咲-Saki- とりあえずタバコが吸いたい先輩   作:隠戸海斗

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36竹井久その6 感覚と停止

東三局4本場 親・秀介 ドラ{⑨}

 

秀介 168500

配牌

 

{三九②⑦⑧15557南白發} {6}

 

久 61700

配牌

 

{二三三六八九④(ドラ)⑨⑨23發}

 

ゆみ 66700

配牌

 

{一二六②124[5]東西西北中}

 

衣  101800

配牌

 

{四五七七八①①②③④⑦12}

 

 

点差が大きくなってきた。

まだ東場三局、どちらかといえば序盤だ。

にもかかわらずこの点差。

 

(実力差・・・・・・なんて思いたくないわね)

 

久は頭を抱える。

幼馴染が実力者だというのは、それはそれで誇れる事。

だが今は対戦相手、大差をつけられて悔しくないわけがない。

既に4本場、そろそろ止めてやりたいのだが。

 

(・・・・・・そう言えば、シュウが連荘止められたところなんて見たこと無いわね)

 

それはつまり、本気を出したら容赦なく仕留めるという事だろう。

今回狙われているのは天江衣。

過去の対戦者達と同様に屠られてしまうのだろうか。

 

・・・・・・なんとか一矢報いてやりたいなぁ。

 

久はそんな事を思っていた。

 

 

秀介の第一打は{南}。

そして久のツモ番。

 

{二三三六八九④(ドラ)⑨⑨(横四)23發}

 

{四}、有効牌だ。

少し考えて{發}を切り出す。

次巡のツモは{五}、順調に進んでいる。

一通辺りを見据えて{④}を切ってもいいかなと考え、それを切り捨てた。

もっとも一通にするとなると{(ドラ)}を一枚切り出して平和一通ドラ2、リーチをかけて跳満手となるか。

うん、十分だわ、と更に次巡久は山に手を伸ばす。

 

{二三三四五六八九(ドラ)⑨⑨(横⑥)23}

 

今しがた切った{④のすぐ近く、⑥}ツモ。

 

(・・・・・・なんか嫌な予感がする)

 

とりあえずツモ切り。

その嫌な予感、外れてくれますようにと願う次巡、久の手にその牌が舞い込んだ。

 

{二三三四五六八九(ドラ)⑨⑨(横[⑤])23}

 

ひくっと表情が引き攣る。

私のバカー!とばかりにツモ切りしようとして、ふとその手を止めた。

 

(・・・・・・いえ、このツモに意味があると考えましょうか)

 

例えばこの手、一通を完成させればこの形。

 

{一二三四五六七八九[⑤](ドラ)⑨⑨}

 

一通ドラ3赤1、リーチをかければ同じく跳満だ。

しかも{④⑥切って⑤}待ちなんて、秀介っぽくていい感じではないか。

ならそれで行こう、と久は{三}を捨てた。

 

さて、久がそんな事になっている間に他のメンバーも手を進めていた。

 

ゆみ

 

{一二六②③1224(横3)[5]西西西}

 

{2}を切り出す。

下の三色手が見えるが果たしてどうなるか。

 

そして。

 

 

{四五七八①②③④⑤(横⑨)⑦⑦24}

 

{(ドラ)}ツモ。

使えるか?と思いつつカンチャン整理で{2}を捨てる。

 

 

そうして各々手を進めて行き、6巡目。

 

 

{二三四五六八九[⑤](横七)(ドラ)⑨⑨23}

 

狙いに一歩近づく{七}ツモだ。

後は{一}が引ければいいのだが、と思いつつ{3}を切り出す。

 

 

続いてゆみ。

 

{一二②③12344(横6)[5]西西西}

 

三色手が見えてきたところに、手の進行を悩ませるこのツモ。

{西}はゆみの自風、暗刻で一役ついている状態だ。

{[5]}はそれ単体では役にならないが一翻アップに使える。

出来ればどちらも欲しいが欲張って抱え込むのは難しいだろう。

リーヅモ三色赤かリーヅモ三色西、どちらも満貫だ。

ちなみに{西}が自風である以上平和はつけられない。

ロン上がりになるとリーチ三色赤は四翻30符で7700だが、リーチ三色西は四翻40符で満貫。

そう考えると{西}を残しておきたいか。

 

