魔法少女リリカルなのは~刃の行き着く先~   作:レティウス

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第91話

『見ぃつけたぁ♪』

 

 確かに世界に声が響いた。

 

 それは、紅莉の空耳だけでなく、近くにいるなのはやフェイト、はてはミッドにいる全ての人間に聞こえたのだ。

 

 どこを見るわけもなく、各々があたりを見回す。その声の出所を探している。

 

 そんな各々とはうって変わり、紅莉の様子が可笑しかった。

 

 まるで何かに怯えるかのように体が震えていたのである。

 

 紅莉本人も何故自分がそうなっているのか分からずにいた。

 

 ただ、これから起こるであろう何かに対し、怯えてなどいられないと、腹に力を入れて喝を込める。

 

 何とか震えを押さえることに成功した時、それは起こった。

 

 何もないと思った空間が突如歪み、そこから何かが出てきたのである。

 

 何か、ではない。それは人であった。

 

 黒髪の美しい女性で、美の女神という言葉が陳腐に思えるほど、それは美しかった。

 

「やっと……やっと、会えたね紅ちゃん」

 

 泣きそうな、それでいて決して涙を見せず、誰もが見惚れるほどの笑顔を見せる女性。

 

 女性の口から放たれた紅ちゃんという言葉に、紅莉の周りにいる者は一斉に紅莉を見る。

 

 誰しもが紅莉を見る中、指名された紅莉はと言えば、先ほどの震えとはまた変わり、何かを言おうと口を開いているが、音は何も発生ないでいた。

 

「うんうん、ちょっと姿が変わっちゃっているけど、紅に間違いないね。ごめんね、今まで来れなくて」

 

 心配するような顔で紅莉に話しかける女性。それに対して、紅莉はまるで金縛りにあったかのように動けずにいた。

 

 わずかに動く震える口で漸く、その名を口にすることが出来た。

 

「ねえ、さん……」

 

 紅莉の口から出たその言葉に、一同が驚愕の表情を示す。

 

 聞き間違いがなければ、紅莉は今、突如現れた女性の事を姉と口にした。

 

 それの持つ意味は……

 

「うんうん。紅の大好きな藍那お姉ちゃんだよ」

 

 紅莉に姉と呼ばれて余程嬉しかったのか、女性改め藍那は満面の笑顔で紅莉の言葉に答える。

 

「ごめんね、あの(ゴミ)に一時的とは操られて紅を殺しちゃうなんて、お姉ちゃん失格だね。でも、安心して。あのゴミはお姉ちゃんがきちんと片づけたから」

 

 藍那は悲しそうな表情をしたあと、一転して紅莉を安心させようとしたためか、気丈にも笑顔でふるまう。

 

「紅を殺したあのゴミの力なんて使いたくないけど、紅に会うためだもん、四の五の言ってられないものね。大丈夫、これからはお姉ちゃんが紅を守るよ」

 

 そう言って、いつの間に移動したのか紅莉の前に立ち、頬に触れる藍那。

 

 藍那に触れられた瞬間、紅莉はもともと硬直させていた体を更に硬直させる。

 

 自分の意思とは裏腹に体が全く言うことを聞かないのである。

 

 否、それどころか、思考事態が鈍っている。普段の紅莉では決してありえないことである。

 

 それほどまでに、目の前に現れた姉の存在が紅莉にとって、どれほどの意味をもつものかが窺い知れる。

 

「ふふ、私よりおっきくなって、逞しくなったね」

 

 藍那は紅莉の体をぺたぺたと触り、紅莉の状態を確認する。

 

 どこか蕩けそうな笑顔を浮かべて紅莉に抱きつく藍那。

 

 そこで漸く、この一連の流れから再起動を果たしたなのはが紅莉に近づく。

 

「ね、ねぇ、紅莉君。お姉さんって」

 

 色々と聞き逃せない単語の数々を紅莉に尋ねようとしたなのは。

 

 しかし、次の瞬間、ありえないほどの殺気が周囲を満たす。

 

「紅に話かけるな、この雌豚がぁっ!」

 

「ひぃっ」

 

 藍那の怒りに満ちたその表情と声、更に殺気を受けて短い悲鳴を上げるなのは達。

 

「くだらないくだらない!こんな世界なんて紅に不釣り合いだ!お前のようなビッチ売女が気安く話しかけるな!」

 

