転生魔王   作:さとうさん

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三話「にゃ!?」

 大男がなんとか女を落ち着かせ、猫が状況をかいつまんで説明する。

 といっても、猫との出会いからなので、取り立てて長い話になるわけもなく、私が出されたお茶を啜っているうちに終わった。

 

「はぁ、なるほどなぁ」

「この子が、死にかけてた野良を……魔法ってのはそんな簡単に使えるものなのかね?」

「どうなのでしょうね、主さま自身死にかけておられたので、生命の危機に瀕して才能が開花した、のではないでしょうか」

 

 元魔王ということは、口外しないほうがいいというのは猫との共通認識のようだ。上手く誤魔化してくれている。

 昔々の話であろうとも、魔王なんてのは悪そのものだろうし、そもそも信じてもらえないだろうしな。そう考えると猫は何で信じてくれたのか、よく分からない。

 

「そういうことがあるもんなんだねぇ。それにしても、自分も危ないってのに猫を助けるなんて、いい子ねぇ」

「お前さん、孤児かい?」

「孤児?」

 

 女と大男から、からなんというか温かい視線を送られる。

 そして出てきた単語を、聞き返してしまった。

 意味は知っているが、自分の場合どうなるのか、というかそもそもこの身体は一体なんなのか、よく分からずにいる。

 身体は人そのものであるが、どうにも私の魂というか精神というか、とにかく馴染んでいるのだ。

 魔王のそれが馴染む肉体という、よくわからないモノ。空腹を満たしたら、またいろいろと疑問が沸いてくる。

 思考に没頭しようとすると、猫の声が耳に入ってきた。

 

「ああ、主さまは記憶が曖昧なようで。無理な魔法行使の代償かもしれません。ただ、見た通りの恰好ですので、孤児だったのでしょう」

「なるほど、大変だったわねぇ」

「む。いや、むしろ今は腹も満たされて満足しているぞ」

 

 頭の中に常に鳴り響いていた声もなく、満ち足りた気持ちに、これが幸せなのかとつぶやけば、大男と女に、なんとも複雑な顔をされてしまう。

 二人は顔を見合わせると、大男がなにやら言い難そうに、それでも口を開く。

 

「なぁ、かかぁ……」

「はいはい、私も同じ意見だよ」

 

 私にはまったく意味が分からなかったが、二人の間では会話は成立しているようだ。

 女はこちらに笑顔を向けた。

 

「なぁ、あんた。行く当てもないんだろう、ちょっとの間、うちで働てみないかい? 住み込みの三食付きだよ!」

 

 急な提案だった。

 確かに行く当てもなく、頼れるのは猫だけの状況である。

 

 力も大きく削がれている状況であるし、そもそも魔王のときの力が戻ったところで、それでどうこうしようという気持ちもない。

 もちろん、積極的に人を傷つけたくもない。

 解放されたが、したいことも特にない。

 あの後のことを知りたいとは思うが、それも大きく願うほどではない。

 身体については調べたいが、今すぐでなければいけないほど問題があるわけでもない。

 

 どうにも、自分にはこの先の予定がまったくないようである。

 それでもこの身体は腹は減るしな、とりあえずの目的は雨風凌げる場所と、食糧の確保か。

 では、この男女の申し出はとてもありがたい、ありがたいのだが…… 

 

「それは……それは、ありがたいが、いいのか? 足を引っ張るかもしれんぞ?」

「なぁに、そんな難しいことはないわよ! それに娘が学校に通いだして人手不足でね、それこそ猫の手も借りたいくらいなのよ!」

「手伝える範囲で貸しましょう」

 

 女の言葉に、猫が反応して前足を振るう。

 カラカラと男女は笑う。

 

「はっはっは、こりゃいい!」

「難しく考えなくていいのよ。魔法が使えるなら、それこそいくらでも働き口はあるでしょうし。とりあえず落ち着くまでいなさいな」

「ああ……ありがとう」

 

 なんとも、人の好意とはむず痒いものである。そして、嬉しいものでもあった。

 

「そうと決まれば……自己紹介がまだだったわね。わたしゃ、バロッサ・リヴァブだよ」

「俺は、ヴィロ・リヴァブだ」

「ああ、私は……名前がないな」

 

 夫婦か、お似合いだな、と思いつつ、自分も名乗ろうとして、そういえば名もないことに気づく。

 魔王のときは、魔王としか名乗っていなかったし、どうしたものか。

 

