変なポーズをとる元猫。
「お、おお!」
「あんた! 鼻の下伸ばすんじゃないよ!」
ヴィロの頭を結構な勢いではたくバロッサ。
頭を押さえてうずくまる大男をしり目に、バロッサはしげしげとクロエを見た。
「しっかし、驚いたわねぇ。これも魔法なのかい?」
「はい、エーリス様にお願いしまして」
嬉しそうなクロエに、私も満足である。
衝動的にクロエを撫でたくなったが、身長差もあって難しい。
腕を伸ばしたり、背伸びしたりと苦戦していると、こちらに気づいたクロエが頭を垂れた。
うむ、なかなかの撫で心地である。
「あらあら、それにしてもすごいわねぇ!」
「これで私もお手伝いできますよね!」
「ええ、看板娘が二人に増えて嬉しい限りよ!」
クロエもバロッサも、楽しそうで何よりである。
その後ろで、ヴィロはまだ復活しそうにない。
体躯に似合わず、バロッサはなかなかの腕力の持ち主のようだ。
ヴィロは特に怪我をしているわけでもなく、本当にただ痛みだけを与えるように絶妙な加減で叩かれたようだった。
放置するのも悪い気がして、クロエの服について二人が盛り上がってる間に、ヴィロに適当に魔法をかける。
治療は得意ではないが、痛みくらいは散らせたようだ。
急に痛みがなくなったヴィロは、何事かと顔を上げて周囲を見回していたが、素知らぬふりをしておく。
そこをバロッサが見つけ、加減を間違えたかしら、と言いながら拳を構えたところで、ヴィロは準備があると言うが早いか、厨房へと逃げ込んでいった。
その後、私とクロエは、バロッサから仕事の手ほどきを受けた。
「そっちが銅貨、こっちが銀貨、これが金貨よ。銅貨十枚で銀貨一枚、銀貨十枚で金貨一枚ね。うちは基本的に銅貨と銀貨のやり取りになるわ」
テーブルに並べられた硬貨を、クロエと二人、凝視する。
一目で見分けはつきそうだが、結構汚れてるものもあり、ある程度慣れが必要そうだ。
一枚手に取ってみると、何やらいろいろ刻まれていた。
魔法もかかっているようだ。
「この一回り小さいのは小銅貨、これは十枚で銅貨一枚分だけど、まぁあんまり使う人はいないわね。金貨より上に大金貨なんてのもあるけど、それはここらへんじゃまず使われないから、頭の片隅にでもいれておけばいいわよ。店のほうは最初は私がやるけど、お使い頼むことがあるから、お金の単位は覚えてね」
小銅貨か、たぶん昨日私が差し出したのはそれだろうな。銅貨より小さかった。
あれでは食事の値段にもならないだろう。
クロエに視線を送ると、目が合った。二人で頷き合う。
この手伝いも好意に甘えている形なのだろうが、それでもいくらか恩返しできるように頑張ろう。
「基本は、食器洗いとか掃除とか雑用とか、そこらへんからね。ま、客なんて常連がほとんどだから気負わなくていいわよ」
「分かった」
「分かりました」
決意を込めて返事をすると、バロッサは満足そうに頷いた。
掃除をすると、昼少し前にバロッサが店を開ける。
開店直後は、通りにも人はあまりおらず、客もこない。
しかし、私にはまったく余裕がない。
失敗しないか心配で、とても緊張している。
クロエのほうが落ち着いているくらいだ。
「いらっしゃい!」
「いらっしゃいませ」
「い、いらっしゃいませ……」
くっ、舌が回らない、声が掠れる、魔王のときにも感じたことのない重圧が……!
に、逃げ出したい……
下を向きながら、そんな思いと戦う。
「お、おお!? なんだなんだ、ネカンちゃんの代わりか!?」
「ま、そんな感じだよ。いつものでいいかい?」
「おおー、頼むわー」
ネカン? ヴィロとバロッサの娘の名前かな。
というか、バロッサが行ってしまったら、客とクロエと私だけに……!