 先ほどまでの慈愛に満ちた表情とは一変し、世界を呪い殺せると思わせるほどの表情で近づいてきたなのはを睨む藍那。

 

「それに紅莉だと?ふざけるな!この子の名前は紅那岐だ!」

 

『!?』

 

 藍那の口から再び放たれた爆弾に、一同が驚愕を示す。

 

「こんなくだらない世界を紅を押し込め、しかも私がいないことをいいことに、近寄ろうとする雌豚がいるだと?ふざけるな!私がどれほど、紅を愛しているかも知らない癖に!」

 

 藍那は憤怒の表情をしながら叫ぶと、手をなのは達に向ける。

 

 これから何が起こるのかは分からないが、それでも不吉なことが起きると、経験が語り、身構えようとしたが、その手を紅莉が掴む。

 

「どうしたの紅?お姉ちゃんに触りたかったら好きにしていいんだよ?遠慮したダメよ?」

 

「やめてくれ、姉さん」

 

 震える声で、震える体で、何とか藍那に伝える紅莉。

 

 それを聞いた藍那は紅莉を優しく撫でると、目線だけで人が殺せるほどの怒気を帯びた目でなのは達を睨む。

 

「貴様らか!貴様らが、紅を洗脳したのか!」

 

 言いがかりも甚だしいのだが、それでも藍那はその結論に至る。

 

 大好きな弟が、自分の意見を差しおくなど、前まではなかったのである。

 

「違う、俺は、俺の意思で」

 

「可哀そうな紅。大丈夫だよ、これからはお姉ちゃんがずっと一緒にいて守ってあげる。洗脳はね、気がつかないうちにかけられちゃうんだよ?」

 

 なのは達を見る目とは一変、慈愛に満ちた目で紅莉を安心させようと笑顔で語りかける藍那。

 

「姉さん」

 

 寂しそうに紅莉は、目の前の姉を見る。

 

「ふふ、待っていてね紅。すぐに、こんな世界とはサヨナラできるよ。それで、今度こそ、誰にも邪魔されないところに行こう?」

 

 無邪気な顔で紅莉に告げる藍那。その言葉こそ、尋ねるようであるが、実際は、有無を言わさずに実行に移す言葉である。

 

 藍那の手に夥しいほどの何かが集う。

 

 その何かが解放されれば、世界なんて簡単に滅びるほどの力だ。

 

 藍那は、それをいとも簡単に作り上げ、あまつさえ、何の躊躇もなしにそれを使おうとするつもりである。

 

 しかもだ。それを、なのは達に向けていたのである。

 

 それを脳より早く理解した紅莉の行動は、今まで動けなかったのが嘘であったかのように迅速であった。

 

 腰に差していた刀を引き抜くと、藍那に斬りかかったのである。

 

「紅?」

 

 紅莉の行動に目を見開いて、驚きの表情を浮かべる藍那。

 

 なのは達を守ろうと、本能がそうしたのか、なのは達をかばうように、なのは達の前に立つ紅莉。

 

「ど、どうしちゃったの紅?お姉ちゃんにそんなの向けちゃダメだよ?」

 

 紅莉の行動に動揺しているのか、藍那は震える声で紅莉を窘めようとする。

 

「やめてくれ、姉さん。こいつらは、俺の大切な奴らなんだ」

 

 腹の底に気合を入れ、藍那そう告げる紅莉。

 

 未だに体の震えは収まらないが、それでも何もしないわけにはいかない。

 

 たとえ、大好きだった姉であっても、譲れないものが紅莉にもある。

 

「そう、紅那岐はお姉ちゃんに逆らうんだね?」

 

 顔をうつ向かせた藍那が、ポツリと言葉を零した次の瞬間、紅莉の体から力が抜ける。

 

「なっ」

 

 力が抜ける体に驚いていると、横から圧力を感じ、避けようとしたのだけれども、体が言うことを聞かずに、迫ってきた藍那の平手が頬を直撃し、そのまま遥か彼方に吹き飛ばされた。

 

「紅莉君!」

 

「紅莉!」

 

「紅那岐だ!気安く、私の紅の名を呼ぶな!」

 

 なのはとフェイトが、吹き飛んで行った紅莉の方角を見ながら、その名を叫び駆け寄ろうとしたが、藍那の怒声でその場に括りつけられてしまった。

 

