自分の存在が消えていく。
しかし、決して不快ではなく、むしろ微睡の中にいるような、そんな心地よさを感じていた。
目の前には、悲しそうに顔をゆがめる青年がいた。
それだけが心残りだ。
ああ……どうかそんな顔をしないでほしい。
君は、君たちの世界を救ったに違いないのだから。
そして、私も救われたのだから。
誇ってほしい。
笑ってほしい。
幸せになってほしい。
そしてどうか、どうか、忘れないでいてほしい。
そんな思いを込めて、私は微笑み……
かつて、人が栄華を極めた時代があった。
脅威となるモノをすべて排除し、天をも穿つ塔を造り、全てを見下し、自分たちのモノと思い上がった、そんな時代が。
ある神は、怒り狂った。
なんと愚かしいことか、と。
そして人に罰を与えた。
人の脅威となる種を造ったのだ。
それは魔物と呼ばれ、人々に恐怖をばらまいた。
ある神は、嘆き悲しんだ。
なんと不憫なことか、と。
そして人を救済した。
魔物に対抗するための力を与えたのだ。
それは魔法と呼ばれ、人々に勇気を取り戻させた。
そうして、魔物と人々は争い、疲弊していく。
多くの文化は失われ、文明は大きく衰退した。
しかし、それでも尚、人は抵抗をやめなかった。
ある神は、魔物の王、魔王を造り、人を完全に世界から排除しようとした。
ある神は、勇気ある者、勇者を選び、魔王の討伐を命じた。
そして魔王と勇者は……
最初に感じたのは、痛みであったか、何であったか。
せっかくいい気分で寝ていたのに。
そう思いながらも目を開けて……
そして、刹那に思い出す。
迫りくる剣と悲しい顔。
そうだ、私は滅せられたはずである。
勇者と呼ばれた青年によって。
それがなぜまだ生きている?
そもそもどこだここは、我が城ではない?
身体の動きが鈍すぎる。
首が回らない、私の身体ではない?
疑問がどんどんと沸きでてくる。
何とか腕を動かして、手に視線を送った。
……手が、小さい?
何が起こっているのか分からない。
死んだはずが、滅んだはずが、解放されたはずが!
神の声をもう聞かずに……聞かずに……聞こえない?
ずっと鳴り響いていた声が……
解放されたのか?
……おお、おお!
歓喜に震える。
なんと嬉しいことか、と声に出そうとして、失敗した。
声も出せないのか。
そもそもこの身体はいったい……
冷静になって、身体と周囲の状況に気を配る。
まず、屋外である、空が見える。
雨が降っている、寒い。
どこかの建物の傍のようである、背を預けている石壁が冷たい。
周りには誰もいない、猫の死骸があるだけだ。
そして身体は……死にかけであった。