ある日妹が増えまして   作:暁英琉

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きっと比企谷兄妹は間違っていない

 自分のお兄ちゃんへの気持ちに気づいてから、たぶん小町はそれをうまく隠し通せていると思う。そりゃあ、ちょっと胸のもやもやを抑えきれずにお兄ちゃんとついスキンシップを取ってしまったりすることはあるけど、あれ? それって隠し通せてなくない?

 いや、朴念仁のお兄ちゃんのことだからきっと気付いてない。たぶん受験終わってテンションあがってるとか思っている程度だろう。

 そもそも小町とお兄ちゃんは血の繋がった兄弟なのだ。だからこんな感情を知られてしまったら、きっとお兄ちゃんに迷惑をかけるだけだ。戸惑わせてしまうだけだ。そのせいでお兄ちゃんと離れ離れになってしまうかもしれない。だから、今までこの想いに蓋をしていたんだ。

 けど、そんなこと分かっているけど。

 新しくできたお姉ちゃんが、いろはさんがお兄ちゃんと仲良くしているのを見ると、どうしても胸の奥がざわつくのを抑えられない。兄妹と言っても血は繋がっていないから結婚とかもできるんだよなーって考えたりすると……凄くずるい。妹みたいに甘えて彼女にもなれるなんて……。

 そうしてもやもやが溜まっていくと、日に日に寝付きが悪くなる。なんか初恋の男子中学生みたいなことしてるなって考えて、ちょっと笑っちゃう。こんなに本気で恋をする初めての相手がお兄ちゃんなんて間違っている。間違っているけど、これが小町にある本物なんだ。

 そんな日々が一週間くらい続いた。今日もなかなか寝付けない。一人でいると頭の中がお兄ちゃんのことでいっぱいになって、喉がからからになったみたいに飢える。精神的な乾きは徐々に現実とリンクして実際に喉が渇いてきた。台所に行って何か飲もう。

 そう思って部屋から出ようと扉を少し開けて、止まる。

 お兄ちゃんの部屋に入っていく人影が見えた。薄暗い廊下に後を引くような亜麻色の髪。急速に鼓動が早まり、自分の気が動転しているのだと自覚する。勝手にお兄ちゃんの部屋に向く足を抑えられない。きっと今見たら戻れなくなる、壊れてしまうと分かっているはずなのに、謎の誘惑にあらがえない。一歩、また一歩部屋に近づく。

 そしてお兄ちゃんの部屋の前で足は止まる。

 過呼吸気味に荒くなる息を宥めて、震える手をドアノブにかける。今ならまだ戻れると警鐘を鳴らす思考を振り払って、扉を開けた。

「ぁ……」

 そこではお兄ちゃんといろはさんが抱き合っていて、お兄ちゃんは何か覚悟を決めたような表情をしていて……。

「……小町」

 お兄ちゃんの声が聞こえるけど、認識できない。頭の中は真っ白。何も考えられなくて、怖くて悲しくて悔しくて切なくて……。

 逃げだした。転びそうになりながら自分の部屋に逃げ込む。後ろからお兄ちゃんの声が聞こえたけど、止まれない。ベッドの上で布団を被る。今更になって涙があふれてきて、嗚咽が止まらなくなる。ただただ辛いだけの涙はとめどなく溢れてきた。

 

 

「小町ちゃん……」

 それくらい経っただろうか。少し涙が落ちついてきた時、いろはさんが部屋に入ってきた。かわいい人だと思う。きっと小町なんかじゃ太刀打ちできない。それが分かっているから、せめてお兄ちゃんにとって最高の妹であろうとしたのに……。

「ずるいよ、いろはさん……」

「……ごめんね。私が後から来たのに、お兄ちゃんを奪っちゃって……」

「そうじゃないよ!」

 ずるい。本当にずるい。小町はこんなに辛いのに、この胸はこんなに切なく苦しいのに。

「小町だってお兄ちゃんのこと、好きなのに!」

「っ!!」

 妹という立場も、恋人という立場も取られたら、小町はどうやってお兄ちゃんと仲良くすればいいのだ。“お兄ちゃん”も“比企谷八幡”も両方とも小町から奪っちゃうなんて、ずるい……。

「そっか、やっぱりそうだったんだ……」

 ぽしょりと何事かをつぶやくと、いろはさんは小町の正面に座って話してくれる。

 家族のいなくなった自分にお兄ちゃんが居場所をくれたこと。いろはさんがお兄ちゃんがお兄ちゃんになるもっと前から好きだったこと。兄妹であろうとするお兄ちゃんともう恋人にはなれないと悟って、それでも自分の気持ちに抑えが効かなくて、それをお兄ちゃんが苦しみながらも癒そうとしてくれたこと。

