劇場版ガンダムSEED-Affection/New world-   作:山葵豆腐

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その2

 いくら技術が発展しようとも、人間は人間のままだ。

 科学の力なしに宇宙には飛び出せない。

 

『こちら、ヴォルンドル3。未確認機、視認できました』

『こちら、ヴォルンドル1。状況の報告を頼む』

『MAではないでしょうか?』

『武装は?』

『いえ。見当たりません』

『ならそれは民間船か何かじゃないのか?」

 

 デブリ帯の中、無重力の中、極寒の中、MS隊は前方に接近中の正体不明の兵器に対して頭部のアイカメラを向ける。小隊を構成している五機のMSは《リゼルディア》呼ばれる、コズミック・イラ九〇年における主力量産型MSだ。

 

 頭部に伸びた一本のブレードアンテナ。バイザーの奥に光る二つのアイカメラ。両肩には前面にも展開可能な対ビームコーティングがなされたシールドを取り付けており、電力消費を抑えた新型PS装甲を採用しているなど、量産型MSの一つの完成系として存在しているとしても過言ではないだろう。

 

 今や平和の象徴としてザフト・連合両軍に配備されており、青と白が連合軍、緑と白がザフト軍、そして白と黒がDIVA所属機と、機体色で区別をしている。現在デブリ帯にいる五機のリゼルディアの機体色は白と黒のツートンカラーでDIVA所属を示していた。

 

『アーモリーワンへの渡航許可書の提示を求めましょうか?』

『やめておけ。軍のデータに載っていないものなど、どうせ無許可で渡航するに違いない。それに俺たちの立場上、プラントの渡航許可を確認する手続きも面倒だ。いちおうプラントの方には連絡を入れておけ』

『了解しました。残業代は出ますかね』

 

 本来であるならばプラントの防衛隊がこちらに赴く事態だが、偶然周辺宙域を飛行していたため〝ついで″で未確認機の対応を行おうとした次第だ。彼らも慈善事業家ではないものの、平和維持を目的とする以上、このようなことは見過ごせないのだ。

 

『こちらヴォルンドル2、発砲許可を』

 

 一機のリゼルディアがビームライフルを構えるが、それを隊長機が止める。

 

『いや、敵が発砲してくるまで攻撃はするな。新米隊員のお前には分からないだろうが、無闇に撃つということが戦争に発展することだってある』

『……了解』

 

 迫り来る巨大なMAは楕円形の球体の形をしており、各部にあるスラスター以外は武装らしきものは見当たらなかった。青と赤と白のトリコロールカラーで、所々に黄色が混ざっているという奇抜な配色だ。

 

『共通回線だ。そこの機体、所属を教えてもらおう』

 

 しかしMAは沈黙を貫く。

 隊のうちの一人が異変に気づいたらしく、震えた声で、

 

『た、隊長! 敵機内部に高エネルギー反応!』

『狼狽えるな。全機、シールド展開。攻撃を防いだ後、武装と思われる部位を集中的に攻撃。対象の無力化を行う。不殺で行くぞ』

『『『了解!』』』

 

 リゼルディア各機は両肩の対ビームコーティング仕様のシールドを前面に構えた。瞬間、灰色だったシールドが真っ赤に染まっていった。技術革新によって装甲に強力なPS装甲を展開する技術が一般的となり、その防御力は最大出力時では、かつてベルリンを恐怖のどん底に陥れた巨大兵器《デストロイ》の主砲すらも防ぐほどのものであると言われている。

 

 同時にMAの外部装甲が開き、楕円形のそれはいつしか四本足の巨躯へと変形していた。機体中央にある蜘蛛の腹部のように膨張した部分は、高熱を帯びているのか赤く光っている。まるでタランチュラのような外見となった。

 四つの足の関節部から砲門が現れると、隊長機を除く四機に照準を合わせる。

 

「所詮は地球のコーディネーターどもが編み出した猿知恵の産物……」

 

 蜘蛛のようなMAに乗った男は微笑みを絶やすことなく、まるで指揮棒でも振るかのように両サイドの操縦桿を優しく握り、トリガーを押し込む。爬虫類のように狡猾な笑みを浮かべる彼は燃えるような赤の髪と瞳をしており、全体的にやせ細った宇宙人のような体格をしていた。長年、無重力の中にいて筋肉が衰えたのだろうか。

 

「我が機体、《ガンダムニヴル》が奏でる絶望の交響曲の前に……ただ為す術もなく―――」

 

 四本脚の中心にある竜の顎のような形をした頭部、その奥にある左右に伸びた二本の角が特徴的なもう一つの頭部の双眸が妖しく光った。

 

「焼かれろ」

 

 ガンダムニヴルと呼称される機体から放たれた、四本の赤く細いビームは鉄壁と言っても過言ではないリゼルディアのシールドをいとも容易く貫いた。PS装甲だろうが、アンチビームコーティングだろうが、関係ない。まるでそれらが存在しないものであるかのように、ビームは一切減衰することなく直進していったのだ。

 隊長機以外の全てのリゼルディアが一瞬にして撃墜されていく。隊員たちの断末魔が回線を通じて、隊長の鼓膜に響いてくる。

 

