あなたに捧げる金盞花   作:プー太郎

3 / 4
第三話 出逢い

 諸国漫遊の旅を謳歌している影達によると、この戦乱の世において今は束の間の平穏を微妙な釣り合いを保っている天秤の上に成立させているらしい。いずれの国も表面上は穏やかな表情で語り合いながらその裏で熾烈な腹の探り合いを繰り広げており、こと狡猾さにかけてはナルトのいた世界のそれより余程ドロドロとして醜悪かもしれない。しかしながら、『手段問わず、ルール無用』が罷り通るこの世界の方こそ人の世に相応しいのではないか、とナルトは思っていた。

「忍が生きやすい世界、な……」

 

 異世界に放り出されたナルトが得体の知れない狸爺と出会い、それが実は風魔一族の当主だと判明して、あれよあれよと風魔ノ里に身を寄せるようになってから、早くも一月という月日が経とうとしていた。

 

 

 

 

 

     第三話   出逢い

 

 

 

 

 

 風魔ノ里はとても平和である。

 子供は日々鍛錬に勤しみ、年長者がそれを指導する一方で、忍でない者は里の為に田畑を耕し、幼子の世話に奔走する。隠れ里とは言え、どこにでもあるような普通の里の姿をしていた。

 里に迎え入れられて最初の三日間、様子見と称してただ飯食らいと化していたナルトは、その翌日から好奇心旺盛な子供達に乞われるまま体術の相手として付き合っていたら、いつの間にか先生という立場を手に入れていた。

 弥彦曰く、「風魔以外の体術を知らないと初めて対する時に戸惑うし、致命的な弱点になり得るから」らしい。取って付けたような理由だと鼻で一笑してやったが、住処を与えてもらった恩があるためナルトは律儀に指導を続けている。

 先生業は体術指導から始まり、今では暗器の扱い方や刀、槍、薙刀、弓、柔術などの武術全般、加えて華道や茶道と言った教養まで、ありとあらゆる分野を網羅している。どのような質問にも詰まる事無く答えてしまうものだから、ナルトは何でも先生と呼ばれて子供には特に人気があった。それどころか、人気があり過ぎて何故か予約制だ。いや、予約がどうのという事態には、一切関与していないのだが。

 何でも先生の受講システムはこうだ。

 基本的に下忍見習いは大人数、下忍または中忍は少人数、上忍もしくは訳アリが個人指導となっていて、何処かにある受付所で空いている日に自分の名前を記入するだけで良い。人数調整などは受付の人間が済ませてくれるのだ。またナルトがふらりと居なくなった日は休講となり(受付が毎日ナルトの行動をチェックしているのだとか)、別の日に回される。しかし本人に無断で授業を組んでいるのだから恨みっこナシ、というのが暗黙の了解である。

 そんな裏事情を知らなかったナルトは、上手い事かち合わないもんだなぁ仲が良いんだなぁと呑気なものだった。と言うのも、ナルトが里長の屋敷の横手にある小さな鍛錬場に居ると誰かが現れ、それがその日に教える生徒だったからだ。複数やって来る事もよくあったが喧嘩する事もなかったし、教養の場合は前夜の内に生徒の人数、学びたい教養の内容及び授業場所を記した手紙が届いた。何と用意周到な事か、しかも妙にシステマティックだ! と思い始めたナルトがこの制度を知った時、抜け目のない要領の良さに感服して憤慨するどころか哄笑したものだ。

「朔夜! 今日はオレが相手だっ」

 着流しの裾をたくし上げて、準備運動を始める。歳の頃は十二辺りか。頭の天辺で一つに結われた、茶色のざんばら髪が彼の動きに合わせてヒョコヒョコと揺れた。

 里長候補を弟に持つ彼は、名を仙蔵と言う。「伝説の忍になる!」という夢を今一番実現させそうな素質と才能を持っており、同年代の仲間の誰よりも断然腕が良く伸び代のある戦忍見習いだ。

 この仙蔵、実は明日、初の里外任務がある。

「威勢は良いが、ちったぁ忍らしく静かにしろっつーの。じゃ、何でもありの実戦形式、相手を戦闘不能にさせた方が勝ち……いいな?」

「いいぜ! 今度こそ、その巫山戯た面を剥いでやるっ」

「ハ、出来もしねェ事を言うんじゃねーよ」

 親指で弾いた一文銭が宙を舞った。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 その日、風魔小太郎は傭兵の任期明けだった。

 どんな場所であれ、相手方の内側に入り込む事ほど内情を探れるものはない。そんな考えもあっての傭兵志願だった小太郎は、契約期間延長を望む雇い主の懇願も軽く一蹴して久方振りの生まれ故郷に足を運んでいた。風の噂に当主交代が近いと聞いたからだ。