「貴様らが、貴様らがいなければ、紅は!紅は!」

 

 錯乱しているのか、髪を掻きむしりながらなのは達を睨む藍那。

 

 再び、藍那の手がなのは達の下へとのびようとした時、なのは達の後ろから一人の人影が飛び出した。

 

「はぁっ!」

 

 飛び出てきた正体はクロードである。

 

 紅莉がいない今、彼女にもしかしたら対抗できるかもしれないのはクロードだけである。

 

 また、クロード自身も彼女の危険性は彼女がなのは達に向けた眼光を見た時から気付いており、被害が出る前に自分が前に出たのである。

 

「くだらない。ゲームの力が私に通じると思っているの?あんたの相手は後にしてあげるわ。まずはこいつらからよ」

 

「やらせるか!紅莉には沢山の借りがあるんだ。このまま黙って見過ごせるか!」

 

「あんたも、紅のことをその名で呼ぶのね。汚らわしい。その名前なんて、この世界で呪わて、縛り付けられた名前じゃない」

 

「ぐわっ!?」

 

 クロードの大剣を片腕で防いでいた藍那がちょっと力を込めると、クロードの剣を弾き飛ばした。

 

「あんたと遊ぶほど暇じゃないのよ。それに、私に触れていい男は紅だけ。

 ちょうどいい素材があるから、あんたはそれで遊んでいなさい」

 

 藍那が指を弾くと、いつの間にかカダージュ一味が藍那の目の前に現れていた。

 

 両方の掌を開き、何かを握る様な動作をすると、カダージュ一味が光の粒子とほどけ、一つにまとまって行く。

 

 やがて、藍那が手を離すと、粒子は人型を取った。その姿は、10年前、見たことがある姿であった。

 

「セフィロス」

 

 そう、現れたのはセフィロスである。

 

「あんたも、この世界なんて壊れてしまえばいいと思っているのね。丁度いいわ、あいつの相手をしてて頂戴。私の用事が終われば、それをしてあげるわ」

 

「どうやら、あれから時が経っているようだな」

 

 それだけ言うと、セフィロスは長刀を構えてクロードに向かって行った。

 

「さて、私の邪魔をしようとする愚か者が消えたことだし、消毒を始めましょ」

 

 セフィロスやクロードなど一切目をくれず、藍那はなのは達の方を睨む。

 

「いえ、まだ足りないわね。紅を縛り付ける汚い雌豚はもう一人いるのね」

 

 再び藍那が指を弾くと、まるで最初からそこにいたかの如く、なのは達の横にすずかが現れた。

 

「え?え?なのはちゃん?フェイトちゃん?それにここって」

 

「すずかちゃん!?」

 

「すずか!?」

 

 突如景色が変わったことに驚いて、現状を整理しきれずに混乱するすずかと、突如現れたことに驚くなのはとフェイト。

 

「これでそろった。お前らを消せば、紅も正気に戻るわね」

 

「させんで!響き、終焉の笛。ラグナロク!」

 

「貫け、破壊の雷!」

 

「火竜一閃!」

 

「ブチ抜け!」

 

「縛れ、鋼の軛!」

 

 再び伸びる魔の手を遮ったのは、今まで一緒にいた八神家であった。

 

 周りに被害が出ているが、それどころではない。大切な友人が危ないと言う場面でそんなことで躊躇していられない。

 

「あぁ、もう!うざったい!あんたらは、人形とでも遊んでいろ!」

 

 再び藍那の癇癪が始まったかと思えば、藍那の前に二人の戦闘機人が現れる。トレーディとカットールであった。

 

 藍那が手を振るうと、今までこと切れていた二人が切れていた電源が入ったかのごとく起き上がり、はやて達を襲う。

 

「これで漸く、漸く消毒が出来るわね」

 

 瞳に危険な光を宿してなのは・フェイト・すずかを睨む藍那。

 

 そんな藍那に対して、三人は怯えているだけではなかった。

 

 あろうことか、戦い姿勢を示したのである。

 

「まさか、私と戦うつもり?冗談はよしなさい」

 

「私たちだって、いつまでも紅莉君に守られているだけじゃないもの」

 

 なのはの台詞にフェイトとすずかが頷いた。

 

