咲-Saki- とりあえずタバコが吸いたい先輩   作:隠戸海斗

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なんか、普段の2倍くらいの文章量です。
分けてみたけどなんかしっくりこなかったんでまとめたまま投稿しました。
時間がある時にお楽しみくださいませ。



32夢乃マホその4 相性と延長

秀介はマホの事を共感能力者(エンパス)と呼んだ。

 

エンパスとは和も解説していたが、相手の感覚や感情を読み取る事に優れた才能のことだ。

 

それは何も対面して話をしたら相手の事が分かるということだけではない。

 

 

一流のエンパスは――超能力が使える時点で異端な存在を一流、二流と格付けしていいのかは分からないが便宜上そう呼ばせて貰う――相手が座っていた椅子や使っていたカップに触れただけで、その人間の感情を読み取ることすらできるという。

 

マホが模倣するのは能力だけではないのかもしれない。

本人も自覚していないので何とも言えないが、その能力の獲得に至るまでの相手の経験や記憶も模倣しているとしたら。

だからこそ、初対面の相手の能力すらコピーすることが可能なのだと言えるだろう。

 

 

だからつまり、マホが秀介の能力を模倣しようとした時に聞こえた声、見えた物。

 

マホが本物のエンパスならば、マホが体験したそれらは秀介が過去に体験した出来事と言う事になる。

 

 

はっきりとは見えなかった、はっきりとは聞こえなかった。

 

だがしかし、あれが過去に体験した出来事だとするならば。

 

彼はどんな過去を・・・・・・。

 

 

 

「・・・・・・点数は?」

「・・・・・・ふぇ?」

 

不意に声を掛けられて、マホはぱちくりと瞬きをする。

周囲を見渡すと同卓のメンバーどころか周囲の応援メンバーもこちらを見ている。

え? 何? と思いながら手元を見た。

 

マホ捨て牌

 

{北1中七⑨34[五]南} {横9(リーチ)}

 

手牌

 

{一二三③④⑤[⑤]⑥⑦⑧567} {②}

 

手牌は全員に見えるように倒されていた。

 

「おお? 上がってます」

「自分でツモって言ってましたよ」

 

あきれ顔の和にマホはわたわたと慌てる。

 

「え、えっと、えっと・・・・・・リーチまでしてるし。

 リーチ一発ツモ平和とタンヤオ・・・・・・は付かないです。

 ど、ドラ! ドラは?」

「ドラは{⑧}。

 リーチ一発ツモ平和ドラ1赤1、裏無しで2本場ですから、3200・6200ですね」

 

その様子に見かねて和が答えを出し、同時に点棒を差し出す。

 

「ご、ごめんなさいです、ありがとうございました」

 

どうやら何か考え事をしている間に、無意識に手を進めていたらしい。

秀介の能力の模倣に失敗した後、和の能力でも引いていたのだろう。

やれやれ、勝負の最中に考え事をするとは。

しかし気になって仕方が無いのも事実。

反省と言い訳を同時にしつつ、マホは差し出された点棒を手に取る。

 

少ない、圧倒的に。

具体的にはあと久の3200と智紀の6200ほど。

 

「あの・・・・・・?」

 

点棒を差し出す気配のない二人に視線を向けると、揃ってはっとした表情で点棒を取り出した。

 

 

「どうもです」と点棒を受け取るマホとその手牌に目を向けつつ、その打ち方を思い返す久。

ちらっと智紀に視線を向けると動揺しているらしい様子がうかがえる。

自分と同様に・・・・・・いや。

 

(・・・・・・シュウみたいな打ち方をしていたことで余計に、かしら)

 

智紀も自分と同じことを感じた故に激しく動揺しているのだろう。

 

今の打ち方。

 

 

(・・・・・・完全にシュウの打ち方じゃないの)

 

 

この局の初め、秀介のあの慌てっぷりとその後の会話から察するに、おそらくマホは秀介の能力を引いたのだろう。

 

多分、デメリットごと。

 

軽い寒気を覚えて久は自分の身体を両手で軽く押さえる。

久は知っている、秀介の能力のデメリット、反動、そのダメージを。

 

それと同じことがマホの身にも起こったら。

それはもうとんでもない騒ぎになる、麻雀合宿どころではない。

 

当の本人秀介もそれを知っているからこそ慌ててその能力を止めさせたのだろう。

それに関しては当然とも言えるし流石とも言えるし、折角の合宿が台無しにならなかった点では感謝してもいいだろう。

 

(・・・・・・でも、途中で止めさせたにもかかわらず、今の打ち方は完全にシュウそのものだった)

 

それはおかしい。

局の初めで能力を止めさせたのならその後の打ち方まで同じになるわけがない。

いや、正確にいえば全く同じだったわけではない。

むしろ配牌後の第一打で長考したり、その後素早く摸打したりする様子はおそらく和の打ち方だ。

にもかかわらず牌の切る手順に違和感がある。

 

手牌を見れば{①}が来れば一通の目がある。

デジタルならば{⑥⑦⑧とつながる⑨}をあの段階で切るのはあり得ない。

さらに平和手なら{34567}の三面張を捨てて{567}の面子に固定しているのもおかしい。

 

だが結果的にそれが最速の上がり。

デジタルらしからぬノーミスの打ち方は秀介そのものだ。

 

(・・・・・・シュウと和の能力が混じってる・・・・・・?)

