咲-Saki- とりあえずタバコが吸いたい先輩   作:隠戸海斗

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今回はあえて読む人が理解不能かな?という程度で書きました。
理解不能っぽく書いた演出が理解不能のまま終わった人は完結してから改めてどうぞ。
それでも通じなかったらどうしよう?(

「B story」18話の最後、「そう言っているかのように」という一言はいらないんじゃないか?と感じた人は正解。
あと「B story」16話で秀介が意識を取り戻してから、地の文で「秀介」とは呼ばずに「彼」とか「その男」とかで徹底した事に気付いた人も。

ジャンジャジャーン! 今明かされる衝撃の真実ゥ!



40志野崎秀介その11 ぜつぼうとりかい

ふと気がつくとそこはベッドの上だった。

横になったまま周囲を見渡すがそこは見覚えの無い部屋。

何だか頭が重い、それに少し痛い。

身体もだるい、動きたくない。

右手を頭に当てる。

少しばかり自分の髪をくしゃっといじる。

ほんのり脂の感触、何日か身体を洗っていないようだ。

 

ふと左手に重みを感じる。

頭をあげて確認してみると、そこには首下辺りまで髪を伸ばした少女の姿。

左手を抜こうとしたがぎゅっと握られたまま。

 

「・・・・・・ん・・・・・・」

 

少女が小さく声をあげ、一息ついて顔をあげたのはそのせいだろう。

起こしてしまったようだ。

 

顔をあげた少女は少しばかりやつれているように見えた。

まるで心配事があってろくに眠れていないような、それも何日か継続しているかのような。

 

それを見て、彼は何故だか「自分の中の誰か」にその一言を言うよう強制された気がした。

だから彼はその一言を口にした。

 

「起きたか?」

 

「・・・・・・え?」

 

目があった少女は一瞬後その目を見開く。

そして彼は続けて次の言葉を口にする。

 

「・・・・・・迷惑をかけたみたいだな」

 

「・・・・・・シュウ・・・・・・!」

 

少女は彼に抱きつき、その胸に顔を寄せて泣き出した。

死にかけだった誰かの生還を喜ぶように。

 

そしてちょうどそんなタイミングで、病室のドアが開かれた。

 

「・・・・・・久、そろそろ面会時間も・・・・・・」

「久、そろそろ帰れ。

 シュウが心配なのは分かるがお前まで体調を・・・・・・」

 

入ってきた二人も自分の姿を見た途端に固まり。

 

「・・・・・・やぁ、まこと靖子姉さん」

 

少し弱々しく手を挙げると駆け寄って来たのだった。

 

 

彼は未だ自分に抱き付いている彼女の頭を撫でながら小さく一息つき、そして改めて周囲を見渡す。

 

ここは病院か?

 

それはいい、見れば分かる。

問題はそこでは無い。

 

目の前にいる女性陣。

親戚の靖子、よく知っている人だ。

後輩のまこ、よく知っている人だ。

 

 

そして彼はこの少女の頭を撫で続けながら、その疑問を明確に形にした。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・この子は・・・・・・誰だ?

 

 

 

 

 

それは実に不思議で、奇妙な感覚だった。

 

後輩の染谷まこ、麻雀卓のある喫茶店、清澄高校、麻雀の大会、吐血、自動卓、親戚の藤田靖子、志野崎秀介。

記憶を辿ればさらに思い出す。

吐血、城ヶ崎、南浦、億蔵老人、エリス、新木桂。

 

そして死神。

 

全てあったこと、起こった事実だ。

元々記憶力もいい彼は全てを順調に思い出すことが出来た。

 

だが一つ、この目の前にいる「久」という少女のことを思い出せない。

彼の記憶をもってしても思い出せないことだから、最終的に彼が出した結論は「知らない」だった。

 

しかし周囲も彼女自身も、彼にそんな結論を許さないかのような親しげな接し方だった。

自分が知らないはずの事を知っているべきだと強制されるような。

いや、それを知っているのが当然であるかのように会話をしてくるのだ。

知らないはずの事が体験してきた事になっている、という感覚。

 

そしてさらに奇妙なことだが、彼自身、そんな結論を周囲の誰にも話せずにいたのだ。

気持ちの問題が、などという理由ではない。

その言葉の通り、()()()()()()()()()()()

