光りがおさまると、人の女がベッド脇に立って自分をしきりに見下ろしていた。
魂を人の形に近づけるだけなので、姿かたちまでいじれるわけではない。よって、あれはクロエの人だった場合の姿なのだが……
私よりも背が大きい、そして髪は毛並と一緒で黒か。そこは私とお揃いだな。
人の醜美には疎いが、醜いということはないだろう。むしろ顔の造形は整っていると言える。
「服は、厳密に言えばクロエの魂というか、魔力で造られているから、ちょっと願えば変えることもできるぞ。今のは魔王のときの傍仕えが着ていた物だ」
「なんというか、鎧のような感じです。さすがにこれで給仕はできないですね」
そういうと、クロエを目を閉じて、祈るように手を組んだ。
すると、またもや光に包まれた。
すぐに光はおさまり、ドレスにしては少し地味な、白と黒の服をクロエは纏っていた。
ちゃんと魔力の使い方も分かっているようで、本当に賢い猫である。
そして鎧では分からなかったが、胸部の膨らみがすごいな。
「いいんじゃないか」
「昔にいた屋敷の侍女が着ていた服を思い出してみたのですが、鎧よりは動きやすそうです」
そう言って、ぎこちない動きであれこれしているクロエを眺める。
猫のときもたまに二本足で立っていたし、賢いクロエのことである、そのうち人の動きにも慣れるだろう。
クロエは熱心に身体を動かしているので、声を掛けるのもしのびないと思い、先ほどまで話していたこと、これからの目的について考える。
魔王のときは、自分の目的など無きに等しかったからな。
自由になれたのは嬉しいが、どうも何をしていいか分からない。
人とは何を目的に生きるのであろうか。
これからどうすればいいのか。
「これから、か。悩めるだけ贅沢ではあるな」
「エーリス様のしたいことを見つければいいかと。私はどこまでもお供します」
私の独り言にクロエが反応する。邪魔をしてしまったな。
しかし、クロエよ。嬉しいことを言ってくれたが、その変なポーズでは、少々台無しな感じがするぞ。
まぁ、かわいいのでいいか。
「ううむ。したいことか。とりあえずあの後のことは知りたいな」
「昔のことでしたら、書物でしょうか。この町にも書物を収めた建物がありましたが」
書物か、一度確認したいな。しかし、それにも金は必要だろう。
何にしても人の町で生きるなら、金が必要か。
しかし、今は右も左も分からぬ状況。
「まずは、人の生活に慣れねば。そしてヴィロとバロッサへの恩返しも、だな」
「そうですね、明日からの働きで少しでも返せるようにします!」
私の言葉にやる気を見せるクロエ。
しかし、その変なポーズは気に入ったのか。
「さて、では寝るとしようか」
ちょうど区切りもいいし。
魔王のときとは違い、抗いがたい睡魔も襲ってきている。
きっと今寝れば、幸せな気分になれるに違いない。そう思い、クロエを猫の姿に戻す。
ベッドは一人用なので仕方ない。
「にゃん!?」
戻されたクロエは、猫のような鳴き声をあげているが、問題ないだろう。
「ちょっと狭いからな。ほら、こっちにおいで」
私がそう言うと、クロエは納得したのか、枕元に来て寄り添うように丸まる。
「おやすみなさいませ、エーリス様」
「おやすみ、クロエ」
耳元で優しく、囁くように言うクロエに返事をし、私は目を閉じた。
顔にひたひたと、柔らかいものが当たっている。
なんとも心地よい声が、耳に入ってくる。
もう少しこのままでいたい。
「エーリス様、起きてください」
一瞬、誰の名を呼んでいるのか分からず、考えてしまったおかげで、ぼんやりしていた頭がはっきりしてくる。
エーリスは私の名前だったな。
「ああ、クロエ。おはよう」
「おはようございます、エーリス様」
