劇場版ガンダムSEED-Affection/New world-   作:山葵豆腐

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【PHASE-1】 降魔の日
その1


 第三次世界大戦、第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦、ユニウス戦役……いくつもの戦火を乗り越え、人々はついに自由と平和を手に入れた。しかしコーディネーターとナチュラルの間に生まれた憎しみや絶望が消え去るわけではない。むしろ憎しみの炎として、世界の裏側でいつまでも燃え続けるだろう。

 

 コズミック・イラ、九四年。

 

 メサイア攻防戦より二〇年が経った今、人類は自由と平和を手にしているものの、未だに多くの火薬庫を抱えていた。

 争いを忘れられず未だ血の匂いが充満している宇宙を進む新造艦《サンドリオン》の中に、歴戦の英雄はいた。

 

「アーモリーワンか……二年ぶりだな」

 

 白の軍服を着た一人の男は椅子に深く座り、周囲を見渡す。艦長席に座っている彼の場所からは、艦橋が一望できる。最新式の戦艦ということもあってか、白を基調とした小奇麗な内装をしており、使い古された感じはない。

 その隣、副館長席に座っている男が事務的な口調で言う。働き盛りの会社員のような出で立ちで、きっちりと七三にわけられた金髪が特徴的な男だ。

 

「「DIVA(ディーバ)」所属のヴォルンドル小隊とはアーモリーワンの港にて合流予定です。到着後、ユニウス戦役終戦二〇周年記念式典に参加し―――」

 

 ギルバート・デュランダル亡き後、プラント内で一定の発言権を得たクライン派を中心に設立した、平和維持を目的とした私設武装組織「DIVA(ディーバ)」。元は第二次ヤキン・ドゥーエ戦役時の三隻同盟が始まりで、現在はコーディネーターやナチュラル、連合・ザフト・オーブ関係なく、平和と自由を守る志を持った者たちがで構成されている。

 

「連絡ありがとう、ウィリアム副艦長」

 

 艦長席に座る男は紫の瞳で彼を見つめると、軽くお辞儀をした。自分よりも階級が遥かに下な人間に対する態度ではない。軍人などではなく慈善事業家でもやっていろ、とウィリアムは視線を逸らして心の中で毒づく。

 もっとも、DIVAという組織はザフトに似て、厳格な階級制度はないのだが。あくまでも上層部、艦長、副艦長、オペレーターに整備士、パイロットなどといった基準で階級を分けているだけである。

 ウィリアムは視線を艦長と合わせないまま、皮肉めいた感じに言った。

 

「そう言えば、記念式典と同時にアカデミーの卒業式もやるようで。息子さんも卒業されるとか」

「うん。そう。自慢の息子の卒業式に立ち会えるんだ。幸せさ」

 

 この男、三八歳とは思えない若々しい言動をしている。しかし外見はそうではない。

 二〇年前は幼さを残した理想に燃える青年の顔立ちだったが、今は彫りが深くなり、様々な経験を通して青年から一人の大人となっているように見える。だが少なくとも、理想を捨てて、無難な道へと逃げていった大人にも見えなかった。その瞳の奥に掲げた理想は健在だ。

 そして今も、理想のために戦い続けているのだろう。

 

「子供にとって親は父と母、二人しかいません。愛欲や理想などよりも、大切にしてください」

 

 副艦長のウィリアム・グラディスは心の底から湧き出した言葉を吐いた。亡き母が自分と愛人を天秤にかけたこと。そして自分を見捨て、愛人とともに死んでいったこと。ザフトのために戦ってきた誇り高き母の背中が、愛欲に負けて子供を捨てた身勝手な女の背中に変わった瞬間だ。

 

「そのつもりさ」

 

 静かにそう頷いた艦長の名はキラ・ヤマト。

英雄といっても過言ではないだろう。その伝説級の戦績と誇り高い理想は多くの人々に影響を与えている。そんな彼を見て、ウィリアムは聞こえないように呟いた。

 

「……英雄の息子も大変だろうな」

 

 

 

 

 

 

 アーモリーワン。かつてMS強奪事件が起こり、戦火が再び拡大するきっかけともなったその場所で今、少年少女たちは旅立ちの時を迎えようとしていた。

 

「諸君らはついに明日、アカデミーを卒業し一人の戦士として、かつて人類が勝ち取った平和を守り続けるために、励んでほしい」

 

 教室の前で演説をする男は、紺色の軍服に膨らんだ腹を突き出している。その様子を熱心に聞く生徒もいれば、話をよそに机の下で携帯端末を操作している生徒、昨晩の卒業パーティーで朝まで騒いでいた分の睡眠をとっている生徒もいたり、様々だ。

 生まれ持って髪色や目の色など、容姿を選択できるコーディネーターばかりが生徒として並んでいるためか、頭髪は青や赤、緑や紫とカラフルな者が多く、そのほとんどが美男美女であった。

