転生魔王   作:さとうさん

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二話「昔々」

 私のつぶやきを聞いた猫が、こちらを見上げる。

 

「魔王、ですか?」

「うん? ああ、そうだな。いろいろ話さないといけないな」

 

 小声で会話するには、高低差が気になったので、猫を拾い上げる。

 少々重く感じるが、大丈夫だろう。

 

 何から話したものかと考えていると、後ろから怒号が飛んできた。 

 

「おい、待て!」

「網をだめにしやがって!」

「こうなったら、その猫とっつかまえて売らないと元が取れねぇ!」

 

 先ほどの男たちであった。

 どうやら網はだめだったらしい。

 

「大人しくその猫をこっちに渡せ!」

「しゃべれるくらいだ、網もそいつが燃やしたにちがいねぇ」

 

 三人の男は、手に棒きれを持っており、どうにも興奮状態で攻撃的である。

 身体も魔力もおぼつかない、今の状態では逃げ切れないだろう。

 どうしたものか。

 

 考えを巡らせていると、悲鳴が上がった。

 

「こ、この!」

 

 何時の間にやら私の腕から抜け出した猫が、男たちの内の一人の顔に見事に張り付き、爪を立てていた。

 それを見て、慌てて棒切れで猫を叩き落とそうとする他の男たち。 

 

「あがっ」

 

 力任せに振りぬかれた棒切れを、猫は華麗に避けて地面に着地する。

 猫に引っかかれていた男は、次いで棒切れで強かに殴打され、顔のいたるところから血を流していた。

 

「まだやりますか、次は目玉をくりぬきますよ?」

「ひぃ!」

「ば、化け猫!」

 

 猫が毛を逆立てて威嚇すると、三人の男は情けない声を上げながら走り去っていった。

 頼もしい限りである。

 

「化け猫とは失礼な」

 

 男たちの捨て台詞に、猫はもう一度威嚇のポーズを取ると、すぐに私の横に来て、先導するようにゆっくり歩き出す。

 その背に向かい、礼を述べる。

 

「助かった」

「いえいえ、あの程度、どうということはありません」

 

 そう言う猫であったが、なんとなく誇らしそうにしている雰囲気を感じた。

 そんな猫の後ろ姿を観察していると、なにやら顔の近くで揺れていた。

 

「何を咥えているのだ?」

「ん? ああ、先ほどの男たちの懐にあった小袋を。たぶん中身は貨幣かと」

 

 思い出したとばかりに、振り向いた猫は、その袋をこちらに渡してきた。

 中身を確認すると、確かに貨幣と思しき物がいくつか入っていた。

 

「おお! これで空腹を満たせるな」

「では目的地を変更して、飯屋に行きましょう。私の行きつけがあります」

 

 猫の行きつけ……?

 なんとも気になる目的地である。

 

 ともあれ、あまり話してばかりいると、また変なやからに絡まれないとも限らない。

 この身体の状況では、対抗も逃走も難しい。

 万全な状態であったとしても、あまり人を殺したくない。

 もう魔王ではないのだから。

 

 

 

 

 

 猫の行きつけの店には、さほど距離もなく着いた。

 店の裏手なのだろう、少々薄暗い路地に、人の気配もまばらである。

 

「ちょっと先にいって挨拶してきます。あなたさまは少しの間、ここに」

 

 そう言って、猫は一直線に走りだした。

 その先には、休憩しているのであろう、大男が座ってぼんやり空を眺めている。

 その膝に猫が飛び乗った。

 男は驚き視線を下げる。

 

「おう、久しぶりじゃねぇか! どこかで野垂れ死んだかと心配してたんだぜ」

 

 男は嬉しそうに猫を撫でまわす。

 猫も気持ちよさそうだ。

 

 今度私も撫でてみるか……

  

「ええ、お久しぶりです」

「あ!?」

 

 猫からの返事が返ってくるとは、露程も思っていなかったのであろう。

 大男は、驚きの声を上げて、すぐに周囲を確認している。

 

「お久しぶりです」

 

 どうにも信じられないといった行動をとる大男に、猫は膝の上で前足を上げながら追撃を掛ける。

 そんな猫を、目が飛び出るんじゃないかというほど凝視する大男。 

 

「おいおいおい、こりゃ夢か! 野良猫が喋ってやがる!」

「いえ、夢ではありませんよ。ちょっといろいろありまして、しゃべれるようになりました」

「いろいろって、適当すぎねぇか、おい!」

「そんなことよりも」

 

 猫がこちらに視線を向けてきたので、物陰から出て大男の前に行く。

 大男は、困惑した表情をこちらに向けてきた。

 

「ああ、えっと?」

「すまないが、これで食べれるだけ食事を分けてくれないか」

 

 私は、そろそろ限界に近いであろう身体の訴えに従い、最優先事項として腹を満たすために動く。

 出したには、先ほどの貨幣全てである。

 

「おおう、それは構わねぇが……」

「この方は、私の命の恩人なのです」

 