目を開けると、クロエが満足そうな雰囲気を醸し出して、前足を上げていた。
あの柔らかいものは、クロエの前足だったようである。
掴んで、ちょっと揉んでみたが、癖になりそうな触り心地だ。
そのまま抱え上げると、部屋を出ておいしそうな匂いのする方向へと足を進める。
すると、バロッサが食事の準備をしているのが見えた。
こちらに気づいたのか、バロッサが振り向く。
「あら、エーリスにクロエ、おはよう。早いわね」
「バロッサ、おはよう」
「おはようございます」
挨拶を返すと、バロッサが笑う。
「ふふ、まだ半分寝てるわね。顔を洗ってきちゃいなさい」
「ああ、分かった」
どうにも、まだ眠そうに見える顔をしているようである。
魔王のときも、寝ることはあったが、義務的なものだった。
それに比べて、人の眠りというのは、なんというか、幸せな気分になる。そして、それが後を引いているようだ。
言われた通り、昨日案内された水場に向かおうとしたのだが、急に腕の中が軽くなった。
「わ、私はここで待ってます」
「ん」
クロエが逃げ出したが、まぁいいだろう。
どうにも定まらない足を引きずって移動した。
冷たい水で顔を洗うと、頭がすっきりして、感覚もはっきりしてくる。
しかし、昨日の風呂もだが、水の流れを魔法技術で制御しているのか、すごいな人は。
そんなことを考えつつ戻ると、ヴィロが食卓に座っていた。
「おはよう、エーリス。ちゃんと眠れたかい?」
「ああ、おはよう。とてもよく寝れた」
挨拶を交わし、私も昨日の位置に座る。
すると隣の椅子に、クロエが飛び乗った。
残る椅子にバロッサが座るとなると、気になることがあった。
「そういえば娘がいると言っていたが?」
となれば、椅子が足りない。
クロエは床か、私の膝の上か、と考えていたら返事が返ってきた。
「ああ、娘の中央にある学校に通ってて寮生活なんだ」
若干寂しそうなヴィロ。
しかし、寮というと、集団生活をする場所か。
学校といい、寮といい、余裕がないと通わせられない気がするが。まぁ、私の人に関する知識は昔のモノなので、今はそれが普通なのかもしれない。
いろいろと疑問はあったが、バロッサに呼ばれたので、ヴィロと共に席を立つ。
朝食の準備ができたようで、配膳を手伝う。
クロエがしきりに、何かを訴えるようにこちらを見てきたが、いったいどうしたのか。
食事中には、いろいろな話をした。
何か思い出したか聞かれたが、この身体の瀕死前のことは何一つ思い出せなかったので、首を横に振っておいた。
クロエも質問されていたが、私と出会う前は野良猫とあまり変わらない生活をしていたらしい。ただ、本当に化け猫の一歩手前だったようで、正確な年齢は分からないが、結構な年月を生きていたようだ。
ヴィロとバロッサの娘についても聞いたが、なんでも冒険者を育成する学校に通っているらしい。
冒険者とは、魔物を倒したり、遺跡に潜って財を成す職業なのだそうだ。
この話をしたときの二人は、どうにも悲しい雰囲気をしていたので、あまり深くは聞けなかった。
そんなこんなで食事が終わり、家の廊下を通って二人の店に移動した。
「さて、今日からエーリスには店に出てもらうのだけど」
「そのことなのですが」
「さすがに猫に給仕はさせられないわよ?」
クロエが口を挟むと、バロッサがすぐに反応する。
負けじとクロエは不適に笑ってこっちをあおり見てくる。
「ふっふっふ、その問題を解決したのですよ! エーリス様、お願いします!」
「ん」
私は頷くと、クロエを変身させる。
見る見る大きくなったクロエに、ヴィロとバロッサは言葉もないようである。
やがて、光がおさまると、人の姿になって変なポーズをとったクロエがそこにいた。
そのポーズ、これから使っていく気か……