咲-Saki- とりあえずタバコが吸いたい先輩   作:隠戸海斗

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37加治木ゆみその2 沈黙と宣告

東四局0本場 親・久 ドラ{⑧}

 

久 95800

配牌

 

{五六八①④⑥⑦1248東西} {白}

 

折角秀介の上がりを止めたというのに、その直後の配牌がこれ。

うーむ、と頭を悩ませる。

先程の上がりの直前まで来ていた好配牌がここで来てくれれば「流れが来た!」と喜べたのだが。

 

(ま、地和で上がれたのなんてただの運だしね)

 

運で成し遂げたことなんて所詮そこまで。

秀介の上がりが止まったのか、秀介の上がりを止められたのか、重要なのはそこだ。

 

有名な麻雀打ちは言った。

運で止まったんじゃ足りない、だから力で止めた、とかなんとかそんな感じの事を。

 

地和で上がって秀介の上がりが止まったのは、所詮運だけ。

 

(ならここで上がって、しっかりと流れを掴まないとね)

 

第一打、久は{①}を選んだ。

 

 

ゆみ 58000

配牌

 

{一四八八①①⑤⑦(横⑥)⑨46東南}

 

ゆみは第一ツモを配牌に加えながらちらっと視線を向ける。

久に、ではなく正面の秀介にだ。

 

(・・・・・・先程の局の第一打{(ドラ)}、あれは久の上がりを止める為だったのか?)

 

人の手牌に対子である牌をピンポイントで捨てるとか常識的にあり得ない。

何巡か進んだ後にならそこまで読む達人もいるだろうが、さすがに配牌時でそんな事を読める人間がいるとは思えない。

だがそれでも、この志野崎秀介ならありえるのでは?と思えてしまう所が恐ろしい。

二回戦目の第五、第六試合直前に思いついた馬鹿げた発想が再び頭をよぎる。

 

(・・・・・・未来が見えている、か)

 

やはりそんな馬鹿なと鼻で笑いたくなる。

だがしかし、あの上がりの速さと不要牌の見切りを考えると説得力はある。

 

(・・・・・・「そう言う能力を持っている」という前提で動くしかないか)

 

最悪の事態を想定して動いていれば、少なくとも動揺は無い。

 

(とはいえ、未来が見える相手にどうやって対抗すればいいのか)

 

ゆみはため息交じりに{一}を手に取り、捨てた。

 

 

局は進み8巡目。

秀介は特に動きを見せないままだった。

 

(・・・・・・あの連荘力を考えると、シュウは連荘を止められたらしばらく手が悪くなるとかデメリットがあったりするのかしら?)

 

秀介自身も連荘を止められたのは初めてだと言っていたし、上がりを止められたらどうなるかは分からない。

だがここまで動きが無いところをみるとその可能性もある。

久はそう考えながら牌をツモった。

 

{四五六③③④⑤⑥⑦(横③)4[5]68}

 

聴牌、{8を切れば②-⑤-(ドラ)、④-⑦}の五面張。

ツモが順調に重なり、あの配牌が良くここまで来たものだ。

折角の好手牌、それに秀介の連荘を止めた直後だ。

ここは無理をせず上がりを取っておきたい。

無理をせず、無茶をせず、確実に上がりを。

そうなればやる事は決まっている。

久は不要牌を手に取ると、ちらっと秀介に視線を向ける。

それに気づいたのか、秀介も「ん?」とこちらを向いた。

 

(いつまでもやられっぱなしってわけにはいかないのよ)

 

そして久は普段より強めに捨て牌に、

 

{⑦}を置いた。

 

「リーチ!」

 

千点棒と共に。

 

後ろで見ていたメンバーがざわめく、多面待ちを捨てての単騎待ち!

 

(私はいつだって、私らしくね!)