 小太郎が里を離れてから五年程経っただろうか。前回里に戻ったのは「小太郎」襲名の時でそれ以来一度も里に足を踏み入れておらず、土地勘すらすっかり記憶の彼方へ遠退いている程だ。とは言え、土地勘自体は足を進める毎に思い出されていくから問題ない。

 次第に懐かしい風の気配が濃くなっていく。まるで小太郎を包み込むようなそれは、正しく風の番人だった。余所者を排除し里を守る事が使命であるその風は、還ってきた小太郎を温かく歓迎するかの如く身体に纏わり付いて彼を里まで誘導してくれた。

 記憶よりも少し薄汚れた大門を前にして、一瞬の思案の後すぐさま踵を返す。真正面から入るのではなく、当主の元へは忍び込もうと考えたのだ。

 風魔ノ里は正面を樹海に、背後を切り立った崖に守られている自然の要塞であるが、しかしながらその里で十年以上も過ごした小太郎だからこそ幾つかの抜け道を知っていた。

(日輪は中天。……上から行くか)

 下からのルートもあれば、上からのルートもある。日の高い日中のこと、見られたくない場合は下から行くべきだろうが、此処に居るのは風魔の忍だ。知られて困るような抜け道ではないから大丈夫だろうと、軽い動作で跳躍した。

 木々を駆ける最中に耳を澄ませると、里のあちらこちらで幼い戦闘音がするのに気付く。砂利を踏み締める音、叩き付けられる音、気合の入った掛け声、それから甲高い金属音。その音の軽さに、どれも恐らく子供のものだろうと過去の己の鍛錬風景を脳裏に甦らせる。記憶の中の己はいつも一人で、唯一変わった所と言えば身ノ丈くらいか。戦闘力も何もかもを含め思い返してみると、己はあの頃から何一つ成長していないように思えて苦笑にさえなり得ない口元が僅かに歪んだ。

 防壁を飛び越えて入った里は、穏やか過ぎる程に穏やかだと思った。鍛錬に励む子供を横目で見ながら、屋根の上を里長の屋敷まで一気に駆け抜ける。

 そのまま室内に侵入しようとした小太郎がそれを見付けたのは、正に偶然だった。

「……っ」

 忍の勘、とでも言うべきか。

 何かに呼ばれるように向かった先は屋敷の死角とも言える場所で、自然現象とは言い難い土煙を小太郎は見逃さなかった。

 足音は二人分。

 鍛錬、にしては静か過ぎる。

 その上、抑えられたような僅かな殺気が漏れている。

(敵……か?)

 相手に気取られないよう、死角に隠れたまま状況を伺う。敵味方を判別する為に注意深く二人の動きを見れば、茶色い髪をした幼い男子の方が風魔の体術そのものだと気付いた。

「!」

 それだけ分かれば行動は一つ。

 鍛錬の可能性を完全に消し去って、二人の間にクナイを放つ。

「――!」

「な……!?」

 二人の距離が広がったところでその間に割り込み、幼い男子を背に庇うとすかさず対刀で狐の面を被った方に斬り掛かる。隙を見せたら負けだ。

 小太郎が二人の戦闘を盗み見していて、一つ分かった事があった。それは実力の差だ。茶色の髪をした男子も歳の割に強い方だとは思うが、それでも面をした忍の方が明らかに格上なのだ。奇跡でも起きない限り、万に一つも子供が勝つ可能性はない。そう判断したからこそ、小太郎は割って入ったのだ。

「ったく……」

 面の忍は面倒臭そうに呟いて里長の屋敷の上に逃げたが、小太郎が先回りして前に立ち塞がると観念したのか、クナイを構えて応戦し始めた。

 優れた体格を活かすように、小太郎の斬撃は一つ一つが鋭く重い。それこそたった一太刀でも致命傷になり得る攻撃を、しかし面の忍は軽く往なしていく。まるで柳に向かって攻撃しているみたいで、するりするりと躱されては懐に入られて反撃を許してしまう。

(厄介な相手だ)

 小太郎の苦手な相手だ。単純に相性が良くない。

 得物にしても小太郎は対刀、相手はクナイで間合いは小太郎に利があるのに、有利さなんて微塵も感じる事が出来ない。先程から斬撃の合間に繰り出している蹴りも拳も空を切るだけで、虚しい事に掠りもしないのだ。

(……だが、久しぶりの強者)

 小太郎は長年忘れていた気持ちの昂りを、じわじわと感じ始めていた。

 己と同等、否、それ以上の速度、細身の体躯に似合わない重い一撃、一手先を読む眼、――そして生まれ持った戦闘の感性。

 これは類稀な才能を持つ者だ。

 忍としての技量に関して、小太郎は己が負けているとは決して思わないが、正直なところ伝説の名を以てしても勝てるかどうか怪しい相手であるのは事実であった。

 だからせめて、せめて己の手で。

(この、闘神に愛された人間を暴いてやりたい……!)