逃げたい。勇者と対峙したときですら思わなかったが、今は切実に逃げたい。
「しっかし、かわいい娘だねぇ。姉妹かい?」
「いいえ、違います。主従です」
「は?」
葛藤していると、場にそぐわない単語が耳に入ってきた。
主従はないだろう、主従は。
客の男が固まってるぞ。
まったく、クロエは仕方ないな。
「姉妹のようなものだ。クロエ、冗談が過ぎるぞ」
「お、おおー、そうなんか。主従とか言うからびっくりしたよ。クロエちゃんだっけ、冗談上手いね」
そう言って笑う男に合わせて、クロエも笑う。
それから少しの間、この常連らしき男と話す。
緊張していたのが嘘のように、話すことができた。
そうこうしていると、いい匂いが漂ってきた。
「はい、お待ちどうさま! かわいいからって手出したら承知しないからね!」
「へいへい、わかりましたよ」
バロッサが食事を置くと、男もそちらに集中する。
他の客も入ってきたので、男の傍から離れ、バロッサに習ったように対応していく。
バロッサの言った通り、ほとんどの客が常連のようで、私とクロエが出迎えると、皆一様に驚いていた。
そして、新人店員だとバロッサが説明して、軽く挨拶すると、なぜか喜ばれた。
特にクロエは、若い男の客に人気である。
見た目もいいし、例の服はどうにも位の高い人に仕える侍女が着るものらしく、それを着たクロエに給仕されると、男の自尊心がくすぐられるのだろうと、バロッサが言っていた。
そんな感じで、昼下がり、客足が途絶えると、私とクロエ、バロッサ、ヴィロの四人で、遅い昼食となった。
「クロエ、なかなか様になってたわね。エーリスも口調以外は、ちゃんとできてたじゃない」
「ふむ、喋り方を変えるのは難しいな」
一度、クロエを真似てみたのだが、どうにも舌が絡んでしまって、結果として変な言葉遣いになってしまった。
まぁ、客が笑ってくれたのでよかったが。
「はっはっは、いいじゃねぇか! それも個性だろ!」
「ま、それもそうね。うち来るお客に、そんなこと気にするほどお上品さんもいないわね」
ヴィロとバロッサの言葉に安堵する。
仕事についても、特に注意はないようなので、安心した。
「次は夕方から開けるけど、ちょっとガラの悪いのとか、酔ってる客もいるから注意してね。特にクロエは、絡まれたり嫌なことされそうになったらすぐ私を呼ぶのよ」
そう注意され、少々の不安を残しながら、昼食の片づけをすると夕方に向けて準備に取り掛かった。
夕方から、店を開けるとすぐに忙しくなった。
なんでも、仕事帰りの人が来ているのだそうだ。
昼間からの常連さんもいるが、夜だけの常連さんもおり、やはり出迎えると驚かれることが多かった。
常連さんが多いことや、夜も早いうちに店じまいすることもあって、そこまでたちの悪い客はいないと、バロッサが後で教えてくれた。
ただ、クロエは絡まれやすそうなので殊更注意しといたのだそうだ。
確かに、昼間も結構声を掛けられていたしな。
昼とあまり変わらない業務内容と、昼とは違う忙しさに、目を回しながら仕事をしていると、店の一角が騒がしくなってきた。
バロッサに視線を向けると、ちょっと苦い顔をしている。
「あっちのお客さんは私が相手するから。あんまり近寄らないようにしなさい」
バロッサにそう言われ、私もクロエもなるべくそこには近寄らないようにしていた。
「ああいう冒険者連中が、たまに来るんだよ」
客の一人がそう言って、集団を見やる。釣られて私も視線を移す。
汚れた武器を傍らに置き、酒を飲んで、大声を出す。周囲の客は若干迷惑そうである。
この店にはそぐわない、と従業員一日目の私でも分かる。
と、その中の一人が、クロエを見つけて大声を出す。
「おお、若い娘がいるじゃねぇか、こっちきて一緒に呑もうぜ!」
「ちょっと! うちはそういう店じゃないよ!」
すかさずバロッサが、負けないくらいの大声で言い返すと、クロエを隠す。
「うるせぇ、おばさんは黙ってな!」
バロッサも十分若いのだがな、そんなことを思っていると、冒険者らしき男が立ち上がり、バロッサを押しのけ、後ろにいたクロエの肩に腕を回そうとする。
その光景を見た瞬間、心がどうしようもなくざわついた。
抑えきれない衝動に駆られる。
頭に血が上る、冷静でいられない。
久しぶりの感覚であった。
自然と声が出た。
「おい、それは私のだぞ」