 

 

(ふーむ・・・・・・)

 

そんな久のリーチを見ながらゆみは山に手を伸ばす。

自信満々というか楽しげに宣言されたリーチ。

普通ならばどれだけ上がりやすい待ちかと思うところだろう。

だが昨夜藤田プロを交えて何度か打ったゆみは既に予測を立てている。

 

(また悪待ちかな)

 

久らしいと思いつつ、この状況で大胆だなとも思う。

 

{四四五八八④[⑤]⑥⑥⑦246(横5)}

 

ツモってきたのは有効牌。

久の捨て牌にちらっと目を向ける。

 

久捨牌

 

{①西白東1八2六} {横⑦(リーチ)}

 

悪待ちは通常読みにくい。

だが久の場合好手を捨てて悪待ちというのが多い。

捨て牌をぱっと見てゆみはその手を平和手と読んだ。

最後の{⑦、あるいはその前の六}切りの辺りで悪待ち用の牌を抱え込んで、本来手に残しておいた方がいい有効牌を切り出したものと思われる。

 

(久の捨て牌はどの色もまんべんなく捨てられている。

 平和手で特定の色に偏っていないとなれば、おそらく三色手だろう。

 悪待ちを躊躇なく選択できるとなれば三色が確定しているとみた方がいい)

 

三色とタンヤオ、リーチをかけているし裏ドラの可能性も考えれば跳満辺りは覚悟しておくべきか。

とりあえずゆみの手で不要なのは{2}。

久の捨て牌にもあるのでこれで当たられる事は無い。

 

(・・・・・・問題は手が進んだ時か。

 萬子の処理が難しいな)

 

ゆみの手は平和手を狙うのによさそうな手牌だ。

だがここから平和を狙うとなると、{三-六を引き入れて四}を切らなければならない。

久の捨て牌に{六八があるし、その間の七を待ちに含む四-七}は久が悪待ちで無かった場合は危険牌だ。

 

久の捨て牌で抜け落ちているのは345。

その前後、234や456の可能性もあるが、{三四四五}の中ぶくれ単騎待ちなんて如何にもやりそうだ。

 

(他にも・・・・・・索子の下側が切られているが上は全く出てきていない。

 その辺での単騎待ちなんて可能性もあるかな)

 

いずれにしろその周辺の牌を抱え込んだまま他の牌を処理し、手を再構成する余裕があるかどうか。

 

 

衣 63000

 

{二三⑤⑦(ドラ)⑧⑧⑨⑨(横④)2356}

 

衣は未だ調子を取り戻せず、怯えた様子で周囲を窺った。

いや、正確には秀介を主に注視していた。

 

衣は前局の久の上がりが一時的なもので、秀介の流れを止めるに至っていないと思っている。

だから注意すべきは久よりも秀介だ。

それでも一応久の手に意識は向けている。

 

(・・・・・・18000・・・・・・)

 

一時的な運で上がりを取った直後にこの手とは中々悪くない。

流れは来ていなくても、傾きかけてはいるようだ。

だがそれでも。

 

(・・・・・・しゅーすけがそんな上がりを許すはずがない)

 

彼の手からはまだ聴牌の気配が無い。

だが相手はあの秀介だ、あと2、3巡もあればあっさり上がりを取る事だろう。

だから衣にとっては自分が振り込まない事が最優先だ。

衣は今しがたゆみが切ったばかりの{2}を合わせ打ちした。

 

そして秀介、山に手を伸ばし牌をツモる。

 

だがその直後、一瞬秀介の手がカクッと下がりかける。

 

一瞬だけ力が抜けてしまったかのように。

 

「ん?」と久が視線を向けた時には、既に秀介の手から牌が転がり落ち、{8}が表になるところだった。

 

「・・・・・・え?」

 

何?どうしたの?と久が秀介に視線を向けるが、秀介は軽く指を動かすだけ。

表情も一瞬驚いたような表情をしていたが、すぐに無表情になった。

 

「・・・・・・悪い、滑った」

 

秀介はそう言ってその牌をそのまま自分の捨て牌に加える。

久は驚きの表情でその{8}と自分の手牌を見ていた。

 

「・・・・・・いいの? それで」

「表になっちまったからな、今更手牌に加えるわけにはいかないだろ」

 

秀介はそう言って苦笑いを浮かべるのみ。

 

「・・・・・・いいなら、いいけど・・・・・・」

 