「フフ、フフフ……紅に規制するダニ虫をただ殺すだけじゃ面白くないものね。いいわ、ちょっとでも頑張りなさい。

 私は私で楽しませて貰うわ。お前たちには拷問すら生ぬるい苦痛を与えてから、消滅させてあげるわ」

 

 ツボに入ったのか、藍那が笑いながらそんなことを言った、次の瞬間、戦いは始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、エア」

 

《何ですか?今、修復に忙しいので余裕ないですよ》

 

 大地に寝そべりながら、紅莉は状況を把握していた。

 

 まさか、自分のために皆が姉に戦いを挑むとは思っていなかったのだ。

 

 更に言えば、エアは先ほど吹き飛ばされる直前に、藍那から攻撃を受けており、機能不全直前までのダメージ受けていた。

 

「なさけねぇよな。守ると決めた奴らを守るどころか、守られようとしている男なんて」

 

《そうですね》

 

 紅莉の自嘲気味の台詞に、にべもない回答するエア。

 

 そんなエアに紅莉の顔には苦笑いが浮かぶ。

 

「本当は、もっと前から分かっちゃいたんだ。けど、もう少し、あと少しはって思いが、な」

 

《マスター?一体何を》

 

 紅莉の言葉の意味が理解できず、聞き返すエアだったが、それに対しての返答はなかった。

 

「それに、次にフルドライブを使ったらどうなるか……なんとなく、理解していたんだよな」

 

《マスター……まさか》

 

 紅莉の意図している意味が分かったのか、エアは言葉に詰まる。

 

「武と魔、漸く交わる時が来たってことさ」

 

 寝そべっていた体が起き上がる。その一挙手一投足から力強さがにじみ出ていた。

 

 立ち上がった紅莉には一度だけ瞳を閉じる。自分の中で、最後の一歩を踏み抜いた。

 

「さぁ、行こうか」

 

《イエス、マスター。どこまでも》

 

 瞳を開いた紅莉の呼びかけに、エアは王の前の臣下の如く、丁寧に答えた。

 

 

 

 

「ほらほら、どうしたのかしら?まだまだ、この程度じゃ終わらせないわよ?」

 

「くっ」

 

「そんなっ!?」

 

 藍那の攻撃にただ翻弄されるだけで、何も手が出せずにいるなのは達。

 

「もういいわ、つまんない。これで、寝てなさい。殺しはしないわ。まずは、あんた達の手足を動かせなくしてから、豚共の小屋に放りこんで、犯させてからからよ」

 

 そういうと、藍那の手から放たれた凶弾がなのは達の下へと迫る。

 

 迫りくる凶弾をなのはとフェイトが前に出てシールドを展開して防ごうとするが、まるで意味がないのか、シールドを砕くどころかすり抜けて迫っていた。

 

 もう駄目だと、目を閉じようとしたその時、なのは達の前に影が現れたのである。

 

「どういうつもりかしら?」

 

「言っただろう?やめてくれって」

 

 なのはは聞こえてきた声に瞑っていた目を開けば、そこにはかつて見たような、自分を守るかのように庇うように立ちはだかっている紅莉の姿があった。

 

 それは、別になのは達だけではない。フェイトも、すずかも、全てを守ろうと、全霊をかけた男の背中が見えたのであった。

 

「それに、力を奪ったのに、なんで立ち上がっているのかしら?ううん、言わなくても分かっているわ。男の子だもんね、見栄くらい張りたいものね」

 

 うんうんと頷きながら、紅莉を安心させるように努めたいのか、笑顔を向ける藍那。

 

 そんな藍那を一瞥しながら紅莉は、後ろに庇う三人に顔を向ける。

 

「情けない所を見せて悪かったな」

 

「ううん、そんなことない。そんなことないよ!」

 

「そうだよ。私たちは、いつも紅莉に守られてきたんだもん」

 

「たまには、私たちが紅莉君を守らなきゃ」

 

 申し訳なさそうな顔をする紅莉を安心させようとしたのか、必死に笑顔を作りながら、本心を告げるなのは達。

 

 そんななのは達を見て、紅莉は力なく笑う。

 

「ど、どうしたの紅?私を無視しちゃ、悲しいよ?」

 

「姉さん」

 

「何?どうしたの?もう、本当に紅那岐はお姉ちゃんっ子なんだから」

 

 紅莉に呼ばれたのが余程嬉しかったのか、満面の笑みを浮かべる藍那。

 

 そんな藍那の姿を見て、紅莉は再び悲しい顔になる。

 

 一体、姉に何があったのだろうか?どうしてここまでなってしまったのか?

