咲-Saki- とりあえずタバコが吸いたい先輩 作:隠戸海斗
・・・・・・私・・・・・・今・・・・・・シュウに告白された・・・・・・?
秀介の言葉の意味をようやく理解したのか、固まっていた久の表情が徐々に驚きに変わっていき、それと同時に赤くなっていった。
「・・・・・・な・・・・・・な・・・・・・な・・・・・・」
「ん? どうした? 返事を聞かせて欲しいな、久。
それとももう一回聞きたいのか?」
ハハッと秀介が笑いかけてやると、久の顔は一気に真っ赤になった。
それこそボンッと湯気が上がるほどに。
しかしそこから慌てたり声を荒げたりするようなことはしない。
顔は赤いまま、視線があちこち彷徨い、やがて俯く。
「・・・・・・あ、あの・・・・・・」
ちらっと上目づかいで秀介を見ながら、久は小さく聞いた。
「・・・・・・今の・・・・・・ホント?」
「ああ、ホント」
いつもと同じようなノリで返事をする秀介。
だがその目はどことなく真剣。
そのギャップが、いつもと違って真剣に言ってくれたんだと感じさせてくれる。
最初にそれを言おうとしたのは久。
それを断ったのは秀介。
それでも諦められなくて、振り向いてもらおうと今まで以上に一緒にいる時間を増やして。
同じ学校に行って同じ部室で同じ時を過ごして。
それからお節介なまこが同じ学校の同じ部に入って。
久の努力と、それから偶然や何かの気まぐれも混じっているのかもしれない。
でも、結果として秀介は久に振り向いてくれたのだ。
それが嬉しくて、嬉しくて。
「どうしたんじゃ? 久」
「ひゃっ!?」
不意にまこに声をかけられて久が飛び上がる。
その反応にまた首を傾げるまこ。
「顔が真っ赤じゃぞ。
なんかあったんか?」
秀介の方を見てみるが、まこから見れば秀介はいつも通り。
なんじゃろう?と首を傾げるばかり。
「な、な・・・・・・何でも無いわよ・・・・・・」
ぼそぼそとそう言いながらくるっとまこに背を向ける。
危ない、危うく泣いちゃいそうだった。
周りを見れば他にも人がいる。
秀介の告白は他の人には聞こえていなかったようだ。
しかしあのままだと久は泣きながら秀介の胸に飛び込んで「やっと言ってくれた・・・・・・嬉しい! シュウ! 私も大好き! 抱いて!」とか言っちゃってたかもしれない。
いや、そこまではさすがに言わないって。
久は必死に一人突っ込みをして心を落ち着ける。
しかしそれに近いことは言ったかもしれない。
これだけの人がいる前で。
しかもそのうち一人は後輩にして親友のまこ。
そんなこと絶対にしない!とは言い切れない。
危なかった。
そんな真似をしたらそれこそまこはおろか常連客達にもどんな反応をされるか。
二度とこの店に来られなくなるところだった。
「で、返事は?」
「返事?」
しかしそんな心境を知ってか知らずか、秀介はまこがいるにもかかわらず返事を求めて来た。
多分わざとやっている。
恥ずかしがる私を見て楽しんでやがるんだわ!と久は赤い顔のまま悔しそうにする。
これが惚れた弱みというやつか、ぐぬぬ。
しかしこんな状況とはいえ返事をしないわけにはいかない。
なんせ自分の気持ちを伝えてから2年以上待ち望んだ相手からの告白なのだ。
なんとかまこに悟られないようにと注意しながら言葉を考える。
「・・・・・・わ・・・・・・私もよ・・・・・・」
これが精いっぱい、これ以上は無理。
でも伝わったでしょ?と秀介の顔をチラッと見る。
「ん? 私も、何だって? ちゃんと言ってくれるか?」
「二人して何を話しとるんじゃ? 気になるなぁ」
まこが注目しているこの状況できっちり告白しろというの!? あんたは!!