久はそう言って手牌を倒した。

 

「ロン」

 

{四五六③③③④⑤⑥4[5]68} {(ロン)}

 

「リーチ一発タンヤオ三色赤」

 

そして裏ドラを返すと、現れたのは{7}。

 

「・・・・・・裏2」

 

なんか、変。

 

「・・・・・・24000」

「ほいよ」

 

ジャラッと点棒を渡される。

その点棒を仕舞いながら、久は改めて秀介に視線を向けた。

 

確かに上がれたし、しかもそれが直撃だったのだ。

これで完全に久に流れが来た事だろう。

 

だが、なんか違う。

これはおかしい。

 

「・・・・・・シュウ」

「ん? どうした?」

 

声をかけてみるが秀介はいつもの様子で笑うのみ。

どうした?って聞きたいのはむしろこちらの方だというのに。

 

「・・・・・・なんでも」

「・・・・・・そうか」

 

秀介はそう返事をして山を崩すと、卓の中に流し込み始めた。

久はそれを手伝いつつ、しかし秀介に視線を送る。

秀介の調子はいつもと変わらないように見える。

 

そしてそれが余計に久を不安にさせた。

 

 

 

東四局1本場 親・久 ドラ{發}

 

久 119800

配牌

 

{一五九③④④⑤22678西} {中}

 

秀介から上がりを取った直後の配牌がこの形。

ツモ次第だが不要牌を整理していけばあっという間に上がれそうな手牌である。

久は{一}から切り出した。

 

そして事実、ものの7巡で久は手牌を倒した。

 

「ツモ」

 

{四五②③③④④[⑤]22678} {(ツモ)}

 

「リーヅモタンピン赤、裏1で6100オール」

 

あっさりと、何の障害も無く。

そしてそれが彼女には堪らなく不満で、不安だった。

 

(・・・・・・シュウ)

 

ちらりと視線を向ける。

 

(・・・・・・何で・・・・・・何もしてこないのよ)

 

衣の連荘を見送っていたのは、実力を測っていたのだという可能性が考えられる。

だが今更秀介が、付き合いの長い自分を相手に様子見をして来るとは思えない。

しばらく一緒に打っていなかったから、なんて言い分もあるかもしれないけれど、この合宿でお互いの打ち方は十分見てきたし。

というかそもそも、そんな様子見が必要無いほど秀介は実力者だろうに。

 

先程の地和と倍満を合わせて「久はかつてとは違う、いい打ち手になったな」とか思ってくれた上での様子見だったら、それは凄くありがたいのだが。

いや、ありがたいというよりも嬉しいのだが。

 

(ま、それは無いわよね・・・・・・)

 

秀介はそういう成長を見せ付けてやろうとしても、そのまた一歩先を行ってこちらを悔しがらせてくるタイプだ。

そしてそれだけではなくて、その後でちゃんと「成長したんだな」と褒めてくるタイプだ。

実に憎らしいイケメンっぷりである。

多分、幼馴染補正を抜いても。

 

しかしそうなると秀介が今更本気で掛かって来ない理由が不明。

今の上がりで二人の点数は秀介151800、久138100。

次に久が満貫でもツモればもう逆転が見えるところである。

 

(・・・・・・越えたい・・・・・・)

 

この実力者を。

そしてそれをさせなかったから秀介は強い、それも分かっている。

なら今度こそ、次の局こそ。

 

(シュウ、私にあっさり越えられるなんて許さないでよ?)

