咲-Saki- とりあえずタバコが吸いたい先輩   作:隠戸海斗

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既存キャラの過去を考えるだけでこれだけの話が作れる。
オリキャラを混ぜる話も好きだけど、こう言う話を延々と考えるだけでも十分楽しい気がします。
まぁ、この話は既にオリキャラが混ざっちゃってるんですけど(



19沢村智紀その1 憧れと感謝

彼女は麻雀卓に牌を並べる。

そうしておいて膝に抱えている自分の孫に楽しそうに笑った。

 

「ほぅらね、これで完成」

 

それは膝に抱えられた少女にはまだ少し早い確率の計算。

麻雀においてはデジタル思考と呼ばれるものだ。

だが少女はそれを見て目を輝かせていた。

どうやら気に入ったらしい。

 

「おばあさま、わたしもこれができるようになりたいです」

「うんうん、きっとできるようになるよ。

 何せ私の孫だからね」

 

それからも彼女は孫に麻雀のことをあれこれと教えていった。

それはそれは楽しそうに。

そしてそれを教わる少女も楽しそうに笑うのだった。

 

「おばあさま、どうしてこんなにいろいろなことをしっているのですか?」

「私も教わったからよ」

「だれに?」

「んー・・・・・・先生かしら」

「せんせい?」

 

それは、相手の事を何と呼ぶべきかと悩んだような言い方。

彼女が勝手にそう呼んでいるのかもしれない。

 

「どんなひとだったのですか?」

 

少女の言葉に、彼女はその人物の事を色々と少女に語る。

それは今までで一番楽しそうな笑顔で。

 

「そのせんせいっておとこのひとですか?」

「あら、分かっちゃったようね。

 どうして分かったの?」

「・・・・・・なんとなく?」

 

彼女は少女の頭を撫でながら言った。

 

「そうよ、男の人だったわ。

 とっても素敵な男の人」

「・・・・・・すきだったのですか?」

「お爺さんが私の前に現れるまではね」

 

ふふっといたずらでもしているかのように彼女は笑った。

 

自分に麻雀を教えてくれた、そんな彼女の楽しそうな笑顔がとても印象的で。

 

だから少女は、自分の祖母にそんな顔をさせるその人物にとても興味を持ったのだ。

 

「わたしもそのひとにあってみたいです」

 

そう言うと彼女はとても残念そうに首を横に振った。

 

「あの人はもういないわ。

 お空のお星様になっちゃったのよ」

 

そう言って窓から外を眺める。

 

「私ももう一度会いたいなんて思うけどね」

 

少女はそんな彼女の寂しそうな表情につられて空を見上げる。

 

「とても麻雀が強くて、面倒見がよくて素敵な人」

「・・・・・・そのひとのおなまえは?」

 

「新木桂さんっていうのよ」

 

 

その日、その名前が少女の胸に刻まれた。

 

 

 

少女が中学生の時、一つの出会いがあった。

 

「初めまして」

 

彼女の名前は知っていた。

むしろこの学校に通っている身として知らぬ者はいるまい。

この学校と同じ名前を姓に持つ者、それに加えて成績優秀者であり気品あふれるお嬢様であり、そして時折それが崩れて現れる年相応の素の表情。

帰来持つカリスマ性に不思議なキャラクター性が合わさり、同じ学校の人間で無い人物の間でも彼女は有名だった。

そんな彼女に少女は声をかけられた。

 

「私、龍門渕透華と申します」

 

存じております、と少女は頭を下げて一応自己紹介をした。

 

「単刀直入にお願いしますわ」

 

彼女はそう言ってこちらを指差し、告げた。

 

「私の従姉妹のお友達になっては頂けません事?」

 

それは不思議なお願いだった。

「私とお友達になって貰えませんか?」というのなら分かる、十分に分かる。

その高い能力と変わったキャラクター性から人が近づきにくく、友達ができないので適当に通りがかりの人物に声をかけてみた、なんて話で小説が一本書けそうなほどよくある話だから。

もっともその場合の台詞は「私がお友達になってあげてもよろしくてよ!?」というのが定番である。

 

だが従姉妹の友達になって欲しいとはどういう事か。

彼女は詳しい話をせず、くるっと少女に背を向けた。

 