 小太郎は対刀を潔く投げ捨てた。

 この状況で刀は不利だ。僅かな隙を衝いて懐に入り込んで来る相手に対して、いくら忍刀と言えどその間合いは広過ぎる。この忍が接近戦を得意としているのならば、己もクナイで対するべきだろう。刀などなくとも、手足の長さで十分勝っているのだから。

「く……っ」

 体重を乗せた一撃が遂に入った。耳を劈く金属音が辺りに響き渡り、余韻が残る。

 力を受け流しきれなかった忍が一瞬、蹌踉めく(よろめく)のを小太郎は見逃さなかった。

(いける!)

 突如始まる、反撃を許さぬ怒涛の攻撃。力技で大胆に仕掛けて、しかし力を逃がす間など与えないよう慎重に相手の逃げ場を予測し先手を打つ。攻めに転じた小太郎の猛攻は苛烈を極め、一見すると力で押す小太郎が優勢に見える。が、忍のクナイは的確に小太郎の急所を狙ってきた。薄皮一枚。どれだけ避けても細かな傷が増えていく。

「……、……ぇ?」

 急に忍の動きが鈍くなる。いや、鈍くなるのではない。攻撃を仕掛けなくなってきた。

「……?」

 防戦一方になる相手を不審に思うも、攻撃の手を休める事はしない。

 罠か、それとも本当に疲れが見え始めたのか。

 そんな考えが頭を過ぎるが、この忍に限って後者は有り得ないとすかさず否定する。

「お前、まさか……風魔の忍か?」

 質問の意図が分からず、肯定も否定もしないでいると忍はその間に小太郎が風魔忍であると確信したらしい。慌てた様子で言葉を続けた。

「あーっと、悪ぃ! お前が風魔者なら俺は敵じゃねーよ。勘違いだって!」

(……勘違い? この期に及んで妄言か?)

 忍の言葉は到底信じられるものではなかった。

 風魔の男子と戦闘しているのをしっかりと目撃したし、何より忍が小太郎を風魔者と判断したように、小太郎もまた忍が他里の者だと気付いているからだ。扱う忍術だけでなく、里特有の癖は体術にも良く見られる上に、長年叩き込まれてきた癖というものはそう簡単に抜けるものでもない。故に癖は敵を見抜く指標のようなものであり、味方を見分ける為に用いられる一種の判断基準でもある。

 けれども、それをこれ程の忍が知らない筈もないのだ。

(……とすると、やはり本当のことか?)

 そうは思っても攻撃を止めた瞬間の奇襲を狙っているのかもしれないと考えると、やはり手は止められない。距離を取ればいいのか。一旦離れて様子見か。

 そう考えて一歩退こうと小太郎が動く前に、業を煮やした忍が苛立たしげに叫んだ。

「おいコラ、ジジイ! いつまでも高みの見物極めてんじゃねェぞ! 止めねェなら殺っちまっても文句言うなよッ!」

「ほっほっほっ、それはイカン。うちの子が殺されるのを、みすみす見逃す長はおらんで」

「――っ!」

 二人以外いなかった筈の屋根の上に、一人分の影が唐突に現れる。弥彦だ。

 忍との戦闘に夢中になっていて小太郎は気付かなかったが、この様子だと忍は随分と前から弥彦の存在に気付いていたらしい。しかも里長である弥彦とこの馴れ馴れしいとも言える親しげな雰囲気は、忍が風魔の敵ではないと知らしめるに充分な証拠でもあった。

 構えを解いてクナイを収めれば、忍はこれ見よがしに溜め息を吐いた。

「小太郎、此奴は確かに他里出身じゃが今は風魔の人間での、儂の家族じゃ。強さはもう分かっとるな? 他里出身じゃからこそ、子供らに体術も含めて指導してくれとるのよ」

 小太郎に向かってそう説明した弥彦は、次いで忍に顔を向けると何故か自慢げな表情を浮かべた。

「お主にはこれだけで良かろう。――この男が、風魔小太郎よ」

「へぇ……? 伝説の風の悪魔か」

「……」

 若干トーンが上がった声色は何処か楽しそうだ、と顔が見えないから声で判断するしかない。が、恐らく間違ってはいないだろう。

 それにしても、先程までのピリピリとした雰囲気が余韻もなく綺麗に霧散してしまっている事に気付く。その切り替えの早さに、この忍は恐ろしく厳格に物事の境界線を見極め、そして明確に割り切っているに違いないと小太郎は彼の一端を肌で感じた。己が目指す忍とはまた異なる、一流の忍の姿が其処には在った。