だが赤が手牌に絡むとゆみの手はこの形。

 

{一二三②③1234[5]6西西} {①}

 

頭以外に牌の重なりが無い手格好は、裏ドラが乗る確率が1/3以上。

ならば裏ドラが期待できる分こちらを選びたい。

 

果たしてゆみはどちらを選ぶか。

 

しばし手を止めた後、ゆみは{4}に手をかける。

頭になっていた{4}を捨てるという事は。

 

(リーヅモ三色赤と裏ドラを狙う。

 トップの志野崎秀介との点差は既に10万点近い。

 しかし・・・・・・)

 

ゆみはその牌を捨てながら、軽く秀介に視線を送る。

 

鶴賀の大将を任されていた身として。

モモに限らず全員が注目しているこの試合で無様な真似はできない。

10万点差があるから諦める?

加治木ゆみはそんな人物では無い。

 

(・・・・・・私とて、まだ諦めたわけではないぞ)

 

彼女の目はまだ死んでいない。

 

 

そして続く衣。

 

{四五七八①②③④⑤(横六)⑦⑦(ドラ)4}

 

両面待ち二つが三面張に繋がるツモ、悪くない。

{4}を切り出す。

だがこの手格好、おそらく{(ドラ)}は使えない。

聴牌する前、今の段階で切っておいてもよかったかと少しだけ思いをはせる。

 

 

その直後、秀介が{②}を切ると同時に衣が反応した。

 

(聴牌!)

 

ちらりと秀介に視線を向ける。

が、どうも高くない。

 

(・・・・・・5800・・・・・・か?)

 

ロンで5800、ツモで2000オールだろうか。

となればその手は二翻60符か三翻30符。

二翻の場合暗カンが入っていないのでそこまでは届かないだろう。

となれば三翻しかありえないか。

 

秀介捨牌

 

{南發白九1三} {②}

 

捨て牌から察するにタンヤオ手に見える。

リーチが入ったら一気に手が高くなるという可能性もあるにはあるが、今現在点数が高くない以上怖くはない。

 

(・・・・・・今回も衣を狙っているのか?)

 

だとすればまた衣が切りそうな牌をツモるのを待っているのかもしれない。

今度はそうはいかん!と強気に行きたいが、しかしここまで散々狙い打たれているし、さすがに強気にはなれない。

強気にはなれないが、しかし。

 

(まだリーチをかけていないという事は、衣を狙うのに最適な待ちではないという事。

 つまり、今ならまだ何を切っても平気だろう)

 

何とか今のうちに手を進めておきたい、と願いを込めるがツモったのは{7}、不要牌だ。

衣はそのままツモ切った。

 

「ロン」

 

「・・・・・・え?」

 

秀介から声が上がる。

そして手牌が倒された。

 

(リーチをかけてないのに・・・・・・くっ、油断した)

 

秀介相手に気を緩めたのがそもそも間違いだった、と衣は悔やみながら点箱に手をかける。

点数は分かっているのだ、わざわざ申告を待つまでも無い。

 

「タンヤオ平和一盃口、5800の4本付け」

 

秀介の言葉を待たずに7000点を差し出す衣。

しかしなぜ急にそんな安手で・・・・・・?

衣をトバそうというのなら、満貫以上を狙えばいいだろうに。

それともさすがに衣が警戒してくると思って小上がりに切り替えたのか?

 

そう思ってちらっと秀介の手牌に目を向けた衣は、その目を見開いた。

 

 

{4567⑥⑦⑧556677} {(ロン)}

 

 

並び順が変わっているが正しくはこの形。

 

{⑥⑦⑧4555666777}

 

三連刻という役は通常採用していないローカル役だが、それを差し引いてもタンヤオ三暗刻だ。

三翻と中張牌暗刻3つで12符を加え、繰り上げ40符。

ならば衣には7700と感じられるはず。

にもかかわらず・・・・・・。

 

(な、何で5800だと感じたのだ!?)

