激戦を制した悠理だが、その体はとても無事と言える状況ではない。
音を置き去りにして迫りくる刃によって生成された風の刃は、致命傷こそないものの、纏っていた外套はボロボロに、体中に傷を作りあちこちから出血している。
それだけではなく、
その余波を受けた悠理も無事で済むはずもなく、全身の骨に細かい罅が入り、歩くことですら苦痛になる痛手を受けている。
「まったく、あれを受けてまだ息があるとはな……」
片腕を切り落とし、心臓を破壊し、全身に致命的な火傷を負わせた。
常人なら三回は死んでいる筈の傷を受けて尚、死に体とはいえ、未だに息がある死神の生命力には呆れるしかない。
軋む体で、悠理は無言で弓を構える。
油断はしない、あの死神は本来、悠理では敵うはずのない格上の敵。
その死をこの目で見届けるまでは、安心などできるはずもない。
継が得る弓は、悠理が最も信頼する、
この一矢で、確実に頭を潰し、一片も残らず消し飛ばす。
「今度こそ、死に迷うなよ」
放たれる赤き猟犬は、主人が命じるまま、死にかけの死神に止めを刺さんと迫る。
だが、その一射は死神に届くことはなかった。
「ふむ、よもは、マジックが破れようとはな」
3mを超えようかという巨大なロボット、その手に持った大剣によって、放った矢は弾かれた。
だが、赤き猟犬は一度退けた程度では、止まらない。
直線にしか飛ばないはずの道理を曲げ、再び、主の命を果たさんと迫る。
「なんとも、面妖な矢よ……
だが、こんなのもので、この俺は貫けん!」
振り切られた大剣に、赤き猟犬は砕かれ、死神を背に、悠理の前に立ち、名乗りを上げた。
「我こそは、マジェコンヌ四天王が一人、ブレイブ・ザ・ハード!
貴様の名、聞かせてもらおうか」
「エミヤ」
短くその名を告げ、内心ではこの状況をいかに打破するかを練っていた。
死神ほどの威圧感は感じないものの、その性能を比べれば、悠理が劣っていることは火を見るより明らかだろう。
万全の状態ならまだしも、手負いの状態で勝てる相手ではない。
「そうか、その名確かに覚えたぞ」
しかし、逃げる算段を考えている悠理の思惑とは外れ、
「どういうつもりだ?」
「なに、マジックを倒したお前と死合えば、俺とてただではすむまい。
仮に、倒せたとしても、マジックの命が持たん。
故、ここは退かせてもらおう。
無論、その体で、なお俺と死合うというのならば、相手をするが?」
その答えに、悠理も構えを解いた。
四天王と言った以上、少なくともあと二人は後に控えている状況で、持ちうる手札全てを切るわけにはいかない。
ここで、死神を討ち取ることはできなかったのは痛手だが、少なくとも致命傷は与えた以上、早々復帰はできないと踏み、その提案を受け入れた。
「では、また会おう、エミヤよ。
次にまみえる時は、その命、我が剣にて断ち切る」
そう言い残し、死神を抱え飛び去る勇者。
その姿が見えなくなると同時に、膝から崩れ落ちた。
「それはこちらの台詞だ……」
エミヤの名に於いて、世に仇を成す、悪は断罪する。
未だ、心の穴を埋める理想はない。
ならば、今は亡き恩人に、少しでも報いいることが出来るように、悠理は剣を持つ。
「見ていてくれ士郎さん、この世界は、必ず救って見せるから……」
「まったく、派手にやってくれたものだね」
無事ラステイションの教会へと帰還すると、待っていたのは、青筋を浮かべる神宮寺だった。
「君ならば、もっとスマートに片を付けられると信じていたのは、過大評価だったかな」
ちくちく、針で刺すような嫌味を言ってくるが、彼女が嫌味を言いたくなる気持ちも分からないではない。
何せ、死神との戦いによって及ぼされた被害は、ラステイションの工業密集地域の数%を更地に変えたのだ。
不幸中の幸いは、近隣工場で起きた火事に、周囲の人間が避難していた為、人的被害は殆どないこと。
だが、物的被害は金額にすると天文学的数字にも昇る。
火災の発生自体は、犯罪組織の工場にて発生したため、今回の災害の原因は犯罪組織に押し付けることができ、その影響で、シェアも奪い返すことが出来るだろう。
しかし、被害にあった工場への補填を行うのは、政府の役割を果たしている協会だ。
いつも冷静な彼女が、降って湧いた損失の額を見たときに、掛からないと分かっていても悠理の携帯に何度もコールしたほどだ。
