聞いてあげるから言ってみなさい」
悠理が、死にかけた状況に至る過程を簡単に説明する。
悠理が魔術という神秘の秘匿という大原則を破り、追われの身になり、呪いを受けながらも、命からがら別の世界へと逃げてきたこと。
ここが地球、もしくは魔術が存在する世界ならば、魔術という単語を使うべきではないのだろうが、この少女はガンドによって受けた呪いを《古い呪い》と言ったのだ。
魔術師の見習いでさえ習得可能な魔術を、そんな言い回しで言うということは、神秘は存在しても魔術は存在しないのだろうという、判断ゆえだ。
なにせ、魔術というものは、根源へ至るために練磨する手段の一つ。
それを秘匿するのは、魔術基盤という世界の大法則を分散させないため。
魔術師が二人いれば、半分に、四人居れば四分の一に、数が多ければ多い程に受けられる恩恵は減り、根源到達が困難になってしまうからこその大原則。
呪いを受けた一般人という可能性もある中、鎌をかけるにしてはリスクの高すぎる言葉選びは、悠理の仮説を補強する。
少なくとも、地球にいる魔術師ならばそのまま見殺しにするか、善意で助けたとしても、呪いの事は一切口にせず、もしも覚えているなら記憶を抹消しようとするだろう。
「別の世界からね……まぁ、あなたの世界ではどうか知らないけど、このゲイム業界では、他世界からの来訪者なんて珍しくもないから、信じられないという話ではないわね」
「それは、また……とんでもない世界だな……」
平行世界の運用という、遠坂凛が指を掛けた《魔法》とは異なるものだが、物理的に到達できない異世界への渡航を可能にする技術があるということだ。
それが科学によるものか神秘のよるものかは判断できないものの、文明レベルだけを見てみれば、少なくとも地球の百年以上は先を行くものだろう。
「それで、貴方はこれからどうするつもり?」
「それは、容疑は晴れたとみてもいいのか?」
「まぁね、正直な話、最初からあんまり疑ってはいなかったわ。
ゲイム業界では見ない呪いを受けていたし、犯罪組織の被害者にしては手口が違い過ぎる。
その逆、犯罪組織の人間にしては、《マジェコン》も持ってないし、襲撃されたとしても、争った跡もなければ、《マジェコン》の残骸もない。
これで、犯罪組織の人間っていうには無理があるでしょう?」
「そこまで分かっているなら、この問答に何の意味があったんだ……」
「一目見たときから捻くれてそうだって思ったからよ。
案の定、記憶喪失だ、なんて嘘ついたでしょ?」
シニカルに笑う少女に、悠理は両手挙げ、参ったと示す。
少なくとも、この世界の常識もない悠理が、敵う相手ではない。
「参ったよ、悪いが、この世界の常識を教えてくれ」
「最初から素直に、そう言えばいいのよ」
勝ち誇ったように言う少女に、遠坂凛の面影を見る。
外見こそにてないものの、勝気な性格と、優秀な能力は似たところがある。
何も知らない異世界、《赤い影》に殺されそうになる夢、不安要素ばかり抱える悠理に、この少女との会合はほんの少し、肩の力を抜けるものとなった。
「あぁ、そういえば自己紹介がまだだったわね。
私の名前はアイエフ、このプラネテューヌの諜報員よ」
「改めて、衛宮悠理だ、下の名前で呼んでもらえると助かる」
「そう、まぁ、短い付き合いでしょうけど、よろしくねユーリ」
週に一度とか言ったけど、まぁ、最初はね……?
というわけで、アイエフとの会合で、いきなり腹の探り合いで負けた悠理の回でした。
何気に一番好きなキャラで、おそらく一番悠理と息が合うであろう人物です(ヒロインとは言っていない)。
ネプギアの登場はまだもうちょっと先になります。
時間軸で言うと、アイエフとコンパがネプギアを助ける為にギョウカイ墓場に行くちょっと前。
次回はその間で行われている悠理の暗躍と、あの人とのガチバトル(の予定)です。