 苦しそうに、悲しそうに、いろはさんは話してくれた。

「それに……お兄ちゃんは、小町ちゃんをないがしろにする気なんて全然ないんだよ?」

「え……?」

 悲しみの中に、どこか嬉しそうな色を混じらせて、いろはさんの話は再開される。

 

 

*   *   *

 

 

「小町!」

 逃げ去る小町ちゃんを追いかけようとするお兄ちゃんの腕を、私は思わず掴んでしまった。いや、掴まなければいけなかった。

「いろは……?」

「私がいきます」

 この現状を作り出した原因は私だ。私がいなければこんなことにはなっていないのだろう。だから、私が行かなきゃいけないんだ。

 私の決意を察してくれたのか、お兄ちゃんは私の手を振り払おうと込めていた力を抜く。そして、近くにあった鞄に手を伸ばすと、中から何かを取り出して、私によこしてきた。

「! これ……」

 それはお兄ちゃんと二人で写っている写真だった。クリスマスイベントのとき、書記の子にこっそり撮ってもらったものだった。ずっと枕元に置いて、毎日眺めていた大事な写真。

「悪い。今日、あの家の掃除をしていて、その、見ちまった……」

 バツが悪そうにお兄ちゃんは目をそらす。これが見られたということは、お兄ちゃんは気づいてしまったんだ。私がしていたことが、きっとお兄ちゃんは治療だとか救いだとかそういう意味だととらえて受け止めてくれていた行為が、ただただ私の本心から来るものだったということに。

「これを見たら……お兄ちゃんは私を受け入れてくれるんですか?」

 私の問いにお兄ちゃんは一瞬奥歯を噛みしめて「いや」と答える。

「俺は、お前の気持ちも、小町の気持ちも……受け入れるわけにはいかない……」

「気づいてたんですね……」

「何年あいつのお兄ちゃんやってると思ってんだ。ここ最近は明らかにおかしかったしな」

 それはきっと小町ちゃんだから、裏を読む必要のない数少ない相手だからわかることなのだろう。裏を読む必要がないのだから、敏感で過敏なこの人は正確に汲みとるのだ。

 それがちょっとうらやましく思う。

「俺は、俺が選んだせいで、誰かを一人になんてしたくない。大事なお前らとの関係を壊すのは、怖いんだ」

 それは心から漏れだすような声。いままで選ぶ選択肢すらなかったお兄ちゃんは何かを選んで何かを捨てるという選択が怖いのだ。この人は優しいから、どうしようもなく優しくて、臆病だから。だから、大事なものを一つでも失ってしまうのなら、自分を犠牲にしてでも答えを捻じ曲げてしまうのだ。

 じゃあ、やっぱり私が動かなくちゃ。優しくて臆病なお兄ちゃんが自分を犠牲にしてしまう前に、私が動かなくちゃ。お兄ちゃんに別の選択肢を作ってあげなくちゃ。

 

 

だから私は全てを話し終えた後に、小町ちゃんに提案をする。

 三つの選択肢で誰かが不幸になるのなら、誰かが孤独になるのなら。誰も傷つかないトゥルーエンドを用意してあげるんだ。

 

 

*   *   *

 

 

 いろはが小町の部屋に向かってだいぶ時間が経った。俺はベッドに座ってただ天井を見上げている。

 小町の気持ちには気づいていた。いろはの気持ちが本物だということも分かった。けど、いやだからこそ、二人の気持ちには答えられない。二人とも大事な妹だから、大事な家族だから、片方を裏切ることなんてできない。

 こんなことじゃ、葉山のことを馬鹿に出来ないな。俺にも選ぶことはできないんだから。

 きっと今後俺達の関係は変質してしまうだろう。二人の気持ちに気づいてしまった俺自身が、なにより関係を保つことができないはずだから。

「それに耐えられないのなら……」

 きっと俺が一緒にいたらあいつらは不幸になる。それに耐えられないのなら、ほかならぬ俺が辛いのなら。せめて、彼女たちに諦めのつく理由を与えてやるべきなのではないだろうか。俺のせいなのだから、俺が逃げだせば――

「俺がいなくなれば……」

「「まぁたゴミいちゃんは馬鹿なこと考えてる」」

 二人の声に思考の海から引っ張り上げられる。いつの間にか二人は部屋に入ってきていて、二人ともいつものような呆れ顔をしていた。

「まあ、お兄ちゃんのことだから自分が私たちと会わないようにすればとか今頃考えてるんだろうなとは思いましたけどね」

「お兄ちゃんらしいけど、小町的にポイント低いよ」

 クスクスと笑う二人に俺は付いていけない。さっきは小町の嗚咽がここまで聞こえていただけに、なぜ二人がこんなに明るいのか理解ができなかった。困惑する俺をよそに妹たちはそれぞれ俺の横に座る。

