転生魔王   作:さとうさん

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五話「耳元で優しく、囁くように」

 光りがおさまると、人の女がベッド脇に立って自分をしきりに見下ろしていた。

 魂を人の形に近づけるだけなので、姿かたちまでいじれるわけではない。よって、あれはクロエの人だった場合の姿なのだが…… 

 私よりも背が大きい、そして髪は毛並と一緒で黒か。そこは私とお揃いだな。

 人の醜美には疎いが、醜いということはないだろう。むしろ顔の造形は整っていると言える。

 

「服は、厳密に言えばクロエの魂というか、魔力で造られているから、ちょっと願えば変えることもできるぞ。今のは魔王のときの傍仕えが着ていた物だ」

「なんというか、鎧のような感じです。さすがにこれで給仕はできないですね」

 

 そういうと、クロエを目を閉じて、祈るように手を組んだ。

 すると、またもや光に包まれた。

 すぐに光はおさまり、ドレスにしては少し地味な、白と黒の服をクロエは纏っていた。

 

 ちゃんと魔力の使い方も分かっているようで、本当に賢い猫である。

 そして鎧では分からなかったが、胸部の膨らみがすごいな。

 

「いいんじゃないか」

「昔にいた屋敷の侍女が着ていた服を思い出してみたのですが、鎧よりは動きやすそうです」

 

 そう言って、ぎこちない動きであれこれしているクロエを眺める。

 猫のときもたまに二本足で立っていたし、賢いクロエのことである、そのうち人の動きにも慣れるだろう。

 

 クロエは熱心に身体を動かしているので、声を掛けるのもしのびないと思い、先ほどまで話していたこと、これからの目的について考える。

 魔王のときは、自分の目的など無きに等しかったからな。

 自由になれたのは嬉しいが、どうも何をしていいか分からない。

 人とは何を目的に生きるのであろうか。

 これからどうすればいいのか。

 

「これから、か。悩めるだけ贅沢ではあるな」

「エーリス様のしたいことを見つければいいかと。私はどこまでもお供します」

 

 私の独り言にクロエが反応する。邪魔をしてしまったな。

 しかし、クロエよ。嬉しいことを言ってくれたが、その変なポーズでは、少々台無しな感じがするぞ。

 まぁ、かわいいのでいいか。

 

「ううむ。したいことか。とりあえずあの後のことは知りたいな」

「昔のことでしたら、書物でしょうか。この町にも書物を収めた建物がありましたが」

 

 書物か、一度確認したいな。しかし、それにも金は必要だろう。

 何にしても人の町で生きるなら、金が必要か。

 しかし、今は右も左も分からぬ状況。

 

「まずは、人の生活に慣れねば。そしてヴィロとバロッサへの恩返しも、だな」

「そうですね、明日からの働きで少しでも返せるようにします!」

 

 私の言葉にやる気を見せるクロエ。

 しかし、その変なポーズは気に入ったのか。

 

「さて、では寝るとしようか」

 

 ちょうど区切りもいいし。

 魔王のときとは違い、抗いがたい睡魔も襲ってきている。

 きっと今寝れば、幸せな気分になれるに違いない。そう思い、クロエを猫の姿に戻す。

 ベッドは一人用なので仕方ない。

 

「にゃん!?」

 

 戻されたクロエは、猫のような鳴き声をあげているが、問題ないだろう。 

 

「ちょっと狭いからな。ほら、こっちにおいで」

 

 私がそう言うと、クロエは納得したのか、枕元に来て寄り添うように丸まる。

 

「おやすみなさいませ、エーリス様」

「おやすみ、クロエ」

 

 耳元で優しく、囁くように言うクロエに返事をし、私は目を閉じた。

 

 

 

 

 

 顔にひたひたと、柔らかいものが当たっている。

 なんとも心地よい声が、耳に入ってくる。

 もう少しこのままでいたい。

 

「エーリス様、起きてください」

 

 一瞬、誰の名を呼んでいるのか分からず、考えてしまったおかげで、ぼんやりしていた頭がはっきりしてくる。

 エーリスは私の名前だったな。

 

「ああ、クロエ。おはよう」

「おはようございます、エーリス様」

 

