Fate/Rage   作:土塊

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君は求めるか?
――すべてを踏破する力を

君は望むか?
――すべてを焼き尽くす炎を

狂気に身を沈め、血に飢えた獣に成り下がる用意はいいか?


Fatal Warrior -1

「待ち侘びたぞ、少年」

 

冬の月光を受けて、かの聖堂は浮世とは切り離された輝きを放ちながら聳え立っていた。それは、目の前のカソック姿の男も同じだった。遠鐘を撞くようにして、その低い声は腹の奥底まで沈み込む。

 

「おめでとう。君が七人目のマスターだ。君の参加を持って、待ち望まれた聖杯戦争は幕を開いた

 

君ら魔術師は英霊を現代に呼び出し、サーヴァントという枠の中で行使することができる。凛から大凡聞いたとは思うが、有り体に言えば、これはただの殺し合いだ。

 

喜べ。君の望みは(じき)に叶うだろう」

 

そう言って、底無し沼のように昏い目を歪ませて神父は嗤う。蛇に睨まれた蛙のように、じわりと嫌な汗が滲む。俺の…望み。

 

「まあ、そんな物は些事だったな。その左手に刻まれた三画の令呪は君のマスターとしての唯一の拠り所だ。それは使いようによれば因果の理さえ超越できる絶対命令権だが、それら全てを失えば、英霊との契約は切れ、大方死ぬことになる。英霊を斃されても他のサーヴァントと契約する機会はあるが、稀だ。一先ず令呪が命に直結する物だと覚えていれば困らないだろう」

 

ふと、嘘のように重圧が消えた。心臓を握られていたような悪寒から立ち直った少年は、ホッとしたように新鮮な空気を吸い込む。つらつらと説明は続く。

 

「サーヴァントについてもう少し説明しよう。英霊はとどのつまり死人の魂が無理やり現世に呼び出され、形を得たものだ。従ってサーヴァントが自力で存在を維持することはできず、マスターである魔術師が供給する魔法が必要になる。仮に君が己のサーヴァントを不足に思うなら、魔力供給をやめ、契約を破棄すればよい。

 

折角よいものを引き当てたんだ。その必要性は何処にもないがな。

 

英霊それ自体の能力は、マスターであればステータスとして見れるだろう。宝具の取り扱いなどについても本人に聞くのが一番いい。サーヴァントの能力値は悉くそれが作り上げた伝説に基づくものだ。せいぜい他の魔術師に使役するものの真名を知られないように努めることが賢明だな」

 

「そのことについてだけど、確かめたいことがあるわ」

 

聖堂の門をまたいで以来、貝のように口を閉ざしていた赤い少女は、ふいに口を挟んだ。

 

「私には自分のサーヴァントのステータスもクラスも分からない」

 

「ほう」

 

面白いおもちゃを見つけた子供のようにすっと目が細められる。ベンチに腰を下ろした少女の横に立っている英雄は得体のしれない獣を抱えて、静かに立っていた。

 

「それは前代未聞だな。凛。君が前回ここを訪れた時も言ったと思うが、今回の君の召喚、それ自体がこの聖杯戦争の最大のイレギュラーだ

 

この先は推測だが、君が呼び出したそれは英霊では無い。恐らくは伝承の英雄それ自体だ」

 

突拍子の無い内容に、息を呑んだのは誰だったか。しかしその答えは、碇のようにすんなりと凛の心へ沈み込んだ。

 

「なっ、あり得ません。我々サーヴァントは生前の功績により信仰を集め、その功績を成し遂げる代償として死後は世界により使役されると言う契約に縛られる。いかに高名な英雄と言えども、そんな…」

 

慌てたように声をあげたのは、士郎のサーヴァントとなったセイバーだった。昏い目をした聖職者はそれに呼応して話を続けた。

 

「その通りだ。通常英雄はは世界と契約せずして英雄たる力を手に入れることはできない。人の身では星の抑止力に対抗することは到底不可能だからだ。

 