 

衣は混乱していた。

今まで人の上がる手の高さを間違えた事はない。

今回も一応秀介の上がり手は5800に間違いなかった。

だがそれはあくまでも安上がりの場合のみ、本来秀介のこの手は衣にはタンヤオ三暗刻で7700に感じられるはずなのに!

 

(ど、どうして!?)

 

衣の感覚が狂ったのか!?

今までそんな経験は無いのに!

もしそうだとしたら、ただでさえ圧倒されてしまっている秀介を相手にどうやって戦えばいいというのだ!?

 

秀介は怯える衣を見てフッと笑うと、受け取った点棒7000点を点箱に入れ、新たに100点棒を取り出して脇に積んだ。

これで5本場。

まだメンバーの点棒は大量に残っている。

誰かが箱割れするまで何本積まれる事になるのか。

 

「靖子姉さん、100点棒足りなくなったら他から使っていい?」

「・・・・・・別にリアルに積まなくてもいいだろう」

 

秀介の言葉に靖子はそう答えた。

確かにそうだけど、と秀介は笑って手牌を崩し、卓に流し込む。

 

「点棒が足りなくなったら他から使ってもいい?」とわざわざ聞いたという事は、本気でそこまで連荘を続ける気なのだろう。

 

(ま、また衣を狙う気なのか・・・・・・?)

 

見た目は幼い衣。

その心のあり方もどこか幼い部分がある。

 

今まで麻雀で他者を圧倒してきた。

一度敗北した咲が相手の時にも終わり際までは圧倒的優位に進めていた。

だからこんな風に、狙い打たれながら点差を離されていくなんて経験はした事が無い。

 

本気で戦って欲しいと思っていたはず。

 

なのに今は、こんなにも・・・・・・怖い。

 

 

 

東三局5本場 親・秀介 ドラ{7}

 

続くこの局、珍しく久の元に怪物手が舞い込んでいた。

 

久 61700

 

{三三八⑨2(ドラ)7779發中中}

 

配牌でまさかのドラ4。

暗カンして{9}を吊り出すか、一枚切って{89}待ちにとるか、どちらも久にとって好みだ。

リーチをしてもいいし{中}をポンして速攻を目指してもいい。

 

いずれにしろ「ただし」という言葉が頭につく。

それに続く言葉は「秀介と同卓でなかったら」、だ。

ツモ上がりに関しては秀介に勝てる気がしないし、ましてや秀介をロンで狙うなんてもっての外。

かと言って秀介以外の面子も強敵。

 

強い人と打ちたい。

自分が強くなる為に!

 

(・・・・・・そんな事思ってたんだけどねぇ)

 

タン、と切られた秀介の第一打は{9}。

そして久の第一ツモ。

 

{三三八⑨2(ドラ)77(横白)9發中中}

 

大三元とはならずとも小三元くらいは夢を見てもいいような手牌だ。

ドラ4を加えれば一気に倍満、実に夢がある。

 

通常ならば大いに喜びたい配牌だが、しかしその手牌を眺める久の考えは全く逆だった。

何かははっきり言えないが、なんとなく。

 

(・・・・・・良くない予感がする)

 

{⑨}を切り出しながら久はちらりと秀介に視線を向けた。

 

そして6巡目。

 

衣 94800

 

{七①③③⑥⑦⑧⑨1(横⑨)12[5]6}

 

一通、チャンタ、混一、どれも難しそうな手牌だ。

こんな中途半端な手牌になるとは、衣の弱気が影響してしまっているのかもしれない。

 

(だ、ダメだ。

 こんな弱気じゃ、しゅーすけに太刀打ちできない!)

 

点棒は削られに削られ、10万を割ってしまっている。

ただでさえやられてしまっているのだ、気持ちまで折れたらそれこそどうしようもなくなる。

まだ、まだなんとかなるはず・・・・・・!

