魔法少女リリカルなのは The Annihilation Swords and Fists 作:zwart
海鳴市の外れ、空襲から外れた地区の住宅街にその家はあった。いつも静かで、よく庭に猫が上がっていて、周りの住民のよく知る家。そこには脚の不自由な八神はやてという女の子が一人で住んでいる。
彼女の両親はいない。親戚の一人が保護者としているが、彼も金銭の工面しかせず、一緒に住んでいるわけではない。彼女は自分で病院に行き、自分で買い出しをし、自分独りの力で生活している。
チクタク、チクタクと。振り子時計の音を聞きながら彼女は本を読んでいる。時間が開いている時はいつもそうだ。彼女の私室は本で溢れ、さらに近くの図書館からもよく借りている。 特に料理に関するものをよく借りて、時に実践している。
昼の家事を終えて、小説を読んでいたところに、呼び鈴が鳴った。
「はーい」
車椅子を動かし、玄関に出ると背広の男が立っていた。特徴のないのが特徴といった感じの日本人。
「やあ、どうも。児童福祉所から来ました村上と申します」
「またですか。脚のことならもう何度もお断りしたはずですが」
この男は空襲の少し後からよく来るようになった自称児童福祉所の人間だ。彼が言うには国家レベルで開発をしている義足のテスターをしてほしいということで、今の脚をその義足に取り替えればあるけるようなるらしい。だがはやては信用していなかった。まず彼の言うプロジェクトの名前を聞いたことがないし、そもそも彼が児童福祉所から来たという話じたいが裏の取りようがない。
「いやあ、もしかしたら気が変わるかなーなんて」
「変わりません」
「ハハ…。そう仰らずに、また歩けるようになりますよ?」
「結構です。それに、あんまりしつこいと警察に訴えますよ?」
「ふむ。仕方がないですね。では今日は帰りますが、気が変わったらいつでも言って下さい。歓迎します」
「帰って下さい」
「失礼します」
バタンと、扉を閉めて部屋に戻った。
まったく何なのだろうか。押し売りにしても脚を交換しろなどと、趣味が悪すぎる。
「………次は居留守でも使ったろか」
とにかく、だいぶ時間を取られた。はやてはこれ以上あの背広男について考えることをやめ、本を手にリビングに戻る。
この日の一週間後、一冊の魔導書が起動する―――。
それは、いつも脚の治療のために通っている病院からの帰り道のことだった。家の近くのバス停でバスを降り、少し長い夜道を車椅子でゆるゆると進んでいた。
横断歩道にさしかかったとき、家に近いこともあって油断していたのだろう。居眠り運転のトラックが猛スピードで突っ込んでくるのに気がつかなかった。
車椅子では逃げようもない。思わず目を瞑り、直後に破壊的な轟音と衝撃が―――。
「あれ、生きとる?」
到来したのは轟音だけだった。そればかりか、もしかして私は空にいないか?なんだか足元にファンタジーな魔法陣もあるが、本当に何やねんこの状況。
さらに、自分の他にも浮いているものがある。本だ。家にあった鍵付きの開かない本が鎖を引きちぎって勝手に開き私に中のページを見せる格好で高速でめくられる。意味が分からない。あっという間に膨大なページが開かれ、背表紙まで到達すると知らない言語で『闇の書、起動します』と喋った。でも摩訶不思議はまだ止まらない。新しい魔法陣が四つ現れて、そこから跪いた人間が四人現れた。
ああ、もう限界。
四人で私に何か言おうとしたみたいだけど、聞き取る前に私は意識を手放した。
交差点の上空で気絶してから二時間ほど、八神はやてはベッドの上で先ほどの四人から話を聞いていた。ちなみに四人とも跪いて話し出そうとしたので普通にしてくれと頼んで、今は正座したり体育座りしたり立ったりと様々だ。
「うん。よく分からない所もあったけど、まあ、大体は分かったで」
「いえ、長話を聞いていただき恐縮です」
「気にせんといて、シグナム。それと、私が皆の主で本当にええんか?」