 

それはそれで疑問だ、複数人の能力を同時に呼び出すなんて。

マホにそんな能力があったら、仮に制御しきれていないとしても中学から既に無名でいられるわけがない、必ず注目を集める存在になっているはず。

それこそ和が高校に進学した今年、全中王者(その跡)を継いでいてもおかしくない。

能力が発動していない時の地の腕前と、初心者の如きミスが重なったとしても。

 

(・・・・・・わけが分からない、こんがらがってきたわ)

 

一旦その事は忘れよう、今は試合が大事だ。

幸いにして先程のマホの打ち方に、智紀が久以上のショックを受けているようだし。

和は相変わらずのデジタル思考で落ち着いているようだし。

自分もとっとと平常心に戻る事に決めた。

 

(・・・・・・気にはなるけどね)

 

 

マホの捨て牌に視線を向けているのは和も同様。

久と同じ切り出し手順の違和感は当然だが。

 

(・・・・・・最後の{南と9}はツモ切りしてのリーチ。

 リーチをかけなければ満貫に届かないけれども、頭以外に牌が重なっていないあの平和手は牌の偏りを考慮しなければ、38.2%裏ドラが期待できます。

 しかしリーチをかける気でいたのならわざわざ2巡も回す意味は無いはず。

 にもかかわらず2巡ツモ切りしてリーチ、その後一発ツモ)

 

ふむ、と牌を卓の穴に流し込みながら小さく息をつく。

 

(・・・・・・大した偶然ですね)

 

視線は向けず、しかし意識は秀介がいるであろう方向に向ける和。

 

(偶然の偏りで上がるような打ち方をしておきながらデジタルを名乗るなど、世のデジタルに敵対しようとしか思えません。

 その上がり方があなたの魅力なのだという事は理解できますけれども)

 

山が出来上がり、和は卓に手を伸ばす。

 

(・・・・・・マホちゃんにはそんなオカルトではなく、堅実なデジタル打ちを身につけて貰いたいのです。

 私の可愛い後輩をたぶらかさないで貰えますか、志野崎先輩)

 

カララララと賽が回った。

ホゥと息をつきながら膝のエトペンをポンポンと撫でる。

賽の目は7、もっとも出る確率の高い目だ。

 

 

 

東二局0本場 親・和 ドラ{3}

 

和 52400

配牌

 

{二五六六七②⑧⑧(ドラ)467南} {北}

 

「・・・・・・失礼」

 

配牌を受け取り暫し考える。

頭一つに両面受けの塔子が4つの三向聴。

タンピン手を狙うには絶好の配牌だ。

それから次に切る牌へ。

候補は字牌{南と北}。

 

他家の配牌13牌で対子ができる確率、それが{南と北}である確率、さらにそれらが南家と北家に都合よく入っている確率。

 

考えるまでも無く、切り捨てて構わない確率。

仮に鳴かれても和のこの手ならこちらが上がる方が早いだろう。

スパンと{南}を捨てる。

 

{二五六六七②⑧⑧(ドラ)46(横7)7北} {北切り}

 

{二五六六七②⑧⑧(ドラ)46(横二)77} {②切り}

 

{二二五六六七⑧⑧(ドラ)46(横5)77} {二切り}

 

 

「・・・・・・{二切り}・・・・・・」

 

未春の呟きに池田が頷く。

 

「あっさりと行ったね、{⑧}と悩んでもいいと思うんだけど。

 ホント、考えるの早すぎじゃない?」

「どういう思考回路してるんだろう?」

「別に思考が早いわけじゃないと思うわ」

 

首を傾げる二人に声をかけたのは、彼女達が敬愛するキャプテン美穂子。

 

「あらかじめ自分の手に有効な牌だけを考慮しておいて、それ以外は全てツモ切りって考えておけばそれだけで悩みは少なくなるわ。

 そして有効牌が来た時はどの牌から切るかも同時に考えておく。

 リーチや鳴きが入った時にはその限りではないと思うけれども」

「なるほどー」

 

池田がふむふむと頷く。

対して未春は疑問を重ねた。

 

「でもツモってから「あ、こう言う受け入れもあるかも」とかって無いですか?」

「私はあるわ。

 でも・・・・・・もしかしたら彼女はその辺も全部考えているのかもね」

 

へぇーと未春が声をあげる。

 

手牌に対するツモを全て考慮し、不要な牌を切る。

 

さながら特定の入力に特定の出力をする機械のように。

 

(彼女の打ち方は私から見ても個性()が全く見切れない・・・・・・。

 デジタルならではの切り出し方からある程度手牌は読めるけど、そんなの麻雀を打っている以上どうしても発生する最低限の情報に過ぎない)

 

それを強さと見るか弱さと見るか。

だが現実に彼女は全中王者(インターミドルチャンピオン)、不安定で揺らぎの激しい成績を残す同年代の頂点に立ったデジタルだ。

和の強みであり魅力だと言っていいだろう。

彼女と対峙したら美穂子といえども癖を見切って狙い打ちすることは不可能と思われる。

 

(・・・・・・まぁ、偽りの癖で狙い打ちされるよりはマシかしら)

 