「強ち、噂が一人歩きしてるって訳でもなさそうだな」

「当然じゃろう。"小太郎"の名は認められた者にしか名乗れぬ重い名じゃ。名を選び、名に選ばれる覚悟と宿命が死ぬまで付き纏う」

 それゆえの、"伝説"だ。

「風魔の事情なんか俺にゃ関係ねェけど。ま、袖振り合うも多生の縁って言うし、これも何かの縁だろ。宜しくな、小太郎」

 他里の忍と言えど当主が認めた者である。考えるまでもなく当然のように頷いた。

 それに特筆すべきはこの忍、冷え切っていた小太郎の胸に焔を灯した人間なのだ。里の外に出てしまえば小太郎は雇われる身であるからどうなるか分からないが、少なくともこの里に居る間は同じ風魔の仲間だと言うし、ならばせめてその短い間だけでも共に居たかった。

 その小さな希望が、実は"久遠"を含んだ淡い願いだと小太郎は思いも寄らなかったが。

「さて、小太郎が帰って来たのなら、ちぃとばかし部屋を片付けねばならんな。……ああ、片付けくらい儂一人で十分よ。小太郎はそうだな、一緒に仙蔵を見てやれ。お主の後継候補じゃ、厳しく鍛えてやると良い」

「……」

 頷いて、弥彦の視線を追ってくるりと見回すと、木の陰に隠れた茶色い髪のあの男子が直ぐに見付かる。その子供は目が合ったと感じたのか(実際合っている)、ビクリと大きく肩を震わせた。きっとあの子供が仙蔵なのだろう。

「夕餉の時間に呼びに来るのでな、二人共、しっかり頼むぞ」

 小太郎に引継ぎ、忍に目配せしてから弥彦は屋根から飛び降りる。そして危なげない足取りで屋敷に向かおうとする弥彦の袖を掴み、仙蔵は激しく揺すった。

「ちょ、じっちゃん! マジで!? マジであの人とやるのっ!?」

「大マジじゃ! 憧れの忍に師事出来るんじゃから、もっと喜べ仙蔵!」

「喜びたいけど喜べねーよ! 死んだらどーすんだ、祟ってやるかんな!」

「ほっほっほっ」

 仙蔵は小太郎が憧れらしいが、指導についてはどうやら歓迎されていない様子。これは弥彦の言い付け通り指導を行うべきなのかそうでないのか、非常に迷うところだ。というか、そもそも己は指導者に向いていない。そんな重大な事実に、今更ながらに思い至った。

(困ったな……)

 どのように切り出すべきか、それさえも分からない。こと忍以外になると、己は一般人以下に成り下がるのだから。

 ちらりと面の忍に目を向けると、彼は肩を竦めてみせた。

「ほら、何だかんだ言って仙蔵の奴、期待してンぜ」

 そう言われて仙蔵をもう一度見ると、確かに彼は怯えながらも期待に満ちた瞳で此方を伺っているようだった。期待されているのならば、言い付け通り小太郎は彼を指導するべきだろう。指導方法は分からないが、取り敢えず相手になれば「小太郎」候補なのだから勝手に学んで伸びていくと思う。

 ところで、己が相手をするのは良い。では、この忍はどうするのだろうか。

 彼も仙蔵の指導役を受けていた筈だが……と再び目を向けると、この男は本当に勘が鋭い。

「なに、俺? 俺はさっきまで相手してたし、横で見てるよ」

 そうかと一つ頷いて、その序でに聞き忘れていた事を思い出す。

「……、まだ何かあンのか」

 訝しげな声を出すこの忍の素性は、きっと弥彦の言った通りなのだと思われる。

 他里出身である事は聞いた、されど風魔の一員であるとも聞いた。弥彦の家族になったと言う事も、恐らく当主の権限を振り翳して弥彦がどうにかしてみせたに違いない。弥彦とは、偶に信じられないような事を平気な顔で為してしまう人間だと小太郎は知っている。

 しかし、一つだけ聞いていない事がある。

 それは顔も髪の色も何一つ定かではないこの忍を、唯一示す事が出来るもの――。

 小太郎はすっと息を吸った。

 

「……名は?」

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。