しかしそんな事を怒鳴ることはできない。
こんなところで告白されただの返事をしただの、まこに悟られるわけにはいかないのだ。
お節介焼きのまこだ、どうせ久の態度からその内悟るに違いないのに久は無駄な足掻きを続けていた。
そんな久の頭に秀介の手が乗せられる。
「冗談だ、嬉しいよ、久」
ぽんぽんと撫でられるとくすぐったいような安心するような。
子供の頃から何度頭を撫でられただろうか。
高校生になってからは初めてだっただろうか。
たったこれだけの事で安心してしまう。
まったく、これだから私はこいつが好きなのだ。
そんなこと本人にも言えないけど、と久はつーんと顔をそむけつつも大人しく撫でられ続けるのだった。
一方の秀介も平静を装ってはいるがその心の内はそれどころではない。
これが告白というものか。
前世から合わせて初めての体験だ。
未だ胸がどきどき言っている。
表情に出さないようにするのが精いっぱいだ。
誤魔化しついでに久をからかうが、気を抜くといじめすぎて泣かしてしまうかもしれない。
加減をしつつ、しかし初めて味わうこの感情を楽しんでいた。
「ま、無事に終わったことだし」
秀介はそう言って久に手を差し出す。
「帰ろうか、久」
手をつなごう、と言うのか。
久は少し戸惑いながらもその手に自分の手を伸ばす。
しかし、その手が触れ合うことは無かった。
「ん・・・・・・」
秀介の視界がくらっと揺れる
少し勝負に熱くなりすぎたか、と頭に手を当てる。
そして、久への告白による胸の高鳴りと、先程まで川北へ抱いていた複雑な感情が入り混じっていて気付かなかったが。
胸の奥からこみ上げてくる。
前世はそれが原因で死に、今回の人生でも子供の頃に軽く一回。
そして、久を助ける為に全力で使った能力の代償。
今回も思ってたより無茶したか。
そう思うと同時に。
「げほっ!」
ガタンと膝をつき、口元に手を当てる。
それでも指の隙間から血が零れる。
「シュウ? どうしたの・・・・・・?」
心配そうな久の声が遠く聞こえる。
ああ、くそ。
恋人になった久と手をつないで帰るという些細な希望が叶わないのは少し寂しいな。
「がふっ!!」
喫茶店の床を血まみれにしながら意識を失った。
久はただその光景を見ていることしかできなかった。
そして倒れた秀介を見ていると、以前にも同じことがあったことを思い出した。
「・・・・・・し・・・・・・シュウ・・・・・・?」
手を伸ばしてその身体を揺する。
それも確かあの時やったこと。
「シュウ!! しっかりして!!」
「志野崎先輩!? どうしたんじゃ!?
誰か!! 救急車を!!」
勝利の余韻から一転、喫茶店は全く別の理由により騒ぎになった。
搬送された病院は以前秀介が入院したのと同じ所。
そして担当した医者も同じ人。
その答えも。
「・・・・・・原因は・・・・・・不明です・・・・・・」
一歩踏み出そうとした久を、連絡を受けて駆けつけた靖子が止める。
そして言おうとしていた台詞も代わりに言う。
「それでも医者か」
「・・・・・・済みません」
ともかく、と医者は説明を続ける。
「検査の結果肺の血管が裂けて、そこから吐血したものと思われます。
が、それであの失血量は異常、他にも何か理由があるはずですが・・・・・・」
「・・・・・・その理由は不明。
肺の血管が裂けたその原因も不明。
・・・・・・前回と同じか」
靖子はため息をつく。
医者は頭を下げることしかできない。
「突然こんなことが起こるなどウイルスくらいしか考え付きません。
しかしウイルスの反応も無し・・・・・・」
ガッと靖子が医者に詰め寄った。
「・・・・・・前回もそうだ。
二ヶ月もかけて原因が分からないまま退院・・・・・・病気かどうかも分からずに・・・・・・。