 

それは遠回しに「私を叩きのめしてよ」と受け取れる気もするが、彼女自身そんなつもりがあるのか無いのか。

 

ともかく二人の点差はもはやたったの13700。

ならばこの局、久は上がりを目指すのみ。

 

 

 

東四局2本場 親・久 ドラ{5}

 

久 138100

 

{二三四九九九②③2489南} {西}

 

どう見ても三色手牌。

ならばそれに乗るのみ、と久は{南}を捨てる。

 

次巡。

 

{二三四九九九②③24(横3)89西}

 

有効牌だ、{西}を切り出す。

この手牌、{7を引いて九}を切り出して平和手にするのが理想か。

だがその場合三色不確定になりそうだ。

平和は欲しい、しかし安目ツモは避けたい。

何とかしたいなぁと思いつつ、3巡目。

 

{二三四九九九②③2(横⑤)3489}

 

(むむ・・・・・・)

 

少しばかり考える。

{九}は一枚切り出して頭にするとして、{⑤}にくっつく周辺牌を引ければ三色が確定できそうな。

いや、筒子が伸びるなら{②③④⑤⑥}の不確定三色でリーチを掛けてもいい。

安目をツモってもフリテン選択、{④-⑦}ツモ狙いだ。

ならば{89}は切り捨てよう、と久は{9}を捨てる。

 

4巡目。

 

{二三四九九九②③⑤(横8)2348}

 

ツモが変な方向にずれた。

一応{⑤}を切り出して聴牌だ。

だがタンヤオも平和もつかない不確定三色のみ。

 

(それはちょっと・・・・・・)

 

タンヤオか平和、せめてどちらかはつけたい。

そうなると邪魔なのが{九}の暗刻だ。

捨てようかと悩む。

幸いまだ4巡目、手を再構成する時間はある。

 

が、手の再構成を考えると厄介なのが秀介だ。

ここしばらく大人しいが、こちらが手を回している間にさっさと上がられる可能性もある。

どれだけ大人しくしていようが一瞬で上がられる可能性がある以上、手をこまねいている時間は無いだろう。

ただ同卓しているだけでこんなにも悩まされる打ち手もいるまい。

 

(とりあえず・・・・・・)

 

久は考えた挙句{⑤}に手をかける。

 

(リーチはしないでおきましょ)

 

そしてそれを捨てるだけでこの場は収めた。

この選択がどうなる事やら。

 

そして5巡目。

 

{二三四九九九②③2(横七)3488}

 

パッと{七八九九九88}の変則三面張が思い浮かぶ。

だが三色を目指しつつそれを組み込むことは不可能だ。

変に頭を悩ませるようなツモを、と考えてしかしその手は{九}に向かう。

 

(・・・・・・このツモに、意味があると考えましょう)

 

幸い{八}が引ければ平和がつけられる。

カンチャン待ちになるとしても、その間に{④}を引いて三色が確定できればベターだ。

そう考えて{九}を切り出した。

 

6巡目、狙い通りのツモが来る。

 

{二三四七九九②③2(横④)3488}

 

カンチャン{八}待ち聴牌だ。

リーヅモ三色、満貫には届かないが裏ドラは期待できるし、このままでも秀介を逆転できる。

仮に{九}暗刻を残していたらこれでツモ上がりだったが、役はどの道リーヅモ三色だけだ。

 

(どうする? このままリーチしようかしら?)

 

ここからの手変わりと言えば{六}を引いてタンヤオ平和がつけられるくらい。

タンピン三色はリーヅモで跳満だ。

そこまで出来れば最高だが、その為にはただ一点、{六}をツモらなければならない。

 

(引いてこれるかしら・・・・・・)

 

前局の上がりと今回の配牌とツモ、どちらも流れを掴めているだろう。

思い切って乗るのもいい。

だがやはり不安なのが秀介だ。

ここまでの静けさが何かを狙っているのだとしたら。

 

(むぅ・・・・・・)

 

悩みに悩んだ挙句久は{九}を手に取り、それを捨てた。

リーチはかけなかった。

 

(迷ったら前に出ない方がいい)

 

迷った末の決断は失敗した時に後悔を呼ぶ。

後悔は引き摺って後々にマイナス要素を呼び込んでしまう。

行く時は行くと迷わず決断できた時だ。

 

そしてそんな久の元に幸運が舞い込む。

 

{二三四七九②③④2(横六)3488}

 

ほら来た、もう迷いは無い。

 

「リーチ!」

 

{九}が三つ並ぶ捨て牌に誰もが注目するだろう。

今回は悪待ちではなく良形、だがこの手牌が果たして読めるだろうか。

 