「ね、お兄ちゃん。小町のこと、好き?」

「……あぁ」

「私のことは好きですか?」

「……そうだな」

 二人とも大事な妹で、魅力的な女性だ。きっと俺自身、兄妹愛の中に恋愛感情を抱いたこともあったのだろう。かわいくて兄思いの小町、あざとかわいくて真面目ないろは。それぞれに振り回されながらも、その生活を楽しんでいる自分が確かにいたのだ。だから、この二人を壊したくなかった。

「小町もね、お兄ちゃんが好き。お兄ちゃんとしても、異性としても好き」

「私も、お兄ちゃんが好きです。お兄ちゃんとして、せんぱいとして好きです」

 けれど、関係は動きだしてしまった。動きだした歯車が俺に選択を迫る。どれかを捨てろと急かしてくる。二人のどちらかを捨てなければならないのなら、いっそ俺は――。

「俺は……どちらかを選ぶなんて、できない……」

 自分を捨てる。きっとこいつらからは責められるだろう、恨まれるだろう。それでも、似た者同士のこの二人はきっとお互い支え合って行ける。絶対互いを見捨てたりしない。大丈夫、独りは慣れている。ぼっちは強い。負けることに関しては最強。だから、一人でも辛くはない。

 だから、ここを去ろうと、ここからいなくなろうと立ち上がろうとして――両側から腕を引っ張られてベッドに倒された。

「え……?」

 目の前にあるのはかわいい妹たちの呆れ顔。二人が俺の両の脚に体重をかけていて起き上がれない。

「まあ、“どっちかを選べ”ってことならお兄ちゃんが“どちらも選ばずに離れる”って選択肢を取ることは分かってましたからね」

「お兄ちゃん、小町達は一度も“どっちかを選べ”なんて言ってないよ」

「は?」

 つい間抜けな声が出てしまい、二人にクスクス笑われる。

「お兄ちゃんは小町もいろはさんも好きなんだよね?」

「あ、ああ」

「どっちかを選びたくはないんですよね?」

「そりゃあ……うん……」

「じゃあ、選ばなくていいんだよ!」

「うん……うん?」

 選ばなくてもいい? つまり、どっちも選べる……? なにそれ、ちょっと八幡の常識外なんですけど。お月見山で化石を両方とももらえるみたいな? バグ? いやいやいやいやいや。

「それは……普通に考えておかしいだろ」

 明らかに普通じゃない。そんなのは間違っているはずだ。しかし、妹たちはまたクスクス笑う。

「普通じゃないお兄ちゃんがそんなこと言うの?」

「ん? 否定できないけど、なんでここでけなされるの俺」

 ここ数十分の間に変化がありすぎて俺の高スペックブレインを用いても処理が追いつかない。えーと、つまり?

「俺の選択肢は、どっちかを選ぶか、逃げるか、どっちも選ぶで?」

「うん。まあ逃げるなんて選んでも逃がさないけど」

 何それ怖い。小町ちゃんいつの間にヤンデレ属性習得したの?

「で、お前ら的にはどっちも選ぶ推奨?」

「はい、さっき二人で話し合いました」

 本人のいないところで妹ハーレムが承認されてて八幡驚きを禁じ得ない。

「じゃあ、俺は二人とも愛し続けていいの、か?」

 聞くと、なんか二人とも顔を真っ赤にする。

「お、お兄ちゃん……」

「真顔で『愛し続ける』とか言うなんて、やっぱりお兄ちゃんあざといです……」

 照れまくる二人を見ていると思わず笑いが漏れてしまう。なんというか、悩んでいた自分が馬鹿馬鹿しい。俺がこんなにも悩んでいたのに、こいつらはずいぶん神経のずぶといことを考えたもんだ。

 二人の腰に手を回して抱き寄せる。幸せそうに頬を緩める二人を見ると、胸が温かい気持ちでいっぱいになる。きっと俺は今、世界で一番の幸せ者に違いなかった。

「じゃあ、これからもよろしくな」

「うん!」

「はい!」

 二人して頬にキスをしてくる。唇から伝わった熱はじんわりと広がっていく。

 最初はなにも変えたくなかった。そのままの停滞を望んだ。次はどちらも傷つけたくなかった、独りにさせたくなかった。だから逃げようとした。けれど、変わってしまった関係は誰も独りになる必要がなくて、きっとこれからも誰も独りにはならないという確信を感じさせてくれた。