あれから二年以上経って・・・・・・またこの
医者に怒鳴り付ける靖子。
それをぐいっと引っ張って引き離したのは久だった。
「・・・・・・シュウは・・・・・・」
呟くように、言い聞かせるように、久は口を開いた。
「・・・・・・変わらなかった・・・・・・。
今までみたいに笑ったし、楽しそうに麻雀を打ったし・・・・・・。
あんな怪我をして・・・・・・あんなに血を吐いたのに・・・・・・シュウは・・・・・・ずっと・・・・・・笑ってたの・・・・・・。
だから・・・・・・あの時退院してもよかった・・・・・・って・・・・・・そう思いたい・・・・・・」
「・・・・・・私だってそうだ」
久の言葉に靖子もそう言う。
「あの時あんなに血を吐いて、三日も意識が戻らなかったのに。
さらに怪我まであったのに、そんなもの感じさせないように笑っていた。
退院してからも楽しそうにいつも笑って・・・・・・。
・・・・・・まぁ、私はどちらかというとやられてばかりだったがな。
それでも楽しかった、あいつと麻雀を打つのは」
最近家で麻雀を打つことも無くなって寂しい思いをしていた両親も頷く。
「・・・・・・だから・・・・・・」
ポロッと涙を流しながら、久は呟くように言った。
「・・・・・・また・・・・・・シュウに笑って欲しい・・・・・・!」
それは全員が同じ思い。
スッと靖子は医者に頭を下げた。
「・・・・・・済みませんでした、先生。
あいつに・・・・・・シュウに最善の治療を施してやってください」
そして、秀介への検査と治療が始まった。
それも前回と同じ。
久がそれにずっと付き添っていたのも同じ。
ただ違うのは、今回は三日経っても、五日経っても、一週間経っても、
秀介が意識を取り戻さなかった事だ。
そしてまた、医者は新たな宣告をする。
「・・・・・・出血が前回よりも多く、それにより身体全体が酸素欠乏症に陥り、特に・・・・・・脳に障害が残る可能性があります。
現在は輸血と薬により安定していますが・・・・・・」
「・・・・・・障害というと、どのような・・・・・・?」
靖子の問い掛けに、医者は頭を下げながら答える。
「・・・・・・どの程度かは意識を取り戻してから問答をしてみないと・・・・・・」
靖子は壁を殴り、唇から血が出るほどに噛み締めた。
久は病室で秀介に付添う。
ただ今日は膝を抱えて、少しばかり目が虚ろ。
「シュウ・・・・・・」
意識を取り戻さない秀介に、久は話しかける。
「・・・・・・私の事忘れたりしないでしょうね・・・・・・?」
もしそうだったら許さない。
抓ったり叩いたり殴ったり、歯形が残るほど噛みついてやるんだから。
二度と忘れられないように・・・・・・。
「・・・・・・ん・・・・・・」
目を覚まし、身体を起こす久。
前回同じようなことになった時は三日。
その三日間でもどれだけ不安になった事か。
それが一週間以上だ、不安も疲労もピークになろうというもの。
ずっと学校を休むというわけにもいかないし、朝早く起きて秀介の様子を見てから学校へ行き、学校が終わったらすぐに病室へ、そのまま面会時間の終わりまで。
休みの日は朝からずっと付き添っている。
時々話しかけたりはするが当然返事は無い。
ずっと一人で話して。
それからずっと黙って一緒にいるだけで。
久の母親はもちろん秀介の両親も、このままでは久も倒れるのではないかと不安で仕方がない。
だが誰一人として久を説得できない。
「・・・・・・今日こそ、きっと目を覚ますわよ」
久はそう言って笑って病室に入るのみ。
靖子としてもそんな久の姿は見ていられない。
久がいない時間帯に秀介の様子を見に来て、こっそり呟く。
「・・・・・・シュウ、とっとと目を覚ませ。
