咲-Saki- とりあえずタバコが吸いたい先輩   作:隠戸海斗

34 / 83
34志野崎秀介その10 静観と礼儀

三回戦

第二試合 親順

ゆみ→衣→秀介→久

 

 

親決めが終わり、各々席に着く。

ゆみはちらっと下家の衣に視線を向けた。

 

(天江衣が下家・・・・・・鳴きに対して牌を絞れば上がりの妨害が利く。

 それに山越しも掛けやすいし・・・・・・並びは悪くない)

 

そしてその衣、視線こそ向けないがやはり下家の秀介に意識を向けていた。

 

(しゅーすけとやらが下家・・・・・・鳴きの邪魔も山越しも掛けやすい・・・・・・並びがいい)

 

最後に久、視線を同じく上家の秀介に向ける。

 

(シュウが上家・・・・・・鳴きの邪魔も山越しもされやすい・・・・・・並びが悪いわね)

 

一人小さくため息をついた。

 

(ま、大体シュウと打つ時はこんな配置が多いんだけど)

 

 

席に着き、賽を回すゆみ。

 

この試合を見る者達は改めてその得点に声を上げる。

 

 

ゆみ  59900

衣  118900

秀介 127600

久   92300

 

 

4人合計398700点、まずトビはあり得ない。

唯一ゆみが6万点を割っているが、それでもダブル役満に振らない限り一発で飛ぶことはあり得ない。

まずはこの親番で稼ごうと、ゆみは配牌を受け取っていく。

 

 

 

東一局0本場 親・ゆみ ドラ{二}

 

ゆみ 59900

配牌

 

{[五]七八②③⑤⑥134南南西} {發}

 

好形の平和手。

{六を引いて[五]}が面子に組み込めればリーヅモ平和赤、裏1つで満貫だ。

ちらっと衣と秀介に視線を送る。

お互い目を合わせてはいないが意識しているのは間違いないだろう。

まずは{西}を捨てる。

 

それからゆみの手元には無駄ヅモがそこそこ。

だが配牌がいいのだ、早い段階で聴牌まで至った。

7巡目。

 

{[五]七八②③④⑤⑥2(横六)34南南}

 

赤が面子に組み込める絶好のツモ。

そして聴牌に至ったという事は。

 

(・・・・・・天江衣は海底を目指していないという事か。

 この局は様子見する気か?)

 

秀介の方も動く様子は無い。

こちらも様子見だろうか。

 

(気にはなるが・・・・・・点数が少ない私には様子見なんてしてる余裕は無いしな)

 

タンと{八}を横向きに捨て、千点棒を取り出す。

 

「リーチ」

 

ゆみは果敢に攻めた。

そして3巡後、あっさりとツモ上がる。

 

{[五]六七②③④⑤⑥234南南} {(ツモ)}

 

裏ドラを返すと現れたのは{六}。

 

「リーヅモ平和赤裏1、4000オール」

 

まずは先制を取る事に成功した。

 

 

 

東一局1本場 親・ゆみ ドラ{⑥}

 

続くこの局も、ゆみがあっさりと上がりを取った。

 

{二三四②③④⑦⑦23445} {(ツモ)}

 

「リーヅモタンピン三色、裏無しで6100オール」

 

二連続和了。

これでゆみは久を逆転し三位に浮上する。

点数も9万点を超えた。

衣との点差は18600、跳満ツモで逆転だ。

このままゆみが順調に点を重ねて行けば、試合開始時には遠かった上位陣の背中が見える、むしろ早くも追いつけそうな雰囲気だ。

 

順調に局は進んでいった。

それこそゆみ自身が不安を感じるほどに。

 

 

 

東一局2本場 親・ゆみ ドラ{四}

 

ゆみ 90200

配牌

 

{三五六七九③⑧223589} {北}

 

{北}を切り出し、ゆみは衣と秀介に視線を送る。

 

(・・・・・・まだ動かない気か・・・・・・?