もっとも、その時には既に携帯など死神に破壊されていた為、そのコールは一度たりとも悠理に届くことはなかったのだが。
「そうしたかったのは山々だったが、こっちも命がかかっていたからな。
俺は女神を見たことはないから、その強さも知らないが、あれになら女神とやらが敗北するのも頷ける」
「―――――――――――ふぅ、悪かったね、ユーリ。
では、改めて、話を聞かせてくれないか?」
女神の敗北という言葉に、頭が冷えた神宮寺は、改めて悠理に向き合う。
神宮寺が、個人の立場で雇い入れたいという程に評価し、その総合力を見れば女神すら凌駕する力と技術を持っている悠理が、ここまで追い詰められるような事態なのだから。
「四天王と名乗る、
心臓は潰したが、完全に息の根を止める前に、もう一人
致命傷ではあれど、おそらく死んではいないだろう」
神宮寺は、この日二度目、おそらくラステイションの女神であるノワールが帰還しなかった時と同じくらいの衝撃を一日に二度も受け、絶句した。
教祖である以上に、経営者である神宮寺の元には多くの情報が集まってくる。
当然、人知を逸した四天王の情報も入っている。
―――――――曰く、機械の天使を模した、冷酷無比な女王
―――――――曰く、貧しき子供たちのためこそ、剣を奮う、機械仕掛けの勇者
―――――――曰く、幼い子供を連れ去る、異形の化物
現在、三人の情報しか入っていないが、そのどれもが、女神を超える力を持つと言われている、犯罪組織の最高戦力。
それを相手に生還するだけではなく、致命傷までまで与えたというのならば、損失に見合う大戦果だろう。
「それと、工場を破壊したことに関しては、仕方がないとはいえ悪いとは思っている。
君に雇われるつもりはないが、補填に掛る金額の一部を、働いて返そう」
工場の補填に関しては必要経費だと割り切っていた神宮寺だが、限定的とはいえ、悠理の首輪が手に入るのであれば、態々それを口に出すことはない。
何より、今回の出費は個人でどうこうなるレベルの金額ではなく、その一部とはいえ、職種によっては生涯にわたり払い続けなければならない額だ。
特殊で危険を伴う仕事に努めてもらうならば、相応の報酬は支払わなければならないが、それでも数年、律儀な悠理の性格を合わせてみれば十数年は堅いだろう。
これならば、多少の出費などすぐに巻き返すことが出来る。
「そうかい、ならその気持ちは素直に受け取っておくよ」
無論、それを表に出すような真似はしない。
犯罪組織の戦力を大きく削ぎ落とし、尚且つ、悠理がその最大戦力と渡り合える戦力となることを確認することもでき、おまけに、その首輪も付いてきたのだ。
工場の補填如き、お釣りが出てくる成果に内心ほくそ笑む神宮寺。
だが、目敏い悠理は、しっかりと、その内心に気付いるし、その対応策も考えてはいる。
女神に匹敵する戦力を、教祖という立場である神宮寺が、犯罪組織との戦いにおける被害の見返りとして悠理を従えるとあれば、当然、他の派閥が放っておきはしないだろう。
その情報を、他の三国に横流しすれば、お役御免という算段である。
表面上は、被害の甚大さに沈痛な面持ちをしている二人だが、その内では、腹黒い思惑が渦巻いているのだった。
「しかし、君の気持ちは嬉しいが、イストワールから君を返して欲しいと要請が来ていてね。
どうやら、プラネテューヌの女神候補生の奪還に成功したようだ。
おそらく、その付き人として、選ばれたんだろう。
怪我のみで悪いとは思うけど、傷が治り次第、プラネテューヌに向って欲しい」
こうして、ラステイションにおける戦いは一度幕を閉じ、帰還した女神候補生と共に、世界中を巡る戦いの幕が開けるのだった。
ネプギアが登場すると言ったな、あれは嘘だッ!
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―――予測していた以上に、腹黒いやり取りが長引いたせいなんです、ごめんなさい。
まぁ、このような予告詐欺は度々起こりうるので、生暖かい目でお願いします。
次こそは、ネプギアの登場。
傷心のネプギアってころっといきそうだよね、とか言ったら怒られるんでしょうか……
何はともあれ、また次回です、さようなら