Fate/Rage   作:土塊

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Bloody Oath -2

ーー走れ

ーー走れ

ーー振り返るな

ーー立ち止まるな

ーー迷うな

 

 

 

 

さもなくば

 

 

 

 

ーー死ぬぞ

 

 

 

 

時を遡ること1時間。

少年はただ目の前で繰り広げられる悪魔のような争いを、呆然と眺めていた。

 

突然の轟音と巨大な稲妻の光、それも、自然界では存在しないほどの大きなエネルギーに異常を感じて校庭にでてみれば、グラウンドでは既にあり得ない闘争が繰り広げられていた。

 

方や禍々しい紅の槍を持った青い痩身の男。方や見知った同級生の美しい少女。どちらも既に人とは呼べない姿をしていた。夥しい殺気。愛憎などと言うくだらない感情を差し挟むことなく、互いを打ち倒し、その首級を取るべく無駄なくぶつかり合う。

 

猟犬を思わせる精悍な顔立ちの男は稲妻を操るがごとく、光速の刺突を繰り返している。その動きに一分の隙もなく、一撃ごとの動きそれ自体が芸術へと昇華されている。そして何より男が纏う空気、呪いのように立ち込める巨大な魔力が、男が人外の存在であることを如実に伝えていた。

 

明らかに異常である。だが、異常といえば、それに対抗する少女が何よりも異常だった。男に比べて、少女の戦闘技術は余りにも素人のそれだった。普通ならひとたまりもないだろう。だが、人間らしい機知と機転で、遠坂凛はささやかな反撃を挟みながら、ギリギリ回避し切っていた。

 

ーー本当に、遠坂、なのか…?

 

それでも戦局は余りにも一方的だった。少女は既に夥しい切り傷を負い、疲労困憊していたが、人外の男はまだ余裕綽々である。首筋を掠めた槍先を、そのまま返す手で足下へ。逃げ場の無い少女は、ついに足首への深い一撃を許してしまった。

 

「っ」

 

いくら魔術のバックアップがあるからとは言え、これでは最早最低限の退路も確保し得ない。ひたいに大粒の汗がにじむ。辛うじて次の一撃を躱した少女は懐に飛び込むようにして、男の背後へ、距離を取った。

 

勝敗は既についたようなものだ。少女の目は死なない。それでも勝とうとする意思を宿している。だがそれも極論を言えばただの強がりだ。少女の体はとうに限界超え、彼女はただ意思の力で無理やり動いていたのだ。

 

赤い閃光が少女の心臓へと照準を定める。

 

思わず少女の名を叫びそうになったが、それは、寸でのところで、言葉にならなかった。夥しい量の魔法陣が少女を取り囲むようにして浮かび上がっては、消えていく。そして一際眩い光を放った後、青い男は情けない呻きを発しながら、グラウンドの端に吹き飛ばされていた。

 

 

 

 

「私を眠りから呼び覚ましたのは貴様か?」

 

 

 

 

新たな闖入者は死を纏っていた。白い灰を纏った筋肉が、ごつごつした岩壁のように隆起している。二メートルを超す長身と、有り余るほどの力を秘めた体格。ランサーを猟犬に例えるなら、こちらはさながら猛虎といったところか。生まれながらの殺戮者として、ただ一度も倒れることなく、幾度の死の淵さえ踏破した獣はただ飢えた瞳で眼前の敵を見据えている。

 

青い槍使い。それただ一人だけでも異常すぎるというのに、男はあまりにも違いすぎた。場に縫いとめられたように動くことさえ叶わず、全身から潮のように冷や汗が湧き出る。呼吸さえ許さない重圧が少年を支配していた。それなのに、目が離せない。吸い寄せられるように、少年は呆然と戦局を見守った。

 

 

 

 

問いかけた男はしかし、背後の少女を一瞥した後、槍使いの青年が答えるより早く、怒涛の攻勢を繰り出していた。背中に交差するように収納されていた短刀は月明かりを受けて鈍い光の軌跡を描きながら、鋭く空気を切り裂く。双刃の片方が斜にランサーの首を掠め、続けざまにもう片方がその足元の大地を抉り取っていた。ランサーとて優秀な武人だ。跳躍し、無理なくそれを躱す。

 

だが宙に浮いた刃は、そのまま男の両腕に連なる鎖によって、巧妙に軌道を変え、勢いを殺す無く、それどころかさらに勢いをつけて、ランサーの体に縦の斬撃を繰り出す。不規則な動きに意表を突かれたのか、あわてて着地し、頭上に構えた槍でそれを受ける。力強い斬撃の重圧、ランサーの足元から土煙が舞い上がる。敵はその一瞬の隙を見逃さなかった。

 

「ウラァッ!!」

 

雄叫びと共に、鎖が深紅の魔槍に巻きつき、それを取り上げようとする。しばしの引き合い。先に音を上げたのは、槍使いの方だった。

 

「がはっ」

 

槍を取られまいと夢中な痩身に、巨岩のような男の強力なタックルが直撃し、再び舞いおこる土埃の中へと落ちてゆく。その弾みで手を離れた槍を担ぎながら、男は悠々と獲物へ近づく。

 

形勢は完全に逆転していた。

 