 牽制し合ってるだけで済むような二人ではあるまい。

 そろそろどちらかが動くはず・・・・・・)

 

それとも、折角の直接対決だというのに様子見のまま終わり、決勝まで持ち越そうなんて考えているわけではあるまいな。

ゆみがこうして稼いでいる以上上位に残る為にはこの二人も稼ぐ必要がある。

そうなればぶつかり合うのも必然。

 

(・・・・・・まぁ、様子見してくれるというのならありがたい。

 今のうちに稼がせてもらうだけだ)

 

次巡のツモは{②、⑧}を捨てて手を進める。

 

そして久。

 

久 82200

 

{六七九①②③③⑦6(横⑥)9南北中}

 

(・・・・・・あんまりよくは無いわね)

 

不要なヤオチュー牌が目につく。

逆にいえば切る牌に悩むことはなさそうだが。

 

(・・・・・・相手はシュウと天江さん、それにゆみもいる。

 普通に打ったら勝てなさそうだし、少しくらい変な打ち方してもいいんだけど・・・・・・)

 

さすがにそれが原因で上がりを逃すような真似をしたらもう取り返しが利くような面子ではない。

安全策、まずは字牌から切って行こうか。

{南}に手をかけて捨てる。

 

(この局も二人は様子見かしら?

 どちらかが動けばもう一人も動くだろうし、ゆみみたいに私も今のうちに上がっておきたいんだけど)

 

 

一方の衣。

 

衣 108800

 

{一二三(ドラ)五八④⑦⑨(横⑥)47西西}

 

{⑨}を切った後、ちらっと視線を向けたのは秀介の方。

 

(しゅーすけとやら・・・・・・まだ動かないか)

 

その秀介は特に誰かに視線を向けるわけでもなく、ただ自分の手牌にのみ視線を落としている。

集中していると取るべきか、衣を含めた他の3人が眼中に無いと取るべきか。

 

(・・・・・・生憎と衣は子供よりも親をやる方が好きなのだ。

 だから・・・・・・)

 

ズズズ、と空気が衣を中心に渦巻く。

 

 

(挨拶代わり、先にやらせて貰おうぞ)

 

 

7巡目。

 

ゆみ手牌

 

{二三五五六七②③2(横[⑤])2358}

 

ヤオチュー牌は姿を消したし、無駄ヅモも多少あるが順調に手が進む。

 

久手牌

 

{六七七①①②③③⑥(横四)⑦⑦67}

 

(むぅ・・・・・・)

 

有効牌とは言えない。

が、切り捨てるのももったいないドラツモ。

{①}を捨てる。

 

(・・・・・・どうしたものかしら)

 

ゆみ捨牌

 

{北⑧九九9西} {8}

 

久捨牌

 

{南9南中九北} {①}

 

ヤオチュー牌は不要なので捨てられるのは当然。

だが他にもツモにヤオチュー牌が重なり、久の捨て牌はヤオチュー牌一色だ。

ゆみもあまり手が進んでいる気配は無い。

 

(・・・・・・実はそろそろ様子見を止めてたりするのかしら?)

 

チラッと様子をうかがうのは衣の方。

不敵に笑うその姿。

水位が徐々に上がってくるかのような息苦しさを感じる。

 

 

13巡目。

 

ゆみ捨て牌

 

{北⑧九九9西88中發23}

 

ゆみ手牌

 

{二三五五[五]六七②③(横三)[⑤]235}

 

手が進んでいる、とは言えない。

ツモが手牌と噛み合わないとでも言うべきか。

{三}を切り捨てて同卓メンバーの様子をうかがう。

 

衣捨牌

 

{⑨八④⑧一311[5]3⑤④}

 

秀介捨牌

 

{西東1中9①一⑨②發東白}

 

久捨牌

 

{南9南中九北①白4北東一}

 

特別気になるのが衣だ。

先程から中張牌をピシピシと連打している。

しかもツモ切り。

 

(・・・・・・既に張っていて海底狙いか・・・・・・!?)

