Fate/Rage   作:土塊

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Frozen Flame -3

ごつごつとした岩壁を蹴り、娘は目に見えない漆黒の剣を振りかざす。だがそれは易々と目の前の男に弾かれ、そして反撃とばかりに足元の岩場を抉り取られる。切っ先を交えてから幾ばく、当然ながら、戦いは一方的なものであった。戦場に赴いた事もない小娘が、歴戦の軍神を相手取ったのだ。無謀としか言いようがない。

 

「っ…んもう、むかつく!!」

 

気配すら隠す兜の下で、凛は悪態をつく。天下一の工匠ヘファエストスが鍛えた剣。これのおかげで武装としては正直クレイトスとまだ釣り合いが取れていた。だが、向き合って以来、かすり傷の一つも付けられなかった。その考え自体がおこがましいのは分かっていたが、少女はそれでも歴然とした力の差に、ただ純粋に悔しかった。

 

Stark Maximum(最終強化)――Fahren Beschleunigen(急加速)!!

Gewicht Kontrolle(重量制御) Minimum(最小化)!!」

 

だが少女は諦めなかった。自分のことを忘れてしまった相手だとしても、最愛の英雄を諦めることなどできなかった。一度手中に収めると決めたからには、ねじ伏せてでも手に入れる。遠坂凛とは元よりそう言った性質(たち)の女だった。クレイトスは恐らく経験から彼女の動きを読み切っていたのだろう。だが、決して見えている訳ではない、察知できているわけではない。

 

クレイトスの背中にある岩場を蹴り、急加速する。呼吸が乱れる。魔術により限界まで引き上げられた身体能力は己を壊す段階にすら迫っていた。つま先が足場を離れる。体重を最小化し、宙高くまで舞い上がり、そしてそのままの勢いで、全く相反の性質を付与した。

 

「うおああああああああああああああああっ!!!

 

――Gewicht Maximum《重量最大化》 ,Gigantisch Druck 《加圧せよ》!!!」

 

 

果たしてその咆哮を聞きとめた者は居るだろうか。重力に身を任せ、加重が最大化されたタナトスの剣が男の頭上より振り下ろされる。それを支えるのは狂気か、揺るぎない信念か。漆黒の軌道は微塵の狂いもなく、垂直に落下する。だが、獣の勘はそれを更に上回っていた。交差するように頭上に翳された双剣。気づいたころにはすでに避けることなどできなかった。

 

腰を落とし、上から降りてくる衝撃を耐えきった男の足元では、代わりに地面が割れ、地獄の窯底にいくつもの亀裂を残す。そしてそのままの勢いで刃を振りかぶり、変幻自在の鎖で獲物の足を捉える。生き物のようなそれは空中でしなり、 いとも容易く少女を放り投げる。

 

「ぅぐっ……」

 

背中が岩にめり込み、剣が手から離れる。視界が揺らぎ、くぐもった呻きと共に少女の口から鮮血が吐き出される。衝撃を感じた途端、咄嗟にRegenerieren(再生)を唱えたが、大して役に立たなかったらしい。兜は既に遠くに弾き飛ばされてしまっている。最悪だ。視界は赤くてかすんでいる。よろよろと手をつき、剣に指先を届かせようとしても、自分の血だまりで滑り、うまく行かない。

 

「…もう一度聞く、娘に何をした?」

 

今度は、押し殺したような怒りである。クレイトスは戦と血に興奮しきった、狂ったような眼をしている。畜生、と凛は声に出さず悪態をつく。殺すためだけに漲らせた光を宿したその瞳が、死ぬほど嫌いで、本当に大好きだった。視界の端に死神を捉えながら、思わず涙が滲む。畜生。

 

「……カリ…オペ?」

 

だが、予測していた衝撃が凛を襲うことは無かった。凛の手元に落ちた横笛からまばゆい光が溢れ、凛を守るように包み込む。結界のように男のつま先を弾き、砂金のように横笛が崩れてゆく。

 

「カリオペ!カリオペなのか?」

 

――さようなら、お父さん

 

「そうか…貴様は……」

 

元は笛であった光の粒子がクレイトスに吸い込まれ、男の殺気が風化する。残った魔力を練り上げ、再度治癒魔法を掛けなおす。外傷は兎も角、内傷は殆ど癒えた。男は背に双剣を背に負ったまま、佇んでいる。満身創痍のまま、剣を支えに何とか立ち上がる。一度痛ましげに目を瞑り、少女に振り向いた。敵意は無く、代わりに愉快そうに眼を細めている。