「無論です。守護騎士全員、あなたの命を忠実に遂行する所存です」
そう。と小さな声で返して。はやては目の前にいる四人と一冊を見た。シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラ。そして闇の書。けっこう大所帯だが、空き部屋の数は問題ない。
「なら、主として最初の命令を言ってもいい?」
「なんなりと」
「じゃあ、家族になって。それが皆へのお願いで、私が闇の書に託すただ一つの望みや」
守護騎士の召喚から1ヶ月あまり、初めは戸惑っていたシグナム達も海鳴での生活にかなり慣れてきていた。はやてが作る食事は絶品だし、生活に困ることもない。彼らは今までになかった日常という時間を満喫していた。
その日の夜、はやてが寝た後にシャマルが念話で騎士達を呼んだ。
「珍しいなシャマル。今夜はどうした。何か緊急の事があったか?」
屋上に集まり、最初に声を出したのはシグナムだ。
「そうじゃないわ。けれどはやてちゃんの事で少し。ほら、今日は私とヴィータちゃんがはやてちゃんと病院に付き添ったでしょう」
「ああ。私とシグナムは夕飯の用意をしていた」
「帰り道でさ、学校の横を通るだろ?あそこを通る時にたまにはやてが変な顔をするんだ。アタシやシャマルがそれを聞いても「何でもない」っていつも言うんだけど」
「はやてちゃん、もしかして学校に通いたいんじゃないっかって」
シャマルはそこで言葉を切り、シグナムの返事を待った。守護騎士の意志決定はたいていは長であるシグナムが最後の判断を下す。自然と騎士達はシグナムの言葉を待った。
この世界では子供の教育は義務であり権利だ。足が不自由な主はやても、半年前に起きたという「関東大空襲」で市政が不安定になる前は学校に行っていたかもしれない。この半年間は脚の障害のせいでそれが出来なくなったのだとしたら。或いは学校に行ったことがなくて、今なお憧れているとしたら。今は私達が主はやての脚の代わりになれる。
「それが主の望みならば、我々は万難を廃して叶えるだけだ。それに、普通の子供が受ける教育を受けないというのは、主はやての未来に良くないかもしれん」
「よし。そうと決まれば明日から学校に―――」
「待て、落ち着けヴィータ。この世界で教育を受けるには手続きが必要だ。市役所というところに届け出を出さないといけないらしい」
何でそんな事知ってんだザッフィー先生。
「まあ、構わない。ならば明日、私とシャマルで市役所に行って手続きをしてこよう」
「主はやての保険カードと印鑑を持って行け。保護者の名前を聞かれたら毎月の仕送りをしてくる男の名前を出すんだ。間違っても我らの名前は書くなよ」
「………なんでそんなに詳しいんだよ、ザフィーラ」
「そうでもない」
翌日。
リビングでははやてが本を読み、ヴィータがテレビのチャンネルを回していた。
「なあ、はやて」
「ん?なんやヴィータ。畏まってどないしたん」
「学校って、どんなとこ?」
唐突な質問にはやては随分とうろたえた。飲んでいた麦茶をどうにか嚥下して、ヴィータに向き直った。
「………さあ、私は行ったことないからなあ。まあ、子供が集まって勉強するところやな」
「行きたい、とか思わねーの?」
「そら、昔は他の子供達みたいに行けたらなー。って思ったこともあるけど、今は皆がおるやろ。私はもう寂しくないんや」
「もし、行けるとしたらどうしますか」
「シャマル」
いつの間にか部屋に入ってきたシャマルは真剣な顔をしていた。
「そら、行けたらな行きたい。でも、この脚や。随分前から踏ん切りはついとるよ」
「私達がはやてちゃんの脚になれます」
「………」
「………なんか、行けない理由でもあるのか?」
「そうやない」
ただ、想像した瞬間に嫌だと思ったのだ。この日常が、まだ始まって一ヶ月しかたっていない皆の生活がまだ見ぬ学校生活に優先した。