 

久手牌

 

{四六七七①②③③⑥⑦⑦67}

 

ツモってきたのは{9}。

 

(惜しいんだけど・・・・・・)

 

ツモ切り。

ゆみも鳴く事はできない。

 

海の底が見えてきた。

 

ツモる、切る。

 

ツモる、切る。

 

ツモる、切る。

 

手は進まないし鳴く事も出来ない。

 

(くっ・・・・・・)

(ダメね・・・・・・)

 

そして17巡目。

 

「リーチ」

 

その宣告がなされる。

やはり喰いずらせない。

そして。

 

「ツモ」

 

{一二三四五六[⑤]⑥⑦78西西} {(ツモ)}

 

「リーチ一発ツモ赤、海底撈月。

 裏1で3200・6200」

 

 

ごくりと唾を飲み込むゆみと久。

跳満ツモ、まずは衣が動いた。

そうなれば次に。

 

(・・・・・・動くのか・・・・・・?)

(シュウ・・・・・・次の局はどうするのかしら?)

 

二人に限らず、周囲からも視線が集まる。

 

秀介は特に目立つ変化も無く手牌を倒し、卓の穴に流し込んでいった。

 

 

 

東二局0本場 親・衣 ドラ{5}

 

この局も、衣の上がりが炸裂する。

 

「ツモ」

 

{三四[五]④⑤(ドラ)5[5]66} {99横9} {(ツモ)}

 

「海底撈月、ドラ3と赤2で6000オール」

 

(また跳満・・・・・・)

 

ゆみは点棒を払いながら衣に視線を向ける。

 

(確かに高い・・・・・・だが南家でない限り天江衣は鳴きが入らなければ海底にならない。

 そして鳴けばリーチや平和一盃口あたりのオーソドックスな役が絡められない。

 必然ドラに頼らざるを得ない)

 

逆にいえばドラを抑えることができれば衣の手は高くならない、そう読める。

県大会の決勝も、咲や池田のカンでドラが絡まなければ海底のみだった手も何度かあった。

 

(・・・・・・ある意味海底狙いの天江衣は南家以外怖くないのかもしれん。

 まぁ、さすがに打ち方を速攻型に変えられると困るが)

 

そんな事を考えながらゆみは手牌を崩した。

 

 

 

東二局1本場 親・衣 ドラ{4}

 

衣 139400

配牌

 

{八八①③[⑤]⑦⑦⑧⑨3(ドラ)6東} {西}

 

{西}を切り出し、衣はチラッと秀介に視線を向ける。

 

(志野崎しゅーすけ・・・・・・)

 

少しばかり不機嫌になる。

 

(・・・・・・何故動かない?)

 

{八八①③[⑤]⑦⑦⑧⑨(横⑥)(ドラ)6東}

 

ツモは{⑥}、一通が目指せそうだ。

東場の親番だがあっさりと{東}を切り捨てる。

 

(衣が動いているのだぞ。

 お前も何かしら、衣を打ち倒すべく動くべきなのではないか?)

 

{八八①③[⑤]⑥⑦⑦⑧(横4)⑨3(ドラ)6}

 

3巡、無駄ヅモが続いたがここでドラを重ねる。

 

(初めてお前と会ったあの廊下で、衣はお前に「何か」を感じた)

 

{6}を切る。

 

5巡後。

 

「ポン」

 

{①③[⑤]⑥⑦⑦⑧⑨3(ドラ)4} {八横八八}

 

久が切った{八を鳴き⑦}切りで面子を崩す。

さらに。

 

「・・・・・・チー」

 

{①③⑦⑧⑨3(ドラ)4} {横④[⑤]⑥八横八八}

 

ゆみが切った{④を鳴いて3}を捨てる。

え?という顔をしているゆみを尻目にこれで聴牌。

 

(・・・・・・お前も、衣の力を感じたはずだ)

 

そしてコースインでもある。

 

(衣は、お前と戦いたいと思った。

 

 お前も、衣と戦いたいとは思わなかったのか・・・・・・?)

 

再びチラッと秀介に視線を送る。

秀介は変わらぬ様子で摸打を続けていた。

 

(・・・・・・衣と戦いたいとは思っていないのか・・・・・・?)

 

点数はリード、そして変わらぬ海底コースの流れ。

衣にとって有利な状況だ。

 

にもかかわらず、衣は視線を落とした。

少しばかり寂しそうに、それでいて不安そうに。

 

 

(・・・・・・お前は・・・・・・衣と打っていて楽しくないのか・・・・・・?)