でないと・・・・・・今度は久も危ない」
呟くというか、秀介にも聞こえるような独り言。
当然返事は無い。
ピクリとも身体は動かない。
それが無性にイラつかされて。
それが無性に悲しくて。
そしてまた呟く。
「・・・・・・私や、お前の両親も心配している。
だが何より・・・・・・
久の為に、目を覚ましてはくれないか・・・・・・?」
当然返事は無かった。
秀介が再び倒れてから八日目が終わろうとしている。
時間は今日もまた、まもなく面会時間終わり。
今日こそは目を覚ましてくれるはず。
何度も何度もそう思った。
・・・・・・現実とは非情なものね。
涙はもう枯れたように流れてこない。
その代わり今日もまた少し心が死んでいくのだろう。
秀介が目を覚まさない限り。
また以前のように、「起きたか、久」と軽く挨拶をしてはくれないだろうか。
「起きたか?」
「・・・・・・え?」
ワンテンポ遅れて振り向く。
痛そうに頭を押さえてはいたが、起き上がってはいなかったが、確かに目を開けてこちらに視線を向けている。
「・・・・・・迷惑をかけたみたいだな」
「・・・・・・シュウ・・・・・・!」
ついさっきまで泣けなかったのが嘘のように、久はまた彼に泣きついた。
あの時と同じように。
そしてちょうどそんなタイミングで、病室のドアが開かれた。
「・・・・・・久、そろそろ面会時間も・・・・・・」
「久、そろそろ帰れ。
シュウが心配なのは分かるがお前まで体調を・・・・・・」
入ってきた二人も、優しく久の頭を撫でるその男の姿を見た途端に固まり。
「・・・・・・やぁ、まこと靖子姉さん」
少し弱々しく手を挙げる姿に思わず駆け寄るのだった。
「・・・・・・ところで・・・・・・久、今日は何日だ?」
よしよしと頭を撫でながら彼は問いかけた。
こんな時に?と久は少し不満気だったがすぐに思い至る。
不安だったのは自分だけじゃない。
秀介の両親も自分と同じくらいに不安だったはず。
まこも靖子もこの場で「よかったよかった」と心底安堵しているし。
なら彼の事だ、どれくらい迷惑かけてしまったのかなんて考えているのかもしれない。
普段はいじわるなところがあるが、優しい男なのだ。
久は涙をぬぐいながら日付を伝える。
彼の表情が苦笑いに変わった。
「・・・・・・前回は三日だったのにな・・・・・・」
「・・・・・・そうね」
「そうだぞ、シュウ」
久も靖子も頷く。
今回は八日も待たせて。
どれだけ不安にさせられたか!
何てことを言ってやりたかった。
「九日も経ってるのか」
「・・・・・・九日?」
一日多くない?と久は首を傾げる。
日付の数え方を間違った?
でもあの日はまこの喫茶店で麻雀を打って、久に告白して、血を吐いて倒れてから病院に担ぎ込まれて。
一連の出来事は日付をまたいでいないし、間違える要素は無いと思うのだが。
試しに聞いてみる。
「八日でしょ? しっかりしてよ」
しかし今度は彼が首を傾げる番。
「・・・・・・お前とまこと部室で麻雀打ってたのは覚えてるんだが」
むむ、と考え込み、彼は久に問いかける。
「なぁ、八日前って何があった?」
あとそれから確認したいんだが、とさらに言葉を続ける。
「俺は何で病院にいるんだ?」
・・・・・・どういうこと?
わざわざ推理してまこの家の喫茶店まで来て、あの男達を追い出す為に麻雀を打って、それから・・・・・・その、私に告白をして・・・・・・そして血を吐いて倒れて・・・・・・。
あれだけの出来事を忘れた?
それとも記憶が食い違っている?
「脳に障害が残る可能性があります」
不意に久は医者の言葉を思い出した。
この物語はフィクションです。
実際失血が原因で記憶喪失になるかは知りません(