「火事だぁ! 皆逃げろぉ!」
けたたましいサイレンの音と、逃げ惑う人々の悲鳴が飛び交う中、燃え上がる炎が工場を包み込む。
消化を試みようにも、火の勢いは強く消火器程度ではどうにもならなほどに、勢いは増し工場を焼け崩れていく。
『ご苦労様、いや、相変わらず見事な出際だ。
イストワールから紹介されたときは半信半疑だったけど、プラネテューヌは良い拾い物をしたね』
電話先から聞こえる若い女の声の主は、重厚なる黒の大地、ラステイションの教祖である神宮寺ケイ。
そして、悠理はその教祖からの依頼を受け、犯罪組織が持つ工場に破壊工作を仕掛けていた。
「世辞はいい、それで次の仕事は?」
『世辞のつもりはないよ。
工場こそ犯罪組織のものだが、勤めている人間は一般人も多くいるんだ。
工場だけを破壊して、従業員の死者は一人も出さないその手腕は素晴らしいものだ。
どうだろう、ラステイションの、いや、僕個人の懐刀として雇われつもりはないかい?』
「残念だが、俺はプラネテューヌに属しているわけではないし、今後どこの派閥にも属するつもりもない。
今従っているのは、死にそうなっていたところを救われた恩返しだ」
アイエフとコンパに助けられ、プラネテューヌに拾われた形になったユウリは、そこで最低限の常識を学ぶと、プラネテューヌの教祖であるイストワールの指示に従い、犯罪組織の勢力を削ぎ落としていた。
元々、犯罪組織の勢力が少ないプラネテューヌでは、その仕事も少ないため、ラステイションへと派遣され、神宮寺ケイの指揮の元、その役割を果たしていた。
『それは残念だ、気が変わったら教えてくれ。
それと、今判明している犯罪組織の工場はそこで最後だ。
一先ず帰還を、それから新しい任務に携わってもらうよ』
「了解――――――――――――――ック!」
その司令通り、帰還しようとしたい矢先、恐ろしい殺気と共に、赤黒い魔力弾が、悠理を襲った。
その殺気にいち早く反応した悠理は、間一髪で回避することに成功するも、向けられる殺気の強さ、肌がひりつく威圧感に、このまま逃げることは不可能だと悟った。
『どうしたんだい……?』
「どうやら、感付かれたようだ。
無事生き残れたらまた連絡をする」
通話を切ると殺気が発せられている方向へと視線を向ける。
ゆっくりと近づいてくる強烈な気配、悠理が遭遇した理不尽な化物の中でも五指に入るだろう、その力の正体が物陰より現れた。
赤黒いオーラを全身から発している、眼帯を付けた女。
背中には機械でできた翼を負い、その手には斬頭台を思わせる巨大な鎌。
生気が感じられない青白い肌に、ボディスーツを纏ったその女は、まるで虫けらを見るような見下した目で口を開いた。
「貴様か? ここ最近、我らが犯罪組織の工場を潰して回っている人間は?」
あまりの殺気に空気が凍る感覚、修羅場を経験したいないものなら、窒息死すらしかねない緊迫した空気は、悠理がどう答えようと、生かして返すつもりはないと言外に語っていた。
「その質問に、意味はあるのか?」
「あぁ、そうだな、少しは話の分かる人間らしい。
――――――――――――――――――――――――死ね」
一瞬にしてその姿は視界から消え、2mを超える大鎌を振りかぶる。
狙うは首のみ、余計な小細工は必要としない、驚異的な身体能力は、まさしく強者の証。
弱者の意志など知ったことではないと、傲慢に死を押し付けてくるその一閃を迎え撃つは、黒白の夫婦剣。
「――――――チッ……!」
「――――――ほぅ……」
迫る凶刃に刃を合わせ、受け流すつもりでいた悠理は、受け流しに成功したにも拘らず数mの後退を強制され、鎌を受けた両手は鈍器で殴られたかのよう痺れる。
ルーン魔術による、限界まで向上させた身体能力を持ってして、この力量差。
理不尽極まりない、生物としての性能差に、思わず舌打ちをしてしまう。
対する死神は、必殺の攻撃を凌いだ悠理に、感嘆の声を上げた。
侮ってはいた、人間だと見下してはいたが、決して手は抜いていない必殺の一閃を、女神ですらない人間が生き延びたのだ。
「名乗って見ろ、人間」
「エミヤ、覚えておけ、お前ら犯罪組織を叩き潰す者の名だ」
