犬吠埼風は中二である   作:名も無き詩人

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第二話 日本酒とファーストキスと幽霊少女 (2/3)

初キッスはもっと甘いものだと思っていた。よりにもよって、酔った勢いで失うのは。それも、覚えていないというのはショックである。私はどうして何も覚えていないのだろう。そうだ、樹が言うようにこれは人口呼吸、ファーストキスではない。断じて、キスなのではないのだ。

「そうだ、私はうら若き乙女。ファーストキスは白馬の王子様と決まっているのよ。そう、私はうら若き乙女なのよ」

私がブツブツ自分に暗示をかけている横で、樹と彼は顔を見合わせて、首を横に振るう。

「どうやら、風ちゃんはあっちの世界に旅立ったようだ。立派になったね」

「あのー、乃木先生。お姉ちゃんは今日も病院に泊まるのかな」

「そうだね。あと1日は検査入院だね」

「そうなると、今日も私は1人でお留守番か」

「いや、流石に樹ちゃんを1人にできないよ。今日は僕も泊まーーーー」

「あんたは何考えてるのよ。このロリコンがーー。酸素魚雷を食らわすわよ」

「いや、キミ酸素魚雷持ってないでしょ」

「ぐぬぐぬ、そんなことはどうでもいい。あんたと樹を二人っきりにはできないわ」

「はいはい、なら僕の知人に頼むよ。彼女だったら樹ちゃんには無害だから大丈夫だろう」

「あんたの知人だから心配だけど、背に腹は変えられない」

「センセイに任せておけば、樹ちゃんも大丈夫だよ」

「先生?」

「そう、とっても偉い学者でね。僕は親しみを込めて、センセイって呼んでる」

「どうやら、あなたより信頼できそうな人のようね」

「そうそう、僕よりセンセイは信頼できるよ」

「まあいいわ。勝手に話し進めちゃってるけど、樹もそれでいいかな」

「うん。私はそれでいいよ。乃木先生の先生か。どんな人なんだろう。なんだか楽しみ」

うきうき顏の樹。どうも、鍋焼きパーティーの頃から樹の彼への態度がどうも変。いや、なんかすごく興味を持ってる感じ。確かに乃木先生はすごく面白い先生だが、限度がある。それに、ここで変な勘ぐりを入れるとまるで私がーーー、いやそれはないか。

「明るい内に家に帰りなさい。乃木先生くれぐれも、樹を襲わないでくださいね」

「樹ちゃんは、襲っちゃいたいくらい可愛いけど、僕は紳士だから襲わないよ」

「だといいけど。樹いいわね。男は皆ケダモノよ」

「おいおい、何を妹に吹き込もうとしている」

「防衛結界よ」

「さいですか。あ、それと風ちゃんの携帯端末が水浸しで使えなくなったから、代わりにこの端末を渡しておくね」

「手際がいいわね」

私は白い携帯端末を預かる。前に使っていたのは旧式の携帯で。今手元にある端末はディスプレイが大きく、操作もしやすそうである。

「それと、どうもこの病院出るみたいだから」

急に外が真っ暗になり、どこからか風の音がゴーゴーと鳴り出す。天気も曇ってきたのか。雨が降りそう。

私は唾を飲み込む。

「何が出るの?」

「少女の幽霊がだよ。夜のトイレで、すすり泣く声が」

「あんた、私が子供だからって、そんな作り話で怖がると思うの」

「『トイレの紙がないよ。紙がないと。私、トイレから出られないよ』と一番奥のトイレから聞こえてくるそうだ。そして、すすり声が聞こえる扉を開けるとーーー、あれもうこんな時間だ。樹ちゃん早く病院を出よう」

「え、そこで終わり。何この展開。トレイで泣いていたのは誰よ。オチはないの」

「その先は、生きて会えたら答えを教えてやる!」

「え、なに。私、死ぬほどヤバイの」

ニヤリと笑う彼が樹の手を取る。

「バーイ!」

樹もこっちに手を振る。私もそっと手を振った。いったい、幽霊の話とはなんだったのか。別に怖くないけど。

なんだか言いえて奇妙である。

彼から受け取った白端末の電源をいれる。なぜかデスクトップ上には怖い話100選というアイコンがあった。私は興味本意にそのアイコンを触れてしまった。それが、恐怖の一夜の始まりとも知らずに。怖い話は西暦時代のある人物が体験した体験談が文字とときには光や音といった演出で、俗に言う動く小説といったものだった。だが、妙にリアルな語りと演出が極まって。まるで、その人物が横で語りかけてくるような臨場感がした。

そして、私は案の定夜中にトイレに行きたくなったのである。あのトイレの話と怖い話100選のコンボで、私の恐怖値はMAX。ゲームのコントローラが心臓音と同期したように。手に汗握る

展開。今まさに私は選択を強いられている。

1.朝までおトイレを我慢する。

2.盛大におねしょをする。

3.勇気を出してトイレに向かう。

私が選んだのは『3』だった。

私は勇者なのだ。幽霊などに負けない。私は松葉杖を掴みトイレの方向へと進み始めた。

 

夜の病院とはなんと薄暗いことか。あまり、病院にお世話になったことが無かったので、慣れない空間だった。

トイレは渡り廊下の突き当たりを右に行ったところにある。私の部屋からはずいぶん遠いところだ。

いざトイレに入るとなんてことはない。幽霊はいるはずもなく。私は優雅に花摘みをしていた。その時、隣のトイレに誰かが入る音がした。これだけだったら、まだ誰か別の人がトイレに入ったんだと思った。だけど、次に聞こえてきた声が、その予想を外した。

『うーん。紙がないよ。紙がないとトイレから出られないよ』

私は卒倒しそうになった。だが、それに踏みとどまる。さっきまで読んでいた怖い話100選が私に力を与えた。そして何より、神樹様の勇者は幽霊を怖がったりしない。私は意を決して、隣の個室を開ける。個室は何故か鍵がかかっていない。個室の中には幽霊ではなく、身体中包帯をぐるぐる巻きにしたミイラが、半べそかきながら、空のトイレットペーパーの芯を恨めしそうに見つめていた。

私は、幽霊ではなく、ミイラと出会ったのである。

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