「もし興味がおありでしたらいらしてくださいまし。

 衣に直接お会いした方が分かりやすいでしょうから」

 

そう言って彼女はすたすたと歩き出してしまった。

そんな怪しい話を聞いてついていく人物がいるのだろうか、と少女は首を傾げる。

怪しい、だが気にはなる。

そして何より少女が見たところ、彼女は悪い人物では無い。

だから、彼女について行くように少女は歩みを進めた。

 

彼女がちらっとこちらを振り返り目が合う。

クスッと笑って彼女は再び前を向いた。

 

やはり、ついてくると思った。

 

そんな風に考えていると一般人は思う事だろう。

決して人間観察が趣味だったり人付き合いが多い方では無い少女は、しかし全く別の考えを思い浮かべていた。

 

ついてきてくれてよかった、これで来てくれていなかったら恥ずかしかった。

 

そんな安堵の感情を少女は彼女に感じた。

それが何となく微笑ましくて、やっぱりついてきて正解だったかななどとほのかに笑みを浮かべた。

 

 

案内されたのは彼女の家、その別館。

道中彼女は背の高い女性に呼び止められていた。

 

「あら、井上さん。

 丁度よかったわ、一緒にいらしてくださいまし」

「あのな、呼び出しておいて待たせておいてその一言はどうなんだよ、お嬢様」

 

女性は呆れ交じりに嫌味を含んだ表情でそう返す。

 

「先日伝えました私の従姉妹に会わせますわ。

 いらしてくださいまし、そこでお話ししましょう」

 

彼女はマイペースにそう告げるとさっさと進んで行ってしまう。

女性は忌々しげに睨んでいたが、不意に少女に向き直る。

初めまして、と少女は頭を下げた。

対してスッと手をあげて挨拶をした後、女性はため息交じりに言った。

 

「あんたも災難だったな、あんなお嬢様に目をつけられて」

 

そう言って女性は透華の後についていく。

少女もそれに続いた。

 

そうして辿り着いた龍門渕家の別館、そのドアを開けて一歩踏み込んだ途端、井上さんと呼ばれた女性は立ち止まった。

思わずぶつかってしまうが井上さんはこちらを気にかけていない様子。

 

「・・・・・・おい」

「どうしましたの?」

 

透華はくすっと笑いながら振り向く。

井上さんの反応を楽しむかのように。

 

「・・・・・・この先に何がいるんだ?」

「言いましたでしょう? 私の従姉妹ですわ」

 

そう言った後、「あ、そうそう」と言葉を続ける。

 

「もし彼女に勝ったらその後は自由です。

 今後ここに来るのも来ないのも、私が何かに誘っても断っていただいて結構ですし。

 ついでに謝礼を差し上げてもよろしいですわ」

「はぁ?」

 

どんな条件だそれは。

 

「その代わり負けたら、2つほどお願いを聞いて頂きますわよ」

 

そう言って彼女は妖しげに笑う。

横に回って井上さんの表情を窺ってみると、彼女は透華から明らかに目を逸らしていた。

 

「・・・・・・戦って勝てってのか、この先にいる奴に・・・・・・」

 

不安げにそう言った井上さんに、透華はやはり笑いかける。

 

「不戦敗でも構いませんけれど」

「・・・・・・くそ・・・・・・」

 

井上さんは忌々しげに歩みを進める。

少女は訳が分からずにそれに続いた。

 

廊下を進んだ先には大きな扉があり、その中に入っていく。

中はまるで子供部屋のようにクッションやらぬいぐるみやらが転がっていて、そしてその部屋の真ん中に麻雀卓が置かれていた。

 

「衣」

 

透華が声をかけるとぬいぐるみが積まれた一角がのそりと動き、その中から少女が現れた。

 

「ふぁ~・・・・・・」

 

欠伸をしながら現れたその少女は、まさに少女と呼ぶにふさわしい小さな女の子だった。

主な特徴はその頭のウサギ耳のようなヘアバンドか。

 

「おはよう、トーカ」

「もう夕方ですわよ」

 

やれやれとため息をつきながら透華は衣と呼ばれた少女の隣に立つ。

 

「さて、衣」

 

そしてこちらに向き直った。

 

「今日も新しいオモチャを連れてきましたわよ」

 

オモチャ。

その言葉に衣はニッと笑った。

同時に井上さんが一歩下がる。

 

