Fate/Rage   作:土塊

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Fatal Warrior -3

その屋敷には幾重にも重なり合い、解れることなく絡み合った怨嗟がある。糞尿で耕された肥沃な土地で作物が良く育つように、血濡れた恨み憎しみを孕んで、闇はどこまでも肥大化する。思考など持たず、本能のみを持った蟲達は、そんな豊かな暗闇の中、一心不乱にに新鮮な肉を貪っていた。

 

そんな浅ましく汚らわしい生き物達に這われながら、少女は今夜も啜り泣いていた。幼少期にこの家に貰われて以来、この肉食の蟲達に這われ、孔と言う孔を穿たれ、身を引き裂くような調練に晒され続けるのは最早日課となっていた。

 

この窮地から自分を救う腕が欲しかった。だが、そんな希望も今や既に摩耗している。過酷な蟲による陵辱による性質変換に、少女は髪や瞳の色すら、親から受け継いだ物で亡くなっていた。今の彼女はただ祖父の欲と望んだ魔術を貯めるための空っぽの器だった。

 

ギシギシと古い廊下を辿り、蟲蔵へ向かってくる足音がする。そしていやらしい哄笑。義理の兄である慎二のものだ。今日も自らが犯され、苦しむ姿を眺める気なのだろう。一筋の涙が、桜の頬を伝った。

 

 

 

 

 

慎二に案内された古びた渡り廊下の先には、無数の蟲が占拠する幾つかの部屋があった。そこに生者の気配はなく、蟲達は新鮮な死体の肉を食んでいるだけだ。

 

「これが間桐(うち)のからくりさ。この刻印蟲達は死人の肉を糧に、残された情念を魔力として溜め込んでおくんだ。うちに出入りする幾つかの業者には肉の仕入れが得意な奴もいるからね。魔力の枯渇なんて怖く無いって訳さ」

 

「なるほどね。これなら私のサーヴァントを維持のも訳ないってことね」

 

正直凛は拍子抜けしていた。この少年は本当に何にも知らないのだ。そもそも魔術回路の無い慎二にライダーなど召喚すら出来ない。となると、誰かが呼び出して使役権を譲渡した筈だ。そしてさらに、魔力提供の面で、自分の悪い予感は当たっている筈だ。

 

「察しが良くてたすかるよ。さあ、僕と組むんだ、遠坂凛」

 

「断るわ」

 

「何っ!?」

 

「乗せられただけでペラペラ情報を漏らす馬鹿とは協力出来ないわ。貴方は精々サーヴァントの後ろに隠れて居るのね」

 

「なんだとっ!!やれっ、ライダー!!!」

 

慎二が呼び出したのは騎兵だったか。幻想種すら御せるとは言っていたが、所詮は上位クラスに入れぬ平凡なステータスだろう、鎖付きの短剣を投擲(かっこ)しながら迫り来る彼女の動きは、かって相対した槍兵の足元にも及ばなかった。

 

「ーーAnfang, Fueur Frei(炎よ穿て)!!」

 

足止めも兼ねて、凛は小さな火柱を幾つかライダーと自らの周囲に放つ。正直ランサーに斬りつけられた傷がまだ癒えておらず、全力とは言い難がったが、桜の為にもここで捕まるわけにはいかなかった。

 

射出される炎に、光を厭う刻印蟲達も廊下の奥へ波を引くようにぞろぞろと這い戻っていく。身の毛もよだつグロテスクな光景だったが、きっと蟲達が戻る先に、目的の物はある筈だ。

 

 

 

 

 

「ーー信じられないっ!人間の分際で、私のバーサーカーを5回も殺すなんて!」

 

あの後、怒濤の攻勢に転じたスパルタ人は、あろうことか神霊であるバーサーカーの豪腕をもぎ取り、その腹に突き立て、更には再生したその首をもぎ取りながら、魔力の提供主であるイリアに不利な戦いを強いた。

 

その最中にバーサーカーの岩のような拳が命中し、幾度となく地に打ち伏せられようとも、男はその都度ふらつきながら立ち上がり、ついには短刀の鎖をヘラクレスの首に巻きつけたまま、その体にしがみ付いた。そしてそのまま刃で胸部を抉り、バーサーカの心臓を握り潰したのだった。

 

以下に神話の英霊と言えども、体の最重要器官を粉砕されては再生の負荷も大きい。倒れた巨体に微塵とも興味を示さず、男は血を滴らせながら覚束ない足取りで走り去った。

 

「んもぅ、帰るわよ!ヘラクレス!」

 

駄々っ子のような掛け声とともに、アインツベルンの人形は姿を消し、坂道には無残な傷痕だけが残された。

 

 

 

 