だが、その男がその唯一の例外――根源の到達を目的とする聖杯にかけられた、アラヤの制約さえ食い破って現世に降り立ったとすれば、全てに説明がつく。」

 

確かに辻褄は合った。万能の願望器である聖杯でさえ、召喚に丸一日かかった代物。それが、普通の英雄の魂などなはずがない。いかなる英霊・反英霊であろうと、伝承に基づいた魂であれば、用意に願望器は降ろせる。何故なら聖杯が呼び出しているのはあくまでその英雄の分霊――コピーに過ぎないからだ。

 

本体を呼び出した、となると、それは聖杯によって隔たれた二つの並行世界に修復不可能な歪みを与えかねない。当然ながら、抑止力によりその作為は本来に無に返される。だが、眼前の男は確かな熱量と質量をもって現れた。それどころか、最も名だたる三騎の内一騎を事もなげに蹂躙していた。

 

「しかし、人の身でありながら英霊を屠りうる人物を呼び出すなど、君もなかなか面白いことをしてくれる。」

 

「あら、お褒めに預かり光栄だわ」

 

「精々好きにしろ。伝承については、本人の口から聞くといい」

 

 

 

 

 

微かに白み始めた空を眺めながら、赤い少女は一人用には広すぎるベッドにごろりと寝転がった。士郎と別れ、帰宅したのち、彼女は何とも釈然としない気持ちに襲われていた。神父の言葉がぐるぐると頭の中を回る。星の制約が律せない化け物。それがあの男の正体だと言うのか。

 

「凛」

 

ふと、巨岩のような男が声を発した。遠雷のような声色だが、どこか温かみがある。壁にもたれたまま、小さい子供に言い聞かせるように男は言う。

 

「寝れるときに寝ておけ。戦はすでに始まっている」

 

「クレイトス」

 

確かにそうだった。分からないことは山のようにあったが、今はそれよりも、勝ち抜く事を念頭に置いた方がいいだろう。有力な協力者を手に入れたとは言え、素人を一人抱えた自陣は決して有利とは言えない。

 

「…おやすみなさい」

 

寝静まった少女の頭をくしゃりと撫で、男は自らの娘を思い出す。出征前はカリオペも決まってこうだった。聞き分けのいい娘が、いつまでもぐずっては、こうやって頭を撫でてやったものだ。戦の狼煙は、すでに上がろうとしていた。

 

 

 

 

 

「駒がそろいましたね、コトミネ。クレイトスにあの娘は不要です。すぐに引き剥がさないと」

 

「ああ、君のお蔭で上々だよ。あの娘はああ見えて身内には甘い。揺さぶればすぐに絶望の淵に立たされるだろう。ところで、現世(こちら)の居心地はどうだ?」

 

「悪くありません。今の私はただの概念。いわば記号のような存在。ですが、その方が却って動きやすい。コトミネ、貴方には期待していますよ」

 

「光栄だな。女神」

 

「手筈は済んでいますが、油断せず。あの男は一筋縄では行きません」

 

「分かっている」

 

思惑はどこまでも絡み合い、闇の中に溶けて行く。

 

 

 

 

 

血まみれた戦とは裏腹に、少年と少女の日常は上辺だけどこまでも平穏に流れる。あの後、クレイトスに彼の伝承を聞いたが、語る価値のあるものではないと一蹴されしまった。特段隠し立てするつもりはないようだが、自ら教えてくれるそぶりもなかった。

 

「…これも駄目ね」

 

パタンと、手にした古書を閉じる。民俗学と伝承に特に明るいとされるこの大学図書館で、先ほどから古文献の山に埋もれていたが、クレイトスに関する手がかりは何もなかった。スパルタと言えばギリシャ神話あたりだが、それらしき内容はからっきしだった。故意に後世に伝えなかったとしか思えなかった。だが、何のために?反英霊とは言え、よっぽどで無ければ、秘匿する必要などないはずだ。

 

