バロッサに案内された部屋は、物置として使っていたと説明されたが、普通に家具も揃っていた。
ベッドと書き物用の小さな机、椅子があり、少々埃っぽかったが、生活するには問題ない感じである。
部屋の小窓から差し込む夕日に照らされたバロッサの顔が、少し歪んでいたのが印象的であった。
私が口を開く前に、笑顔に戻っていたが……
ともあれ、やっと落ち着いて身体を調べることができる。
風呂場の鏡で見た感じでは、魔王のときの身体を小さくすればこんな感じだろうという、そんな見た目だった。
しかし、今のところ、死にかけの治療でちょっと肉体と精神のバランスが崩れてはいるものの、れっきとした人である。
魔力に関しても、そこそこあるようだが、強力な魔法をいくつか使えば枯渇するほどで、魔王のときと比べれば大きく劣り、人の範疇であるといえよう。
着ていたものは、あまりにもボロボロだったのでバロッサが処分してくれた。まぁ、手がかりはないだろう。
ただ、服を着ていたということは、私の記憶がないだけで、それまで生活をしていたであろうから、突如肉体を与えられて、あそこに放置されたというわけでもなさそうだ。
しかし、魂は馴染んでいるが、そもそも人の身体に魔王の魂が入るなど、許されないはずなのだ。というか、私自身滅んだはずだし。
「困ったな、結局何も分からない」
「私が見つけたときには、死んでいるようでしたよ」
「ふむ……」
どうやら猫よりも先に死んでいたようだ。まぁ、見間違いかもしれないが、瀕死だったのは確かだ。
外壁近くで一人転がっていたのだから、孤児というのも間違いないと思う。
かすり傷程度で外傷はなかったので、多分病気か何かだったのだろう。それだと、感染を嫌って捨てられた可能性もあるな。
唸っていると、クロエがひざの上に乗ってきた。
「ところでエーリス様。お聞きしたいことがあるのですが」
「うん?」
「魔王がなぜ魔法を使えるのですか?」
「ああ。魔物だって火を吐いたりと本能的に魔法が使えたのだ。人は魔法を授かって、更にそれを発展させていった。
私は魔物の魔法も、人の魔法も使えるように造られたからだな」
狂っていたわりに、人の発展性を評価もしていたのだろう。私も、魔王として本能で使えた魔法よりも、人の魔法を多用していたしな。
今も進化し続けているなら、それを学ぶことを目的にしてもいいくらいだ。
「そうなのですか。……では魂が天に召されて、人として新たな生を貰ったのでは? そして死にかけて記憶が戻ったとか」
ああ、確かに、人の魔法を使えるということは、人としての何かが私の魂にもあったのかもしれない。
造った神しか分からないような存在だったしな。
「有りそうな話ではあるのだがな。私の魂はそうならないように勇者がちゃんと跡形もなく滅したはずなのだがなぁ。そもそもあちらの神がそれを許すとも思えない」
人を救わんとした神が、私の存在を放置するとも思えない。
まぁ、今は魔王としての力もないし、狂った神とも繋がりはないが、それでも何かしら接触くらいはあるだろう。
それがないということは、認識されていないか、神々が簡単に動くことができない何かがあるのか。
「神……ですか」
クロエのつぶやきが聞こえて、そちらに視線を移す。
「神については、あまり知らないな。私を造った神はただひたすら人を滅ぼせ、と言ってたくらいだ」
「なんとまぁ、物騒な」
クロエの率直な意見に、ついつい笑ってしまう。
「外見が似ているということは、クロエの言うとおり、何らかの形で私の魂の破片がこの身体にあったのだろう」
「そして肉体が死んで魂が呼び起された、といった感じですか、なかなかに波乱万丈なようですね」
「だなぁ」
滅んでいなかったのだとしても、何故人の中にそんなものがあったのか、まったく説明はつかない。
この世界は、私ごときでは分からないことばかりである。
「うーむ、どうしようもないな」
「では、そこらへんはきっぱりあきらめて、これからの目的を決めましょう」
ばっさりと切り捨てるクロエ、そういう性格なのだろうか。
しかし、目的か。
「腹は満たしておきたいな」
「人は衣食住が大事なようですからね。ただ、それらは貨幣で解決できます。そして魔法を使える人は職に困らないとバロッサも言っていましたから、どうとでもなるでしょう」
人に関する知識は、魔王として造られたときから持っていたが、あの時代は魔法はそこまで珍しいものでもなかった。
しかし、今はそうでもないのかもしれないな。
何にせよ、落ち着いたらあの二人に恩を返す当てがあるのは、心情的にも楽である。
「そうだな、現状でもどうにかなってるしな。しかしそうなると他には何かあるか。そういえば魔物はまだいるのか?」
「いますよ、頑丈な壁に覆われているので、町中で見たことはありませんが」
「ふむ……」
「やはり思うところがありますか?」
クロエが心配そうな声色で、にこちらを見上げてくる。
そんなクロエの背を撫でながら答えた。
「いや、あまりないな。情があるわけでもないし、憎いわけでもない」
「そうですか。まぁ何にせよ、私はエーリス様についていきますよ」
頬ずりしてくるクロエに、微笑みで返す。
魔物にも、このくらい知的で可愛げのある奴がいれば、情の一つも沸いたのかもしれないが、あれらは本当にどうしようもなかったからな。
しかし、クロエとは長く一緒にいたい、そう思えたので提案してみる。
「ありがとう。では折角だし、契約しないか?」
「契約ですか?」
「うむ。契約すると、お互いに離れていても位置が分かったり、意思疎通がとれる。あとは私がクロエの魂をいじりやすくなる、その程度だが便利ではあるだろう」
これは、魔物をある程度自分の好きにできるようにと授けられた魔法だったのだが、あまり使う機会もなかった。
「前二つはとても便利だと思いますが。た、魂をいじるというのは?」
「ああ、クロエは生き返らせるときに、魂にかなり比重を置く形になっているのだ。だから魂をいじれば大きくなったり小さくなったり、人の形にもなれるぞ」
構成的には魔物に近いが、中身はまったく違うので問題ないだろう。クロエもまだ猫の範疇のはずだ。
契約すれば、使い魔、か。たぶん。
私の言葉を聞いたクロエは、二本足で立って催促してきた。
「なんと! それはすごいです! すぐに契約しましょう!」
「あ、ああ。ただ、契約するとどちらかが死ぬまで一緒にいることになるぞ? 私は構わないが」
勢いに押されて、仰け反りながらもそう質問する。
「もちろん、私も構いません、というかお願いしたいほどです。エーリス様には、命を救ってもらったばかりか、喋れるようにしてもらい、少ない時間の中で多くの知識を頂きました。ただの猫では知れないこと、できないこと、それらをこれから先も頂ける、何の不満がありましょうか。一生をかけてお仕え致します」
決意は固いといった雰囲気だったので、私は頷き返すとそこそこ回復した魔力を集めて契約を実行する。
これについては、魔王として本能で使える魔法なので、術式などはいらない。願えば使える。
「おお、確かに、エーリス様とのつながりを感じます」
「上手くいったようだな。魔力の消費もそこまでではないし」
身体に残った魔力を確認したが、枯渇するほどではないようだ。
そんなことをしていると、クロエはベッドに飛び乗って急かしてきた。
「では早速、私を人の姿に!」
「看板猫はそんなに嫌だったのか」
「それはもう!」
猫の姿で器用に頷くクロエ。
苦笑しつつも、私はクロエの魂をいじり肉体を変化させていく。
光に包まれたクロエは、やがて人の形になる。
「おお、これが人の姿……!」