『なっ……!?』

「コーディネーターだろうが、ナチュラルだろうが、我々の力の前では無力」

『く、クソがぁあぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁッ!』

 

 隊長機のリゼルディアが正気を失ったパイロットの咆哮とともに、ビームライフルを乱射しながら特攻をかける。しかしビームはガンダムニヴルの周囲に展開された黄緑の光のバリアに吸い込まれていく。

 

『陽電子リフレクターか!? しかし有り得ない!』

 

 ユニウス戦役以降、陽電子リフレクターなどの登場によりビーム兵器の絶対的優位は崩れ去ったかに思えた。しかしそれをも貫く高出力のビーム兵器が登場するようになり、現在では再びビーム兵器が主流となっている。むしろPS装甲の省電力化が安価に行えるようになり普及したため、実弾兵器に対する信頼性は現在では皆無に等しい。事実、最新鋭MSは頭部バルカンに至ってもビームバルカンとなっているほどだ。

 

 そのような背景を無視して唐突に登場した、ビームを無効化にする結界に対し、リゼルディアのパイロットはさらに混乱する。

 

『だがこれで!』

 

 リゼルディアは腰のバインダーを開いて、そこからビームサーベルを右手に握り、切っ先をガンダムニヴルに突き立てる。

 至近距離なら。

 一縷の希望を託して前に出したビームサーベルも結界に飲み込まれ、まるでそのエネルギーを吸収しているかのようにビームサーベルの放つ桃色の光は、ガンダムニヴルの発する結界の中に広がって消えていった。

 

「所詮は地球の重力に引き寄せられたままの、旧人類だ。口ほどにもない」

 

 ガンダムニヴルの頭部が特攻してきたリゼルディアに向けられると、直後、ビーム砲の光の奔流が白と黒の機体を飲み込んでいった。

 

 命が爆ぜた。

 

 悲しみの象徴にしては美しすぎる光が宇宙に輝いた。

 

 

 

 

 

 

 銀髪美少女にお姫様抱っこをされながら廊下を疾走するという非常に屈辱的な出来事に見舞われたテンナは、緑色の学生服でモップ片手にハンガー内の清掃作業に勤しんでいた。

 

「おーい、姫様。こっちの掃除お願いするわ」

「姫、あっちの式典用MSの部品探してきてくれ」

「姫くーん、あとで一緒にスピーチの原稿考えてーっ!」

 

 右からも左からも、上からも聞こえてくる「姫」という単語にテンナは苛立ちを隠せないでいた。怪我自体は大したことなかったし、今にも折れてしまいそうなぐらいの力でモップを握ることぐらいはできている。

 だが、人間の評判というものは医療で何とかできるものではない。

 今やアカデミー中の笑いものだ。

 下手すると一生ネタにされてしまう。

 

 成績上位者である赤服が確定している学生以外は、こうして式典の準備に駆り出されているというわけで、ハンガー内では学生たちが清掃作業を行っている。かつてザフトの主力を担ったジン、ゲイツ、ザクウォーリアなどに加え、連合軍やオーブ軍の量産型MSであるダガー、M1アストレイ、ムラサメなども式典用ということで、豪華な装飾がなされた状態でハンガーに立ち並んでいた。

 

「相変わらず、テンナはネタに尽きねぇなー」

 

 式典用ザクウォーリアの肩で清掃作業をしている青髪の少年がそう言うと、皆までして爆笑した。ハンガー内の清掃を行っているのは計九名のアカデミーの生徒たちで、テンナがアカデミー入学直後から同じ班で行動してきた、慣れ親しんだ同級生たちだ。

 

「あの叫び声、だいぶ痛々しかったな」

「うるせぇ! 俺だってあの時は必死だったんだ……」

「ていうか、テンナくんって痛姫様(いたひめさま)と呼んだほうがいい?」

「痛姫ってなぁ……。ダメだ。本格的に嫌な予感がしてきた。卒業後もどっかでネタにされるじゃないのか」

 

 彼らはテンナがナチュラルだからとか、最強のパイロットと最高評議会議長の息子であることとか、そういうことを一切抜きで、特別扱いすることなく普通に接してくれる数少ない学友だ。

 青髪の少年はテンナの横に降り立つと、モップを持ち直して式典用ザクウォーリアを見上げながら言った。

 

「ていうか、俺らの班で一番頼りなさげだったミラウラが、今や首席かー」

「あいつならやると思ったよ。普段はあんなだけど、やる時はやるんだよ」

「そんなミラウラがお前のためにパニくってなぁ……お前に気があるんじゃねーの?」

「気のせいだよ」

 

 極端なあがり症でオドオドしていることを除けば、彼女は現時点でも超一流のパイロットと言える。その上、スタイル良し、容姿端麗少女ばかりのコーディネーター社会の中でも一際輝いて見えるほど可憐な容姿。おまけにプラント最高評議会員の父もいるジュール家の娘で……とてもじゃないが、テンナと釣り合う女性ではない。

 