「神話に興味がおありなんですね、遠坂さん」

 

梟野(きょうの)教授。ご案内ありがとうございます」

 

呼びかける声にはたと気づいて、凛は慌てて立ち上がった。腰までの黒髪を一括りにまとめた、知的な女性が微笑んでいた。銀縁の眼鏡越しに、穏やかな碧眼が緩やかに弧を描く。

 

「ええ。少し気になることがありましたから。この度は、お会いできて光栄です」

 

「あら、気にしなくていいのよ。貴女のようにこう言った分野に興味を持って下さる若い方は貴重だわ。伝承は語り継がれ、保護され続けなければ紙屑同然となってしまう。遠坂さんには、寧ろ感謝しているのよ。困ったことがあったら、何でも言ってくださいね。少しは、この分野に明るいつもりだから」

 

「ええ。教授(せんせい)に助けていただけるのでしたら、一番心強いです。早速ですが、あるスパルタ人の伝承を探しておりまして」

 

「スパルタの方ですか……ご存じのとおり、『イーリアス』や『オッデュッセイア』など、ギリシャの神話は口伝文化を基にしているわ。その後、『神統記』を始めとして、初めて口伝の物語が文書で残るようになったの。そこで語られる神々や英雄は、悉く当時の信仰の中心であったオリュンポス縁の者達。スパルタ人で伝承に残っている人は、まだ分かっていないわ」

 

「そうですか」

 

思わず、落胆を隠せない。父の伝手を辿って紹介してもらったこの女性は、若くもギリシャ神話の研究においては権威の一人と言われる存在だった。前回の聖杯戦争で、敵の伝承を探るのに、父がずいぶんとお世話になっていたことは知っていた。その彼女ですら知らないとすれば――

 

「でも、少し前に学会の知人が言っていたわ。あの方は考古学専門ですが、近々スパルタ関連の文物が出土すると言っていたわ。少し分野は違うけれども、発掘品は案外私の研究にも重要なの。そうだわ、あなたも是非いらっしゃいな」

 

「いいのですか?」

 

「ええ。内輪の集まりになるから、構いませんよ。失われた口伝の叙事詩に繋がりがあるかもしれませんから、きっと貴女のお役にたてると思うわ。それから、時々紅茶でも飲みにいらっしゃいな。私、貴女とお喋りするのがとっても楽しいから」

 

「私もです、教授(せんせい)。今度は研究室へスコーンをお持ちしますわ」

 

「素敵ね」

 

 

 

 

 

大学を出た頃、日はすっかり沈んでいた。今日も収穫は無かったが、少なくともきっかけは作れた。己のサーヴァントを知らないようでは、その力を生かし切れない。敵見方無く、情報収集は最大限しなくてはならない。

 

「お姉さん、今日は一人なの?」

 

妙に甘く可愛らしい声が背中からかけられる。北欧風の装束をした、美しい銀髪の幼い女の子が、こちらを見つめていた。坂道に人影はいない。一見、可愛らしい子供だが、赤い宝石のような双眸は、確かに魔力を秘めた神秘の物だった。マスターか。

 

「っ……」

 

霊体になれないクレイトスには、自宅で待機させている。このルートには予め追跡不能の魔術を施してある。土地の管理者であり、転移の魔法を専門とする遠坂の施す秘法を、並みの魔術師がすり抜けることは不可能。しかし、眼前の少女は、やすやすとそれをやってのけた。

 

「貴女、アインツベルンね」

 

「よく分かったじゃない、お姉さん。けど、あの人が居ないなら用はないわ。ヘラクレスが宜しくって、伝えておいてね」

 

まるで茶飲み友達に告ぐかのように、少女は軽やかに去っていく。いつの間にか、そのそばには3メートルをも超す巨人が寄り添っていた。真名を隠そうともしない。誰しも知っているギリシャ最大の英雄ならば、隠す必要もないというのか。立ち去った少女にどこかほっとしながら、凛は帰路についた。

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