 

 もともと、そういう部分があったが、これほどまでではなかったはずだ。他人を簡単に害するような性格でもなかったはずだ。

 

 過去の記憶を思い出して、疑問に思う紅莉。やがて、答えは導き出される。

 

「俺が、死んだからか」

 

 紅莉が誰にも聞こえないくらいに小さな声で呟くと、それが聞こえてしまったのか、藍那がピクリと反応する。

 

 だが、紅莉は今藍那を相手をしている余裕がない。なのは達も心配だが、それより先に片づけなければいけない問題もあるのだ。

 

「悪いが、ちょっと待っていてくれ。すぐに戻る」

 

 なのは達に告げると、紅莉は神速を用いて一気にはやて達の下にたどり着いた。

 

「紅莉君!?」

 

「紅莉!」

 

 最初に気がついたのは、未だに倒れていなかったはやてとアインスだった。

 

 他のヴォルケンリッターは既に地面に倒れ伏している。

 

 藍那の手によって、再び目覚めた二人の戦闘力は、その前までとはうって変わり、埒外までの領域に達していた。

 

 はやてとアインスが倒れていないのも、単にヴォルケンズがその身を呈して守っていたからにすぎなかった。

 

「すまなかったな。すぐに終わらせる」

 

 はやて達の前に出ると、二人の戦闘機人を目に捉える。

 

 両方とも、知っている顔だ。だがしかし、その瞳には感情なんてものがなく、ただの人形でしかなかった。

 

 そんな二人の内、カットールが紅莉を邪魔者と認識したのか一気に飛びかかってきた。

 

「我は剣王。あらゆる剣士の頂きに立つものなり」

 

 そういうと、紅莉はゆっくりと構える。神速で接近するカットールだが、紅莉が構えているのだけははっきりと見えたはやて達。

 

「ふっ!」

 

 刺突の構えから繰り出されるは、水樹が作り出した、彼女の技【天双飯綱】であった。

 

 かつて、紅莉はこの技を使い、六つの刺突を同時に繰り出したが、今紅莉が放ったのは九つの刺突であった。

 

 水樹自身が放てるのは最大で九つ。つまり、本来ならば九つが正解なのである。

 

 そもそもが、水樹が自分のために生み出した技だ。他人が十全に使えるわけがなかったのだ。

 

 しかし、今の紅莉は完全に水樹と同じ位置に立っていた。

 

 天双飯綱を正面から喰らい、盛大に吹き飛んで行くカットール。

 

 そんなカットールの心配もせずに、トレーディが紅莉に爆撃攻撃を仕掛ける。

 

 距離が離れているのをいいことに、トレーディの攻撃の密度がどんどんと上がって行く。

 

「しゃらくさい」

 

 しかし、紅莉が刃を振るうと、今まであった爆撃の予兆が一切なくなったのである。

 

「我が一太刀は全を含む。全太刀は我が一振りに」

 

 腋に抱えるような構えから振られた一太刀によって、トレーディの攻撃は全て霧散かしたのであった。

 

 紅莉が使ったのは、紅莉の母が編み出した技【瞬華終刀】であった。

 

 紅莉と同様に頂きに上った彼女が編み出した、この技は、一振りで何十何百もの斬撃が含まれる。

 

 かつて、紅莉が魔法のブーストによって隕石を消滅できたのも、これが理由であった。

 

 成長しても、魔法の力なしで使えなかったのは、単純に作ったのが頂きに上った人物であったためであった。

 

 また、トレーディも原型はとどめてはいるものの、ズタズタに切り裂かれていたのであった。

 

 それを確認するまでもなく紅莉は納刀すると次の場所へと向かう。

 

 次に向かった場所は、空中で激しい剣劇を繰り返しているクロードとセフィロスの下であった。

 

 流石はクロードと言ったところか?フルドライブでどうにかセフィロスと五分に近い勝負を持ちこんでいたのである。

 

 しかし、あくまで近くであり、不利は否めなかった。

 

「紅莉!?」

 

「我は刃帝。あらゆる武の頂きに立つ者なり」

 

 クロードの呼びかけに答えることなく、紅莉は己の中の力を解放する。

 

