咲-Saki- とりあえずタバコが吸いたい先輩 作:隠戸海斗
「・・・・・・海底・・・・・・だと?」
この場でそれを初めて見たのはおそらくただ一人、秀介だけだ。
思わず声を漏らしていた。
「どう? 天江衣の能力は?
シュウなら真似できたりするかしら?」
秀介の反応が気に入ったように久が笑顔で話しかける。
むぅ、と考えて秀介は返事をした。
「・・・・・・できない事は無いかもしれんが、あんな面倒くさい真似はごめんだ。
俺ならさっさと上がる」
「やっぱり?」
その返答が分かっていたように久は笑った。
「できない事は無いかも、って・・・・・・」
「・・・・・・そんなオカルトありえません」
咲は苦笑いを浮かべ、和はむーっと顔をしかめていた。
東四局0本場 親・津山 ドラ{7}
10巡目。
(う・・・・・・むぅ・・・・・・)
津山 39900
手牌
{二四①①⑥⑦⑦
チラッと全員の捨て牌を確認し、{白}に手をかける津山。
({白}は既に2枚切れ、持っていても仕方がない。
天江衣の海底を回避するには誰かが鳴いてずらすしかない。
そして鳴いてずらすならできるだけ遅い方が、天江衣も対応できないはず・・・・・・)
と頭で分かってはいるものの、まだ津山には相手の必要牌不要牌を見切る様な技術は無い。
ただ、まだ場に出ていない牌なら誰かの手牌にあるだろうから後で喰いずらしてもらう為に取っておこうか、くらいのものである。
その判断が正しいかどうかも分からない。
聴牌を目指さないわけにもいかないし。
しかしともかくやれることは全部やる。
上手く行ったら、それはそれで一矢報いたと誇れる事だろうし。
ゆみが県大会の決勝で衣と戦った後も楽しかったと胸を張って言えたように、自分も楽しむんだ。
楽しんでくると約束したし。
津山は{白}を手放した。
次巡。
京太郎 26000
手牌
{
(ダメだ、さっぱり動かねぇ・・・・・・)
そのままツモ切りする。
そして上家の小さな少女に目を向ける。
(天江衣・・・・・・決勝を見てた時はただ「すげぇ」だとか「怖ぇ」だとか思ってただけだけど・・・・・・まさか戦う機会があるとは)
フッと小さく笑い。
(・・・・・・・・・・・・どう戦えばいいのか全然分かんねーよ・・・・・・!)
京太郎は一人既に半分諦めていた。
そのまま流れに流れ、16巡目。
マホの手牌から{3}が零れる。
「チー」
衣から声が上がった。
残りのツモ牌は8。
本来海底牌をツモるはずだったのはマホ。
そのマホから衣がチーで一つずらしたことにより、またしても海底は衣となる。
津山手牌
{二四①①①⑥⑦
(動いたか、天江衣。
ならもう{中}を切る頃合い・・・・・・!)
誰か持っていてくれ、と思いながら津山は{中}を手放した。
「ポン!」
京太郎が手牌を晒した
{九九①②③⑦⑧⑨689} {中中横中}
そして{9}を切り出す。
(やった! これで聴牌!)
(これで天江衣の海底をずらした!)
ほっと一息ついたところで津山がツモったのは{七}。
(この状況、誰かが上家から鳴かない限り天江衣に海底は回らない。
天江衣以外の私達はそんな事をわざわざしたりはしない。
なら注意するべきは・・・・・・)
ちらっと下家のマホに目を向ける津山。
(・・・・・・彼女が天江衣の鳴ける牌を切らなければよし)
そんな事を思いつつ{七}をそのままツモ切る。
にやっと衣が笑った。
「カン」
「え?」
カン? 天江衣が?
全員がそう思う中で衣は手牌から{七}を3つ晒す。
新ドラは{⑧}。
そして嶺上牌はそのままツモ切りだ。
カンなんかして一体・・・・・・?
そう思っていた津山は残りの牌の数を見てはっとする。
「コースイン」
「ですわね」
一と透華が呟く。
「カンでツモをずらした上で残りのツモ牌の数も調整。
何度見てもありえねぇな」
純もやれやれと笑う。
そしてそこから先、もう喰いずらせる牌は来ない。
唯一聴牌している京太郎の上がり牌も、衣の手牌と王牌で全て空になっていたのだ。
そのまま、衣は海底牌を手にした。
「ツモ」
パタンと手牌を表にする。
{①②③56
「
2000・4000!」
(やっぱりまた海底・・・・・・!)
(くそ! どうやって対応すりゃいいんだよ!)
