Fate/Rage   作:土塊

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Paranoia Labyrinth -1

あれから全く考えが纏まらず、桜は思案に暮れた。行方を絶った戦神と姉、様子のおかしい先輩とそのサーヴァント。そして自分の令呪。遠坂邸を、そして自分を監視するように付きまとう梟たち。手がかりがあまりにも少なすぎた。学校もあるせいか、姉の残した書類整理も先に進まない。

 

「……くら、桜!」

 

「えっ、あ、は、はいっ」

 

突然声を掛けられ、少女は思わず素っ頓狂な悲鳴を上げた。顔を赤らめる桜の向かい側には、淡い憧憬を抱く相手が居た。人の良い少年は、心配そうに顔を顰めている。

 

「大丈夫か?お前。最近ずっとこうだぞ。力になれないかも知れないが、一人で抱え込むな、な?」

 

「すみません、先輩。いつも心配をおかけして」

 

「いいって。その…桜ってさ、勝手かもしれないけど、放っておけないんだ。こう言う時は謝るんじゃなくて、もっと言うことがあるだろう?」

 

「ありがとうございます」

 

素直に嬉しかった。こんなに親身になって心配してくれる人など居なかったから、たとえそれが少年の生まれ持った性質にすぎなくても、桜は心が満たされる気がした。それだけで、この鬱屈とした日々が少しだけ報われた気がした。

 

「ほら、帰るぞ」

 

夕日の中、二人で家路を急ぐ。あれから、学校帰りに遠坂邸まで彼女を送ることが、衛宮士郎の日課となっていた。少し過保護に感じたが、好きな相手を少しの間でも独占できる喜びが勝っていた。

 

 

 

 

 

扉の前まで送ってくれた少年の背を見送ってから、我が家に帰還する。そして隠避と使い魔除けの術を重ね掛ける。毎日のルーチンワーク。だがいつか姉が戻ってくるかも知れない家だ。しっかりと守っていかなくてはならない。

 

軽く食事を取り、かつて父が使った、そして姉が使っていた地下の書斎へと足を運ぶ。地下という点では今や焼失したあのじめじめとした屋敷を思い出すが、生家であるためか、遠坂邸の地下はちっとも怖くはなかった。そこで彼女は夜な夜な姉が残した資料を繰っていた。

 

以前調べたクレイトス関連の史料以外にも、姉は幾つかの重要な文献を探し出してくれていた。凛が五大元素使い(アベレージ・ワン)と呼ばれる破格の具現者に対し、桜の性質はその真逆を行く。架空元素・虚数という稀有な属性。抽象的な概念を扱い、概念そのものに干渉しうる逸材。そんな桜の今後を憂いて、姉は妹のために幾ばくかの助けを残して行っていた。

 

そこには架空元素全体の通則から、虚数という仮定上に過ぎない属性の扱いまで様々な記述がある。全て姉が大師父のゼルリッチに頼み込んで嬉々として掻き集めたものだ。ああ見えて姉はかなりの研究者体質であった。資料と蔵書の山に埋もれながら目を輝かせていた姉を思い出す。涎を垂らさんばかりに喜ぶ形相には、さすがのクレイトスでさえ飽きれ顔だった。

 

クスリと笑って、架空元素について姉が残した走り書きのノートに目を移す。そこには魔力の根本的な分析から、虚数という性質をどう繋げるか、いくつかの仮説があった。私の考えたんだから十中八九間違いない、自衛のためにもちゃっちゃとマスターしなさいと姉は言っていた。

 

ふと、ごった返した書物の山の頂点に置かれた白黒の盤が目を引いた。聖杯戦争がひと段落したあの頃、姉もクレイトスもチェスにのめり込んでいた。正確には姉が毎日クレイトスに対局を挑んでは、こっ酷く返り討ちにされていたが。盤面は几帳面な姉にしては珍しく対局時のままになっていた。

 

――貴様はどうも慎重すぎる嫌いがある。

――謀略自体は凛の上を行くが、なぜそこで憶する?

――怯弱(きょじゃく)なままでは戦場では生き残れん。戦いには不向きだ。

 

姉との連戦後、珍しくクレイトスに誘われてチェスをした時のことである。まるで確かめるように駒を動かし、彼女の性質を言い当てたクレイトスに、あの時はぐうの音も出なかったものだ。だが、その後極めて不器用な慰めを口をした。

 

――だが、臆病であることは悪いことではない。

――貴様のそれは突き詰めれば長所でもある。

――憶するなら、徹底的に憶するがいい。

――貴様のそれはそれで良い。徹底的に憶し、逃れ、盤面から目を離すな。

 

無理して姉のようになろうとしなくていい、とあの男は言った。弱者には弱者の戦い方がある。重要なのはいかにして自分が弱者であることを自覚し、それを逆手に取ることだと、彼は教えてくれた。

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