ふふんと笑いたくなる久の喜びは、直後のゆみの声でかき消える。

 

「リーチ」

「!?」

 

ダン、と力強く放たれたその牌は横向きだった。

 

ゆみ 51900

捨牌

 

{2南白中東[5]} {横⑥(リーチ)}

 

字牌が多くて読みにくい。

だが{[5]}を切って追いかけリーチをして来る以上良形で手も高いだろう。

安くて満貫か。

 

(久、志野崎秀介を意識する気持ちは分かる。

 天江衣と志野崎秀介の対戦を見ているのも心が躍る。

 だがな)

 

ゆみはフッと久に笑いかけた。

 

(麻雀は四人でやるものだ。

 私とて鶴賀の代表、除者(のけもの)にして貰っては困る)

 

そして数巡後、{五}が卓に晒されて決着はついた。

 

「ツモ」

 

{六七①②③④[⑤]⑥⑦⑧⑨⑨⑨} {(ツモ)}

 

「・・・・・・同テンだったのね」

 

久は手牌を晒しながら苦笑いをする。

 

「珍しい捨て牌だと思っていたが、良形だったか。

 てっきりまた悪待ちかと思ったよ」

 

ゆみは変わらずクールに笑った。

 

「リーヅモ平和一通赤。

 裏は一つで変わらず、3200・6200」

 

 

ゆみ  65500

衣   53700

秀介 148600

久  130900

 

 

東場が終わった時点で各々の点数はこの状態。

 

そして長かった東場が終わり、南場に突入する。

 

 

 

南一局0本場 親・ゆみ ドラ{8}

 

ゆみ配牌

 

{六七⑥⑨1456679東北} {發}

 

今の上がりで衣を逆転、3位に上がる。

衣は今なお怯えた様子だ、しばらくは立ち直りそうにない。

だがそう楽観視はできない。

自分だって県大会の決勝で一度心を拉ぎ折られかけたが、そこから持ち直す事が出来た。

あの時の自分はモモを始めとする仲間達が心の拠り所だった。

今の衣もそれに匹敵するものを持ち合わせているだろう。

 

(天江衣はきっとこれから蘇る)

 

ならばその前に上がりを重ねて点数を稼ぐ。

 

時にセオリー外の打ち回しをするゆみ。

だがその打ち方は基本がしっかりあるからこそだ。

まずは基本に忠実に、ミスなく最短に上がりを目指す。

この手が一通に伸びればそれは幸い。

だがまず目指すのは平和の形にすることだ。

ゆみは{北}を捨てた。

 

2巡目。

 

{六七⑥⑨(横⑥)1456679東發}

 

中張牌で頭が出来た。

{6}も2牌あるが、{456と67の面子で使うから}頭としては除外だ。

これでタンピン手が狙える。

{⑨}を切り出す。

 

3巡目。

 

{六七⑥⑥(横[五])1456679東發}

 

萬子の面子が完成。

しかも赤とくれば申し分はない。

次に切るのは、とゆみは{東發}に手を伸ばす。

{1}はまだ一通の目を残しておきたいので切れない。

切るのは字牌のどちらにするべきか。

 

さほど悩むことなくゆみは、{東}を抜き出して捨てた。

 

親番の{東}、自分しか使えない役牌をこの段階で捨てるのは早すぎるんじゃないか?と見学者も思う。

だが彼女に迷いは無かった。

 

(平和手で行くと決めた以上役牌は不要。

 仮に重なっても後悔は無い。

 読み間違えたと反省するとしたら・・・・・・まぁ、暗刻になってしまった時かな)

 

一度道を決めたら決して後悔しない強い決意。

それもゆみの強さだ。

 

4巡目。

 

{[五]六七⑥(横②)⑥1456679發}

 

({②}・・・・・・)

 

表情は全く変化を見せず、しかし少しの違和感を持ってゆみは{發}を捨てる。

一応中張牌だからと手に残したが、おそらくこの{②}は使えない。

いずれ切り出すだろうと予感した。

 

5巡目。

 

{[五]六七②⑥⑥14(横2)56679}

 