 セフィロスの姿をとらえた次の瞬間、気がつけば紅莉は刀を抜いていた。

 

「ぐぅっ」

 

 そして、セフィロスもまた、肩を斬られていることに痛みを持って気が付き、押さえ蹲る。

 

 紅莉が放ったのは、御神の奥義の極【閃】に似て異なるものであった。

 

 段階を上げた紅莉が放ったそれは〝過程を飛ばし結果を得た"のであった。

 

 間合いも距離も武器の差も零にする奥義の極である【閃】を突き詰めた技であった。

 

「ここまでやれば、大丈夫だな。後は、お前が決着をつけろ」

 

「あ、ああ」

 

 紅莉に聞かれて、多少どもりながらも返事をするクロードを残し紅莉は再び、藍那に立ちふさがるように現れる。

 

「どういうこと?力は奪ったはず。ううん。真名を奪ったのよ?動くのもつらいはずなのに。それに、その力は一体?どれも、たとえ力があったとしても倒せないはずなのに」

 

「我が刃を阻めるものはない。我が刃は頂きの剣閃なり」

 

「なにを言っているの?お姉ちゃん話からないよ」

 

 静かに答える紅莉に困惑の表情を隠しきれない藍那。

 

 逆になのは達は心当たりがあった。しかも、紅莉が口にしたのだ、間違いないだろう。

 

「もしかして、紅莉君」

 

「たどり着いたの?」

 

 紅莉は答えない。だが、なのは達は紅莉を見て改めて感じるとてつもないほどの安心感。それがきっと答えなのだろう。

 

「姉さん、もうやめてくれ。俺も、姉さんを斬りたくない」

 

 困惑している藍那に紅莉がやんわりと告げる。その言葉にとげもなければ、藍那を否定する要素もない。ただ、本心から告げた実直な言葉だった。

 

「お姉ちゃんを斬る?な、なにを言っているの紅?」

 

「こいつらを守る。それは誰でもない、俺が決めたことだ」

 

 引き攣る笑顔をしながら紅莉に尋ねれば、きっぱりと告げてくる紅莉。そこには、先ほどまで怯えていた姿など一切なかった。

 

「ありえないありえないありえない!紅が、私の紅那岐が!私を斬るなんて言うなんて!貴様らか、また貴様らが洗脳したのか!」

 

「紅莉だよ」

 

「紅?」

 

「俺は、紅那岐じゃない。緋凰流継承者にして、頂きにたどり着いた剣王にして、刃帝にして、剣()の緋凰紅莉だ。紅那岐は死んだんだよ、姉さん」

 

「黙れ黙れ黙れぇぇぇぇっ!そんなの、私の紅じゃない。だまされているんだ、そいつらに!そいつらに呪われているんだ!」

 

 藍那から黒い波動があふれ出す。波動は回りにあるものを全てを消し去って行く。

 

 だがしかし、紅莉達には届かない。

 

「刃の答えここに示そう」

 

《ディス・レヴ、ディーヴァ・レヴ排出》

 

 藍那が暴走しているのを見つつ、紅莉は最後の段階を踏み抜く。

 

 紅莉の胸から黒と白の光の塊が出てくる。エアが言った通り、ディス・レヴとディーヴァ・レヴである。

 

《ついでです、これも持って行きなさい》

 

 更にはエアの中から緑と紫の光の塊が現れる。光の塊は紅莉を囲うように並ぶ。

 

「エア、白凰を」

 

《イエス》

 

 紅莉が今まで手に持っていた刀が消えると、紅莉の前に先ほどと変わらぬ姿の刀が現れる。

 

「今こそ、俺と交われ。俺という器と心。エアという頭脳。そして、白凰という魂。全てが交わり、俺たちは次の段階に行く」

 

 紅莉に告げられた物言わぬ刃である白凰は喜びに充ち溢れる。

 

 初めて担われた時は、自分が上であった。故に、自分が紅莉にあわしていた。

 

 紅莉が成長するに従い、上だった力関係が対等になった。それこそ、担うに相応しいほどに成長した。

 

 しかし、紅莉の成長は終わりなどなかった。

 

 やがて対等な関係は崩れた。紅莉が上になったのだ。

 

 紅莉が全力を持って白凰を振るえば、たとえ技量がずば抜けており、大業物である白凰であったとして、耐えられなくなってしまったのだ。

 