手をついて立ち上がろうとするランサーのみぞおちへ容赦なくつま先がめり込み、血反吐を吐きながら強制的に立ち上がらされた体に、間髪なく鋭い槍撃が襲い掛かる。ランサーの磨き上げられた技巧によるものではなく、ただ殺すという暴力的なそれは、横薙ぎに一撃、二撃と深く血肉を抉り取る。再び地面に伏せたその背に、己の得物であった槍を深く突き刺され、縫いとめられる。ひくりと指を動かしながらさらに立ち上がろうとする槍使いに、頸椎を狙った蹴りが命中する。

 

「お…のれ……」

 

無理やり膝をつき、立ち上がったランサーが槍を引き抜く。流れるような動きで槍先を下げ、その奇妙な構えから背を向けた男の心臓を狙う。大気が唸り、恐ろしいほどの魔力が槍への吸い込まれた。周囲の大魔力(マナ)をすべて取り込む様な一撃。

 

「――刺し穿つ(ゲイ)

 

――死棘の槍(ボルッ)!!グァッ」

 

しかし槍使いの詠唱が終わる前に、男はすでに彼を捉えていた。頭を鷲掴みにされ、背中に黒い翼を展開した男により、空中高くより投げ落とされる。そして、倒れ込む身体に、男の膝が沈められた。

 

ギリギリと歯噛みしながら、槍使いの青年は立ち上がろうと足掻いている。再度背を向けた男は既にランサーなどはみていない。一言も発さずに己を呼び出した人間へ向かうだけだった。

 

「…貴、様どこの…英霊だ!?」

 

「貴様に名乗る名前など無い」

 

ふらつき、首を垂れたランサーの絞り出すような問いに男は答えることなかった。そして再び背から短刀を引き抜き、最後の一撃を繰り出そうとしている。

 

「誰だっ!?」

 

唐突に、青い男がこちらへと視線を向けた。その瞬間、呼吸の仕方を取り戻した少年は、一目散に校舎へと駆け込んだ。実につまらなさそうにランサーの体が光の粒子となって消えていく。

 

「逃げるつもりか、腰抜けが」

 

「あんたと決着をつけねぇのはこちとら残念だが、生憎マスターの方針だ。邪魔者を殺して帰れとさ」

 

両刃は空を切り、ランサーの影を斬って地に落ちる。つまらなさそうにその姿を睥睨して、男は召喚者へ向き合った。

 

 

 

 

 

「貴方が、私のサーヴァントなのね?」

 

眼前の凄まじい戦闘に放心していた凛は、やっとの事でそう問うた。一方で男は戸惑っていた。彼が助けた娘は良く知る愛娘でも、忌み嫌われたオリュンポスの鍵でもなかった。だが男は確かに聞き届けた。暗闇の中から自らを引き起こした呼び声を。

 

「ここは貴様が来るべき戦場ではないぞ、子供よ」

 

「私は子供じゃないわ。何としてでも聖杯戦争を勝ち抜く」

 

ーー私は子供じゃないわ、クレイトス

 

ーー私の目的を知っているでしょう?そのためにここまできたのよ

 

全く同じだ。目の前の小さな召喚者も、目的に執着する勝者の目をしていた。事実、世界に忌み嫌われたもう一人の子供も勝者には違いなかった。彼女は目的を達することに成功した。余りにも犠牲が大き過ぎた。

 

私はまた、家族を、娘を犠牲にしなくてはならないのか

 

「もう良いわ。貴方に協力する気がないって言うのなら、さっさと契約を切って別のマスターと再契約することね」

 

「どこへ行く気だ?」

 

「離して。貴方には関係無いことよ」

 

思わず、少女の手を掴んで引き止める。こんな無力な子供は放っておけない。これでは、自ら死に行くようなものだ。

 

「あの男を追う気か」

 

「だからなに?貴方がいなくたって、ランサーを始末して見せる。良い加減離して頂戴っ」

 

ーー離して!痛いわクレイトス!

 

懐かしい声が木霊し、クレイトスは思わずての力を緩めた。あの時だって、守れなかったのは、自分の方だった。憎き神に、彼女をみすみす殺させたのは私の方ではないか。今度こそはーー

 

「ちょ、ちょっと、何するのよ!?」

 

急に視線の高さが変わり、凛は素っ頓狂な声を上げた。男は子猫でも抱き上げるように、ひょいと少女を抱えたのだ。反射的にその首筋にしがみつき、バランスをとる。

 

「あの男の後を追う。貴様はただのついでだ」

 

少女の返事を待たず、男は駆け出した。

 

 

 

 

 

同刻、衛宮士郎は廊下を疾走していた。三階の突き当たりから、非常ドアの外へと脱出しようとした途端、赤い何かが、その掌を縫い止めた。

 

「ぐはっ」

 

「よく逃げるしゃねーか、やるな、坊主。ま、一つここで死んでくれ。悪く思うなよ」

 

ずぶり、と心臓が刺し貫かれる。つい先ほどまで手負いだった男だが、自分のような一般人を殺すのには訳がなかったらしい。鼻腔に逆流する地の匂い。手足の知覚は既になく、リノリウムの冷たさと胸の焼けるような痛みだけが脳の中枢を刺激する。

 

「何でよりによって、貴方が…下ろして」

 

横転してぼやけた視界に、軽やかに少女の足が着地する。自分から流れた血のせいで、靴を汚しそうだとぼんやり思いながら、赤銅の髪をした少年は、ただ無抵抗に転がされていた。

 

Anfang(セット)ーーーーーー」

 

耳鳴りが強く、聞き取れない。ふと体が暖かくなった心持ちがして、少年は安らかに目を閉じた。

 

「行きましょう」

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