 

暗闇の中で、少女はこちらへ向かってくる足音がいつもと違うことに気がついた。先ほどまで聞こえていた慎二の哄笑は今や遠い。無口な彼のサーヴァントが振るう短剣が、鋭い一撃とともに空気を切る音がする。そして、懐かしい声が聞こえた。

 

「桜っ!!!」

 

ーーああ、私を見ないで、姉さん。

 

開かれた障子の先に凛が目の当たりにしたのは、正に地獄絵図だった。嗚咽を漏らす妹の柔肌を、無数の汚らわしい蟲達が這い回って居る。声を叫んでも妹は答えられない。その悲鳴に、ふつふつと怒りが湧き上がる。

 

ーーこんな目に遭って居ると知って居れば

 

「うあああああああああああああああああああっーー!!」

 

詠唱すら破棄した凛の身体を囲むようにして、巨大な火柱が生まれる。炎の渦が蟲達を退け、奇声を上げる醜い生き物達を塵芥へと変える。注意がそらされたその一瞬の隙を見逃さず、ライダーの鎖が包帯に包まれた方の足首を締め上げ、そのまま少女を蟲蔵の底へ叩きつけた。

 

光が消え、無数の蟲達がその瑞々しい肉に群がる。服を切り裂かれ、肉を食い破り、血を啜られる。払えども払えども向かってくるそれに、凛の魔力が急速に失われて行く。

 

ーーしまった、刻印蟲には魔力を溜め込む性質がある!

 

「Anfangーー」

 

たった一小節の詠唱で、再び自らを囲う炎の輪を作り出す。蟲達はじりじりと後退し、様子を伺う。近くに横たえられて居た桜に素早くジャケット着せ、庇うように前に立った。

 

「大丈夫。貴女は必ず私が助けるわ」

 

「…姉さん、ダメ。早く逃げて、じゃないと…うっ」

 

「桜っ!?」

 

言葉を続けられず、崩れ落ちる桜の身体を抱えるようにして、凛も冷たく濡れた床に座り込む。そうするうちに、目の前の蟲達が互いに重なり、やがて一人の人間を形作る。

 

「間桐…臓硯……」

 

「全く、遠坂の若造は血の気が多くて困る。戯れにそこの娘でサーヴァントを呼び出して見れば、この様だ。

 

まあいい。せっかくの遠坂の優秀な(はら)だ。多いに越したことは無い」

 

そう言ってカカカと笑う老人に呼応して、蟲達が一斉に飛びかかる。間桐の水の属性を新たに纏った蟲達に炎は効かない。ならばと空間圧縮で挑むが、老人が軽く手を払っただけで、赤い少女の身体は壁際に叩きつけられた。桜を守るだけの、この老人に対抗するだけの魔力は最早無かった。庇うようにさくらを抱きしめ、凛はそっと目を閉じた。

 

 

 

 

 

しかし、想像していた痛みはいつまで経っても襲って来なかった。古びた天井が崩落する音と、閉じた瞼越しにも分かる強烈な光。太陽を直視して居るようなそれに伴う、聞いたことの無い若い男の呻き声。恐る恐る目を開けば、生首手に下げた、少しだけ懐かしい大きな背中があった。

 

「クレイトス!」

 

「ウラァッ!」

 

既に無数の切り傷を負い、満身創痍だった男は凛の声に呼応し、低い大勢から老人に飛びかかる。眩い光を浴びて、動作の鈍る身体を力任せに引きちぎり、両断する。しかしそれは忽ち崩れ落ち、無数の蟲となってクレイトスに襲いかかった。

 

クレイトスの身体を隙間なく覆い、食らいつく蟲は、一瞬にして払われ、引きちぎられ、踏み潰される。だが、幾ら何でも数が多すぎた。本体を見つけなければ……。

 

「見つかる前に引きますよ、慎二」

 

障子を隔てて傍観に徹して居た少年は、男と祖父の壮絶な攻防に先ほどから腰を抜かして居たが、耳元で囁きかけられる使い魔の声に、さらに驚かされた。戦闘の方針など、全てにおいて自らに従順だった彼女が、初めて戦局について自分に意見したのだ。しかも、酷く緊迫した声で。

 

「人であろうと幻想種であろうと、果てには神であっても、あの男には勝てません。ここに残っては巻き添えを食らいます」

 

「あ、あぁ…」

 

思わず気圧されたように、少年は頷く。二つの気配は、静かに戦場から遠のいた。

 

 

 

 

 