ちらっと秀介に向けた視線は、ほんのちょっとだけふてくされているように見えた。

 

「じゃあ何で{⑧じゃなくて二}を選んだんですかね?」

 

続く池田の疑問に美穂子はおそらくと断りを入れて解説をする。

 

「原村さんの手牌に対子は3つ、だけど{7は567}の並びで使えるのでとりあえず考慮しないでおくわね。

 残った{二と⑧}の対子のどちらを切るか、捨て牌に目を向けましょう」

 

マホ 54900

捨牌

 

{一西②}

 

久 43400

捨牌

 

{8白⑨}

 

智紀 52400

捨牌

 

{南①東}

 

{一⑨}共に一枚切れ。

色の枚数で言えば萬子が1枚、筒子が3枚。

 

「3人が揃って同じ考えで筒子を切り出したわけではないと思うけど、考えられるのは「手牌に筒子はあるけど端牌が不要で切り出した」か「筒子そのものが手牌に少なくて切り出した」か。

 まぁ、どっちを選んでもいいし仮に外しても確率上そう言うこともある、って感じで割り切るんじゃないかしら」

「つまりどっちでもいいけどとりあえず筒子を選んでみた、みたいなことですか」

 

確率を信仰しているからこそ、当たれば予定通り、外しても偶然と割り切る。

それも強さか。

 

 

「ツモ」

 

{五六六七八⑧⑧2(ドラ)4567} {(ツモ)}

 

「リーチタンピンツモドラ1、4000オールです」

 

そのまま和の上がりとなった。

 

和捨牌

 

{南北②二9二中横7(リーチ)3} {[⑤]}

 

結局{二や⑧}の周辺を引くことも無く、どちらを捨てても正解だったようだ。

{[⑤]}は勿体ないと思えるが、それに引っ張られて他家に上がりを取られるよりは遥かにいい。

この上がりで和はマホをまくって逆に13500点のリード、まずは一歩抜けだした。

 

 

 

東二局1本場 親・和 ドラ{中}

 

「ツモ」

 

この局も和が制する。

 

{二三四四[五]④④234[5]67} {(ツモ)}

 

「リーチタンピンツモ赤赤裏、6100オールです」

 

捨牌

 

{⑨一九發東白八七⑦5横[⑤](リーチ)} {⑥}

 

 

「ほい志野崎先輩、リンゴジュース追加じゃ」

「ん、サンキュー」

 

和の打ち方を見に一時的に卓近くにいたようだが、買い出し――と言っても近くの自動販売機までだが――から戻ってきたまこからリンゴジュースを受け取るなりまたソファーに座りこんでしまった秀介。

大分落ち着いたようだがまだ立っているのは辛いらしい。

 

「以前から愛用しとるようで今更じゃけど、なんでリンゴジュースなんじゃ?」

「麻雀力の補給」

 

まこの問い掛けにもこの返事、相変わらずだ。

 

「まぁ、誤魔化すのは勝手じゃけど。

 さっきの志野崎先輩の対応を見りゃ、そのリンゴジュースがどれだけ先輩にとって重要な(モン)か誰でも察するじゃろ。

 にもかかわらず話してくれんとなると、信頼されとらんのかなーと思ったりするわけじゃ。

 わしに限らず部長とかもな」

 

あえて久の名を出すことで秀介に揺さぶりをかけてみる。

もっともその程度の揺さぶりが通じる相手で無い事は百も承知だが。

 

「・・・・・・そうは言われてもなぁ、特異体質ってことで納得してはくれないかね?」

「むぅ・・・・・・」

 

そうまで回答を拒否されるとそれ以上突っ込めない。

いつものように冗談で誤魔化す空気もなさそうだし。

やれやれ仕方ないかとため息をつき、まこは秀介の隣に座った。

 

「・・・・・・で、どうじゃ? あの卓の様子は」

「マホちゃんといい久といい、さっきから何故かちらちら睨んでくる沢村さんといい、始まってまだそんなに経ってるわけでもないが中々カオスになりそうだな」

 

受け取ったリンゴジュースを飲みながら秀介は答える。

 

「和はどうじゃ?」

 

名前が上がらなかった和について聞いてみると、秀介は少しばかり頭を悩ませている様子。

 

「・・・・・・確かに安定して強いのは認めるけど、正直言えば何故彼女が全中覇者なのか理解できん」

 

そこまで言うか。

一回戦終了時点から和が秀介を敵視しているっぽい事は察していたが、秀介もそれでわざと辛口になっているのだろうか?とまこは秀介の表情をうかがう。

彼は周囲を見渡しながら言葉を続けた。

 

「全国ってのは化け物じみたのがいっぱいいるもんだ。

 この場にだって普通じゃないのが割といる。

 原村さんがそんな化け物を相手に勝っているとは思えん。

 かと言って彼女の年代だけ「そういうの」がいないってわけでもない」

 

そう言うと秀介は何やらメモ用紙にペンで書いていく。

いつの間に用意したのか。

 

「今の局、原村さんの手牌が{二三四四[五]④④234[5]67} {(ツモ)}

 捨牌が{⑨一九發東白八七⑦5横[⑤](リーチ)⑥}

 これの組み合わせをいじくると三色手になる」

 

まこはその用紙を受け取って頭の中で並べ替えてみる。

 

「567の三色か。

 けどそんなもん結果論じゃろ」

「確かにそうだ。

 だが時にはそれを読み切って狙わなきゃならない時もある。

 さっきの原村さんは平和手に受けた結果7翻の跳満手だったが、三色にしていたら平和が消える代わりに三色がついて倍満だ。

 {[⑤]}も手牌で使えるし裏ドラ期待せずに倍満、これは大きいと思わないか?」

「確かにそうじゃけど・・・・・・」

 

デジタルとしての能力は認めるけれども、それだけで全国を制するには実力が伴わないのではないか?という事だろうか。

 

「・・・・・・つまり志野崎先輩はこう言いたいんか?