 

 

あまりSFだとかファンタジーとかの本を読む趣味は無かったが、例えてみるならば知らない人間の人生に無理矢理魂を突っ込まれたような気持ち悪い感覚だった。

そんな気持ち悪い感覚の中、しかし自分の口は何の戸惑いも無いかのように周囲の人間と会話を交わす。

 

「血を吐いたってのは聞いたけど、その時の苦しさとかまったく記憶に無い。

 未だにふらふらするのはその名残なんだろうから何となく実感は湧くけど」

 

自分の身体を勝手に使われている感覚。

 

いや、やはりこれは他人の中に勝手に魂を突っ込まれているという事なのだろうか。

 

自分の意思で身体を動かすことはできる。

自分の意思で言葉を発することもできる。

だが、突然の状況でどうすればいいのか戸惑った時、自分の身体が勝手に行動を起こすのだ。

 

「大丈夫だ、すぐに退院するからな。

 また麻雀でも打とう。

 それまで待っててくれ」

 

そう言って少女、久の頭を撫でる自分の身体。

突然泣き出した久がそれで収まったところを見るとその行動は正解だったようだ。

周囲も「お前ならそうするだろうな」と言いたげな温かい視線を向けてくる。

 

だがそれを勝手に行われる自分としてはたまったものではない。

 

気持ち悪い、ふざけるな、何だこれは。

 

何故俺はこんな行動を取っているんだ!?

 

 

 

自分という意識を保つ為に、彼は一人でいる時に自分の頭の中を整理するようにしていた。

 

名前は志野崎秀介、高校二年生。

前世の名前は新木桂。

名前も知らない死神の手によって新たに生まれ変わった存在。

 

あの少女は染谷まこ。

自分と一緒に久をからかっていた()()()同じ部活の後輩。

なお彼女も自分のからかいの対象。

 

あの女性は藤田靖子。

麻雀のプロとして活躍している親戚。

 

そして肝心のあの少女は竹井久、同じく高校二年生、らしい。

それ以外のことは「知らない」。

やはり覚えていない、記憶に無い。

 

周囲が知っている「全てを覚えている人物」を「志野崎秀介」とするならば、自分は一体何者なのだろうか・・・・・・。

何者だと名乗ればいいのだろうか・・・・・・?

それを考えると頭が痛くなってくる。

 

人間関係はこの辺にしておき、続いて勉学の記憶の整理に行こうかと思ったがそれよりも先に麻雀関係の整理を行う。

 

 

 

まず思い返すのは子供の頃。

自動卓と一人向き合って数々の実験を行っていた記憶。

牌の透視、入れ替えの能力。

 

新木桂だった時にはさほど気にならなかった。

最初にその力を手に入れた時には、それを使わなければ生き残れないような状況だったわけだし。

だがその後は違う。

 

確かにこの力は大いに役に立った。

数々の勝利へと導き、不敗伝説を打ち立てるに至った。

 

それこそ、能力なんて無くても勝てた試合においてもだ。

 

牌を入れ替える事が出来る。

志野崎秀介となった今でこそその能力を明確に知ることができている。

欲しい牌を山の別の牌と入れ替える。

やり過ぎると具合が悪くなり、頭痛どころか吐血に至る。

 

それはまだいい。

麻雀というゲームそのものを崩壊させる可能性のある能力だが、使わなければ何も起こらないのだから。

 

だが、牌の透視。

これはいけない、非常に頂けない。

 

どこに何があるのか分からない山から牌をツモり、不要と思われる牌を切っていく。

人の手の進行を読み、不要牌を通して必要牌を押さえる。

リーチをかけた。

いつツモれるか分からない、誰の手からこぼれるか分からない、裏ドラが乗るかどうかわからない。

 

それが麻雀というものではないのか?

 

山を見通して自身の欲しい牌がどこにあるのかを知る。

それに合わせて手を変える。

次にツモる牌が見える。

それに合わせて手を変える。

人の欲しい牌が分かる。

それに合わせて手を変える。

人の当たり牌が分かる。

それに合わせて手を変える。

 

それ、麻雀と呼べるのか?