 目を開けると、クロエが満足そうな雰囲気を醸し出して、前足を上げていた。

 あの柔らかいものは、クロエの前足だったようである。

 掴んで、ちょっと揉んでみたが、癖になりそうな触り心地だ。

 

 そのまま抱え上げると、部屋を出ておいしそうな匂いのする方向へと足を進める。

 すると、バロッサが食事の準備をしているのが見えた。

 こちらに気づいたのか、バロッサが振り向く。

 

「あら、エーリスにクロエ、おはよう。早いわね」

「バロッサ、おはよう」

「おはようございます」

 

 挨拶を返すと、バロッサが笑う。 

 

「ふふ、まだ半分寝てるわね。顔を洗ってきちゃいなさい」

「ああ、分かった」

 

 どうにも、まだ眠そうに見える顔をしているようである。

 魔王のときも、寝ることはあったが、義務的なものだった。

 それに比べて、人の眠りというのは、なんというか、幸せな気分になる。そして、それが後を引いているようだ。

  

 言われた通り、昨日案内された水場に向かおうとしたのだが、急に腕の中が軽くなった。

 

「わ、私はここで待ってます」

「ん」

 

 クロエが逃げ出したが、まぁいいだろう。

 どうにも定まらない足を引きずって移動した。

 

 冷たい水で顔を洗うと、頭がすっきりして、感覚もはっきりしてくる。

 しかし、昨日の風呂もだが、水の流れを魔法技術で制御しているのか、すごいな人は。

 

 そんなことを考えつつ戻ると、ヴィロが食卓に座っていた。

 

「おはよう、エーリス。ちゃんと眠れたかい?」

「ああ、おはよう。とてもよく寝れた」

 

 挨拶を交わし、私も昨日の位置に座る。

 すると隣の椅子に、クロエが飛び乗った。

 残る椅子にバロッサが座るとなると、気になることがあった。

 

「そういえば娘がいると言っていたが?」

 

 となれば、椅子が足りない。

 クロエは床か、私の膝の上か、と考えていたら返事が返ってきた。

 

「ああ、娘の中央にある学校に通ってて寮生活なんだ」

 

 若干寂しそうなヴィロ。

 しかし、寮というと、集団生活をする場所か。

 学校といい、寮といい、余裕がないと通わせられない気がするが。まぁ、私の人に関する知識は昔のモノなので、今はそれが普通なのかもしれない。

 いろいろと疑問はあったが、バロッサに呼ばれたので、ヴィロと共に席を立つ。

 朝食の準備ができたようで、配膳を手伝う。

 クロエがしきりに、何かを訴えるようにこちらを見てきたが、いったいどうしたのか。

 

 食事中には、いろいろな話をした。

 何か思い出したか聞かれたが、この身体の瀕死前のことは何一つ思い出せなかったので、首を横に振っておいた。

 クロエも質問されていたが、私と出会う前は野良猫とあまり変わらない生活をしていたらしい。ただ、本当に化け猫の一歩手前だったようで、正確な年齢は分からないが、結構な年月を生きていたようだ。

 ヴィロとバロッサの娘についても聞いたが、なんでも冒険者を育成する学校に通っているらしい。

 冒険者とは、魔物を倒したり、遺跡に潜って財を成す職業なのだそうだ。

 この話をしたときの二人は、どうにも悲しい雰囲気をしていたので、あまり深くは聞けなかった。

 

 

 

 

 

 そんなこんなで食事が終わり、家の廊下を通って二人の店に移動した。

 

「さて、今日からエーリスには店に出てもらうのだけど」

「そのことなのですが」

「さすがに猫に給仕はさせられないわよ?」

 

 クロエが口を挟むと、バロッサがすぐに反応する。

 負けじとクロエは不適に笑ってこっちをあおり見てくる。

 

「ふっふっふ、その問題を解決したのですよ! エーリス様、お願いします!」

 

「ん」

 

 私は頷くと、クロエを変身させる。

 見る見る大きくなったクロエに、ヴィロとバロッサは言葉もないようである。

 やがて、光がおさまると、人の姿になって変なポーズをとったクロエがそこにいた。

 

 そのポーズ、これから使っていく気か……

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