 そうこうしていると、当の本人であるミラウラが特徴的な銀髪を揺らしながらハンガーに入ってきた。班の皆とは違い、赤服を着ている。先ほどの会話は聞こえていなかったらしく、きょとんとした様子でテンナの肩を叩く。

 

「テンナくん、怪我のほうは……」

「怪我よりも心の傷のほうが深いっす……」

「ふぇ?」

 

 どうやら操縦技術や戦術理論は理解できても、社会的なそれはミラウラには理解できないようだ。

 

「怪我の方が大丈夫なら、ちょっと見て欲しいものがあるのです」

「え、あ、俺に!?」

「はいです!」

 

 ミラウラは満面の笑みを浮かべると返事も聞かぬまま、例の剛力でテンナの右手を掴んで引っ張ると、ハンガー群の端っこにある小さな倉庫へとたどり着いた。ハンガーの中は薄暗く、ディアクティブモードの灰色に包まれた一機のMSがあることぐらいしか分からない。

 

「これは赤服の学生にしか知らされない極秘事項みたいなものなんですけど……テンナくんには見てもらいたくて」

 

 微笑みを浮かべながらミラウラはハンガーの照明を点灯した。

 浮かび上がったシルエットはMSという戦術兵器にしては美しすぎる蒼い翼を持っていた。金色の基礎フレームに白と黒の装甲を重ね合わせただけに見えるそれは、たとえ堅牢な装甲を持っていたとしても、ビーム一発に耐えられるかどうかすら怪しいと思えるほど儚げな印象を見るものに与える。

 

「……ストライクフリーダム? 何で、こんなところに!?」

 

 テンナにとってそれは父親を象徴する機体でもある。かつてキラ・ヤマトが人類の自由を賭けて戦った時の愛機。数多のMSから戦力を奪い、一〇年前にパイロットが現役を引退するその日まで被弾率はゼロという驚異的な記録を打ち立てた伝説の機体でもある。

 

「式典のメインイベントとして、この機体が登場するんですよ。現役を引退してからはその性能を満足に扱えるパイロットがいないまま、ファクトリーの奥深くに封印されていたらしいんですけど」

「今や象徴だもんな。この世界の、自由と平和の」

 

 ストライクフリーダムの外見はメサイア攻防戦の時のそれから変わっていないが、腰には式典用ということもあってかビームライフルではなく、二本の実体剣が装備されていた。今現在のMS戦では殆ど役に立たない実体剣だが、見た目は十二分に威圧感がある。まるでファンタジーに出てくる勇者のようだ。

 

「それでも流石に動力部は核エンジンではなく、リゼルディアなどの最新鋭MSに搭載されているものを使用していますし、火器のほうも全て祝砲に差し替えられていますよ」

 

 もっとも今のMSの性能と比べると、たとえ核動力のストライクフリーダムだとしても並外れた性能を持つわけではないだろう。二〇年前に開発された機体など、今となっては骨董品の価値すらも持ってしまうかもしれない。

 たとえそれが当時の最強機体であっても、だ。

 

「テンナくん、間近でこの機体を見たことないって言ってたから……」

「ああ。親父は一度も俺に自分の機体を見せてくれなかった。それどころかMSにすら触れさせてもらえなかったさ」

「どうして……」

「親父はいつも言っていた。MSに乗って楽しかったことなんて一度もない。MSに乗って悲しみを生み、生まれた悲しみをMSに乗って戦うことで消す……その繰り返しだった、って。たしかに武器を手にして勝ち取った未来だが、本当に武器は必要だったのか、と。いつも悩んでいた」

「……テンナくんには戦って欲しくなかったんですね」

「今の平和な時代もいつ崩れるか分からない。だから俺がアカデミーに入学するって言った時は猛反対されたっけ」

 

 あの優しかった父親が初めて怒鳴っていた。中途半端な志で武器を手にするな、と。

 

「でも俺は真剣だった。自分がナチュラルだからって、周りに配慮されて生き続けるのも、生まれ育ったプラントから逃げ出してしまうのも、嫌だった。だからアカデミーに入って、自分に自信を持ちたかった。それを中途半端って言われたら、確かにそうかもしれないけど―――」

 

 テンナの前に立ったミラウラは、あせあせとしながらも笑みを浮かべて、

 

「ちゅ、中途半端だとは思いませんよ! テンナくんらしいです!」

「ありがとう。見れて良かったよ、親父が乗っていた機体。凄かったんだろうなぁ……」

「私も父からは反対されましたし、気持ちは分かります」

「ミラウラの親父さんってどんな人なんだっけ?」

「ちょっと不器用で……とても過保護なお父さん、かな。最終的に母さんに説得されて「お前は俺の一人娘だぁぁぁあぁぁぁ」と号泣しながら送り出されました」

「俺もだ。母さんはいつも俺の背中を押してくれた」

 

 多忙な父親と違い、母は一二歳の頃まで一緒に生活していた。自分の歩む道をしっかりと理解し支えてくれた。プラント最高評議会議長になってからはあまり会えないでいるが、それでも時々連絡を取っている。

 

「あんなふうに親父も支えていたんだろうな」

 

 かつて英雄の駆った機体に意識を飛翔させながら、テンナは静かに呟いた。

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