 

 

そして海底牌。

 

「・・・・・・ツモ」

 

{②}を引き入れて終わる。

 

{①③⑦⑧⑨(ドラ)4} {横④[⑤]⑥八横八八} {(ツモ)}

 

「・・・・・・海底撈月、一通ドラ2赤。

 4100オール」

 

点数を申告する衣、その声のトーンは少しばかり低かった。

 

 

 

「・・・・・・志野崎しゅーすけ」

 

点棒を受け取った後、衣は秀介に声をかけた。

 

「・・・・・・何だ?」

 

声をかければさすがにこちらを向き、返事もしてくれる。

だがそれはそれで辛い。

話はしてくれるのに、この男は衣と麻雀を打ってくれていないのだから。

 

「何故衣と麻雀を打ってくれないのだ・・・・・・」

 

思わず呟くようにそう言う衣。

 

「・・・・・・麻雀を打つ、か」

 

衣の指摘通り、秀介も勝負に出ていない事を認めるかのように呟いた。

 

「衣はお前と・・・・・・しゅーすけと麻雀を打ちたい。

 衣が海底狙いで攻めていて、全く手出しができないような打ち手ではないだろう・・・・・・?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

衣の言葉に秀介は返事をしない。

何かを考えているかのように。

 

「衣は・・・・・・衣とお前が似ていると思ったのだ。

 父君と母君がいなくなったりとか、友達と呼べる者もいなくなったりとか・・・・・・。

 お前が衣と全く同じ境遇だとは思わない。

 けれども・・・・・・過去に何かあったのではないか、と」

 

その言葉に反応したのは秀介ではなく、久だった。

話していた衣に向けられていた視線が少し横にそれる。

衣はそれを感じながら言葉を続けた。

 

「衣がトーカ達に支えられて、咲やノノカに出会って、こうして麻雀を楽しめているように。

 お前も清澄の悪待ちに支えられて、皆と麻雀を楽しめるようになったのではないか、と」

 

一度言葉を区切り、衣は咲に視線を向ける。

 

「・・・・・・衣にとって麻雀は、相手を攻撃する手段になっていた・・・・・・。

 でも咲が教えてくれたのだ、麻雀で遊ぶという事を」

 

キョトンとしていた咲だったが、その言葉に笑顔を浮かべる。

衣も笑顔を返した。

そしてチラッと靖子の方を向く。

 

「そう言えばフジタにも言われたな。

 衣のは麻雀を打っているのではなく打たされているのだと」

 

その言葉に周囲のメンバーも「へー」と靖子に視線を向ける。

 

「ん・・・・・・そうだったかな」

 

何やら恥ずかしげにコホンと咳払いをする靖子。

そんな様子を見ながらやはり衣は笑顔を浮かべた。

 

そして再び秀介に向き直る。

 

「・・・・・・衣はしゅーすけに、衣に似た何かを感じた。

 でもお前がどんな人生を送ってきたのかは知らない。

 お前も衣の事を知らない。

 

 でも麻雀を打てば分かり合えるはずだ。

 咲とだってそうだった。

 それを意識してから打つ時は、トーカ達と打つ時もこの合宿で他の者達と打つ時も、それを感じられるようになった。

 

 だから・・・・・・」

 

衣は少し泣きそうな表情になりながら、秀介の腕に手を伸ばし掴んだ。

 

「・・・・・・衣と、麻雀を打ってはくれないか・・・・・・?」

 

 

衣が誰かにそんな事を言うなんて。

龍門渕のメンバーは全員が驚きの表情を浮かべていた。

彼女達は衣が麻雀を打って理解し合うという事を知る前に出会い、友達となり家族となった。

咲や和とは、彼女たちとの出会いが切っ掛けで衣はそう言う感情を知った。

 

だから、衣が誰かにそんな事を言うなんて初めての事。

 

ましてやそれを言ったのが男ともなれば。

 

龍門渕メンバーは皆穏やかならざる感情を胸に抱えて秀介に視線を向けていた。

 

