急に呼び出されたから何かと思ったら、犬吠埼姉妹の面倒を見て欲しいとのことだった。相変わらず、こちらの状況を考えず行動をする彼に呆れつつも。ある意味、犬吠埼姉妹の妹の方に接触できるのは、勇者システムを正確に調整する上で必要ではあった。
本当に接触せずとも調整は可能だが、彼には彼の思惑があるのだろう。彼は犬吠埼姉妹にご熱心なのだ。勇者部なるもの立ち上げにも協力している。
犬吠埼家の長女である犬吠埼風は現在病院にて検査入院とのこと、その間犬吠埼樹が家で1人になってしまうため、私が呼び出されたのだった。
最初は彼が犬吠埼樹の面倒を見る予定だったが、犬吠埼風の防衛結界により、私を呼び出したのだと彼は言う。
彼は今度、琴平町の日本酒とうどんをご馳走するということで、依頼をしてきた。私はこう返してやった。
『うどんはカレーうどんで、カレーは三好家特製で、手を打とう』
彼は二つ返事すると、私を犬吠埼家に招き入れた。舞台裏で語るだけの語り部が、ほんの少しだけ舞台に立たされる。これはそんな話なのだろうか。この出会いが彼の筋書きの一つであることは確かである。それでも、勇者になれなかった者がもう一度舞台に立てるのはすごく嬉しく思う。それが、彼の仕組んだことだとしても。
犬吠埼樹はとてもいい子で、可愛い子だった。それは、見ず知らずの私を受け入れたこと。それと、彼を信頼していること。それに、夕食がカレーだったことも犬吠埼樹への評価が上がった要因であった。隠すことでもないが私はカレーが好きなのである。カレー好きな子供に悪い子はいない。そう世界で決まったいるのだ。
また、犬吠埼樹は、少々料理下手でもあるようだ。彼からも連絡を受けてるが、犬吠埼風のように料理を作ることはあまり得意ではないという。まあ、元来小学生の彼女が料理をテキパキと作るのはあまり良い環境にいるとは思えない。子供のうちは料理は、親が作ってくれるものなのだ。だが、犬吠埼家の両親は亡くなっている。両親を亡くした子供がどのように育つかを私は知っている。でも、彼女たちの周りには、彼女たちが知っている以上にたくさんの人に見守られているのも知っている。
結局、犬吠埼樹と一緒にカレー作りをすることになった。カレーというのは、ニンジン、じゃがいも、玉ねぎ、お肉、それに市販のカレールーで作る。誰でも簡単に作れる料理だ。だが、その家庭ごとに、プラスされるものがある。例えば、酸味とコクを出すにはヨーグルト、コクをつけるならチョコレートといったように、味にプラスをつけることはある。また、添え物に至っては、福神漬けが鉄板だが、らっきょなどもトッピングとしてはありだ。珍しいところだと、ラムレーズンを入れるところもある。その家庭ごとの味が出るのがカレーなのだ。『その家庭を知るにはカレーライスを食べよ』と言っていた人がいる。まったく、その通りだ。
カレーの話で思い出したのだが、大赦が奉っている神樹様というものに我々はどれぐらい分かっているのだろうか。文献は大赦検閲済みのため、幾つかの重要なことは失われてしまった。それをなぜ消してしまったかは、300年前の人たちにしかわからない。だが、初めてバーテックスが襲ってきた300年前にこの地を救った乃木若葉という勇者とその側にいた少女の物語は、大赦の関係者なら誰でも知っている歴史である。そして、初めて神樹様に接触したのが大赦だと言う。ただ、私はこの歴史をあまり鵜呑みにしていない。現在19回の満開と散華を繰り替えした乃木園子の先祖である、乃木若葉は本当に勇者なのかと。勇者になろうとしてなったのかと。今の勇者システムを発案した彼女と同じではなかったのかと。いや、歴史の軌跡を探るにはまだキーワードが足りなすぎる。その一つが神樹様だ。当たり前に奉っているが、あれは本当に神様なのだろうか。一説では土着神の集合体が神樹様だということになっている。では、土着神達はなぜ集合体となったのか、なぜパーテックスと戦うことになったのか。わからないことだらけである。西暦の時代にラグナロクという終末の話がある。ようはこれも、神様達の争いに人間が巻き込まれただけなのではないか。そもそも神様を人の定義で考えるのもおかしいことだが、私は納得いく答えを得ていない。そろそろ、カレーが出来上がるようだ。犬吠埼樹がカレー皿を取り出している。私はご飯少なめ、ルー多目をお願いした。犬吠埼樹はテキパキと皿にカレーを盛り付ける。どうやら、犬吠埼樹は盛りつけが得意なようだ。
1人じゃない夕食は久しぶりだ。カレーもなかなか上出来な出来である。犬吠埼樹も黙々と食べている。いい食べっぷりである。先ほどの話に戻るが、神樹様がこの四国の周りに壁を作り、四国を守護していることは知っている。そして、外の世界が地獄であることも。ただ、分からないのが、バーテックスが神樹様を目指すことだ。そして、勇者以外には危害を加えないことだ。
神樹様だけを破壊するのであれば、西暦の時代にあった、超長距離砲のように、遠距離から破壊してしまえばいい、なのにバーテックス達はそのようなことで、神樹様を破壊しようとはしない。神樹様に接触することが目的のように思える。
神樹様の麓には大赦の本拠地があるのだが、その地に踏み入れられるのは上層部でも一握りの人間だけで、神樹様の麓には一体何があるのかは、私にも分からない。もしかしたら失われた神器であり、勇者システムの武器形成の元となった『生太刀』が収められている可能性がある。だが、それだけで、あんなに厳重にする必要がない。
まあ、そんなレアな武器が収められていたら彼女が黙っていないだろう。勇者になりたくないと言っていた彼女だが、歴代の勇者が使用していた武器には興味を持っていた。弓、槍、斧、大剣、太刀、小手、銃、そして最後が糸。これらの武器を開発した彼女だが、オリジナルのそれこそ先ほどの『生太刀』と同等の武器はついには作成できなかった。ただし、いくら壊れても永遠に修復できる武器を開発できた。これも勇者システムの大事な機能の一つである。
勇者システムは、どんな攻撃をも防ぎ、勇者を守るためのせいれいシステム、いくら壊れても壊れることのない武器形成システム、最終切り札である満開システム、そして絶対的な力の代償を支払う散華システムがある。これら、4つのシステムがおおむね勇者システムのの中枢システム。このシステムを使って、勇者たちはバーテックスと戦わなくてはならない。私は改めて、犬吠埼樹を見た、この小さな少女も否応なく戦いに向かうのだろう。その時の代償行為が、何になるのかは分からない。だけど、どんな代償であれ、犬吠埼樹は負けることはないだろう。だって犬吠埼樹は犬吠埼夫妻の子供たちなのだから。私はそう思いながら、カレーの味をかみしめていた。