 

 和が全中王者(インターミドルチャンピオン)になったのは運だ、と」

 

そんな本人が聞いたら絶対に怒るだろう言葉をまこは口にする。

秀介はそれを聞いてフッと笑った。

 

「・・・・・・ま、本人が天狗になってたら言ってやってもいいんだけど。

 彼女はそういうタイプじゃないし、デジタルとして高い実力があるのは俺も認めてるから言わないけどな」

 

その言葉にまこもフッと笑う。

 

「なるほど、後で本人に伝えとくわ」

 

そう言った途端、その手がガシッと握られた。

 

「まぁ、落ち着けまこ。

 お前が黙っていれば全て丸く収まるんだ。

 それともお前は自分が所属する麻雀部にギスギスした人間関係を持ち込もうというのか?」

「言い出したのは志野崎先輩じゃろが」

「明確な言葉を口にしたのはお前だ」

「仮にそうじゃとしても、和ならわしを信じてくれるじゃろ」

「そうなると俺は宮永さんを味方につけて人間関係の悪化を広めなければならないんだが」

「やめんしゃい」

 

 

そんな試合に関係ない話にまで広がってきた二人の事は置いておいて試合に戻る。

 

 

 

東二局2本場 親・和 ドラ{五}

 

「ポン」

 

{中}を鳴いて手を進める和。

この局も調子が良さそうだ。

 

そして7巡目。

 

和 82700

 

{①②③③④⑧⑨(横⑦)244} {中中横中}

 

中のみ聴牌。

だが{⑥}が入れば一通もある。

{⑤}をツモった時フリテンで一通を狙う者もいるかもしれないが、現在リードしているしそんな無茶はいらない。

一先ず{2}を切り出して聴牌。

そして2巡後。

 

{①②③③④⑦⑧(横⑥)⑨44} {中中横中}

 

一通に張り替え可能な{⑥}ツモだ。

躊躇うこと無く和は{③}を切る。

 

「ロン」

 

声が上がった。

 

{三四(ドラ)③④[⑤]⑥999北北北} {(ロン)}

 

手牌を倒したのは智紀だ。

 

「北ドラ赤、5200の二本付け」

「はい」

 

その手が成就しなかった事を特に残念がる様子も無く、和は点棒を差し出す。

 

受け取った智紀はそれを点箱に収めると、大きく深呼吸をした。

先程のマホの上がりによる動揺はようやく収まったようだ。

 

(・・・・・・大丈夫、もう平気・・・・・・)

 

もう一度今度は小さく息を吸い、吐く。

そしてチラッと秀介に視線を向けた。

 

(・・・・・・志野崎秀介・・・・・・見ていなさい)

 

 

 

東三局0本場 親・マホ ドラ{北}

 

「ポン」

 

この局も最初に動いたのは和だった。

 

和 76900

 

{三四四①①456778} {白横白白}

 

{三}を切り出して一向聴。

既に9巡目と中盤だしドラも絡まず安い手だが、親番が流れた今、局を進める安手上がりとしては十分だ。

 

「リーチ」

 

と、上家の智紀からリーチが入る。

 

智紀 48100

捨牌

 

{西八二②④九五一3} {横南(リーチ)}

 

チラリと視線を向ける和が引いたのは{西}。

安牌なので即座に切る。

だが次巡。

 

和手牌

 

{四四①①456(横發)778} {白横白白}

 

「・・・・・・」

 

{發}は他家の捨て牌に一つあるだけ。

役牌待ちリーチとしては悪くない狙い。

しかも仮に和が{四か①}を重ねるかポンして聴牌したとすると、{7を切って3-6-9}の三面張か{8}を切ってのシャボ待ち。

智紀の捨て牌は索子の混一とも判断できる。

そんな時、危険な橋は渡らないのが和。

先程振り込んだ事だし、今回は{四}に手をかけてオリを選択する。

 

「・・・・・・ロン」

 

だがそうはいかなかった。

 

{四六六④④⑥⑥⑨⑨445[5]} {(ロン)}

 

「リーチ七対子赤」

 

現れた裏ドラ表示牌は{⑤}。

 

「裏2、12000」

「・・・・・・はい」

 

二連続の振り込み。

とはいえ普段の和なら特に意に介すことは無かっただろう。

だが点数を差し出す動きが少し遅かった。

それこそ普段から和と交流の無い他校の生徒にも分かるほど。

 

一色手を装い、安牌と思っていたところでの七対子狙い打ち。

割と最近この手を喰らった覚えがある。

 

(・・・・・・先程からこの方、志野崎先輩みたいですね)

 