構えは解かず、悪を滅する、魔術師殺しと呼ばれた、正義の執行者として名を告げる。
衛宮士郎の理想、誰も傷つかない世界を追い求める、その理想は受け継ぐことはできなかった。
正義の味方は、味方した方しか助けることはできない。
小数を切り捨て多くを救う、それが、正義という秩序を守る、正義の味方の正体だ。
だが、衛宮士郎が目指した正義の味方は、切り捨てるはずの小数すらも救う、理想の体現者。
しかし、遠坂凛が指摘した通り、悠理は、小数を切り捨てることを躊躇うことなく出来てしまう。
そのことに、どれだけ絶望しただろうか。
衛宮士郎と同じく、小数を切り捨てるたびに涙を流す心を持てなかったことに、自分の命より他人の命が大事だと、歪な願いだと分かっていても尚、挑み続けることが出来る理想を心に宿せなかったことに。
だかこそ、これは衛宮士郎に対する謝罪であり贖罪。
衛宮士郎が思い描いた世界に少しでも近づくように、誰もが傷つかない世界は叶わないけれど、傷つく人が少しでも減らせるように、受け継いでしまった「エミヤ」の名の元に、悪を滅する正義の執行者となる。
「私は犯罪神様に仕える四天王が一人、マジック・ザ・ハード。
貴様を殺す者の名だ、冥途の土産に持っていくがいい!」
再び激突する刃、悠理を敵とみなした
音を置き去りにした斬首の刃は、例え防ごうとも鎌鼬となって悠理の体に傷を刻んでいく。
理不尽なまでの性能差、一閃でも防ぐことに失敗すれば死が訪れる極限の死線。
仮に防ぎきることに成功しても、空気の刃は悠理の体から血を奪い、やがてその刃は悠理の身に届くだろう。
初めから勝機の薄い戦い、百度戦っても九十九回は負けるであろう戦いに、苛立ちを覚えているのは死神の方だった。
「―――――――――ッ」
「ふっ、どうした? 鎌の動きに精彩が無くなっているぞ?」
「ぬかせ、人間風情がッ!」
手数による高速戦闘を展開していた死神が、ここにきて一撃のもとに押しつぶさんとする、力技に移る。
大地を砕かんばかりに振り下ろされた大振りを、大きく後方に跳ぶことによって回避する。
宙に浮いた体は、飛ぶことが出来ない人間にとって致命的な隙となり、今こそ勝機とばかりに踏み込もうと死神だが、飛来する剣群がその足を止めた。
「小賢しいッ!」
名もない剣とはいえ、相応の神秘を内包する名剣たちが、一喝の元に砕け散る。
何処までも化物じみた性能に、思わず苦笑を浮かべるが、鷹のように鋭い瞳は、1%しかない勝利への道筋を睨んでいた。
「―――
踏みとどまった死神に飛来するは黒白の夫婦剣。
しかし、それでは死神には届くことはなく、鎌によって弾かれた。
「―――
再び投擲される夫婦剣を、切り伏せ、次こそ首を狩ると、大地を砕く勢いで踏み込む。
攻めに転じようとしたとき、一瞬の隙ができた。
「―――
「なんだと……!」
防いだはずの二対の夫婦剣は、互いを引き寄せあい、三度死神へと迫る。
前後左右から飛来する夫婦剣は、どう立ち回ろうと死角を突く。
「―――
しかし、その奇襲をもってしても人外の化物には届かない。
ランクこそC-と低いが、それでも法具である干将・莫耶を打ち砕く。
だが、攻めに転じようとした隙を突かれ、奇襲する二対の夫婦剣を防いだ死神の体勢は崩れた。
「―――
その最大の好機に、切りかかる三対目の夫婦剣。
凡人である衛宮士郎が編み出した、彼の騎士王にすら届いた初見殺しの剣は、人外の化物である死神にも届きうる必滅の刃。
「―――――お、のれぇぇええええええええええッ!」
完全に踊らされた死神は、怨嗟の声を上げ、強引に体制を捻り、悠理を迎撃する。
体勢を崩したとはいえ、迫る刃は必殺。
人間の身である悠理ではその刃を無視できない。
しかし、悠理はその刃に構うことなく死神へと突貫した。
「―――――なん、だとッ……!?」
悠理を切り裂くはずの刃は不可視の壁に囚われ、まるですり抜けるかのように、その刃を抜けた。
二つ目の初見殺し、悠理もその罠に嵌った遠坂凛が使用した平行世界へ攻撃をとばす防御術。
その二つの奇襲策を持って、今度こそその刃は死神へ届く―――――――――!