 困ったように私が差し出した貨幣を見やる大男。

 そこに猫も加わる。

 

 二度、三度と猫と私の顔を見た大男は、何やら納得したのか、その大きく太い腕で自らの胸をドンと叩いた。

 

「そうかそうか、よし分かった。とりあえず入んな!」

 

 そういって、裏口の戸が開けられると、腹部を刺激するような、それでいて安心できるような、心地のいい匂いが私を覆う。

 無意識のうちに匂いの方向へと足が向いてしまったが、大男の腕が優しく私を制す。

 大男に通されたのは、店というには生活感のあるテーブルであった。たぶん、大男の私的な場所なのであろう。

 

「その恰好と、猫連れだと店に通すにはちょっとあれだったんでな、すまんがこっちで我慢してくれ」

「いや、気を使わせてしまったな、すまない」

「お、おう、いいってことよ! んじゃ、ちょっとまってな。とびきりうまい飯をだしてやるからな!」

 

 そう言い残すと、大男は大きな足音を立てて、先ほどの心地いい匂いの発信源へと向かっていった。

 私は椅子に座ると、同じくとなりの椅子に行儀よく座った猫に視線を送る。 

 

「しかし、まさか猫に行きつけの店があるとは」

「残飯目当てでしたのですがね」

 

 懐かしそうに語る猫、私はその頭に手を伸ばすと撫でてみる。

 なかなかのさわり心地であった。

 少しの間、無言の時間が続いく。

 その静寂を破ったのは猫であった。

 

「ところで、先ほどの、魔王、の続きをお聞かせいただけませんか」

「ああ、そうだな。だが食事が来るまでだぞ、あとあまり面白い話ではない」

 

 そう前置きすると、私は自分の過去、魔王であったことと、その最後、そして気づいたらこの身体になっていたことを話す。

 とはいっても、あまり長々と話すこともなかったので、すぐに話し終える。

 しかし、猫にとっては衝撃的だったのか、少し間を置いた後に感想を述べた。

 

「あまりに容姿と言動が合わないので、魔法関係で何かあったのかと勝手に推察しておりましたが。まさか、あなたさまが魔王……ですか」

「元、だがな。信じられぬか?」

「いいえ、信じておりますよ。ただの猫の死骸がこのようなことになっておりますしね」

 

 そう言って、二本足で立つと、猫はおどけたように一歩二歩椅子の上を歩く。

 まぁ、その程度なら人間の魔法使いでもどうにかなったはずであるが、意思伝達はたぶん魔物というか魔王の独自魔法だったはずだ。

 

「私は猫がそこらの魔物より知的で驚いている」

「私はおとぎ話に出てくる悪の魔王が、とても理性的で常識的な方なので驚いておりますよ」

「おとぎ話か……やはり相当な年月が経っているか」

「そうですね、私も詳しくは知りませんが、勇者が魔王を倒すお話は、昔々という文言から始まるのが通例です」

「そうか、昔々か……人の世界はあれから長く続いたのだな」

 

 私も、勇者も、昔々の存在か……

 勇者の世界は守られ、続いているのか……

 

 どうにもうまくまとまらない思考の渦に浸っていると、大きな声が部屋に響く。

 

「おまちどう!」

「おお! 待ち焦がれていたぞ!」

 

 大男が両手に持つトレイの上、皿にのっておいしそうな匂いを発する食事に、私は瞬時に思考を投げ出した。

 大男は、トレイをテーブルにおろすと、私の前にパンとスープを並べる。

 私は、本能に従ってすぐさまスプーンを握ると、スープを掬う。

 

「うまい!」

「はっはっは、そいつはよかった。ほれ、野良にはこっちだ」

 

 私の感想に、満足げに笑った大男は、猫の前にもスープの入った皿を置く。

 

「ありがとうございます」

「おうよ! ……しっかし、まさか野良猫と話してるなんてなぁ」

 

 礼を言った猫はテーブルに飛び乗ると、器用にスープを飲んでいる。 

 大男は、対面の椅子に座ると、私の猫の様子を感慨深げに見ていた。

 

 

 

 

 

 大男に見守られて食事を終了した私が、改めて礼を言おうとしたところで、またも部屋に大声が響く。

 

「こら、あんた! 店放りだしてなにして……この子はだれだい!?」

「おおうっと、こいつは、あー、野良の恩人?」

 

 大男が、少々小柄な女にどやされている。

 ほとんど説明もないまま、食事をいただいたので大男もそれくらいしか言えることがないだろう。

 

「野良って、たまに来ていた猫の? その恩人? どういうことだい! ちゃんと説明しな!」

「お、俺も詳しくは聞いてないんだよぉ」

「ここは私が説明致しましょう」

 

 どう口をはさむべきが悩んでいたら、猫が気をきかせてくれた。さすが頼りになる。

 が、どうやら少々逆効果だったようである。

 

「ね、猫が喋った!?」

 

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