白刃で延々と蟲達を退くクレイトスだったが、先の闘いの疲れもあり、やや動きに精彩を欠いて居た。無数に襲い掛かる敵の本体が掴めず、体力だけが消費されて行く。凛が回復魔術を掛けてくれるため、何とか凌いで居るが、それも時期底をつくだろう。そも、パスを再開してから、凛から感じられる魔力は微弱だった。遂に、屈強な身体が凛達の目の前に投げ出される。

 

「…クレイトス!」

 

英雄の名前を呼びながら、凛は涙を必死で堪えて居た。不利な戦い強いて居るのは自分だ。なのに、この人はそれでも立ち上がって敵の侵攻を阻もうとしてくれて居る。悔しさに胸が張り裂けそうだった。どうして、そんなにも自分に構ってくれるのか。

 

ーー父さん

 

ーーまだ終わりじゃ無いわクレイトス

 

ーー父さん、立って

 

ーー希望の光はいつだって貴方の中に宿る物よ

 

地に伏せ、弾き飛ばされた刃を拾おうとする身体に、蟲達が食らいつき、阻もうとする。ぐらりと視点が歪み、愛娘とかつて自分に縋ったもう一人の少女の声が、交互に聞こえた。

 

「…いっ!!」

 

もがき立ち上がろうとする英雄を見つめていた凛の左手が不意に輝いた。焼けるようなその痛みに、思わず悲鳴を上げる。何とか体勢を立て直したクレイトスの手には最早何も握られていなかったが、その拳を覆うように鮮烈な蒼い炎が灯される。それに呼応するように、少女の令呪も澄んだ青へと変化する。

 

「……聖火か!!」

 

背中の折り曲がった老人は思わず驚嘆の声を上げた。それは魔法すら超える奇跡そのものの具現だった。言わば星の制約と同等か、それ以上の、力そのもの。そのような物に対抗しうる神秘など最早ない。蟲達は触れるだけでそれに尽く焼き尽くされてしまった。

 

「私を…殺して下さい」

 

「桜、貴女、何をっ!?」

 

「その人の魂を宿した最後の蟲は、多分私の中に隠されて居ます。感じるんです、私の中でそれが蠢いて、その人に応えて居るのが。

姉さんを助けに来たのでしょう。だったら、私を殺さないと……」

 

「左様。妹を殺さない限り姉は助けられん。最後の一匹はその娘の心臓に棲んでおる」

 

吐き気を催すような笑みで、延命に延命を繰り返した蟲使いは少女達に近づこうとして居る。男は嫋やかな少女の首を片手で掴み、締めあげようとつと、力を入れようとする。その腰にはその姉がしがみ付いて止めようとして居る。

 

「あっ…がっ……」

 

だがやはり男には出来なかった。娘に似た少女達のどちらか一方でも、殺すことなど、出来なかった。床に落とされ、桜は流れ込む酸素を必死に吸う。そして、何かを思いついたように、炎を纏った男の手を掴み、自らの胸に当てた。

 

「あっああああああああああああああああああ」

 

のたうち回りながら、悲鳴を上げる少女はえずく。そしてついに、聖火の光を嫌うように、その口から親指大の最後の一匹が吐き出された。老人に向かおうとするそれを、すかさず握り潰せば、いつしか、屋敷全体に火が灯された。

 

「儂も年貢の納め時か。あの若造ども、詰めが甘いわい」

 

呟くように語って、老人の身体が崩落する。遂に数百年の寿命に終止符は打たれ、彼の魔力で維持されて居た間桐の結界が崩落する。ぷつりと緊張の糸が切れた少女達は揃って気を失って居た。男だけが2人を抱え、焼け落ちた屋敷を後にした。

 

 

 

 

 

同刻、円蔵山の麓で、間桐家の最後の生き残りである少年は、切断された片腕を見て、気が狂ったように泣き叫んで居た。鎖付きの短剣を振るう長身の女の表情は伺えない。

 

「なっ、何をするんだライダー!お前は、ぼ、僕のサーヴァントだろ?何でこん…アガッ」

 

「用済みだから始末したまで。私の契約は切れた。役立たずの貴方でも、血肉程度にはなりましょう」

 

もう片方の手を短剣で縫い付けられながら、少年は生きたままライダーに食いちぎられる。白目を剥きながら、ぶつりぶつりと、肌を裂き、肉を抉る牙に耐える他は無かった。溢れる鮮血を顔に浴びながら、女の食事は続く。それに近づく影が一つ。

 

「ここに来たってことは、少しは考えてくれたのかしら?」

 

「貴女の配下に付くことに異存はありません。貴女が知らせてくれなかったら、こうも上手くは行っていなかった。約束は果たします」

 

「歓迎するわ。さあ、こちらへいらっしゃい」

 

二つの影が名だたる霊山に吸い込まれて行く。聖杯戦争はまだ始まったばかりだった。

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