 

トランプをいくらシャッフルしようが、表向きで並べて同じ数字を揃えて行く、それを神経衰弱と呼べるのだろうか?

そもそもそれはゲームなのか?

何が面白いのだ?

分からないカードをめくっていき、そのカードを記憶して、「欲しいカードが引けますように」と祈りながら新たなカードをめくる。

それが、それこそが神経衰弱ではないのか?

どこに何があるのか分からないから、それが面白いのではないのか?

それをゲームと呼ぶのではないのか?

 

 

新木桂は数学が好きな男だった。

得意なだけではない、好きだったのだ。

計算式に当てはめて手を進めて行けばきっと上がれる、きっと敵の上がりを抑えられる。

麻雀にもそんな公式がきっとあるに違いない、新木桂はそう考えた。

目に見えない領域、人の手に負えない領域、そこにすら公式を用いて挑んだ。

その公式の正しさを証明する為に勝ちを続けた。

 

時に理不尽な敗北が忍び寄る事もあった。

例え麻雀の9割を公式で解明する事が出来ても、残り1割、見えない山から牌を引いてくる以上どうしても解明できない部分という物が存在する。

その領域で負けることもあるかもしれない。

だがその敗北を、新木桂は己の(公式)で捩じ伏せてきた。

確率、思考、計算式、それらで麻雀に挑み、敗北することなく何年も生きてきた。

むしろそういうイレギュラーこそ新木桂は好んだ。

思い通りになるだけでは面白くない。

そういう理不尽を捩じ伏せるほどの力が数学にあるはずだ。

ならばまた新たに公式を作るだけだ。

 

数字というのは不定では無い。

特定の公式に当てはめれば計算ミスが無い限り100人が100人同じ答えを出す。

そこに取りこぼしは無い、理不尽も無い。

完璧な確定事項。

それが好きな人間としてイレギュラーを好むのはどうかと思うが、しかしそんな思考が新木桂を成長させ続け、能力を手にする前から不敗として名を挙げていた要因だろう。

 

新木桂が牌に愛された人間かどうかは分からない。

その勝ち姿から人は彼をそう呼ぶかもしれない。

だが間違いなく、新木桂()麻雀を愛していた。

 

 

まぁ、そんな人生はイカサマで嵌められたあの試合で一度終幕したわけだが。

 

そこで死神にこの力を与えられ、そこから新たな人生が始まった。

そしてそれ以降、麻雀を打つ度に彼は頭を悩ませていた。

 

全ての牌の在り処が知れる。

よりによってその能力にON、OFFができない。

 

 

人の手に負えない麻雀の闇の領域に計算式で挑んできた彼が、その為に麻雀に人生をつぎ込んできた彼が、その努力の全てをこの能力により否定されたのだ。

 

 

「麻雀をやろう」と三人が牌をかき混ぜ、山を作る。

自分もそれに続き山を作る。

全ての牌の在り処が見えている山を。

 

他の三人は麻雀をやっているのかもしれないが、彼にとってそれはもはや麻雀ではない。

ただの絵合わせ遊びだ。

 

前述の通り、自分の手番の時だけ全てのカードを表にしてやる神経衰弱。

何が面白いのか?

 

配られた時には既に全ての回答が正解で埋まっているテスト。

何が面白いのか?

 

端から順に埋めて行けば勝手に大連鎖を起こしてくれるパズルゲーム。

何が面白いのか?

 

 

最初は楽しいだろう。

新木桂もそうだった。

今までに出来なかった事が出来るようになったのだから。

 

だがすぐに察した。

自分の愛した麻雀が二度と出来ない事に。

もう二度と、人の手に負えないはずの麻雀の闇に挑む事が出来ないのだと。

 

それでも新木桂の頃はまだよかった。

大金を賭ける事が多かったし稀に命のやりとりもあったから仕方なくと割り切ることもできたし、そこそこ年齢も行っていた。

二度と麻雀が出来ないと気づいてからそれほど経たず城ヶ崎と戦い、能力の酷使で死亡したのでそれほど不幸では無い。

一度死にかけから救われた事だし、生きているだけで感謝だった。

 

しかし志野崎秀介としての新たな人生は違う。

確かに死神には言われていたが、この能力をまだ持っているとはっきり確認したのはまだ小学生、これから何年生きるか知らないが仮に前世と同じくらいまでと考えても残り40年程。

その間ずっと、麻雀卓に向かう度にこれを目にするのか。

 

このつまらない()()()()()()()を!!