 だから、俺達は三人で関係を進める。これから、ずっと。

 

 

*   *   *

 

 

「なんとも非常識な結末ね、シスコン谷優柔不断谷ハーレム谷君」

「わざわざ三つの蔑称をくっつける必要はあったんですかね……」

 翌月曜日の放課後、俺は雪ノ下と由比ヶ浜から冷たい視線を向けられていた。というのも、部室に来たいろはが俺達三人の関係を嬉々として暴露したからである。いろはちゃんの口ゆるすぎるから今後秘密事は話さないようにしようそうしよう。

「はあ、まあ別に人の恋路に文句を言うほど無粋ではないから、とやかく言う気はないのだけど」

「牛に蹴られて死にたくないもんね」

「馬な」

 まじで由比ヶ浜さんどうやってこの高校入ったの? 実はうちの高校かなり入りやすい説が浮上してきましたよ?

「恋愛をすれば、あなたの腐った目も根性も改善されるかもしれないから好きにすればいいわ。ただ……」

 淡々と話していた雪ノ下がなにやら顔を赤くしてもじもじしだした。トイレだろうか、あまり我慢すると膀胱炎になってしまうので我慢はよくない。膀胱炎は痛みだけでなく発熱を起こしたりもするから注意が必要だぞ! って言ったら怒られそうだから言わないけど。

「ただ、あまり人前でいちゃつくのはやめてもらえないかしら……」

「何言ってんだよ、俺がいちゃつくわけないだろ」

「ないですよ!」

 だって俺だぞ俺。目立つことを嫌うぼっちオブぼっちの比企谷八幡が人前でいちゃつくなんてそんなことするわけがないだろう。

「じゃあさ、さっきからずっといろはちゃんがヒッキーに抱きついてるけど……」

「こんなの兄妹なら別に普通だろ」

「普通ですよ!」

 いろはは部室に来てからずっと俺にあすなろ抱きをしてきていた。

「仲のいい兄妹はそうでしょうけど、あなたたちは恋人同士なのよね?」

「ああ、だがそれ以前に俺達は兄妹だ」

「です!」

 まったくこいつらは、俺達は大前提として兄妹なのである。だから兄妹らしいスキンシップを取ったところで何の問題もないのは自明の理であろう。雪ノ下よ、学年一位の頭脳が泣いているぞ。

「はあ、そこまで言うならもうとやかく言わないわ」

「ヒッキーキモい」

 正論で論破したはずなのに、なぜか大人の対応をされたみたいに感じる。後ガハマさんは納得いかないからって俺を貶すのやめようね。あんまり人を貶すと語彙力のなさが露呈して馬鹿に見えるぞ? あ、馬鹿だったわ。

 その時、珍しく扉がノックされる。雪ノ下の「どうぞ」の後に扉が開かれると小町が入ってきた。

「どうも! 小町、参上つかまつりました!」

 そういえば、今日は合格者女子の制服の採寸が行われてるんだっけか。小町の中学制服も久々に見たが、うん、やっぱりかわいいな。もうこれが見れないとなるとお兄ちゃんちょっと悲しい。

「こんにちは、小町さん」

「小町ちゃんやっはろー!」

「お二人ともどもです! あ、おにーちゃーん!」

 小町は俺を見つけると前から抱きついてくる。前門の小町、後門のいろはの比企谷姉妹サンドである。なんなら中の具も比企谷。そういえば、今年のスカーレットサンドは誰だったんだろ。

「比企谷君……だから人前であまりいちゃつかないでほしいんだけど……」

「だから誰がいついちゃついてるんだよ」

「そうですよ!」

「まったくです!」

 雪ノ下が「面倒くさい……」とつぶやきながら額に手を乗せている。頭痛だろうか、バファリン飲む?

 兄妹であり恋人、きっとこれは普通じゃないし、間違っているのかもしれない。けれど、俺に抱きつきながらカラカラと笑う二人と見れば、少なくとも俺達の間ではこの選択は間違っていないのだと、そう思った。

 




結構なハイペースで進めたこのシリーズもとりあえずの区切りを迎えました

前話の後書きにも書いたように、この話は第二部を想定しています





第二部はひょっとしたら、いやたぶんありえないと思うんだけどひょっとしたらR-18展開も無きにしも非ず的予感があるようなないようななので、この小説スペースとはまた別にスペースを用意しようと考えています

書き始めたら小説のURLをあらすじ欄に載せるので、お暇でしたら見てやってください

ではでは

※お気に入り800件ありがとうございます!

なんとなく日刊ランキング開いたら2位に入っていて、いろはすりんご盛大に吹いてしまった 閲覧評価などなどありがとうございます!
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