 

 そこらへんの男女五人を適当に選んでも売れっ子アイドルグループできそうなぐらい豪華絢爛な容姿の若者の中でも、一際目を引く桃色の髪をした少年は、ぼんやりと演説をしている男を眺めている。

 桃色の髪から覗く幼さを残した瞳は紫で、低めの身長も相まってか、中性的な印象を見る者に与える。それこそ人によっては女性だと勘違いするだろう。髪や瞳の色、端麗な容姿からかなりの遺伝子操作を受けて生まれたエリートコーディネーターであるようにも見えるが、実際は味気のない緑色の制服に袖を通しているごく普通の学生だ。

 なんといっても、この気の抜けた表情からは大物感が一切ない。最前列の席に座っている赤色の制服を着たエリート集団と対比すれば、より分かりやすいだろう。

 

「これより卒業生三〇一名の点呼を行う。まず学年首席、ミラウラ・ジュール!」

 

 教官がナイフのように鋭い目で最前列に座っている銀髪の少女を睨みつける。

 

「は、はいぃッ!」

 

 ミラウラは流れるように艶やかな銀の長髪と豊満な胸を揺らしながら、急加速をした高機動MSのごとき速さで飛び上がり、大きく右手を挙げた。教官のいる方向からは、彼女の額に流れる大量の汗と、それによって流れ落ちていくファンデーションがはっきりと見えたことであろう。

 

「射撃、モビルスーツ戦、情報処理、爆薬処理が一位、ナイフ戦が一五位……総合成績一位で学年首席だ。おめでとう」

「あ、ありがたき幸せぇぇぇぇッ! がぼふっ!」

 

 ミラウラは勢いよく直角にお辞儀をした反動で、バランスを崩して転倒。顔面を机に打ち付けながら、ダイナミック着席をした。その瞬間、コメディアンが渾身のギャグを決めた時のように笑い声がそこかしこから聞こえてきた。

 これがアカデミーを首席で卒業するのだから、時代も平和になったものだな……という話し声がテンナの周囲から湧き上がってくる。

 

「……はぁ」

 

 その様子を見たテンナは机の上に突っ伏して溜息を吐く。アカデミー時代、ミラウラと同じ班で行動をともにし続けてきたテンナであるが、いつものことだと笑い飛ばすこともこの場ではできない。彼女が優秀であることは他の誰よりも知っているのだが、いかせん緊張で思わぬ失敗をしてしまう癖があり……その能力が他の生徒たちからは正当に評価されないことが多い。

 それから次々と点呼されていき、ついに―――。

 

「テンナ・ヤマト!」

「はい!」

 

 今となっては重荷にしかならないその名前を呼ばれて、テンナは静かに立ち上がった。

 かつて人類の存亡を賭けた戦争を止めた少年と少女がいた。

 かつて人類の歩むべき道を切り開いた青年と女がいた。

 

 その名をキラ・ヤマト、ラクス・クラインと呼ぶ。

 

「射撃五六位」

 

 二人の間に生まれた子供、それがテンナだ。

 

「モビルスーツ戦七〇位」

 

 しかし遺伝子上の問題があり、出産以前に遺伝子調整を行えないまま、彼はナチュラルとして生まれてきた。たとえコーディネーターとコーディネーターの間に生まれた子供でも、胎児の時点で遺伝子調整が行われなければナチュラルという扱いになる(事実、基礎能力な平均的なナチュラルと同じか少し上程度である)。

 父親であるキラがスーパーコーディネーターという特異体質であることと深く関係しているとされるが、詳しいことは今も分かっていない。

 

「情報処理、爆薬処理二三六位」

 

 今やプラント最高評議会議長となった歌姫と、それを守る最強の騎士の間に生まれた子供が、何の才能も持っていないのだ。

 

「ナイフ戦三二〇位」

 

 それでもテンナは今日まで生きてきた。

 コーディネーターばかりの環境で、死に物狂いで手にした卒業証書。

 

「総合成績一八四位で卒業だ。おめでとう」

 

 彼にとって今この時手にした「中の下の成績」は、血の滲むような努力の結晶である。

 

 卒業生の点呼が終わると解散になり、生徒たちが各々の向かう場所へと散開していく。その中でテンナも携帯端末からイヤホンを取り出して、音楽を楽しもうとしていた。しかしイヤホンのコードを持った右手を何者かが掴んだ。

 

「おい、落ちこぼれの癖に総合成績二〇〇位以内だなんて、やっぱり親のコネってやつか?」

 

 テンナが振り返ると、金髪の緑服の青年は彼を見下しながらそう言った。テンナよりも一回り大きな体格をしており、後方に二人の取り巻きをつけている。

 

「こんな中途半端な成績をコネで取りたくねぇよ」

「さすがにナチュラル風情が赤服着てたら違和感ありまくりだろ! ははははは!」

「離せよ」

 