ようやくそれに思い至る和。

そして同時に思う。

 

(偶然極まりないですね。

 人と同じ打ち方など、狙ったところで上手くいくはずがありません)

 

ちらっとマホの事を思い浮かべたのは秘密だ。

 

(デジタル思考に基づいて行動すれば同じになるのは当然ですが、志野崎先輩の打ち方はそれに該当しない。

 それを真似して上手く打とうなどと)

 

ジャラジャラと牌を卓の穴に流し込みながら思う。

 

 

(そんなオカルトありえません)

 

 

 

東四局0本場 親・久 ドラ{六}

 

6巡目、智紀から声が上がる。

 

「ポン」

 

智紀 60100

 

{一二三五五①③③458} {發發横發}

 

和の捨てた{發を鳴き、8}を切り出して一向聴。

どうやら相性的に智紀は和に対して有利らしい。

その秀介に似た打ち方に変えた影響があるのかは不明だが。

そして9巡目。

 

{一二三五五①③③(横[五])45} {發發横發}

 

{[五]引いて聴牌、3-6}待ちだ。

{①}を切り捨てる。

これでまたもし和から上がれるようなら、逆転して再びトップに立つことになる。

 

のだが、{①}を捨てた途端奇妙な寒気が智紀を襲った。

 

この感覚、以前どこかで味わったような・・・・・・。

 

「ロン、です」

 

パタンと手牌の倒れる音がする。

しまった、和に気を取られていて振り込んだか。

智紀は少し残念そうに対面に目を向ける。

 

対面のマホの手牌と捨て牌に。

 

「リーチ一発」

 

リーチ? リーチなんていつの間に・・・・・・?

 

{六七八八八②③112233} {(ロン)}

 

「平和一盃口ドラ1」

 

はっと記憶が甦る。

確か二日目の個人戦!

今もう一卓で打っているある人物!

 

マホの肩がゆらっと揺れた気がした。

 

「8000です」

「っ・・・・・・はい・・・・・・」

 

ステルスマホ、智紀に炸裂。

どうやら智紀は逆にマホと相性が悪いらしい。

 

 

南一局0本場 親・智紀 ドラ{東}

 

智紀 52100

配牌

 

{一二二三九④[⑤]⑨3[5]7北發} {中}

 

振り込んだ直後のこの局、折角の親番だし上がることで悪い流れを払拭したい。

ドラ表示牌の{北}を切り出して様子見をする。

そしてこの手、思いの外伸びた。

少しずつだが順調に手が進み、9巡目にこの形。

 

{一二三②③④[⑤]12(横①)3[5]78}

 

123の三色一向聴。

{[5]は勿体ないが、④⑤78}いずれかが重なれば平和三色だ。

しかも捨て牌がこれ。

 

{北九中二⑨發⑨八} {[5]}

 

ヤオチュー牌が多く、どこが待ちか分かりにくくなっている。

もしも初めの方の{二切りが一二二三}からの切り出しで下寄りの三色手だろうと察しても、むしろそれは好都合。

123は確定して他の部分での両面待ちなのだ。

リーピン三色赤1はツモれば跳満。

{④が頭になった場合は[⑤]}を切る事になるが、それでも裏ドラが絡めば跳満に届く。

まだトップの和を一撃で逆転できる点差だ。

 

(必ずこの試合、トップで終える)

 

そして三回戦で更に点数を稼いで決勝卓へ。

そこに残っているであろう志野崎秀介を倒す。

 

彼女の一方的で勝手な思いだが。

それが「あの人」に対する彼女の礼儀、そう思っている。

 

 

「リーチ」

 

そんな彼女の想いに対して、妨害者が現れた。

ここまで上がりの無かった久だ。

 

久 33300

捨牌

 

{9九白1中發5南} {横⑨(リーチ)}

 

智紀同様ヤオチュー牌が多く待ちが絞れなさそうだ。

どうするか、と思いながら牌をツモる。

 

{一二三①②③④[⑤]1(横東)2378}

 

ドラの{東}。

役牌ではないし、使えないだろうと思ったらしい和がさっさと切ってしまっている。

マホもその後合わせ打ちをしたのでこの{東}はとっておいても役に立たない。

が、相手は久。

あの悪待ちの久だ。

 

ではどうする?

降りるのか? この手を。

仮に{78を切り出してこの(ドラ)}を頭にできれば、平和は消えるがドラ2追加。

ツモって裏が乗れば倍満まで手が届く。

しかし今も確認した通り和とマホが切っていて地獄単騎。

久が{(ドラ)}単騎待ちだとしたらお互いに抱えあって上がり目0だ。

もしその間に他のメンバーに上がられたとしたら。

 

この最後の親番で降り打ち?

それで果たして勝ち上がれるのか?