津山と京太郎が悔しそうにするのを見ながらも、衣は笑顔を浮かべてはいない。
まだまだ点数を稼ぎたいところだし、それになによりまだマホとは3万点近い差があるのだ。
笑えるような状況ではない。
南一局0本場 親・マホ ドラ{①}
この局、衣は南家。
そして衣の支配力により鳴きの一つも入れられないような状況。
(くっ、手が進まない・・・・・・)
(このままじゃまた・・・・・・)
津山も京太郎も、この辺はどうだ?という牌を切るのだがどちらも鳴けない。
マホも同様に。
だがその目に恐怖や苛立ちは全く無く、むしろ尊敬しているかのようだった。
(・・・・・・凄いです、天江さん。
さっきから全く聴牌できません。
本当に凄い人です・・・・・・!
・・・・・・私もあんな風に・・・・・・)
三人が揃ってどうしようもない中。
「リーチ」
17巡目、衣が終幕を告げる。
そしてやはり誰も抵抗できないまま、海底牌は衣の手に収まった。
{二三四七七②③④234南南} {
「一発ツモ三色、海底撈月!
3000・6000!」
がっくりと項垂れる面子から点棒を受け取り、そして。
「衣の親番だー♪」
南二局0本場 親・衣 ドラ{6}
衣 66900
配牌
{二二四八①⑥3
配牌を受け取り、衣はちらっと視線を上げる。
む?と怪訝そうな表情をする秀介と目が合った。
(・・・・・・志野崎とか言ったな、さっき一をトバしてくれたお礼をしなければ・・・・・・。
そう・・・・・・)
そしてその後、悪いのであろう自分の配牌に気落ちしている京太郎に目を向ける。
(清澄のこの男をトバして、点数を稼がせてもらうぞ!)
クックックッと衣は怪しげに笑って{北}を切り出した。
それから数巡。
{二二三四八①⑥
衣の手は順調に進んでいた。
しかし親番である衣はこのままでは海底牌はツモれない。
どこかで喰いずらさなければと思いながら{西}を切る。
と。
「ポンです」
カシャッと上家のマホがそれを鳴いた。
必然ツモがずれて、そのまま行くと衣が海底ツモとなる。
(ちょ! また天江衣が海底だぞ!?)
(何故喰いずらした!?)
京太郎と津山が避難するような表情でマホを見るが、マホはその視線に気づいていない様子。
(・・・・・・ありがたいな、衣に協力してくれるとは)
クックックッと笑う衣の手はまた進む。
(やばい、何とか鳴かないと・・・・・・!)
(くっ・・・・・・鳴けない・・・・・・!)
京太郎と津山が何とか画策するものの、喰いずらせないし手は進まない。
そしてそのまま17巡目。
「リーチ」
{二二三四⑤⑥⑦
この半荘四度目の海底を狙って、{5}をツモ切りして衣がリーチを宣言する。
(やばい・・・・・・)
(また上がられる・・・・・・!)
諦めかけの京太郎と津山。
そして勝利を確信する衣。
見学している者を含め、誰もが衣の上がりを疑わなかった。
彼女を除き。
「ポンです」
「!?」
「なっ!?」と声を上げてしまった者もいるまさかの事態!
マホ、再び喰いずらし!
(バカな!? 衣の海底を阻止するなんて!?)
ありえない!とマホを睨みつけるも、リーチを宣言してしまった以上もはや改めて喰いずらしをすることも不可能。
衣は仕方なくツモってきた牌をそのまま切る。
京太郎も津山もツモ切り。
そして海底。
手にしたのはマホ。
「ツモです!」
{六七②③④99} {5[5]横5西西横西} {
「海底撈月! 赤1! 500と1000です!」
場が静まり返った。
「・・・・・・う、嘘だろ? 衣が海底を阻止されるなんて・・・・・・」
純と同様、龍門渕一同は揃って驚きを隠せない。
「それどころか自分から海底をツモって上がるなんて・・・・・・!」
「あ、あり得ませんわ! 衣が出し抜かれるなんて・・・・・・!」
「・・・・・・あの少女・・・・・・何者なのでしょう・・・・・・」
それに対し、ほほうと感心した表情を浮かべているのは秀介。
「なるほど、天江衣の海底能力を
これも計画の内かい?と久を見るが、久は久で驚いた表情をしている。
「・・・・・・お前も計算外なのか」
「いや、だって・・・・・・これほどとは思ってなかったし・・・・・・私も生で見るのは初めてなのよ」
「生でって何だよ」
「今までは牌譜だけってことよ」
ふてくされたように言い訳する久。
秀介はやれやれと頭を掻いて卓に向き直る。
「まぁ、ともかくこれで天江衣の親は流れたし。
2位の天江衣に対し17300のリードだ。
あとはこのリードをどこまで維持できるかだな」
「頑張れ、マホ!」
ムロも小声でだがマホを応援する。
不意に今まで静かだった池田が口を開いた。
「先輩、あのちっちゃい子・・・・・・何なんだし!?」
「あの子を誘ったのは久だからそっちに聞いてくれ」
南三局0本場 親・京太郎 ドラ{八}
9巡目
マホ 82200
手牌
{三五六七
(よし、このままリードを取って勝つです!)