「・・・・・・おもちゃ・・・・・・確かにこいつにとっちゃおもちゃも同然か」

 

額に汗を書いている辺り相当なプレッシャーを感じているらしい。

 

「今宵の者共は如何ばかりか。

 其は衣の友となるか、供御(くぎょ)となるか」

 

麻雀卓の上の牌に手を伸ばし、カシャッと音を鳴らす。

 

「存分に戯れようぞ」

 

 

彼女と初めて遭遇した時の少女は無反応だった。

プレッシャーだとか人ならざる気配だとか、そう言うものに疎い方だから。

けれども少女を観察していれば何となく分かる。

それに周囲の反応を加えれば確実に。

 

天江衣という人物は確実に人外の存在である。

市井に混じっていてはいけない人間だ。

 

共に麻雀を打てば、それがより一層はっきりと分かる。

一見幽閉されているように見えるこの環境を、適切なものと判断してもいいかもしれない。

 

と、普通は判断しただろう。

 

だがしかしそれを直接感じられない少女に取って、衣を取り巻く周囲の人間の反応は首を傾げたくなるものだった。

彼女は人間だ、子供だ、少女だ。

世間一般の世界に連れ出して共に世間を歩き回ったとしても、事故だの事件だの起こるはずが無い。

そんなものが起こって、そこにたまたま彼女がいたとしても、それはただの偶然であり彼女の仕業であるはずが無い。

 

何故なら彼女は人間なのだから。

 

そんな風に考える少女だから、衣が

 

「ここまでやって壊れなかったのはトーカを除けばお前達が初めてだ。

 これからも一緒に麻雀を打って遊ぼう。

 友達になってくれないか?」

 

と、半荘8回打って15回の海底撈月と4回の箱割れを体験させた後にそんな事を言いながら笑顔で手を差し出した時も、少女はほのかに笑顔を浮かべながらその手を取り、告げたのだ。

 

「・・・・・・お友達なら、今度は私の家に遊びに来ませんか?」

 

それを聞いた時の透華と井上さんと衣の反応は、やはり少女にとって首を傾げたくなる反応だった。

 

「・・・・・・い、いいのか・・・・・・?

 衣が・・・・・・お前の家に・・・・・・い、行っても・・・・・・」

「お友達なら当然でしょう」

 

当然のように応える少女に何を感じたのか、衣は目元を軽くごしごしと擦ると問い掛けてきた。

 

「な、名前! お前の名前は何と言うのだ!?」

 

衣にそう聞かれ、そう言えばまだ名乗っていなかったと少女は答えた。

 

「沢村智紀と言います」

 

そんな出来事が、衣と透華が少女を気に入ったきっかけであり、彼女達龍門渕の麻雀部のメンバーに引き入れられた理由でもあった。

付け加えて、透華が二人の敗北時に出そうとしていた2つの条件、「龍門渕の麻雀部に入る事」「衣の友達になる事」はどちらもお願いすることなく叶う事になっていた。

 

 

 

その後、井上さんの自己紹介も受けて彼女を名前で呼ぶようになったり、国広一という新たなメイド(仲間)が増えたり。

その過程で背の高い純も背の小さい衣も同い年だと知って驚いたものだった。

 

そんな仲間達と共に麻雀をしながら過ごす日々。

中等部から高等部、すなわち龍門渕高校へと進学し、透華が「うちの高校のロートル麻雀部員を殲滅しますわよ!」と気合いを入れて勝負を挑んでいき、彼女達の高校生活は華々しく始まった。

 

そうして新しくなった麻雀部の環境、それは智紀にとって非常に嬉しく有意義で、成長に大きく役立つ環境だった。

 

透華自身が自分の成長の為にと用意した様々な牌譜。

プロの物からネット上位の物まで様々。

更にいつでも見れるようにとノートパソコンまで用意して貰えた。

そしてそれらを何度となく閲覧しているうちに、智紀の才能が開花していく。

 

テレビ中継でプロの大会を見ている時、それが明らかになった。

 

{(ドラ)八②③④④⑥⑥4(横[⑤])4西中中}

 

「ここから何を切ると思う?」

 

そんな一の言葉に透華も純も色々と答える。

 

「ここから平和手はきついですわね。

 七対子{西待ちを狙って③や②}辺りでは?