 そう言いながらも掴んでいる手を振りほどくという、能動的な動作をテンナは行った。スクールバックを片手に退散しようとする彼の背中に、罵声が浴びせられる。

 

「コネでアカデミー入ったんだろ!」

「さすがは最高評議会議長の子供だなぁ! コネがあっても堂々としてやがる!」

「あの成績だって教官から贔屓にされているだけだろう!」

 

 こんなのは日常茶飯事だ、慣れている。

 コーディネーターとナチュラルが相互理解を深めた今でも、コーディネーターの多くはナチュラルを見下している。それが言葉や態度に出るか出ないかの違いで、大半はそういった差別意識を持ち続けている。逆も然りだろう。多くのナチュラルも心の底では、コーディネーターを気持ち悪がっている。

 だからこそ大きな戦争が終結した今でも、各地で両者の立場を巡って武力衝突が起こっているのだ。

 

 よく母親から教わった。憎しみは争いを呼ぶだけだ、と。

 

 たしかに彼らを怒りに任せて殴っただけでは何も解決しない。かといって感動的なスピーチで説き伏せるわけでもない。テンナが導き出した結論は「彼らよりも良い成績を取って、力の差を見せつけてやる」ということだ。

 

「ナチュラルに負けているってことがそんなに気に食わないのかよ……ふふっ」

 

 むしろ小気味が良かった。

 コーディネーターとしての絶対的自信を抱いて怠惰な生活を送ってきた者たちに、現実を突きつけるということができたのだから。

 

「……女みたいな髪の色しやがって」

 

 おそらく後ろに立っていた取り巻きの一人が呟いたのだろう。その言葉をテンナは聞き逃すことなく反応した。

 ブロックワード、と言えば分かりやすいだろうか。

 その言葉は一瞬にしてテンナの理性を吹っ飛ばして、拳を作らせた。スクールバックを発言主に投げつけると、金髪の図体のでかい男の横を抜けて、スクールバックごと拳を打ち込んだ。発言主である取り巻きの一人はそのまま吹っ飛んで机に激突して、床に突っ伏す。

 

「あ!? 女だと!? 俺は男だ! 髪色がピンクでもなぁ! これは親からの遺伝ってやつなんだよ!」

 

 平和主義のテンナもこればかりは許せない。絶対に許せない。

 どうせ出生前の遺伝子調整で好きに髪色を変えられた人間には分からないだろうな、とテンナは心の奥底で毒づく。

 

「お前なぁ!」

 

 金髪の男が拳を振り下ろしてくる。テンナは即座に反応して腕を前に出すが、その腕を掴まれると自らの背中に回されて、軽々と制圧されてしまう。

 

「本気でケンカしたら、ナチュラルのお前がコーディネーターの俺に適うわけねぇだろ」

「ぐっ……」

「ナイフ戦で俺に勝ったこともないくせに、粋がるじゃねーよ」

 

 遺伝子操作を行ったコーディネーターは頭脳だけでなく、その身体能力もナチュラルより遥かに上である。この差ばかりは縮めることが難しく、どれだけ努力しても成績上位に食い込むことはできなかった分野だった。

 

「せいぜい、その情けねぇ髪色を活かしてアイドルでもしてろや」

 

 金髪の男はテンナの後頭部を殴ると、力が抜けた彼の体を放り投げて背中を向けた。秘孔でも突いてきたのか、まったくもって体が動かない。意識ははっきりしているのに、体を動かせないこの状況がもどかしくて仕方が無かった。

 

「俺は音痴なんだよ……クソッタレ」

 

 そうやって床の上に突っ伏していると、一人の少女が駆け寄ってきた。先ほど首席で卒業することが決定したにも関わらず、緊張で転倒してしまい皆の笑いものになった銀色の髪の少女―――ミラウラ・ジュールだ。

 

「はわっ! て、テンナくん大丈夫ですか!?」

「いや、大丈夫……体が動かないだけで」

「ひ、ひやぁぁぁあっぁぁぁぁあぁッ! そそそっそそそそそ、それは大惨事じゃないですか! 今すぐ医務室に運びます!」

 

 パニック状態に陥ったミラウラはぐるぐると目を回しながら、テンナの腰を両手でがっしりと掴んで持ち上げた。そしてお姫様抱っこをして立ち上がると、教室を飛び出して医務室まで全力疾走していった。

 

「ば、馬鹿! 時間が経てば治る! 恥ずかしい!」

「て、ててて、テンナくんが死んじゃいます―――――――ッ!」

「ヤメロォォォォォォォォォッ!」

 

 学年首席の銀髪巨乳美少女が落ちこぼれのナチュラルをお姫様抱っこして廊下を全力疾走しているそれは、誰の目にも衝撃的な光景に映っただろう。

 その日より暫く、テンナのあだ名が「姫」となったのは言うまでもない。

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