 

そんな感情を向けられて、秀介はどう答えるか。

 

「・・・・・・悪いが」

 

やがて口を開いた。

 

「麻雀を打たされていた事は一度も無い。

 その感情は生憎と理解できないし、これからもそうだろう」

 

掴まれている腕を振り解くような事はしなかったが、秀介の言葉は理解の拒否を告げていた。

 

「天江衣、人と人が理解し合う事は無いよ。

 時に理解したような気持ちになる事はあるかもしれないがな。

 少なくとも俺は・・・・・・」

 

ポンと秀介は空いている右手を、自身の左手を掴んでいる衣の手に重ねた。

 

「理解した「つもり」以上の感情を、麻雀を通じて誰かに感じた事は無い」

 

 

衣の表情は既に呆然となっていた。

優しく腕を引き離されても抵抗する力も無い。

 

この男は・・・・・・衣はしゅーすけと分かり合う事が出来ないのか・・・・・・?

 

分かり合えば友達になることもできたのに。

 

それを・・・・・・拒否された・・・・・・。

 

 

「・・・・・・でも」

 

不意に声が上がる。

衣からでも秀介からでも無い。

 

「・・・・・・理解する努力はしてもいいんじゃない?」

 

そう告げたのは久だった。

 

「あんただって、私達と散々麻雀で遊んできたじゃない。

 今更天江さんとだけ遊べないなんておかしな言い分だと思うわよ?」

「む」

 

そう言われると、というように秀介の表情が変わった。

不意に久は衣にウインクして見せる。

それを見てようやく衣は理解した。

清澄の悪待ち、竹井久は衣としゅーすけが分かり合うのを助けようとしてくれているのだと。

 

「確かにシュウは、私やヤスコとは知り合ってから麻雀を覚えた。

 あんたが中学で真面目に麻雀打たなかったから、そこで出会いの場が無かったのは仕方なかったとして。

 でもまこや咲達とは麻雀を通じて知り合ったじゃない。

 それにこの合宿で、美穂子や龍門渕さん達とも出会った。

 あれを見てると、あんた麻雀を通じて友人を増やすの得意そうだと思ってたんだけど」

「そうなのか・・・・・・?」

 

むぅ、と秀介は頭に手を当てて少し考える。

 

「・・・・・・それはよく分からないな」

「ならいつも通りにやればいいのよ。

 清澄で咲達と打ったみたいに。

 roof-top(ルーフトップ)で色んな人と打ったみたいに。

 ついでにまこをいじめてたみたいに」

「それはやめて!」

 

離れたところからまこの声が聞こえて、同時に少し笑いが起こる。

 

「ふぅむ・・・・・・」

 

秀介は考え込むような仕草を見せる。

 

「麻雀、打ってあげなさいよ。

 天江さんみたいな強い人と打つ機会、滅多に無いでしょ?」

「・・・・・・ここによく共に打っていたプロがいるんだが」

 

スッと靖子が手をあげてアピールする。

ふむ、と秀介は頷いた。

 

「なるほど、確かに今までそんな機会は無かったな」

「おいこら、何故私の台詞の後に納得した?」

 

思わず歩み寄りたかったが試合中なのでそれは控える。

 

「どう?

 それとも天江さん相手にああいう麻雀を打つのはダメ?

 ダメだったら理由も聞かせて頂戴」

 

久がそう言うと、秀介はため息をついた後に椅子の背もたれに寄りかかった。

 

「・・・・・・互いを理解し合うねぇ。

 それも麻雀を通じて、か・・・・・・」

 

一度緩やかに戻ったような表情が再び、いやそれ以上に険しくなったように見える。

 

「・・・・・・やれやれ」

 

久もため息をつくと、スッと衣に手を向ける。

 

「さ、天江さん。

 続きを始めましょう?」

 

その言葉に衣は溢れかけていた涙をゴシゴシと拭き取り、賽を回すべく手を伸ばした。

 

麻雀を通じて秀介と理解し合うことは難しいかもしれない。

だが久の言葉を受けた秀介の反応を思い返すと、希望はあるはずだ。

なら打つ、麻雀を。

秀介がその気になるまで。

 

カララララと回っていた賽が止まる。

配牌を受け取りながら衣は思った。

しゅーすけを絶対その気にさせる。

その為には・・・・・・海底狙いではぬるいだろう。

 

速攻高打点、それでできれば秀介から上がりを取る!