そう思いながら衣は{七}を捨てた。

 

そして直後、秀介の手牌から{⑦}が捨てられると同時に、またその手牌に気配を感じた。

今度はかなり大きい予感だ。

 

衣としては先程感じた感覚の揺らぎはやはり不安だろう。

しかしだからといって今まで身に馴染んでいたこの警戒は無視できない。

 

(・・・・・・聴牌、おそらく役満手!?)

 

だが同時に大きな揺らぎも感じられる。

 

(多分、高目と安目の落差が激しいんだ。

 役満手で高目安目が関係するとしたら・・・・・・不確定大三元とか、もしくはツモリ四暗刻か?)

 

他にも緑一色や九蓮宝燈も場合によって高目安目がある。

衣は自分のツモ番が回ってくる前に、全員の捨て牌に改めて目を通す。

 

秀介捨牌

 

{9發②東2⑧} {⑦}

 

久捨牌

 

{⑨⑧西2三①}

 

ゆみ捨牌

 

{白8東6三一}

 

衣捨牌

 

{南白8發一七}

 

{發}は秀介と衣の捨て牌にある、となれば大三元はありえない。

さらに秀介は{發と2を捨てているし、8}もゆみと衣が捨てている、緑一色というのも考えられない。

萬子が一つも捨てられていないが{一}が二牌見えているし、そこでの九蓮宝燈も警戒不要。

 

他には一応高めで数え役満というのもある。

久の手牌でドラが全て殺されている事を知らない衣としては、その辺りも警戒の候補として考えてみた。

が、リーチをかけているわけでは無いので裏ドラは無し。

純粋に手役とドラだけで13翻まで届いているということになる。

そうすると清一一通ドラ4赤1とかかなり偏った手牌になるだろう。

さすがに警戒から外してもいいのではなかろうか。

 

順当にあり得そうなのはやはりツモリ四暗刻だろうか。

ロン上がりなら対々三暗刻の満貫に下がるし。

 

しかしツモリ四暗刻となると非常に読みにくい。

何せ特定の牌を必要としていないからだ。

確実にシャボ待ちを回避する為には、3枚見えた牌を捨てていくしかない。

今現在安全なのは秀介の現物を除けば、久の捨て牌に1枚、自分の手牌に2枚ある{⑨}くらいなもの。

 

だがそれは逃げの発想だ。

本当に秀介に勝ちたいと思うのなら攻めて行かなければならない。

 

(・・・・・・攻めて行って・・・・・・衣はしゅーすけに勝てるのか・・・・・・?)

 

再び不安が首をもたげてくる。

弱気で行ってはいけない。

だが強気で行ってもここまで散々狙い打たれているのだ、さすがに引きたくもなる。

 

しかし待て、と衣の思考は立ち止まる。

 

衣自身は強者だ。

今まで数々の対戦相手を葬ってきた。

強気で向かってきた相手も、弱気で逃げようとした相手もだ。

現に県大会決勝で池田の打ち方を読んで0点にまで持ち点を減らさせた事もあるし、自分と対峙した相手の思考ももはや手に取るように分かる。

 

悔しいが、今は自分がその狩られる側。

となれば自分がどのように相手にトドメを刺してきたか考えてみればいい。

 

(ここで逃げたら・・・・・・狙い打たれる!)

 

かわさなければ、何としても!

 

となれば弱気な考えではダメだ。

強く攻めて行くことこそが、秀介に対抗する手段!

 

そして同巡。

 

{①③③⑥⑦⑧⑨⑨1(横三)12[5]6}

 

(む?)

 

ツモったのは{三}、衣の手では不要牌。

さらにゆみも久も捨てている。

ツモリ四暗刻を回避する条件も満たしている牌だ。

 

(さすがにこれは無いだろう・・・・・・)

 

衣はツモってきた{三}に手をかける。

 

だが待て、とその手が止まった。

 

本当にそうか? 本当に安全か?