 

愛した麻雀(もの)を奪われ、不要な能力(もの)を押しつけられて、それで生きていけというのだ。

 

一度死んだのにだ!!

 

あいつは死神だと名乗った。

ああ、その通りだと彼は思う。

 

天使や神様だったらきっとこんなことはしない!

俺を苦しめるだけの能力(デメリット)を与えたりなんかしない!

 

城ヶ崎が羨ましい!

あいつは牌に愛された強運で、しかしそれを()()()()()()()()()()

山に合わせて自分の手を変えるのではなく、手成りで打っていればその手が高くなるような牌が寄って来てくれる!

 

自分も牌が見えない時は似たようなものだった。

例え手が悪くとも次にツモる牌を予測して手を変える。

正解だった時にはにやりと笑い、外れてもまぁそんなこともあると割り切る。

 

断じて答えを知った上で手を変えるような事はしてこなかった!

そんなことは望んでいなかった!

 

 

前世はまだしもこの人生でも同じ感情を抱き続けるなんて、彼は無理だと思った。

 

それこそ自殺を考えるほどに。

 

だが、「志野崎秀介」としての身体がそれを許さなかった。

 

時に勝手に言葉を口走ったり久の頭を撫でたりするこの「志野崎秀介」の身体。

自殺など全く行動に移せる気配がしない。

そもそもそれを考えると心の奥から勝手に感情が湧きあがってくる。

 

頭に浮かぶのは幼馴染の少女、久。

 

だからどうした?

彼女がいるから、それがどうした?

彼女がいる事が、俺が自殺できない理由になるか!

そもそもこの少女は誰なんだ!

 

自身の口から勝手にこぼれる言葉、そして周囲の反応から過去に自分がやったことを察した。

それがあまりにも不満だった。

こんな少女の為に血を吐くほど能力を酷使して。

一体何故!?

この少女にそれだけの価値があるのか!?

いっそそのまま死ねば、俺がこんなに苦しむ事は無かったのに!

何故こんなことになっているのだ?

誰が悪いんだ?

あの死神のせいか?

それともその上にいるというやつか?

 

 

どうして俺がこんな目に遭わなければならないんだ!!

 

 

 

退院して学校に通えるようになる。

記憶を辿るまでも無く麻雀部の部室の場所に身体が赴く。

 

きょろきょろと部室内を見渡してみる。

自身の記憶と比べても本が新しくなっていたり、カーテンが外されていたり、外にビーチベッドみたいなものが設置されていたり、誰の物か分からない私物が増えていたり。

 

ふと目に着いたのは雀卓。

麻雀牌を取り出し、卓にセットしてみる。

山に手を伸ばし、{東}をカシャッと表にする。

あれも、それも。

一つだけ下山にあった。

上の牌を下ろしてその牌を表にする。

{東}が四つ表になった。

やはり能力に変わりは無い、相変わらず山は見通せた。

彼は自虐的に笑った。

 

そして今度はベッドに近寄る。

仰向けでごろんと横になった。

「志野崎秀介の身体」がそのベッドの感触を懐かしむ。

その感覚に引っ張られるように眠気が押し寄せて来た。

うつらうつらと意識を手放して行く。

完全に睡眠に着く前に、やはり再び彼は笑った。

 

・・・・・・俺は・・・・・・いつまでこんな能力に縛られていなければならないんだ・・・・・・。

 

 

 

「あの・・・・・・誰ですか?」

 

声を掛けられて目を覚ます。

「志野崎秀介の記憶」を持ってしても知らない人物がそこにはいた。

話を聞いてみると新入生、宮永咲というらしい。

軽く話をしていると更に二人やってきた。

原村和、須賀京太郎。

どちらも同じ新入生。

 

「せっかく四人揃ったんだ。

 打たないか?」

 

自分の口が勝手にフレンドリーな口調で話しかける。

自分で誘っておいて気が乗らない。

麻雀卓の牌は相変わらず見通せた。

 