一通の面子、{2}ツモだ。

前巡ツモった{②}を切り出す。

 

が、6巡目のツモは再び{②}。

むぅ、と少しばかり残念そうにツモ切りする。

 

次巡のツモは不要牌の{西}。

中々ままならないこともある、それも麻雀だ。

 

8巡目。

 

{[五]六七(横四)⑥⑥12456679}

 

萬子が横に伸びる。

直後、ゆみは{1}に手をかけた。

 

(この萬子は・・・・・・まだ伸びる)

 

あっさりと一通を捨て、ゆみはタンピン手に決め打ちする。

 

次巡、{(ドラ)}ツモ。

一通は目指せたかもしれないが構わず{2}切り。

 

そして時間は掛かったが10巡目。

 

{四[五]六七⑥(横八)⑥45667(ドラ)9}

 

「リーチ」

 

{9}を切り出してリーチだ。

少し遅めのリーチにゆみ自身少しばかり首を傾げる。

ここまで他家から聴牌が無かったのは珍しいだろう。

先程上がって流れが来ているとはいえ、久も天江衣も、それどころか志野崎秀介も全く追いついてこれていないというのだろうか?

いやいや、油断しているとどこからどんな攻撃が飛んでくるか分からない。

ここは今の内稼ぐ事を選択しておこう。

 

2巡後、ゆみはツモ上がった。

 

{四[五]六七八⑥⑥45667(ドラ)} {(ツモ)}

 

「リーヅモタンピンドラ赤、裏無しで6000オール」

 

 

 

南一局1本場 親・ゆみ ドラ{6}

 

ゆみ 83500

 

{三五①③⑤⑦1234479} {南}

 

この配牌、またしてもタンピンか一通か悩むところ。

いや、牌の寄り方によっては純チャン三色も狙えそうだ。

捌くのが難しそうだが、それくらいできなくてはこの面子相手に勝ち抜けまい。

まずは{南}から切り捨てる。

 

2巡目。

 

{三五①③⑤⑦12344(横4)79}

 

これもタンピン手か、とゆみは{9}を切り出す。

次巡の{中}は無駄ヅモ。

 

4巡目。

 

{三五①③⑤⑦(横⑥)1234447} {7}切り

 

5巡目。

 

{三五①(横四)③⑤⑥⑦123444} {①}切り

 

6巡目。

 

{三四五③⑤⑥⑦123444(横5)}

 

(・・・・・・三色だ)

 

あっさりと決断し、ゆみは{1}を切る。

 

7巡目。

 

{三四五③⑤(横④)⑥⑦234445}

 

予測通り聴牌。

 

「リーチ」

 

{2}を切り出してリーチを宣言する。

待ちは{②-⑤-⑧}。

ただし{②}で上がると三色が消える。

安目ツモは勘弁したいものだと思いながら次巡を待つ。

そしてツモったのは不要牌{北}。

ツモ切りする。

そして。

 

「リーチ」

「!」

 

同巡、久がリーチをかけてくる。

 

久 124900

 

{三四④④④⑦⑦⑦22(ドラ)66}

 

ドラ3内蔵のタンヤオ三暗刻だ。

ツモれば倍満、裏が絡めば三倍満まで見える。

 

東四局では久の先制リーチに対して自分が追いかけた。

今回はその意趣返しになるか。

 

(面白い)

 

ゆみは山に手を伸ばす。

 

(抜き身の真剣勝負と言ったところかな)

 

ツモったのは自分にとって不要牌の{9}。

この牌が通るか、と思いながらそれを切り捨てる。

 

一方の久も追いかけて有利なわけではない。

後からリーチをかけておいてゆみの当たり牌を引くなんて笑えない冗談はよしてほしい。

そう思いながらツモったのは{白}。

この牌が通るか、と思いながらそれを切り捨てる。

 

(負けないわよ)

 

お互いに視線を交わしてフッと笑った。

 

 

その様子を、衣はどこかぼんやりとした様子で眺めていた。

そして考えていた。

 

この二人は楽しそうだな、と。

 

そして、思い出した。

 