衣には予想もできないような手で聴牌していて、この{三}で待っているんじゃないのか?

チャンタ三色だと思ったのに一通で上がられたなんて事もあったではないか。

 

(・・・・・・だ、だが・・・・・・ではどうする?)

 

安牌を切ってベタ降りするか?

現在衣の手にある安牌は{⑦⑧}。

だがそれを切ればこの手は死ぬ、確実に上がれない。

 

(仮に降りても、安牌が無くなればきっと衣はしゅーすけの上がり牌を切ってしまう。

 そう言う事に関しては多分しゅーすけの方が上手(うわて)だ)

 

ここまで狙い打たれれば衣も弱気になる。

それは先程自覚した事だ。

ならばきっとしゅーすけもそれを感知して、今度は降り打ちを狙ってくるだろう。

 

(ならば、やはりここは攻めるべきだ)

 

衣のこの手、{②や3}を引いてくればあっという間に聴牌。

攻め気を捨てない衣ならば、きっとすぐにそこまで行ける。

 

(しゅーすけの読みを外させる意味も含めて・・・・・・)

 

衣は{三}に手をかけた。

 

(衣は攻めるぞ!)

 

まだ負けていない!

衣の心は折れていない!

 

強気に衣は{三}を切り捨てた。

 

(いつまでも・・・・・・お前の掌の上にいるわけにはいかない!)

 

相手の思い通りなんて、まるで子供ではないか。

違う、子供では無い! 衣だ!

 

 

スッと秀介は、タバコを吸っているかのように口元に添えていた右手を離す。

その手はゆらりと降りてきた。

牌をツモる為に山に伸ばすのか。

 

そうではない。

その手は手牌の端に添えられた。

 

(まさか・・・・・・)

 

「ロン、だ」

 

シュッ、とその手は右から左に手牌をなぞる。

一瞬遅れて手牌は倒れて行った。

 

(・・・・・・振ってしまったのか? 役満に・・・・・・!)

 

この状況で役満振り込みはかなり痛い。

 

だが{三}で振り込んだという事は衣が予想したツモリ四暗刻ではないということだ。

衣も予想できなかった役満手。

それは一体・・・・・・?

 

パタタタと手牌は晒された。

 

 

{四四五五六六六④④④333}

 

 

「は?」

 

衣は思わず声を上げた。

晒された手牌はやはりツモリ四暗刻。

だが上がったのは{四でも五でも六ない、三}だ。

という事は・・・・・・?

 

秀介は点数を申告した。

 

 

「タンヤオ、のみ。

 2000の5本付け」

 

 

(な、んで・・・・・・?)

 

例え安目でも{六}で上がれば一盃口がつくし、安目見逃しで四暗刻ツモなら、より決定打になっただろうに。

なのになぜ・・・・・・?

 

「何で・・・・・・四暗刻を狙わなかった・・・・・・?」

 

思わず衣の口からその疑問がこぼれ出た。

秀介は「ん?」という顔をしたが、すぐに笑った。

 

「見逃したら、もうお前からロン上がりできないだろう」

 

あっさりと、当然のようにそう答える。

 

(・・・・・・やっぱり・・・・・・)

 

衣は思わず視線を逸らした。

 

(衣を狙ってるんだ・・・・・・!)

 

とことんまで、頑なに、執拗に。

いくら直接本気で戦って欲しいと言ったとはいえ、こうまで、しかも安目であろうがとにかくロン上がりし続けるなんて・・・・・・。

圧倒的に強く、一部には恐れられてすらいた衣が、今はもうただの涙目の少女だ。

久なんかは自分が火を付けたとはいえ、「さすがに可哀そうじゃない?」と思っている。

 

ここまで徹底的にやる必要はあるのか?