 

「…クレイトス?」

 

「死に際まで武器に手を伸ばすとは見上げた根性だ、子供よ。だが、武器から手を放した時点で問題だな」

 

「誰のせいよ!誰の!!」

 

「真の戦士は背中から倒れない。よく覚えておくといい、小娘」

 

「有益なアドバイスをありがとう、スパルタの亡霊さん。見てなさい、貴方なんて直ぐに追い越してやるわ」

 

「威勢のいい小娘だ」

 

 

 

 

 

「冗談…でしょ」

 

「ここを通る他道はない。嫌ならば置いて行くまでだ」

 

何の因果か、再びステュクス川に入ることになった二人の会話である。あからさまに嫌そうに顔を顰める凛に対し、スパルタの戦士は涼しい顔をして居る。何だかバカにされた様な気がして、凛は唇を噛んだ。

 

「……何の真似だ」

 

「泳ぐのが嫌だから、貴方に泳いでもらうのよ。力自慢のスパルタの戦士様なんでしょ?小娘一匹どころで、何とも無いんじゃ無いの?」

 

今度はクレイトスが苦い顔をして唸る番だった。あろうことか、悪戯っ子のような表情をして、赤い少女は英雄の筋骨隆々な背中に飛びつき、両手両足でしがみついた。ちょうど無理やり負んぶさせられた格好になる。得意げな顔で笑いながら、拘束を強める凛に、クレイトスは呆れたように溜息をつき、綺麗なフォームでステュクスに飛び込んだのだった。

 

凛を背負ったまま進んだ先には、工匠神の老人がいた。飛び出そうな片方の瞳をさらにまん丸と見開いて、少しおどけたようなたまげたような表情をしている。

 

「まさかハーデスを斃したのか?スパルタ人よ。ハッ、あの男にも死が訪れようとはな。して、ほう…無事合流したのか」

 

「ええ、お陰様で骨の何本か折られて、治療のために魔力が尽きたけどね」

 

「己の未熟さをまず反省するんだな、娘よ」

 

棘のある口調で吐き捨てる少女に、スパルタの戦神は涼しい顔で答えた。聞こえないよう小さく、畜生と呟くと、老人は巨躯をよじらせてカラカラと笑いこけた。

 

「いやはや見ものだった。ここに来て以来こんな愉快なことが起こるとは思わなんだ。その剣を寄越したまえ。どれ?刃こぼれしてるでは無いか、ふむ、これを…これで良いじゃろ、ほい」

 

欠けてしまった漆黒の剣はヘファエストスの手に渡ると、粘土のように容易くこねくり回され、神の槌で数度叩けば本来の鋭い切っ先を取り戻していた。剣を手に取り、輝く瞳でしげしげと見つめる少女に、工匠神は優しげに目を細め、そして悲しげな口調で語った。

 

「なあスパルタ人よ。私とてもともとは化け物ではなかった。私はかつてオリュンポス一誉れ高い職人だった。父のゼウスは私の功績を讃え、美しいアフロディーテを妻として遣わしてくれた。母も私を誇りに思っていた。そして何より、ゼウスに乞われて作り上げた私の最愛の娘の…

 

ともかくゼウスはあの日以来変わってしまったのだ。美しいパンドラを私から取り上げ、そして私をここに幽閉した。そうだクレイトス、パンドラを救ってはくれないか」

 

ちらりと哀れな老人に視線を投げかけ、クレイトスは振り向いて凛の肩を抱き、出口へ促した。興味がないとばかりに片手をあげ、背中越しに言葉を紡ぐ。

 

「貴様の娘など知ったことか」

 

チクリと、その言葉が心に刺さり、凛はうつむく。

 

「ならそこの人間はどうなる?貴様とてかつては父親だった」

 

「ふっ、この娘が勝手について来るだけのことだ。一緒にするな」

 

背後では工匠が一人絶望に打ちひしがれ、娘を再現するという徒労に終わる作業をただ繰り返している。隣で歩く男に習い、凛もまたまっすぐに目の前の道をまっすぐ見据える。勝手に一人落ち込んでいる場合ではない。クレイトスと同じく、彼女もまた、振り向けない理由があるのだ。剣の柄をしっかりと握りしめ、凛は強かな足取りで進んだ。

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