(・・・・・・衣も麻雀を楽しみたいと思っていたはず・・・・・・)

 

チラッと秀介に視線を向ける。

連荘を阻止されてから沈黙を貫いている秀介。

能力のデメリットか、それとも今更様子見か。

いずれにしろ聴牌気配どころか麻雀に対する集中もどこか霧散しているように感じる。

 

(しゅーすけ・・・・・・)

 

散々狙い打ちをされたせいで恐怖を感じてしまっている衣。

 

だが。

県大会の決勝戦で戦った相手、咲、ゆみ、池田。

自分を下した咲はもちろん、ゆみも池田も最後まで諦めることなく自分に喰らいついていた。

 

同じ境遇の自分が今現在こんなにも落ち込んでいるというのに、あの時の三人はなんて強かったのだろうか。

 

(・・・・・・衣も・・・・・・衣もあんな風に・・・・・・)

 

あの時の三人のように、強くなれるだろうか?

 

 

「ツモ!」

 

{三四五③④⑤⑥⑦34445} {(ツモ)}

 

決着がついた、ゆみのツモ上がりだ。

 

「リーヅモタンピン三色。

 ・・・・・・裏無しで6100オール」

 

この上がりでゆみは102800、久は117800。

15000点差は満貫ツモでひっくり返る。

そしてもし久を抜けば、その先の秀介も逆転圏内だ。

 

一気に決める、次の局で!

 

ゆみは力強く誓った。

 

 

 

南一局2本場 親・ゆみ ドラ{8}

 

ゆみ 102800

 

{七⑤1123344678南} {北}

 

ゆみの誓いに答えるような力強い清一手。

だが久の方も負けてはいない。

 

久 117800

 

{一一三七八九①③123東北}

 

純チャン三色目前の配牌、こちらも強力だ。

お互いに交わした視線で、互いにこの試合の苦戦を予感する。

だが。

 

(勝たせてもらうぞ)

(負けないわよ!)

 

それがまた楽しい。

 

第一打に{北}を選んだゆみ。

そして久の第一ツモ。

 

{一一三七八九①③1(横九)23東北}

 

{北}を切り出して純チャンを目指す。

 

2巡目、ゆみ。

 

{七⑤1123(横2)344678南}

 

こちらも順調、{南}を捨てて清一へ一直線に進む。

そして再びお互いに視線を交わし、負けないと己の意思をぶつけ合う。

 

4巡目。

 

{一一三七八九九①③(横二)123東}

 

まずは久が一歩リード。

{東}を切って純チャン三色一向聴だ。

 

そして6巡目。

 

{七⑤112233446(横6)78}

 

ゆみもそれに追いつく。

{七}を捨てて清一一向聴。

 

どちらが先に聴牌し、どちらが先に上がるのか。

お互いに不要牌ツモを重ねて行く。

 

そして、

 

そして。

 

 

{⑤11(横二)2233446678}

 

ツモ切り。

 

{一一二三七八九九①(横⑧)③123}

 

ツモ切り。

 

これで12巡目が過ぎていた。

さすがに二人もおかしいと思い始める。

好配牌で徐々にだが聴牌に進んでいく、いい流れだったはずなのに。

 

(このツモ・・・・・・)

(どうかしてる・・・・・・!)

 

そこまで来てようやく思い至った。

 

このツモは仕組まれたもの。

 

秀介に潰されたと思っていた、彼女の能力の副産物だ。

 

そして17巡目。

 

「リーチ」

 

彼女の宣告が成される。

 

(くっ・・・・・・油断していた!)

(そうよね・・・・・・これくらいで潰れていたら世話無いわね)

 

二人とも自分の最後の摸打を済ませる。

 

そして彼女は最後のツモを高らかに掲げた。

 

 

「ツモ」

 

 

{二三四①③④[⑤]⑥99白白白} {(ツモ)}

 

 

「リーチ一発ツモ白赤1」

 

 

あぁ・・・・・・しゅーすけの連荘のお陰かな・・・・・・。

 

 

「海底撈月」

 

 

月が、満ちてきた。

 

 

 


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