 

彼の考えは久や靖子はもちろん、他の誰にも分からなかった。

 

 

 

東三局6本場 親・秀介 ドラ{⑦}

 

7巡目、秀介の捨て牌に{[⑤]}が置かれるのと同時に、衣の身体がびくんと跳ねる。

聴牌気配を感じたのだ。

やはりリーチはかけてこない。

 

衣 91300

手牌

 

{五六②②②⑤[⑤]13(横4)6678}

 

ちらっと半ば怯えながら衣は秀介の捨て牌に目を向ける。

 

秀介 179000

捨牌

 

{發東一六四三} {[⑤]}

 

秀介との点差は8万強。

どこまで引き離されるのか。

 

(・・・・・・しゅーすけの手は・・・・・・)

 

んぐっと衣の表情が変わる。

 

(・・・・・・18000)

 

何局か安い手が続いたが今度は高い手だ。

散々上がられてきた衣。

とうとう手を崩して現物の{六}を捨てた。

 

次巡、秀介は{四}をツモ切り。

久は{北をツモ切り、ゆみは手出しで③}を切る。

そして再び衣の手番。

 

{五②②②⑤[⑤]134(横二)6678}

 

安牌は{⑤}、それを切り出す。

 

秀介は{③切り、久は⑨切り、ゆみは九}切り。

 

衣のツモは{西}。

安牌は増えない、{[⑤]}切り。

 

次巡、秀介は{①切り、久は西切り、ゆみは一}切り。

 

そして衣のツモは{二}。

安牌は久が今切った{西}のみ、それを切る。

 

次巡、秀介は{西切り、久は四切り、ゆみは北}切り。

 

そして衣。

 

{二二五②②②134(横八)6678}

 

安牌はもう無い。

 

(・・・・・・うぅ・・・・・・)

 

衣は震える手を手牌のあちこちに伸ばす。

 

捨て牌に萬子が多いし、{二とか五}が平気じゃ・・・・・・。

いや、それで何度上がられた事か。

 

{②}は?

暗刻だし、一枚通れば3巡安全が買える。

いや、如何にも狙われそうだ。

ましてや{[⑤]切ってスジの②}待ちなんてのも何度か見た。

 

じゃあ索子は?

一枚も捨てられていないのに危険すぎる。

 

(・・・・・・何を切れば・・・・・・)

 

秀介の手は相変わらず18000。

どうすればいい? 何を切ればかわせる?

 

(・・・・・・ヤオチュー牌なら・・・・・・)

 

中張牌よりは当たりにくいはず。

そう思って衣は{1}を手に取る。

衣自身3巡目に切っていたのだが、他に安牌があったのでそちらを先に切っていたのでまだ手に残っていた牌だ。

 

(頼む・・・・・・)

 

おそるおそる、衣はその牌を捨てた。

 

(当たらないでくれ・・・・・・!)

 

ちらりと秀介の様子を窺う。

 

秀介は変わらぬ様子で。

 

「ロン」

 

手牌を倒した。

 

衣の表情が絶望に染まる。

 

振り込んでしまった、またしても。

 

今度は18000の高い手に!

 

 

{九九(ドラ)⑧⑨11222333} {(ロン)}

 

 

「・・・・・・あれ? それ、役無しじゃ・・・・・・?」

 

試合を見ていたマホから声が上がる。

秀介の手はどう見ても問題のないツモリ三暗刻だが。

 

「ああ、ツモリ三暗刻だからロン上がりはできない・・・・・・か?」

 

京太郎もそう呟く。

ゆみが上がり牌の{九}を捨てたのを、秀介がスルーした時も当然と思っていたのだが。

しかし周りは「いやいや」と首を横に振る。

 

それを見て秀介は手牌の一部をスッと上にずらした。

 

           {23}

{九九(ドラ)⑧⑨1122}  {33} {(ロン)}

 

 

「・・・・・・ん?」とマホと京太郎の頭に?マークが浮かぶ。

その行為の意味が分からない。

{23}を上にずらして、それがどうしたというのか?