 

 

 

東二局2本場 親・衣 ドラ{1}

 

衣 151700

配牌

 

{六六八⑦(ドラ)14578西白白} {中}

 

ドラが対子、そして役牌もある。

混一まで行ければ跳満も容易だ。

 

(衣は攻めるぞ、しゅーすけがその気になるまで!)

 

{西}を切り出す。

次巡{中}を重ねる。

これなら行けると{⑦}を切り捨てる。

そしてさらに次巡。

 

{六六八(ドラ)14578(横1)白白中中}

 

ドラ暗刻、{八}を切る。

直後、秀介から{白}が捨てられた。

 

「ポン!」

 

カシャッと晒して{六}切り。

そうだ、相手から本気を引き出したいのなら自分も本気にならなければ。

健気な衣はそう考えて自ら反省する。

 

(麻雀を打って欲しいとお願いするだけではだめだ。

 衣の海底も決して手加減ではないが、しゅーすけから本気を引き出すならこちらの方が!)

 

そして。

 

{六(ドラ)11457(横9)8中中} {白白横白}

 

あっという間に聴牌。

鳴きが入ったが、衣の捨て牌はここから{六}を切ってもまだ5牌。

本当に速攻の跳満手。

 

(どうだ、しゅーすけ?)

 

少しはやる気になったか?とそちらに視線を向ける。

 

 

「はぁ~あ・・・・・・」

 

 

同時に、大きなため息が聞こえた。

なんだ? 衣がここまでしても、まだしゅーすけは退屈なのか・・・・・・?

 

コトンと音がする。

 

「・・・・・・分かったよ、天江衣」

 

ツモ牌が晒された音のようだ。

直後、パタンと手牌も倒された。

 

{二二二三四①②③④⑤(ドラ)23} {(ツモ)}

 

「・・・・・・確かに本気を出すと公言した相手に手加減をするのは無礼だ、済まなかったな」

 

上がり? まさか! と衣の表情が驚愕に染まる。

だって、鳴きを入れた衣よりも早いなんて!

 

だが、同時に嬉しくなる。

 

「ピンヅモドラ1、700(なな)1300(とーさん)の二本付け」

 

やっとしゅーすけが本気になってくれるんだ!と。

 

秀介は衣に視線を送り、告げた。

 

「・・・・・・覚悟しておけよ? 天江衣」

「・・・・・・ああ、負けないのだ!」

 

そう返事をし、笑顔を向けた。

 

秀介もフッと口元に笑みを浮かべた。

 

 

 

東三局0本場 親・秀介 ドラ{3}

 

衣 150200

配牌

 

{二七八①③[⑤]⑥⑧468西白}

 

しゅーすけが本気になった、それは衣にとって嬉しい事。

だがそれ以上にプレッシャーも感じていた。

秀介が本気になった以上こちらも全力で当たらなければならない。

本気を出されたらあっさり負けましたでは済まされないのだ。

 

しゅーすけと分かり合う為に。

 

そんな秀介の第一打は{西}。

久、ゆみの打牌を経て衣のツモ番。

 

{二七八①③[⑤]⑥⑧4(横④)68西白}

 

こちらも不要牌は{西}だ。

同じ牌を捨てる、そんな些細なことで喜びを感じてしまう。

 

(不思議な気持ちだ、トーカ達や咲と打った時にもこんな感じはしなかった)

 

彼女はそれを、自分から相手に「本気を出してほしい」と願った故の感情と思っているだろう。

その感情がどういうものか、将来どういうものに育つか。

 

それは育ててみなければまだ分からない。

 

 

次巡、秀介の捨て牌は{南}。

 

衣手牌

 

{二七八①③④[⑤]⑥⑧(横六)468白}

 

自分の捨て牌は{白}。

さぁ、この手を進めて行こう。

どんな手に育つか、それを考えながら。

 