{東}を切り出し三色一向聴。
この手を上がれればもはや勝利は目前だ。
オーラス一局ではいくら衣といえどもこの点差を逆転することは不可能。
(和先輩にいいところを見せられるです!)
そんな浮かれた気分で次巡、牌をツモろうとした刹那、その手がカシャッと自分の目の前の山に触れた。
「え? わっ!?」
慌てて押さえる。
どうやら山は崩れなかったようだ。
「・・・・・・危なかったです、失礼しました」
ほっと一息、山を整えたところで{⑦}を切り出した。
「山崩すところだったじぇ」
「気を緩めるからです」
優希と和もほっと胸を撫で下ろす。
下手したら上がり放棄、最悪チョンボ扱いだ。
「毎日必ず何かしらのチョンボするのな・・・・・・」
「一年以上打ってるのに?」
「永遠の初心者だじぇ」
好き放題言いつつも、しかし一先ず何も無くてよかったと安心する一同。
「いや、してるぞ」
そんな一同に、秀介がボソッと呟く。
「何が?」
「あのマホって子」
「マホちゃんがどうしたって?」
「チョンボしてるって」
久の言葉に秀介は苦笑いを浮かべていた。
「・・・・・・え? でも山は崩れてないし・・・・・・」
「ああ、山は崩れなかったけど、その時動揺してたんだろうな。
ツモらずに切った」
・・・・・・・・・・・・
一同は秀介の言葉に揃ってマホの手牌を見る。
{三五六七
「・・・・・・10、11、12・・・・・・一枚足りません。
確かに少牌してますね」
和もあきれ顔でそう言う。
当のマホも気づいたらしく、後ろからでも「あれ? あれ?」と慌てているのが分かる。
「・・・・・・少牌の時ってどうするんですか?」
「普通は上がり放棄でそのまま続行だが・・・・・・」
「いいんじゃない? それで。
続行してるし」
ムロの言葉に秀介と久が答える。
「折角のチャンスだったのに・・・・・・勿体ない事したじぇ」
「本当です・・・・・・」
優希と和は残念そうに頭を抱えた。
「む、リーチ」
そんな残念な空気の中、遠慮なく津山のリーチが入る。
あわあわしながらマホは数巡後、{發}をツモ切りした。
「ロン」
「ふぇ!?」
{一一①②③④[⑤]⑥⑦⑧⑨發發} {
「リーチ發一通赤1・・・・・・裏1、12000」
「あうぅ・・・・・・」
マホは点棒を差し出すとがっくりと項垂れた。
「・・・・・・ホント、残念な形になっちゃったわね」
久がため息交じりに呟く。
「こうなるとオーラスに天江衣が逆転するだろう。
勝負の流れってのは残酷なもんだ」
秀介もやれやれと呟く。
「ま、まだ分かりません」
「そうだじぇ! マホが最後に何か強い人の能力を引けば・・・・・・!」
しかし、そんな先輩達の期待も残念な形で終わる。
南四局0本場 親・津山 ドラ{5}
「ポン」
2巡目、早くも衣が動く。
その動きに秀介がむっと表情を変える。
「・・・・・・もしや今回は海底狙いじゃないのか?」
「そうね、あの動きは速攻高打点の・・・・・・って、あんた天江さんの打ち方知ってたの?」
返事をしていた久が聞き返す。
だが秀介は首を横に振った。
「いや、海底狙いの今までより動くのが早いからもしやと思っただけだ。
というか、あそこまで動きが違ったら誰でも気づくんじゃないか?
さっきの局も一向聴地獄無かったし」
その言葉に、かつて決勝戦でその変化に気づかずに振り込んだ経験のある池田がダメージを受けていた。
そんなやり取りをしている間に。
「ポン」
さらに衣が動く。
そして数巡であっさりと。
「ツモ!」
ジャラッと手牌を倒した。
{②②②⑦⑦⑧⑧} {横白白白⑤横⑤[⑤]} {
「混一対々白赤1! 3000・6000!」
第三試合終了
マホ 64200
衣 76900
京太郎 17500
津山 41400
もしもマホが衣をコピーしたら?
しかもそれで対戦したら?
すっごく興味あったんです。
同じく興味あった人を満足させられたらいいなと思います。