 その為にも{⑤}は重ねておきたいですわね」

「俺なら{西か⑥}切っちゃうなぁ。

 そこから{中}鳴いて攻めるけど」

 

そんな中、智紀はいつもの調子で答えた。

 

「・・・・・・この人なら{[⑤]}ツモ切りです」

「え?」

 

思わず全員が振り向く。

そして直後、テレビの中でそのプロが{[⑤]}を切り捨てた。

 

「・・・・・・智紀、あなた何故分かりましたの?」

「このプロの打ち方はあんまりパターンが分からないって噂だぜ?

 デジタル、鳴き狙い、決め打ち、いろんな打ち方があるだろ。

 今回はどの打ち方だなんてどうして分かったんだ?」

 

その言葉に智紀はやはり首を傾げた。

それは彼女にとって当たり前の事。

人外だのプレッシャーだのを感じられる彼女たちなら、てっきりそれくらい分かっていると思ったのに、と。

 

「・・・・・・プロは年2000試合も打ちます。

 透華さんから頂いた牌譜の中にもこのプロの物が300程ありました。

 それだけ見させてもらえればこのプロのパターンも分かります。

 この人なら七対子で{[⑤]切りを撒き餌に②}単騎を狙うでしょう。

 その際{③切りから}その周辺の待ちだと思われないように先に{③切り、そして西}切りでリーチと行きます」

 

その言葉に透華達は顔を見合わせた。

打ち方のパターンが分からないという噂のあるプロのパターンを見抜いた。

果たして偶然か否か。

すぐに透華は麻雀牌を取り出してカチャカチャと手牌を作る。

 

{四五六六③③④④5(横6)67發發}

 

「この手、ちなみに私なら何を切ると思いますの?」

「・・・・・・{發}対子落としでタンピン狙い」

 

智紀はあっさりと答えた。

それだけでは無い。

 

「・・・・・・純さんなら{四}。

 その後{五も落として六}は明刻か暗刻を目指します。

 一さんなら{六切りで、發ポンか②⑤をツモ狙い}かと。

 まぁ、捨て牌の状態や現在の巡目で変わるでしょうけれども。

 親番の衣さんなら{③④發}の明刻狙いで{六}切り、南家なら{發}切りかと思われます」

 

衣は現在昼寝中なので答えられない。

残ったメンバーで顔を合わせて答え合わせをする。

 

「・・・・・・私は正解ですわ」

「・・・・・・俺も{四}切るだろうな」

「・・・・・・ボクもだよ・・・・・・」

 

そんな反応に首を傾げる智紀を見て、透華はクスッと笑った。

 

「さすがともき! 私が見込んだだけの事はありますわ!」

 

おーっほっほっという高笑いも既に何度か見慣れたもの。

何か分からないがご機嫌なようでなによりと、智紀もくすっと笑い返した。

 

 

 

そんな風にとても楽しく過ごす日々。

 

「はぁ・・・・・・」

 

その日は唐突に透華が不機嫌そうに大きめの封筒をテーブルに投げていた。

同じ部屋でお気に入りの紅茶を飲みながら智紀はやはり首を傾げる。

 

「・・・・・・どうされましたか?」

「・・・・・・ちょっと困っておりましてね」

 

透華はソファーにドサッと腰を下ろしながら、今しがた投げた封筒を指差す。

 

「お父様からこんなものが送られてきたんですの」

 

その言葉に智紀はその封筒から中身を取り出してみる。

 

「・・・・・・牌譜、ですか」

 

牌譜の何が気に入らないというのか。

むしろ普段の透華を考えてみれば、喜んで繰り返し読んだり、パソコンに入れて何度も見返したりする事だろう。

そしてこれが誰の物かは知らないけれども、自分も読んでみたいなと智紀は思った。

透華は再びため息をつきながら言葉を続ける。

 

「その牌譜、何やら高価なものらしくて。

 購入する為にお父様が子会社を潰したとか笑っていましたのよ。

 まったく、私からしてみればコピーやデータだけあれば十分だというのに」

「・・・・・・それはそれは」

 

何度か挨拶を交わした事があるあの透華さんのお父様がそんな事を、と智紀は頷いた。

一見そんな大金を出す人物には見えないが、どこか娘の為にそれくらいの事はしそうな雰囲気があると智紀は見抜いていた。

だからそれほど驚く事は無かったのだが。

 

「・・・・・・で、これは誰のどういう牌譜なのでしょうか?」

 

それだけの高値がつくとなれば一体それはいかなる人物の物か。

透華はやはり呆れながら答えた。

 

「新木桂と言う人物らしいですわ。

 私は聞いたことありませんけれども」

 

 

新木桂・・・・・・新木桂・・・・・・?