 

「あの人」はもちろん、おそらく秀介もこの局面で降りたりはしないだろう。

きっとあっさりと危険牌を切って上がりきる。

志野崎秀介に出来て私にできないというのか。

そんなことで志野崎秀介に勝てると思っているのか。

彼の持ち点は12万点オーバー。

自分はここから倍以上稼がなければならないのだ。

ならばこの最後の親番であっさり降りられるわけが無い。

 

突っ込む。

だが暴挙ではない。

「証明」の為に。

 

そもそもこの局面で敵の上がり牌を引くなど。

 

「・・・・・・ねぇ、そろそろよそ見やめたら?」

「・・・・・・?」

 

不意に声を掛けられてそちらを向く。

 

「沢村さん、あなたは今シュウと麻雀を打ってるんじゃないのよ」

 

そんな久の言葉に、智紀は少しばかり眉をひそめ、視線を落とした。

 

そうだ、卓上に意識が無い者が勝ちを求めるなどおかしい。

勝ちを求めるからこそ卓上に集中しなければならないというのに。

 

「・・・・・・っていうかね」

 

智紀が捨てた{(ドラ)}に対し、久はジャラララと手牌を倒した。

 

 

「そろそろ私の幼馴染に熱い視線送るのやめてくれない?」

 

 

そう言って久は智紀ににっこりと笑いかけた。

 

{四四四六七八②③④⑦⑧⑨(ドラ)} {(ドラロン)}

 

「リーチ一発ドラドラ、裏・・・・・・一つ乗ったけど変わらず8000(満貫)ね」

 

点数を差し出す智紀の顔は少しだけ青かった。

別に卓外に意識を向けていた自分を恥じたわけでもなく、勝利が遠のいたことを残念がっているわけでもなく。

 

単純に点棒を差し出す目の前の相手が怖く感じたから。

 

しかし今の台詞に「きゃー」と顔を赤らめる女子が周囲にちらほら。

少なくともまこは間違いなく頭の中のフィルターを通して「私の幼馴染(カレ)に色目使わないで」と受け取った。

 

「ほほう、部長やりおるの」

 

そう呟いてちらっと秀介の様子をうかがう。

 

「なんか久、怒ってるな。

 いや、楽しんでるのかな」

 

特に変わらない様子でそう答える姿があった。

 

こいつ! 女の敵か!

 

知らない間柄ならまこもそう言っただろう。

だが相手は志野崎秀介。

久を恥ずかしがらせてカーっと赤くなっている姿を見て楽しむ男だ。

きっとこれも後で久をもじもじさせたり照れさせたりするための予行なのだろう。

うん、やっぱり女の敵じゃないか。

まこもそんな久の姿を見ているのは楽しいのだが、きっと同罪ではない。

 

ともあれこれで最下位の久にエンジンがかかった模様。

 

「じゃ、次の局行きましょう」

 

相変わらずの笑顔で和に賽を回すように促した。

その笑顔にはデジタルモード全開の「のどっち」にすら少し表情を変えさせるだけの効果があった。

 

 

 

南二局0本場 親・和 ドラ{白}

 

「ツモ」

 

ジャラッと手牌を倒す久。

 

{④⑤⑥⑧789東東東南南南} {(ツモ)}

 

「リーヅモ南、{東}(裏ドラ)3つで3000・6000」

 

{東も南}も配牌から1枚ずつあったのだが、{南を役牌として残すのはまだしも東}は整理しようとしたタイミングで重ねた。

そこから「何かある」と察して重ね、裏ドラとして乗せる辺り完全に普段の久だ。

{⑧}単騎に受けている辺り絶好調である。

この上がりで一気に2位に浮上。

こうなれば和を捲くるのも時間の問題だ。

 

しかし和も一筋縄ではいかない。

 

 

 

南三局0本場 親・マホ ドラ{③}

 

「ツモです」

 

{七八九(ドラ)④⑤3457899} {(ツモ)}

 

「平和ツモドラ1、700・1300」

 

好配牌だったのもあるが、三色を狙う素振りすら見せずに平和ツモ。

追撃を許さない。

 

そしてオーラスだ。

 

 

 

南四局0本場 親・久 ドラ{7}

 

久 52600

 

{一六七③⑥⑦⑧3348東西} {白}

 

(まずは普通に字牌整理かしら)

 

久が{西}を切るところからこのオーラスは始まった。

 

智紀 40400

 

{一二三六①②⑥⑧5(横七)6南發中}

 

(・・・・・・この手は上寄り)

 

{①}切り、いきなりペンチャン落としから手を進める。

 

和 61600

 

{三五②[⑤]223(ドラ)東北(横⑥)白發}

 

少考した後、{東}切り。

 

マホ 48500

 

{一二八②④⑤116(横5)9南西北}

 

(えっと、南場でマホは今北家だから・・・・・・これがいらないです)

 

{西}切り。

 

そして各々手を進めて行く。

 

 

久手牌

 

{一六七③⑥⑦⑧33(横⑦)48東白} {一}切り

 

{六七③⑥⑦⑦⑧33(横中)48東白} {中}切り

 

{六七③⑥⑦⑦⑧33(横八)48東白} {東}切り

 

{六七八③⑥⑦⑦⑧3(横1)348白} {白}切り

 

 

智紀手牌

 

{一二三六七②⑥⑧5(横8)6南發中} {②}切り

 

{一二三六七⑥⑧56(横9)8南發中} {中}切り

 

{一二三六七⑥⑧56(横四)89南發} {發}切り

 

{一二三四六七⑥⑧5(横7)689南} {南}切り

 

 

和手牌

 

{三五②[⑤]⑥223(ドラ)8北(横2)白發} {北}切り

 

{三五②[⑤]⑥2223(横中)(ドラ)8白發} {中}切り

 

