「即売会に出ようぜ」
なんの脈絡もなく、春信先生は部室で宣言した。
私が退院して、部室に着くと、春信先生の第一声に嫌な予感がした。その嫌な予感が的中した。
「いや、友人と同人誌作ろうって話になって。これがなかなか難しい。そこで我が部の出番だ」
「何が、我が部の出番よ。まだ、何を目的とする部かも決まって無いでしょ」
「まあまあ、風ちゃん。まずはこれを見てくれ」
先生が私にノートよりも薄い本?を渡す。装丁には、私が今一番はまっている艦これの絵だった。ただ、絵はあまり似ていない。かろうじてそれが艦娘であることが分かる。中身を開くと、そこには数ページカラーの挿絵と文章がずらりと並んでいた。どうやら、小説というものらしい。
「これ、もしかして艦これの小説」
私の回答に満足そうに頷く。
「そう、我が魂のソウルメイト、風よ。この同人誌は比叡を追悼したシリアス重視の小説で。琴平町に住んでる友人が、書いたものだ。比叡との甘酸っぱい恋物語。叢雲との三角関係。そして、比叡との別れ。超絶感動もの巨編さ」
「そうなの。あ、私、叢雲好きなのよね。でも、比叡って金剛型2番艦の金剛お姉さま好きの子でしょ」
「お、風ちゃん詳しいね。そうそう、その比叡ね」
「で、この小説と即売会に何の関係があるの」
「この小説の続編を今月末の、観音寺市の世界のコイン舘で行われる、即売会に『Jaming Book Store 2号店 With 讃州中学勇者部』として出店する。これは最重要事項だ」
「何で私があんたの即売会に参加する必要があるのよ」
「それは、社会勉強だよ。風くん。いろんなアニメ、漫画、ゲームをしていると、たまにこんな設定だったらこの話はどうなるんだろうって思わないか。僕は思う。そうIfの世界。それを二次創作にして、みんなと共有する。素晴らしいことだと思わないか」
「・・・確かに、物語に自分なりの解釈を加えるのはアリかナシかと言われたら、アリよね」
「そうだよ。それこそが、ソウルブラスト。新たな力の覚醒なんだ」
「分かった。で、私は一体何をすればいいの?」
「ふむ、風ちゃんにはイラストを数枚お願いする。もちろん、艦これの好きなキャラで構わない。そうだね。叢雲描いてみたらいい」
「なら、叢雲のサンタコス描いてみようかな」
「それはいいね。是非是非お願いするよ」
「叢雲を可愛く描いちゃうからね」
「それと、もう一つお願いがあるんだが、いいか」
「何よ、改まって」
「このイベントに樹ちゃんと、園子嬢も参加して欲しいんだ」
「樹はいいとして、園子も参加させるのそれは大丈夫なの?」
園子は包帯ぐるぐる巻きのミイラの状態。あんな状態で外をであることが可能なのだろうか。
「毒電波を浴びた太田さん状態に見えるだろうが、園子嬢も即売会に前から行きたがっていたからな。今ならまだ身体を動かせるし。コスプレで売り子をお願いしようと思う。あと、センセイも参加させるから問題無いと思うよ」
「センセイさんか、前に樹がお世話になった人だよね。一度お礼を言いたかったのよね。園子の方も、身体に差し支えなければ、参加でもいいんじゃない。私も園子とイベントに参加したいし」
「そう言ってくれると思って、樹ちゃんと園子嬢には連絡済みだよ」
「手際がいいわね。前にスマホ端末を渡してくれた時みたいね」
「その端末の調子はどう?」
「え、別に特に問題はないよ。あの怖い話のアプリもあれはあれでいいアプリだったし」
「それは良かった。それと、渡した端末のアプリの使い方は説明書があるから、一通り見ておいてくれ」
「了解です。ビシィッ!」
「今日はいつになく。素直だね」
「私、今無性に叢雲の絵を描きたい。私はイラスト王になる!」
「やる気があって実に良いことだ」
こうして、私は叢雲のイラストひたすら描き続けた。最初こそお粗末な絵だったが、そこは私の女子力により、絵はメキメキに上達し、なんとか叢雲サンタコスバージョンが完成したのだ。なかなか良い出来であった。
それをあの人に見せたら、ベタ褒めだった。どうやら、あの人もイラストを数点描いていたみたいだ。ボロボロになりながらも仲間を守る比叡の絵と、海に轟沈していく比叡の絵だった。
どうやら、小説の方も完成したようだ。あとは、即売会を待つのみ。
即売会まであと数日に迫っていた。
即売会当日、現場に到着すると私は机の上の置かれている同人誌を見て、歓喜の声を上げた。
「これが、私たちの同人か。すごい、ちゃんと出来てる」
「お姉ちゃん、すごいね。こっちにCDもあるよ」
樹も歓喜の声を上げる。樹の方は私のイラストとは違い、アニメソングのカバーを歌った。最初はすごく緊張していたけど、どうも春信先生のお友達が樹の緊張を解いてくれたみたいで、樹もちょっとは自信がついたかもしれない。
「フゥ〜、助けてよ〜」
後ろから園子の声が聞こえた、振り返るとそこにはプラグスーツを着た包帯ぐるぐる少女が、まさに半泣き状態で立っていた。
「ぷっぷぷ、園子。その格好なに?」
「これは、ハルるんが無理矢理着せたんだよ〜。なんか初代包帯少女の格好なんだって〜。でも、これボディラインがぴっちりで、なんだか恥ずかしいよ〜」