 

秀介は言葉を続けた。

 

 

「平和純チャン一盃口ドラ1、18000の6本付け」

 

 

「え!? 平和!?」

 

ガタッと駆け寄ってくる二人。

改めて手牌を見直しているようだ。

 

「・・・・・・た、確かにこう言う形なら平和ですけど・・・・・・」

「複数の形にできるときは高い手役で計算するとかいうルールがある。

 原村さんもそれで点パネしてたしね」

「確かにしましたが、でもこんな手役滅多に入りませんし・・・・・・」

 

秀介の言葉に、和は頷くが曖昧に返事をする。

マホと京太郎には、秀介の手牌はツモリ三暗刻としか見えていなかったのだろう。

そしてだからこそ、突然こんな手役を申告されれば驚くしかないのだ。

 

和も言った通りこんな手牌は滅多に入るものではない。

それだけの手役を完成させて、なおかつ執拗に衣だけを狙い、そして見事に上がりを勝ち取る。

 

麻雀力、運、知力。

全て揃ってもここまでできるかどうか。

そして衣は知らないが、秀介が持っている「能力」。

それらを持って、秀介は今全力で衣に向かっているのだ。

 

(・・・・・・勝て・・・・・・ない・・・・・・)

 

この上がりで衣の点数は71700。

三位のゆみが66700なので、ほぼ同じ点数まで引き摺り落とされた形だ。

もっともそれをやったのは秀介なので、引き摺り落とすというよりは叩き落されたと言うべきか。

 

衣はすっかり意気消沈していた。

それにつられてゆみも対面の秀介に恐怖に似た思いを感じていた。

あの天江衣を手玉にとり、ここまで点数を奪い去っていくとは・・・・・・。

 

そうして卓のメンバーの気分が沈んでいく中、次局が始まる。

 

 

 

東三局7本場 親・秀介

 

山が現れ、カララララと賽が回る。

出た目は9。

秀介は自分の山を分けるとドラ表示牌を表にする。

現れたのは{9、すなわちドラは1}。

そしてすぐ隣の2トン、4牌を手元に持ってくる。

 

秀介 198600

 

{六5[⑤](ドラ)}

 

次に久がその隣の4牌を。

 

久 61700

 

{九2⑨八}

 

続いてゆみ。

 

ゆみ 66700

 

{五南(ドラ)1}

 

最後に衣だ。

 

衣 71700

 

{四7北9}

 

そして再び秀介、衣の目の前の山に手を伸ばし4牌を持って行く。

 

秀介

 

{六5[⑤](ドラ)37八③}

 

 

{九2⑨八八3七⑧}

 

ゆみ

 

{五南(ドラ)1⑥2⑤白}

 

 

{四7北94二西2}

 

チャッ、チャッと牌を持って行き並べる音がする。

 

そして三度目、秀介が山に手を伸ばしていった。

 

その手が山に触れる直前、

 

「・・・・・・・・・・・・!」

 

秀介の身体がビタッと止まる。

 

その視線は衣の前の山に。

続いてゆみの山にも。

 

 

{()()()()()()()()()}

 

・・・・・・{()()()()()()}

 

 

「・・・・・・?

 シュウ? どうしたの?」

「・・・・・・いや」

 

怪訝な表情の久に急かされて、秀介はゆっくりと次の4牌を持って行く。

そしてその4牌を手牌の端に加えると、そのまま手牌を伏せてしまった。

 

その様子を久は「何してるの?」という表情で見つつ次の4牌を持って行き、理牌を始める。

ゆみも、衣もそれに続く。

 

そしておかしな様子の秀介はチョンチョン(次の2牌)を持って行った。

 

その後の1牌を各々が持って行き、理牌を終える。

 

その時点で、「彼女」の表情が変わったのを秀介は意識の端で捕えていた。

 

(・・・・・・・・・・・・)

 

秀介は大きく深呼吸をすると、手牌の右から5つ目の牌を表にし、

 

{■■■■■■■■■1■■■■}

 

それを捨て牌に置いた。

 

第一打、{(ドラ)!}

 

それにいの一番に反応したのはゆみだった。

 

ゆみ手牌

 

{五九⑤⑥(ドラ)125南白發中}

 

鳴ける。

というか、久がそのドラ切りに驚きつつも鳴く様子が無いところをみると、鳴けるのは自分しかいないだろう。

 

(・・・・・・鳴け、ということか?)