 

新木桂っ!?

 

 

「・・・・・・ともき?」

 

思わずソファーから立ち上がっていた。

そして即座にその牌譜に目を通し始める。

 

新木桂!

これがあの新木桂の牌譜!

おばあさまが憧れたというあの新木桂の!

 

怪訝そうにこちらを見る透華の視線も気にならないほど、智紀はすぐにその牌譜に夢中になった。

 

対戦相手の城ヶ崎という人物の配牌、ツモ、いずれも只者ではない。

一体どういう星の元に生まれているのか、高い手が常に入り続けている。

 

そしてだからこそ、その対面で対戦を行っていた新木桂の打ち筋が不思議でたまらない。

 

何故かわせる? 何故凌げる? 何故上がりを取れる!?

 

安手とはいえ城ヶ崎の上がりを悉く押さえて自ら上がりを取る。

 

特に4回戦目の対戦が恐ろしい。

2回戦、3回戦と上がりを取っていた城ヶ崎を抑えてとんでもない早上がりの連荘。

八連荘ありのルールらしく9本場で試合は終わっていたが、もし無しだったら一体どこまで上がりが続いたのだろうか。

 

あり得ない、こんな人物が過去に存在していたなんて。

 

そしてなるほど、祖母が憧れるわけだ。

 

何せ牌譜を見ただけで自分は彼の虜になってしまったのだから。

 

もしこんな打ち方をする人物が目の前にいたら。

 

それはもう間違いない、一目惚れした事だろう。

 

 

「あの・・・・・・ともき?」

 

透華が本当に不安そうな表情でこちらを見てくる。

声を掛けられてようやく智紀は現実に引き戻された。

そして、そうだと思い至る。

 

 

あの日彼女が何を考えて自分に声をかけてきたのか、それは未だに聞いていない。

確かインターミドルのチャンピオンとか、ネットのなんとかいう人物に対抗意識を燃やしてデジタル打ちを心がけている透華だが、衣が言うには「透華はもっと自由気ままに打った方が強そうだ」とのこと。

そんな透華の事だ、計算では無い何か直感のようなもので選んでいてもおかしくは無い。

 

だがともかく、あの日彼女が自分を選んでくれていなかったら、この新木桂という牌譜(人物)に会う事はできなかっただろう。

 

 

だから多少唐突だが、智紀は満面の笑顔で透華に感謝を告げた。

 

「ありがとうございます、透華さん」

 

今までにない満面の笑顔に訳も分からずに赤面してしまう透華だったが、コホンと咳払いをした後に「ま、まぁ、喜んでいただけたのならいいですが」と返した。

 

 

牌譜自体は貴重な物。

だから智紀はそのデータだけを貰って自身のパソコンに入れた。

そしてそれを何度も何度も見直す。

ネットで新木桂という人物の事を調べてそれを保存し、やはり何度も見直す。

 

恋文(ラヴレター)でも貰った少女のように。

 

そして智紀がその新木桂という人物に惚れこむのに時間はかからなかった。

いやむしろ牌譜越しとはいえ、やはり一目惚れだったのかもしれない。

 

そう思い至って、ああそうかと考え付く。

歴史上の人物やネット越しの人物に惚れるというのはこう言う事か。

今までは理解できないと思っていたが、こうして体験してようやくなるほどと納得する。

その人が何を行ったのかしか知らない、直接会ったわけでもない。

けれども好きになる。

こうして体験してみればしっくりくる。

なるほど、私はこの新木桂という人物に惚れてしまったのだ。

悲しいという感情は一切ない。

むしろ嬉しいという感情が溢れる。

 

そして智紀は人生で初めて、様々な人物の牌譜を見てきて初めて、自分もこんな風に打ちたいと思った。

 

初めて真似してみた時は酷いものだった。

しっくりこない、手に馴染まない、上手くいかない。

挙句の果てに、

 