それに、学校に通うとなったら毎日誰かが送り迎えしなければならない。それは彼女達に相当な負担をかけることにならないか。
「いえ、はやてちゃんが行きたくないならそれでいいんですよ?ただ、たまに学校の前を通る時にはやてちゃんがうらやましそうだったから」
「そうだった………かな」
何だか煮え切らない返事を返してしまった。
「少し、考えてもいい?」
「はい」「おう」
その日の夜、はやては以前に図書館で出会った月村すずかに電話した。
「………で、どう思うん?」
「そうだね。………うん。きっとはやてちゃんの家族ははやてちゃんを思って提案してくれたんだと思うよ。それに、学校だって一日中あるわけじゃないし、土日は家族との時間もとれるし」
「うん………」
それは分かっている。本当は何も迷うことはないのだ。ただ変化に臆病だっただけで。すずかに電話したのは、誰かに気持ちを話して気持ちの整理をしたかっただけだ。何だか自分が嫌になってくる。
「それに、はやてちゃんの来るかもしれない学校って、その。私も通ってるんだ」
「え、ホンマに!?」
「うん。みんないい人たちだからすぐに仲良くなれると思うよ。私の友達も紹介したいな」
「…そっかあ。そういうこともあるんやなぁ」
わりと本気で盲点だった。学校では友達を作ることが出来たのだ。
「だからね?私個人としてははやてちゃんに学校に来てほしいなあって」
「うん、分かった。前向きに検討するわ」
「よかった!それじゃあ、もう遅いから。お休み」
「うん、お休み。あと、ありがとう」
明日、学校に行くことをシグナム達に話そうと決めた。ただし、送り迎えは悪天候のときだけだ。元々は病院まで一人で通っていたのだから、問題ないだろう。
「八神はやてです。ご迷惑かけるかもしれんけど、よろしくお願いします」
木原先生の拷問から解放された真人が教室に戻ると、自分の席の隣に車椅子の女の子が座っていた。
「あぁ、転校してきた人か。桐原真人です。こちらこそよろしく」
「ところでHRにあんまり人がおらんかったのはどうしてなん?」
「ええと、男子が暴れてみんなうちの担任に説教を食らってるよ。俺もさっきまでそっちにいたけど」
残りの連中は騒ぎを起こした罪があるのでまだ懲罰室から出てきていない。
前はあんなに男子の暴走は無かったはずだが………。あるいは空元気なのだろうか。
チラリとフェイトの前の席を見る。そこにある空席は栗原葉木のものだ。他にも空席はある。空席があるのはこのクラスだけじゃない。この上の学年も直葉の学年にも『誰も触れない空席』がある。だれもかれもが、空席の『誰か』を半年待ち続けている。
学園の全生徒のうち、死亡確認がとれたのが19名。行方不明はその5倍以上。東京と比較すれば規模の小さい空襲だったものの、被害は大きい。それだけ悲劇を引きずる生徒達は、彼女を素直に好ましく受け入れられるだろうか。今朝方のお祭り騒ぎとて痛みに鈍感になるためのモルヒネや何かとそう変わらないだろう。かつての日常を繰り返して忘れないように。そんな器用さをこの半年が生み出した。個人を取り上げれば中身が正常に日常を許容しているとは限らないし、修復以前の日々に放り込まれた異物にどう反応するかは未知数だろう。自分だけは。そんな綺麗ごとは到底言えたものではない。自分こそが栗原葉木の欠落を拒んでいる。
ああ、でも八神はやてに罪はないんだ。それは確か。ならば、誠心誠意に彼女を己の日常に組み込む努力をしよう。
「真人くん?」
「ああ、ごめん。すこしボケッとしてた」
「それはええけど、日直ちゃうの?先生もう来てるけど」
「あ、やばっ。起立!例!!」
実はこれ大分前に書きあがっていたのですがなんだか自分でも投げやりな仕事な気がします。忙しくなりそうなのでとりあえず投稿しますが、きっと内容やら複線やらはそのままに加筆するので、そのとき気がむいて下さったらまた読んで下さい。
あ、このあとちゃんと続きます。