 

東一局、親の咲に一発で跳満を振り込む京太郎。

どうやら彼がこの中で一番格下のようだ。

それに比べて上がった宮永咲。

彼女がこの中で一番()()()()()()

前世で強者と相対する時に感じていたのと同じ危機感が、彼女に対してもあった。

とはいえこの時点ではまだそれほど大したことはなさそうだ。

自分にリミッターでも科しているのか、それとも本気でやる気が無いのか。

なのにこんな少女に対してこれほどの気配を感じるとは。

 

・・・・・・少し試してみるか。

 

絶望に浸っていた彼は、ようやくほんの少しだけこの世界に興味を持った。

 

4巡の速攻上がりでペースを崩してみる。

彼女は残念そうに手配を伏せた。

年相応、ただ上がれなかった事を残念がっているだけのように。

まだ分からない。

もう少しだけ試してみる。

 

その過程で京太郎に差し込んで得点を調整したり、和の打ち筋がいかにもなデジタル打ちでほんのり親近感がわいたり。

 

そして東四局、それが決定的だった。

 

「カン!」

 

{中}の暗カンだ。

そして嶺上牌に手を伸ばし、それを表向きに卓に置く。

 

「ツモ」

 

{白發發發} {中■■中横②(ドラ)③横七五六} {(ツモ)}

 

「嶺上開花小三元ドラ1、3000・6000」

 

上がりになる前、むしろ配牌の時点からツモを目で辿って顔をしかめるところだった。

彼女の配牌で{白發中}は手牌に一枚ずつしかなかった。

それが見る間に{發が重なり中}が重なり。

おまけに嶺上開花和了。

 

間違いない、この少女は何かを持っている。

城ヶ崎のような強運では無い。

 

どちらかと言えば自分寄りの、普通では無い能力を。

 

同じ麻雀部員。

ならばこれからも打つ機会はある。

最初に挨拶くらいはしておくのが礼儀か。

ついでに彼女にとって刺激になるだろうか。

そんな面倒見の良かった前世の癖を自虐的に笑いながら、オーラスに彼は仕掛けた。

 

最下位(ラスト)の京太郎に入れ替え能力で牌を送り込み、ついでにカンドラも入れ替える。

そして自分の手牌に集めた{②}の暗カンでカンドラを公開、ノーテンだがリーチ棒を出して完成。

後は彼の読み通りデジタル打ちの和がこちらを深読みして、ノーマークだった京太郎に振り込んだ。

 

ラスだった京太郎が逆転トップ。

この宮永咲という少女は自分がそれを仕掛けたという事に気づくだろうか?

彼女はこう言った。

 

「・・・・・・手牌、見せてもらってもいいですか?」

 

ああ、やはり彼女は何かを察している。

トップを取って気分がいいであろう京太郎と、ノーテンリーチ(こういう行為)が嫌いそうな和には伏せておいて彼女にだけ手牌を見せる。

 

その後久達が入ってきて、感動の再会シーン()()()()()()()()()()()()が、意識の端で咲を捕えておく。

やはり彼の打ち方から何かを察したようで表情が変わっている。

 

これで彼女がどう変わるか、もしくは変わらないかは分からないが、いい刺激になったのかもしれない。

 

そしてもしも彼女が次に本気で戦いを挑んできたとしたら、そんな彼女と自分も全力で戦ってみたいと思った。

 

 

そしてしばらくして、再び彼女と戦う機会が訪れる。

咲と和、それに久を加えて対局。

出親は自分。

 

あの死神は言った。

 

「「死神の力」で一度連荘を始めたら、きっちりその場で終わらせなさいよ?