 

そこまであからさまに鳴かせようとはどう言う魂胆か。

 

(・・・・・・どういうつもりか知らんが、大人しくそれに乗ってやる道理は無いな)

 

フン、とゆみは秀介に睨むような視線を送る。

トップの人間の思惑通りに動いてやる必要は無いのだ。

秀介が小さく笑ったのが見えた。

 

久が山に手を伸ばす。

 

そしてツモってきた牌を、

 

 

「・・・・・・あっ・・・・・・」

 

 

そのまま表にした。

 

 

「・・・・・・つ、ツモ・・・・・・」

 

 

{六七七八八九⑧⑨234南南} {(ツモ)}

 

 

「え?」

 

思わずゆみは声を上げる。

 

 

「・・・・・・(ちー)(ほー)・・・・・・でいいのよね?」

 

久は若干不安そうにそう申告する。

 

「あ、ああ、あってるぞ」

 

手牌を確認した後、ゆみがそう言うと、ワンテンポ遅れて周囲から歓声が上がった。

 

「す、凄い! 地和!」

「初めて見ました!」

「こんな役、冗談であると思ってたし!」

「わっはっはー、凄いなー」

「さっすが部長だじぇ!」

 

 

そして久自身も、その上がりを噛み締めるようにぎゅっと胸の前で拳を握っていた。

 

上がれた。

 

上がれた!

 

(シュウの連荘、止められたんだ!)

 

圧倒的な強者だと思っていた、敵わないと思っていた。

その連荘を止められる人物なんていないと思っていた。

 

(・・・・・・運だけかもしれない。

 でも、私・・・・・・止められたんだ!)

 

出来ないと思っていた事が出来た。

それが嬉しくて、彼女は喜びを止められなかった。

 

そして、止められた秀介本人はどんな反応をするだろうか。

 

驚くだろうか。

 

喜ぶだろうか。

 

褒めてくれるだろうか?

 

久はちらっと秀介の様子を窺う。

 

 

フッと笑った秀介は銜えていた100点棒を置き、備え付けのテーブルに置いていたリンゴジュースのペットボトルを手に取るとそれをあおった。

 

がぶがぶがぶと音が鳴るほどに、勢いよく。

 

一気に全てを飲み干すと、空になったペットボトルを元の位置に置いて、やはり笑った。

そして。

 

「やるな、久。

 連荘を止められたのは初めてだ」

 

褒めてくれた。

 

「あは・・・・・・」

 

何だろう?

褒められる事がこんなに嬉しいなんて。

 

だから思わず泣きそうになったけど、それはあまりにも早すぎるから我慢した。

 

「あ、当たり前でしょ?

 長年あんたの幼馴染をやってるんだもの。

 たまにはこれくらいできないとね」

 

そう言って笑い返すと、秀介も「なるほど」と笑ってくれた。

 

そうしてひとしきり笑った後、山を崩しながら秀介は言った。

 

「さて、久の親番だな。

 何連荘できるか見させてもらおうか」

 

その言葉に久は「あれ? これって次に私が狙われるんじゃ・・・・・・?」と思ったものだがそんな不安は飲み込んで、ふふっと笑って見せた。

 

「見てなさい、シュウ。

 私がその点棒、全部削ってやるんだから!」

「そうか、期待していよう」

 

二人は笑い合い、やがて一息ついて気合いを入れ直した。

 

 

局は止まっていた東三局から、東四局0本場へと移った。

 

 

 

ゆみ  58000

衣   63000

秀介 181900

久   95800

 

 




やったね、とうとう一矢報いたよ。
秀介の連荘を止められるくらいに成長したんだね、久ちゃんは。


追記:タンヤオ一盃口→タンヤオ平和一盃口、及び東三局6本場、上がり役に対する周囲の反応を修正しました。

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