「あらら、そこも忘れちまったのかい?」

「そりゃ大変だ」

「とりあえず、仮の名前でも付けないとねぇ」

 

 リヴァブ夫婦は、真剣な表情で悩みだす。

 ちょっとして夫、ヴィロのほうが口を開く。

 

「なら、エーリスってのはどうだ?」

「ありきたりねぇ、まぁけど無難かね。どうだい?」

「うむ、それでいいぞ」

 

 どこか聞き覚えのある響きに、私は即答した。

 すると、横にいた猫が片足を上げる。

 

「ついでに私にもお願いできますか」

「猫の名前ねぇ、あんた雌よね?」

「はい、そうです」

「じゃあ、クロエなんてどうだい?」

「クロエですか……ありがとうございます」

 

 嫁、バロッサからすんなり出てきた名前に、猫、クロエも頷き礼を言う。

 

「いえいえ。まぁ、エーリス繋がりなんだけどね」

「ほう、二つの名にはどういった意味が?」

 

 クロエは興味深々といった様子で問う。

 かくいう私も興味があった。どちらも聞き覚えがあったのだ。

 

「意味も何も、どっちも人物の名前よ。勇者の仲間、エーリス、クロエ、ってね」

「そ、それはそれは……」

「ああ! そういえば」

 

 猫はとっさに私を見て言いよどむ。

 私はといえば、どこで聞いたのか思い出してすっきりしていた。

 

「あら、勇者のおとぎ話は記憶にあるのかい?」

「んー、いや、どうだったか」

 

 当事者ですとも言えずに、とりあえず適当に誤魔化す。

 

「あらあら、まぁゆっくり思い出せばいいさね。まぁとりあえず、あんたは夜の仕込み、そろそろいかないと間に合わないよ!」

「おおっと、やべぇやべぇ」

 

 そう言うと、ヴィロは、また後で、と言い残して厨房があるであろう廊下の奥へと消えて行った。

 それを見送ると、バロッサも席を立つ。 

 

「私はエーリスの部屋の準備でもしようかね」

「む、手伝おう」

 

 さすがに何から何までやってもらうのは悪いと思い、私も席を立って後に続こうとしたが、女にして逞しいバロッサの腕に止められる。

 

「いーや、エーリスはとりあえずその汚れを落としちゃいなさい! ついでにクロエも!」

「む……確かにちょっと汚いな。猫、クロエも」

 

 自分を見下ろし、ついでに視界に入ったクロエを観察した結果、かなり泥によごれていることが判明した。

 さすがにこれで家の中をうろつかれたら、迷惑であろう。

 

「分かったら、お風呂場にいくよ! 使い方を教えないとね!」

「わ、私、水はちょっと……」

「はいはい、きりきり歩く!」

「あきらめろ、クロエ」

 

渋るクロエを抱きかかえ、バロッサの後をついていくのであった。

 

 

 

 

 

 人の風呂というのは、新鮮だった。そして気持ち良かった。

 魔物と戦うために授けられた魔法を、更に発展させてこういうことに利用するあたり、さすが人だと感心してしまう。

 まぁ、クロエはかなり渋っていたが、丹念に洗ってやった。 

 そうして、用意された服に袖を通し、クロエを抱えて先ほど食事した部屋に戻ると、バロッサが出迎えてくれた。

 

「あらあら、まぁまぁ、きれいになっちゃって!」

「さっぱりした」

 

 まぁ、先ほどの泥だらけの状態に比べれば身ぎれいになっただろう、クロエも私も。

 

「服のサイズもよさそうね。娘の小さいときのだけど。他のも部屋に置いておいたから、好きに使っとくれ」

「なにからなにまですまない、ありがとう」

「気にしなさんな。明日からびしばし働いてもらうからね!」

 

 バロッサは大きく笑う。

 その顔に、私はなぜか安堵を覚えた。

 期待に沿えるよう、商売の足を引っ張らないようにしないとな。

 

「ああ、頑張ろう」

「私も頑張りますよ」

 

 私の決意に、クロエも同調する。

 が、バロッサは強敵であった。

 

「あー、クロエは店の前で看板猫だわね」

「にゃ!?」

 

 猫のように鳴くクロエを、私はなるべく優しく撫でていた。

 

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