{二六七八①③④[⑤]⑥(横⑦)⑧468}

 

秀介は{中切り、こちらは二}切り。

秀介の手には字牌が多かったようだ。

ならばこちらが先制を取れる可能性もある。

 

続いて秀介は{①}切り。

順調に手が進んでいる気配を感じる。

こちらも置いて行かれるわけにはいかない。

 

{六七八①③④[⑤]⑥⑦(横⑧)⑧468}

 

少し手を止めて考える。

この手は一通か三色手になると見た。

三色ならば678か。

まだどちらに手を伸ばすのが有効か判断がつかない。

少し考えた後{4}を切り捨てる。

この選択、どういう結末を招くか。

 

そして次巡。

 

{六七八①③④[⑤]⑥⑦(横⑧)⑧⑧68}

 

さて、どうするかと考え込む。

三色狙いなら{①}切りリーチ、一通狙いなら{68}を捨てる。

衣は小さく息を吐いて、暫し山に集中した。

 

この手、どちらなら上がれる?

カンチャン{7}待ちで上がれるのか?

それとも一通に必要な{②⑨}辺りを引いてくるのか?

感覚を研ぎ澄ませる。

 

しかしその感覚に頼り切るのではなく、感覚を選択肢の一つとして受け止める。

選ぶのは自分、天江衣なのだ。

 

じっと山に意識を向けた後、衣は{8}に手をかけた。

 

(この手は、一通だ!)

 

タン、とそれを捨てる。

 

「チー」

 

秀介から声が上がった。

{横867と晒して三}を切る。

同時にその手に聴牌の気配を感じた。

 

(張ったか、しゅーすけ!)

 

三色を目指していたら秀介の手は進まなかっただろう。

だが自分も上がれたかどうか不明だ。

というか、確実に上がれるという感覚などそもそも存在しない。

麻雀とは不確定な領域を楽しむものだ。

確実なんてものは無い。

そして自分は三色ではなく一通を選んだ。

やり直しは効かない、その選択に責任を取らなければならない。

 

だから、楽しい。

 

{六七八①③④[⑤]⑥⑦(横⑨)⑧⑧⑧6}

 

そして衣の選択の答えが出る。

鳴きが入った結果有効牌ツモ、一通聴牌だ。

カンチャンの{②}、待ちは悪いが一通確定と考えればデメリットではない。

リーチ一通赤、ツモって裏一つで跳満だ。

 

ちらっと秀介の手に視線を向ける。

 

秀介捨牌

 

{西南中①九} {三}

 

(・・・・・・12000・・・・・・には届かないか)

 

役か符が足りないのか、衣は秀介の手が満貫に届いていないと感じた。

だがそれに近い手ではある。

 

(タンヤオドラ3という可能性もあるが・・・・・・678の鳴きとあの捨て牌から考えるに・・・・・・)

 

混一・・・・・・いや、{(ドラ)}と同色の染め手ならばむしろ満貫に至っていてもおかしくない。

鳴きを入れて満貫に届かない点数にするなどありえない。

となると。

 

(・・・・・・鳴き三色辺りなどどうだ?)

 

678と鳴いて三色。

タンヤオドラドラと絡めて7700。

 

(それよりも高いように感じるな、しゅーすけの手牌は)

 

単騎待ち、カンチャン待ち、中張牌の暗刻、ツモ。

それらが絡めば11600。

 

(・・・・・・その辺りか)

 

しかし三色なら三色で怖くない。

{⑧}は衣の手に3つ、さらにゆみの捨て牌にも一つあるのだ。

仮に678の三色ならば{⑧はカラ、待ちも⑤-⑧}の一本に絞りこめる。

安目ならば一気に点数が落ちてタンヤオドラドラで3900。

 

もっとも鳴き三色だと読んだ場合であり、他にも役牌や赤を抱えてギリギリ満貫に届かないという事もある。

 

(いずれにせよこの段階では100%当たりを回避することなど不可能。

 ならばやはり・・・・・・)

 

攻めるに限る。

衣は{6}に手をかけた。

 

「リーチだ」

 

さぁ、しゅーすけはどうする?