「すごく似合ってるよ。園子。うんうん。実に襲いたくなるくらいに」
「フゥ〜、なんだか目が怖いよ。それにそのわしわしとした手の動きはなに?」
さすがに私の邪念を察知したのか、園子はジト目で私を見る。それも実に良い味を出している。売り子としてこの上ない。グッジョブ春信先生。
そんな2人のやり取りを見ている人がいた、見たことがない人だ。
私があったことないのは、春信先生の友達のセンセイさんと樹の歌の師匠DAIGOさんだけだ。
たぶん、センセイさんの方だと思った。
「・・・」
彼女はじっと私の目を見る。
「えっと、春信先生の友達のセンセイさんですか?」
彼女はコクリと頷く。どうにも表情が読め無い。
「そうだ。まだ、お礼を言ってませんでしたね。私が病院に入院したとき、樹の面倒見てくれてありがとうございます。樹1人だと心配だったのでとても助かりました」
私のお礼が伝わったのか。センセイさんはにっこりと微笑んだ。ああ、天使がおる。でも、すごく物静かな人だな。さっきから一言も言葉を発しない。私の怪訝そうな顔に、センセイさんは手をポンと叩き、バックからスケッチブックとサインペンを取り出した。
『実は私、声がでないんです』
センセイさんの細い指がスケッチ上にその言葉を書き込んだ。
私はその言葉に困惑していると、樹がセンセイさんに気付いたのか。てくてくと近づいてきた。
「センセイさん、お久しぶりです。お姉ちゃん。この人が前にお世話になったセンセイさんです」
樹が屈託ない笑顔で紹介する。
センセイさんもにっこり笑う。その笑顔はしゃべれないとは微塵にも思えない。
「よ、どうした風ちゃん」
私の肩をポンと春信先生が叩く。
「お、センセイも来ていたのか。今日は宜しく頼むな。樹ちゃん、あっちにDAIGOが来ていたから手伝ってきて。センセイは机の上に同人誌をならべて。園子嬢いつまでもメソメソしない。可愛い顔が台無しだぜ。風ちゃん、ちょっと同人誌運ぶの手伝ってくれ」
提督のコスプレをした春信先生が来た途端。サークルの空気が変わり、あっという間に同人誌が机に並ぶ。そして、即売会の開場の時間が迫ってきた。
「お姉ちゃんドキドキするね」
「フゥ〜、なんだか私もドキドキしてきた」
2人の緊張が伝わる。
「なに2人とも緊張しているの。私はワクワクしっ放しよ」
「そうだよね。今日のお姉ちゃんすごく早起きだったし、昨日も中々寝付けなさそうだったよね」
「へぇー、フゥ〜は遠足を楽しみに待つ子供だね」
「うるさいわね。すごく楽しみにだったんだから仕方ないでしょ」
私は頬を膨らませる。そんな私を見て2人は笑う。2人の緊張が解けたのが分かる。開場のアナウンスが流れた。いよいよ、即売会の開始だ。
数時間後、私たちの同人誌は好調に売れた。そして、昼過ぎにはすべて完売した。
「お疲れ様。まさか、昼前に完売になるとは、ひとえに園子嬢のコスプレ効果が出たのかな。風ちゃんとDAIGOは。先に休憩に入ってくれ。センセイと樹ちゃんは、撤収の準備を。僕と園子嬢は着替えてくるよ」
そう言えば、DAIGOさんと話す機会がなかった。それに、樹の師匠には挨拶しないと。私はDAIGOさんに話しかけると。DAIGOさんはピクッとなる。どうもこの人は春信先生ともセンセイさんとも違う感じがする。
「風君は、戦場の風を感じたことがあるか」
やっぱり、春信先生の友達だった。どこぞのワイルドな口調。そして、口元には何故かココアシガレット。何だろう、とても残念な人な気がする。
「ロックの風が俺を呼んでるぜ。俺の歌を聴け!」
私の周りには変な人が集まる退出なのだろうか。このままいくと、彼は何処かへと消えてしまう。私は、話を変えるべく、話題を振った。
「ところで、DAIGOさんと春信先生、それにセンセイさんとはどういう関係何ですか」
「その話をするためには、彼女のことを話さなければならないな。俺と春信、センセイと彼女は幼馴染でね。勇者になることを夢見て日々勉学に励んでいた。俺も元は大赦の人間でね。君のことも春信から聞いているよ。君が勇者候補で、犬吠埼夫妻の子供であること。そして、今日君にとっては、真実の世界を知ると思う。だけど、春信を責めないでくれ。あいつは、今も探しているんだ。彼女の亡霊を。そして、その亡霊に一番近い君に何かを期待している。それが何かは分からないけど。結城友奈、東郷美森では出来ないことを」
私の端末がけたたましい音を発する。端末を取り出すと、赤い文字でこう書かれていた。
『ー樹海化警報ー』
「あいつの言ってたことは本当だったか。しかも、自分では言わない気だな。なら、俺が取ることは一つ。風君、この世界を守れるのは君だけだ。世界を守ってくれ」
そう言った、DAIGOさんの時は止まり、世界が静止した。淡い花びらが舞い、辺りは一瞬でその姿を変える。私が知っている世界はその時壊れ。そして、勇者候補から勇者へと昇格した瞬間でもあった。
勇者候補であった、結城友奈と東郷美森はいない。私一人で、世界を救うしかない。私は犬吠埼風。勇者、犬吠埼風なのだ。