 しかし、紅莉はそんな白凰から何かに乗り換えることなく使い続け、やがて剣()に至った今ですら、自分について来いといったのである。従わない訳がなかった。

 

 まるで意思を示すかの如く、白凰が鍔鳴り音を鳴らしながら鈍く発光する。

 

 それを見た紅莉は口端を上げる。

 

《さぁ、今こそマスターに相応しきあるべき姿に変わりなさい!》

 

 紅莉の周りに留まっていた四つのレヴが一つに合わさり一つの力となり紅莉の中に戻って行く。

 

「テトラクテュステトラ・グラマトン」

 

《新名称【ブレイミット・レヴ】を固定完了。ドライブ》

 

 それは新たな誓約。それは新たな祈り。それは新たな力。

 

 借りものでも、頂いたものでもない。紅莉のためだけの力。

 

「もういい、消えろ!消えろ!全て消えてしまえぇぇぇぇっ!」

 

 藍那から放たれる黒き波動はやがてミッド全体だけでなく、あらゆる世界に影響を及ぼしていった。

 

「姉さん。もう、戻れないんだね」

 

「ハハハハ!大丈夫よ、紅。たとえ、死んじゃっても生き返らせてあげるから!」

 

 紅莉の言葉が聞こえてないのか、狂ったように笑う藍那に紅莉は寂しそうな視線を送るが届かない。

 

「そうか……うん、終わりにしよう」

 

 藍那にはもう言葉が届かないと理解した紅莉は一気に藍那に近づく。

 

「そうよ、紅は最後にはきちんとお姉ちゃんの味方になってくれるもんね」

 

 紅莉が近づいたことを勘違いする藍那に紅莉はゆっくり首を振るうと、袈裟掛けに一気に刀を振り下ろした。

 

「森羅……万象」

 

「え?」

 

 紅莉の目から一筋の涙が零れる。

 

 藍那は、紅莉に斬られたことを理解できないでいた。

 

「え?こ、紅?お姉ちゃんを斬ったの?もしかして、死んじゃった時の仕返しかな?」

 

 未だに動揺から抜け出せない藍那だが、紅莉は何も答えない。

 

「それに、これくらいの傷なんて簡単に……っ!?」

 

 そこで漸く藍那は自分の異変に気がついた。

 

 傷が一切治らないのである。

 

「な、なんで?それに、体が崩れる!?」

 

 自分の異変を感じて藍那が慌てだす。

 

「治れ治れ治れ!な、なんで治らないの!?それに、私の存在は色々な世界に楔を打っているのに、それごと全て斬られた!?」

 

 紅莉がたどり着いた、刃の答えたる技、極義【森羅万象】。

 

 それは、ある意味で全ての剣士が求める答えであった。

 

 どんな防御をしようが、どんな回避方法をとろうが関係ない。ただ、相手を斬る。それだけである。そこに何があろうがその悉くを斬る奥義であった。

 

 先ほど藍那が言ったように、存在を別の世界に逃がそうが関係ない。

 

 紅莉は、藍那を斬ったのだから。たとえ、別世界に存在がいようが、目の前の藍那を介して藍那全てを斬ったのだ。

 

 それが、紅莉が編み出した【森羅万象】である。

 

「く、紅那岐」

 

「紅莉だよ。姉さん、俺はもう一人じゃ何も出来なかった紅那岐じゃないんだ。大丈夫、俺はこれからも姉さんの事は忘れないから」

 

「そう、そうだったのね」

 

 そこで漸く藍那の表情が和らいだ。今までみた顔の中で最も自然な表情だった。

 

「ねえ、紅。私は、紅を縛り付けていたの?」

 

「いいや」

 

「そう。よかった……さよなら、私の大好きな弟だった子」

 

 それだけ言い残すと藍那は光の粒子となって空へと消えていった。

 

「サヨナラ、姉さん。俺も、大好きだったよ」

 

 空へと向かって、もう一度だけ紅莉は涙を流した。




†久遠放送局†

久遠「姉ちゃん黒いね」

リニス「作者が書きながら心を折られていたようですよ?ヤンデレは傍でみるのは、好きだけど、書いていると辛かったようです」

久遠「んで、紅莉はどうなったの?」

リニス「それは、次回に回すようです。紅莉の体に何が起きたのかはね」

久遠「次回最終回予定!では、次回もお楽しみに」
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