{三五②[⑤]⑥2223(横四)(ドラ)8白發} {發}切り

 

{三四五②[⑤]⑥222(横1)(ドラ)8白} {白}切り

 

 

マホ手牌

 

{一二八②④⑤115(横六)69南北} {9}切り

 

{一二六八②④⑤11(横③)56南北} {北}切り

 

{一二六八②③④⑤1(横4)156南} {南}切り

 

{一二六八②③④⑤1(横[5])1456} {一}切り

 

 

そして巡は進み、聴牌が入る。

 

久手牌

 

{六七八⑥⑦⑦⑧33(横3)46(ドラ)8}

 

(さぁ、行くわよ)

 

{⑦を切って2-5・4}待ちタンヤオ三色に受け、高め平和が付けば最低跳満だ。

しかし、だからこそ。

 

「リーチ!」

 

久の選択は{4切り}、中ぶくれ{⑦}単騎待ち!

リータン三色ドラ1は一発ロンかツモ、裏ドラで跳満。

悪待ちで勝ってきた久、今回の選択は吉か凶か。

 

智紀手牌

 

{一二三四六七八⑥⑧(横一)56(ドラ)8}

 

予想通り上が伸びた。

久と同じく678の三色だ。

逆転されて最下位まで落とされた智紀、ここで今更引く理由は無い。

 

「リーチです」

 

和手牌

 

{三四五②[⑤]⑥1222(横9)(ドラ)8}

 

聴牌、だが既に二件リーチが入っている。

追っかけでリーチをかけるのは危険だ。

トップということもあり、いざという時には降りられるようにダマテンを選択する。

 

マホ手牌

 

{六七八②③④⑤11(横⑥)45[5]6}

 

こちらも聴牌。

このオーラスは全員が同時に聴牌に至ったのだった。

{5}切って三面張。

憧れの先輩達と同じ卓で先制二件リーチ、この状況でテンションが上がらないわけが無い。

 

「リーチです!」

 

同じくリーチ、この状況に突っ込んでいく。

 

三人リーチ!

 

和はリーチこそしていないが同じく聴牌!

 

誰が上がり牌を引くのか。

1人が牌をツモる度に緊張が高まる。

 

 

そして、タァンと{⑦}が表になった。

 

 

{六七八⑥⑦⑦⑧3336(ドラ)8} {(ツモ)}

 

 

「ツモ」

 

戦いを制したのは久。

 

「リーヅモタンヤオ三色ドラ1、6000オールね」

 

 

 

智紀 33400

和  55600

マホ 41500

久  72600

 

 

この上がりで久の逆転トップ。

一同「はぁ・・・・・・」と息をついた。

 

「・・・・・・お疲れ様でした」

「ありがとうございました」

 

智紀と和が揃って頭を下げる。

マホも慌てて頭を下げた。

勝てはしなかったが皆その表情から楽しめたのが伝わってくる。

 

そんな中。

 

「ごめんなさいね」

 

久はそう言った。

何を謝ることが?と一同が首を傾げる。

 

「あの・・・・・・こんな機会めったにないし、こんな事言うの初めてだから少しテンションあがっちゃってるんだと思うんだけど・・・・・・」

 

久はなにやらたどたどしくそう言うと点箱から100点棒を取り出す。

今更点棒を取り出して何をするのかと思いきや、久はそれを卓の端にチャリンと積んだ。

 

「1本場、親の連荘やらせてもらうわ」

 

え?と声が上がる。

何故? 決着はついたんじゃ・・・・・・?

 

通常南四局で親が連荘しても、他の者が上がるまで勝負は続けられる。

その結果他の者に上がられたり振り込んだりして順位転落ということもあるだろう。

だがラス親には「上がり止め」という特権がある。

ラス親が上がった時点で試合を終わりにできる権利だ。

これによりトップに立ったら逆転する機会を相手に与えずに終了できる。

もちろんトップに立たずに上がり止めをすることも可能だ。

これは下手に連荘すると他の人に上がられて順位を落としそうな流れの悪い時や、コンビの合計点を争う場合などに使われるが今は置いておこう。

 

そしてこの上がり止めは権利である。

だから仮にトップに立ってもこの権利を行使せず、親を続行することが可能なのだ。

今回のように、三回試合を終えてその得点の上位4名で決勝を行うというルールの場合には大いに役に立つ。

わざわざ誰もトバないように点数調整をして稼いだ者もいるだろう。

確かにトビはその場で終了だが、逆にその心配が無い時このラス親での連荘で点数を稼ぐのは効果的だ。

 

そういうわけで。

 

「ごめんなさいね、もう少し付き合ってもらうわよ」

 

久はそう言ってウインクして見せた。

それを見て同卓のメンバー、特に智紀が青ざめたように見えたが気のせいだろう。

 

 

 

南四局1本場 親・久 ドラ{⑨}

 

そして続くこの試合、流れに乗っている久が再び制した。

 

久 72600

 

{三四[五]七八九⑥⑦⑧4599} {(ツモ)}

 

「リーヅモ平和赤、裏1つで4100オール」

 

この上がりで更に点差を突き放す。

そしてようやく終わり、ではない。

 

「2本場、行きましょう?」

 

 

 

南四局2本場 親・久 ドラ{2}

 