鳴きを入れている以上リーチはかけられない。

いざ危険牌を抱えたら降りるという事もある。

逆にいえば逃げ道がある。

その点衣は逃げ道を自ら閉じた。

その些細な覚悟が今後の展開を左右するという出来事も、麻雀ではある事。

 

危険牌と当たり牌、どちらを掴んだかで反応は変わるが、果たして秀介はその時どう動くのか。

回るのか、それともこちらの待ちを読み切って攻めてくるのか?

 

いや、その可能性を考えるのは不要。

何故なら。

 

「リー棒は不要だ、ロン」

 

その手牌が倒されたから。

 

 

{五六七⑤⑥⑦(ドラ)357} {横867} {(ロン)}

 

 

「タンヤオ三色ドラ2、11600」

 

 

その上がりに周囲から「おー」と声が上がる。

678に意識を振って567の三色上がり、それがここにいるほとんどの人間の認識だろう。

 

それに気付いたのは同卓のメンバーと、散々狙い打ちされた美穂子やデジタル思考の和、透華、そしてプロの二人くらいか。

 

ゆみはごくりと唾を飲み込んだ。

 

(・・・・・・その上がり形で鳴きが入るだと・・・・・・?

 そんなことがあり得るか!)

 

美穂子も同様に。

 

(鳴く前の手牌は

 {三五六七⑤⑥⑦(ドラ)35677}

 この形。

 十分面前で進められたというのに・・・・・・!)

 

透華も驚きを隠せない。

 

(面前で三色確定、ツモによってはタンピン三色ドラ2の好形だったのでは!?)

 

靖子と久に至っては既に見慣れた光景。

 

(なのにわざわざ鳴いてカンチャン{6}待ち)

(それはつまり・・・・・・シュウが天江さんの手格好を見切っていたという事)

 

衣は自分の手牌に視線を落とした後、秀介の手牌に目を向ける。

 

(・・・・・・衣が三色と一通で悩んでいる段階からその手の形を見切っていたんだ・・・・・・。

 {8を切ったらその後6}も出てくると。

 そのカンチャン落としを見切ったからこそ{8をチーして6}で打ち取り)

 

一点読みの狙い打ち。

まるで日本刀ででも切られたかのような読みの鋭さを衣は感じていた。

 

その視線は徐々に秀介の顔の方に。

フッと笑う秀介と目があった。

 

(・・・・・・これが・・・・・・しゅーすけの本気か!)

 

衣も嬉しそうに笑って点棒を差し出した。

 

(・・・・・・あれ? 何だろう・・・・・・?)

 

その光景を見ていて、久はふとおかしな感覚にとらわれた。

 

何だろう、なんだか凄く・・・・・・。

 

(嫌な予感・・・・・・胸騒ぎがする・・・・・・)

 

秀介に視線を送るが特に変わった様子は無い。

晴れやかな笑顔で受け取った点棒を点箱に収める。

 

ただし、仕舞ったのは受け取った11600の内11400だけ。

その手には二本の100点棒が残った。

 

「・・・・・・あ・・・・・・」

 

衣が声を上げる。

その光景を見るのは本日二度目だ。

 

そうか、やはりこれがこの男の本気のサインなのだ。

それを自分との対局中に見られて、衣はぱぁっと笑顔を浮かべた。

 

チャリンと一本を卓の端に積み、残る一本は口元に。

 

「中々盛り上がる戦いになりそうだな。

 ちょっと一服・・・・・・」

 

そして、それを銜える。

 

 

「・・・・・・タバコが吸いてぇな」

 

 

「・・・・・・高校生でしょ、成人まで待ちなさい」

 

 

いつもの台詞を、しかし少しだけ思い悩んだかのように久は口にした。

 

何かいつもと違う感じがする。

 

その不安は美穂子に対し秀介が本気を見せようとしていた時にも感じたもの。

 

 

(・・・・・・シュウ・・・・・・まさかと思うけど・・・・・・あんた・・・・・・)

 

 

 

ゆみ  73000

衣  138600

秀介 119100

久   68000

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。