「ともき? 最近成績が落ちていますわよ?」

「智紀、最近打ち方変わったな。

 何かあったのか?」

「ともきー・・・・・・ボクでよければ相談に乗るよ?」

 

などと散々な言われ方をされたものだ。

唯一衣だけが、「智紀は最近楽しそうなのだ」と言ってくれたのが嬉しかった。

同時に「でも何か弱くなった」と言われて大きくヘコんだものだが。

 

仕方なく智紀は新木流の打ち方を控えた。

それでも憧れがある事に変わりは無いが。

 

そうして以前の通り、解析をした人の打ち方を読みの参考にしていると、不意におかしな感覚に襲われた。

 

人の打ち方が分かる。

それを今まで、こう言う打ち方をしたのならどういう手役を狙っていてどういう待ちをしているのか、を導き出す為に使っていたのだが。

 

逆に、こちらの一打をこの人物ならこう読むだろうという考え。

そこから何を考え、何を切るかが読めるのではないか。

そしてつまりこちらが打ち方を変えたら、相手の狙いや捨て牌を操作できるのではないか、という感覚。

 

これは・・・・・・何?

 

しばらくその感覚は分からなかった。

新たな思考回路が入って来たような感覚というか。

例えば今まで一から十まで計算していた問題に、新たな公式が与えられたような感覚というか。

 

新木桂の考え方と打ち方が自身の打ち方に加わったというところか。

 

智紀にとって牌譜を見ていると、その人物がどういう考えを持ってその一打に至ったのかをおおよそ考える事が出来る。

もちろん新木桂の打ち方はあまりに独特で理解が及ばない。

だが新木桂にとって、Aという打ち方をすればBという答えが返ってくるのが当たり前だったのだろう。

その思考は智紀には理解できなかったが、そう言う打ち方があるというのは理解できる。

 

Aという数字を入れればBという答えが返ってくる装置がある。

その仕組みは分からないがそれが確実に毎回同じ答えを返すというのなら、それを数式に組み込んでもいいだろう。

 

なんとなく薄らぼんやりではあるが、どうやら智紀は自身の打ち方に新木桂の打ち方を混ぜ込めたらしい。

 

自分の過去の打ち方と、新木桂の打ち方が混ざり合って、それが今の自分の打ち方。

何と言えばいいのだろう? この感情は。

勝手に新木桂の子種(打ち方)を授かって、子供(新たな打法)を生み出したような感覚・・・・・・。

うむ、よく分からない。

分からないがこれは悪い感覚では無い。

嬉しくて楽しくて胸がドキドキする感覚。

そうだ、自分は新たに成長する事が出来たのだ。

新木桂という人物のお陰で。

 

それが嬉しい、楽しい。

 

 

「ともき、最近また強くなりましたかしら?」

「・・・・・・それはどうも」

 

透華達も認めてくれた。

それがまた嬉しい。

 

智紀としてはもはや、自分が世界中の誰よりも新木桂を理解しているくらいの気持ちでいるのかもしれない。

 

そんな感情を胸に、智紀は今日も麻雀に打ち込んでいた。

 

「・・・・・・ツモ、3000(さん)6000(ろく)

 

「・・・・・・その変わった点数の読み方はどうしたんだ?」

 

憧れの人の真似をして、少しでもその人を近くに感じたいから。

などとは口が裂けても言えない。

 

「・・・・・・秘密です」

「・・・・・・ふーん」

 

純も一も透華も、そんな答えを返す智紀を不思議そうに見ていた。

だが三人は共通してある事に気づいていた。

 

 

そんな点数の申告をする時の智紀は、いつになく嬉しそうで楽しそうで、まるで誰かに恋でもしているようだったと。

 

 




咲とすれ違った時、アニメではともきーは反応あり、コミックでは無反応に見える。
実はそう言うのを感知できないともきーをアニメでは勝手に保管したように感じるんだけど、実際はどうなのやら。

ともきーが秀介にツンツンしてた理由:
私が憧れた新木桂はあなたみたいな人物像じゃないはず!
私の方がずっと新木桂の事を知っているんだから!という些細な嫉妬です。

あとともきーのリアル過去話知らずに済みませんでした。
なんか、世界線がどーのこーのとかで誤魔化されてください(

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