「ツモ」

 

久 84600

 

{一二三②③④(ドラ)224567} {(ツモ)}

 

「リーヅモドラ3、4200オール」

 

再び続行、そしてやはり。

 

「3本場よ」

 

 

 

南四局3本場 親・久 ドラ{北}

 

さすがに智紀やマホの表情に焦りが出てくる。

そろそろ何とかして止めなければ。

そんな二人の心配をよそに。

 

久 97500

 

{三⑥⑨89東東南南(ドラ)北中}

 

久の手元には高くなりそうな配牌が集まっていた。

配牌は後2牌、どこまで手が高くなるか。

チャンタ、七対子、混一、混老頭。

上を見れば四喜和、字一色も見える配牌。

最低でも満貫は下らないだろう。

 

これを上がれば久の点数も10万を超える。

そうすれば衣に並ぶ。

そして、秀介にも。

 

待ってなさいよ、今追いつくから。

 

秀介に視線を向けると彼と目が合う。

そしてお互いに笑い合った。

 

 

ガッシャーンと音がしたのはその直後だった。

 

え? 何? と全員が揃ってそちらに目を向ける。

 

 

そこには「あっ」という表情のマホと、配牌として持って行くところだった4牌と、それが落下して崩れた山があった。

 

「・・・・・・ご、ごめんなさい・・・・・・」

 

靖子は冷めた目線で彼女に刑を宣告する。

 

「夢乃マホ、チョンボで満貫払い」

「あうー!?」

 

 

 

南四局4本場 親・久 ドラ{八}

 

結局。

 

「ロンです」

「えっ!?」

 

{四四(ドラ)八②②③5[5]西西白白} {(ロン)}

 

「七対子ドラ2赤、8000の四本付け」

 

延長のオーラス4本場は、久が智紀に振り込んで終わった。

 

 

 

智紀 36300

和  49300

マホ 25200

久  92300

 

 

今度こそ一同は礼をして卓を離れた。

 

「ふぅ・・・・・・」

 

一息ついて伸びをしたところで、久は和とマホに笑いかける。

今度の笑いは試合中と違い、普段の柔らかな笑顔だった。

 

「ごめんなさいね、付き合わせちゃって。

 でもこの試合のルール上稼げるときに稼いでおきたかったのよ」

「き、気ニシテマセン・・・・・・」

 

マホは未だに泣きそうな表情で小さく震えていた。

あのチョンボで久の流れを止めてしまったし、怒られると思っているのだろう。

心外な、私は清澄でも有数の心の広さを持っているのよ。

そんな事を思いながら、マホの頭を軽く撫でてやる。

来年になればマホは清澄に入ってくるだろうが、代わりに自分は卒業してしまう。

こうして触れ合う機会は特別に設けない限りない訪れだろう。

だから今のうちにこうして後輩に優しく接しておかなければ。

 

「部長」

 

そんな久に和が声をかけてくる。

 

「何かしら?」

「稼げるときに稼いでおきたかったとおっしゃいましたが、しかし連荘する以上逆転される可能性もあります。

 トップで終わった以上無理をせず終わるのが得策だったと私は思います」

「そ、和らしいわね」

 

流れを掴んで稼げると思ったから、なんて和に言っても一蹴されるだけだろう。

だから特に否定はしない。

ただ自分も取った行動が間違っていたとは思わない、と強い意思で和を見返すだけだ。

和は納得いかなそうだったが小さくため息をついて行ってしまった。

 

まぁ、10万点には届かなかったが稼ぎとしては十分だ。

 

そういえば挨拶をしてすぐに立ち去ってしまった智紀には、どうして秀介をちらちら見ていたのか聞きたかったのだが。

チラッと智紀に視線を送る。

 

(・・・・・・シュウにライバル意識を燃やして無理矢理シュウみたいな打ち方をしてるのかと思ってたけど、もしかして・・・・・・)

 

少しばかり不機嫌そうに。

 

(・・・・・・シュウに気があるのかしら)

 

そんな正反対の事を考えていた。

 

 

久にとって秀介はただの幼馴染。

昨日部屋で寝る前に清澄メンバーにはそう公言した。

よくからかってくるけど優しいし困った時には助けてくれるし、一緒にいて楽しい幼馴染、と。

 

それがただの幼馴染であるわけが無い。

もちろん久はそれをよく知っている。

 

切っ掛けは何だったか、考えるまでも無い。

 

久は彼に大恩がある。

彼に感謝をした。

彼に謝罪もした。

 

それと同時にこの感情を明確に意識した。

 

今しがた改めてまとめた通り、秀介はよくからかってくるけど優しいし困った時には助けてくれるし一緒にいて楽しい存在だ。

多分そこそこ交流を持った人なら同じ意見を持つだろう。

だから秀介が他の人と親しくなるのも分かる。

 

でも、だからと言って「彼女ができました」などと言って女を連れてきたらきっと殴るだろう。

 

卓を離れて秀介の元に向かう。

 

目が合うと秀介はスッと手を挙げて笑いかけてきた。

 

なので同じように手を挙げて笑い返す。

 

 

もしも彼女なんて作ったら許さない。

 

 

 

あんた、

 

 

私とのことは、

 

 

 

忘れたくせに。

 

 




別にヤンではいません。

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