「
交差する刃は、無防備な死神へと迫り、その身に十字の傷を負わせる――――――――――はずだった。
化物じみたその身体能力は、迫る刃を拒み、鎌を持った腕一本を犠牲に命からがら逃れ得た。
「やれやれ、必殺の切り札を二つも切ったというのに、腕一本とは恐れ入る」
切り落とされた腕を抱えた死神は、その瞳に憎悪を宿す。
犯罪神復活の妨げとなる女神を捕えた今、後は犯罪神が復活するまでの間、己を滅ぼすことも知らず、シェアエナジーを供給するだけの家畜であるはずの人間。
その人間に、腕を切り落とされた屈辱は、死神の理性を奪うには十分すぎた。
「――――――――殺す、貴様だけは、私自らの手で必ず殺す……!」
纏っていた赤黒いオーラは増幅し、残った片腕に収束する。
その収束された魔力は最早対人にあてるレベルではない。
対軍・対城に分類される一撃は、悠理が投影できる宝具では対処のしようがない。
ラステイションの大陸一部を消し飛ばすその一撃が、今、放たれた。
「滅びろ、人間、アポカリプスノヴァ――――――――!」
その憎悪の大きさを表すかのように放たれた極大の魔力弾は、木々をなぎ倒し、大地を抉りながら悠理へと迫る。
例え逃げようとも、その効果範囲は絶大。
悠理が逃げ果せたとしてもラステイションへの被害は甚大なものとなるだろう。
迫りくる、赤黒き憎悪の塊に、悠理はこれをこそ待っていたのだと、唇を吊り上げた。
鶴翼三連も、第二魔法を用いた防御術も、全ては死神の全力の一撃を引き出すための布石。
幾多の魔術師が敗れ去った、悠理のみが宿す神秘が今、その真価を発揮する。
「向かい討て、
《エミヤ》、そう名乗った人間は、何度も死神を驚かせた。
一度目は、初撃を生き延びたこと、二度目は、黒白の夫婦剣による奇襲攻撃、三度目は、如何なる方法か、正面から必殺刃を無力化したこと。
侮っていたわけではない、死神が敵とみなした相手に、手を抜くほど生易しい性格ではない。
そんな中で、幾つもの死線を掻い潜り、腕を一本切り落としたのだ。
死神の中で怒りがこみ上げる。
いったい、だれに何をやったつもりなのだと。
侮ってはいないが、人間を見下している死神にとって、敵とみなした相手だとしても、人間風情に後れを取ることなど到底許せるものではない。
殺す、殺す、殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す――――――――――ッ!
――――――――――最早、塵一つの残さない。
―――――――――――――――放つ力は全力、護るべき大地諸共消え去るがいい。
湧き上がる怒り、憎しみ、殺意、その全てを載せた、全力の攻撃は―――――――――――――――鏡合わせの様に、全く同じ攻撃によって相殺された。
今度こそ、今度こそ、死神は絶句し、理解の及ばない状況に硬直する。
――――――――――――――――――――おかしい、理に適っていない、なぜ、人間ごときが、女神ですらない人間如きが。
答えの出ない問答が、死神に戦いの最中だということを忘れさせ、致命的な隙を生んだ。
「――――
その不吉な呪文に我を取り戻すが、すでに遅い。
手に持っていた双剣は消え、その手には黒塗りの弓、継がえるは、捻じり曲がった剣。
全力を放った直後、その禍々しいまでに捻じれた剣を防ぐには時間が足りない。
「―――
放たれる
すぐに動員できるすべての魔力を持って、障壁を隔てるも、その矢が到達した時、無駄だと悟った。
空間すら捻じ曲げ穿つその矢の前に、こんな障壁など無意味、数秒後には破られ、この身を穿つだろう。
「―――――――おのれ、おのれ、エミヤ――――――――――――ッ!」
「今度こそ終わりだ、死神。
悠理が持つ宝具の中でも最高峰の神秘を内包する剣の自己崩壊。その爆発の衝撃は、瞬間的とはいえ死神が放った全力にすら届きうる。
パリンと、ガラスが割れるような音と共に、心臓を穿つ歪な矢。
破壊された心臓からは大量の血が飛び出し、肺にまで到達した血は、吐き出される空気と共に口から吐き出される。
そして自壊すると共に溢れ出す神秘は、死神を巻き込まみ、轟音を発し爆発した。
胸の中心に空いた大穴からは血が溢れ、全身は死に至るほどの火傷を負い、崩れゆく体で、己が仇敵を見た。
―――――――――エミヤ、必ず、必ずお前は、私が……
最後の最後まで、睨み付けた死神は、遂に倒れ、甚大な被害を齎した戦いは、悠理の勝利で幕を閉じた。
いきなり、ラスボス一歩手前のマジック・ザ・ハードの登場です。
ちなみに、表記は今後死神と略称で表します。
死神の強さは、fate世界で言うと、アルトリア並の強さを持っています。
自力のみなら本来、逆立ちしても悠理では勝てないのですが、作中でも言った通り初見殺しを二枚、観測者の書を含めると三枚切って、とっておきの宝具を使ってようやく打倒というわけです。
実際、ホロウの方でもバゼットは逆行剣を使った初見殺しの手でセイバーを倒しちゃってますし、まぁ、最初の一回ならば決して勝てないというわけではないというのが、作者の見解です。
次回はネプギアの登場、ヒロインになれるかは未定。
それではさようなら