 途中で誰かに上がられたりしたらそれも余計なダメージになるからね」

 

ならばやる事は一つだ。

 

「オーラス、かしら」

「おいおい、人の台詞を取るなよ」

 

勝手に笑顔で返事をする「志野崎秀介」は置いておいて、やはりそれしかないだろう。

 

上がりを取る、上がりを取る。

不意にタバコが吸いたくなった。

前世の癖だろう。

仕方なく代わりに100点棒を銜える。

 

「・・・・・・タバコが吸いてぇな」

 

「志野崎秀介」が冗談で言っている口癖だが、この時ばかりは実に賛同できた。

 

そして上がりを重ね、上がりを重ね、8本場に入る。

出る幕が無いほどに早上がりをしているというのもあるだろうが、宮永咲は何も出来ずにいた。

まぁ、今回がダメでもまだ打つ機会はあるだろうし、その時に期待しようか。

とっとと終わらせるべくリーチをかける。

後はもう遠慮しない、次のツモを入れ替えて一発ツモ、それで全員トビだ。

 

そのはずだったのだが。

 

それをするな、と声が聞こえた。

 

(!?)

 

何だ!?と彼は一瞬顔をしかめた。

牌を入れ替える事が出来ず、ツモったのは{五}。

ツモ切りするしかない。

 

何だ? 今のは・・・・・・?

また・・・・・・「志野崎秀介」が妨害をしてきたのか!?

何故一発ツモがいけないのだ!?

牌を入れ替える力なんて物を持っておきながら一発ツモをしないことで手加減でもしているのか!?

それとも・・・・・・久がトビになるからか!?

記憶を辿れば昔からそうだった。

久と同卓した時は久を飛ばさないようにと打っていた。

何故!? どうしてこんな少女にそんな気を使う!?

理解できない! 理解できない!

 

結局その後のツモる牌を操作して捨て牌を偏らせ、やはり深読みした和から上がりを取ることで終了となった。

 

そしてその後だ。

 

「・・・・・・っ・・・・・・」

 

ぐらっと身体が揺れた。

自力で身体を支えられたので大事ではない。

だがその瞬間、彼は閃いたのだ。

麻雀を介して無茶をした後の副作用はまだ残っている。

いや、副作用が出るほどの無茶はできるのか、と。

そしてすぐに結論が出る。

 

 

(俺は・・・・・・麻雀を打っていて、能力を酷使して、その副作用でなら()()()()()()()のか!?)

 

 

不可能に思えたこの人生の終幕が見えて来た。

 

 

チャンスはすぐにやってきた。

清澄高校女子麻雀部が県大会の決勝戦で戦ったという他の三校、そのメンバーと集まって麻雀を打つというのだ。

様々な苦戦話を聞かされてきたし、どういう条件で本気になるのか不明な咲を待つよりは、それよりも確実に強い相手が一人くらいはやってくるかもしれない。

そんな期待を寄せながら合宿に参加した。

 

 

そして出会った、その化け物に。

 

 

死神から力を貰った自分なんてきっとまだ可愛いもの。

 

「・・・・・・なんだ、お前・・・・・・」

 

これはきっと神様か何かだ。

しかし城ヶ崎のように寵愛を受けたという感じでもない。

あの城ヶ崎と対面した時以上のプレッシャーを感じる。

だから、思わず聞いてしまった。

 

「・・・・・・神様でも飲み込んだのか?」

 

分け与えられたとかいうレベルではなく、神から無理矢理奪ったような力、それほどの迫力。

もしくは・・・・・・生まれる前から神の力の欠片をその身に宿して生まれて来たような存在。

ひょっとしたら彼女自身が神そのものか、その一部であるかのような。

 

「・・・・・・そう言うお前こそ、何か憑いているな?」

 

ああ、そんなことまで分かるのか、この化け物は。

 

「私が直に相手をしてもよいぞ」

 

どうやら気に入って貰えたらしい。

 

ああ、嬉しい、歓喜の感情が止まらない!

 

 

この化け物が相手なら、きっとこいつなら!

 

 

俺を殺してくれるだろう!!

 

 

 

その為にどうすればいい?

合宿は三日間しか無く、行き帰りに費やす時間を考えれば実質二日目しか猶予がないのだ。

彼は必至で考えた。

まずは仲間を狙ってみたらどうか?

実に悪役っぽい発想。

だが悪くない。

この天江衣という人物が周囲にいるメンバーのように仲間意識を大切に持つような人物ならば、きっと仲間を狙われれば怒りの矛先をこちらに向けてくるはず。

 

そしてあわよくば、そのままこちらの首を切り落としてはくれないだろうか?

 

合宿中、唐突に靖子が現れた。

久しぶりだなと彼女は「志野崎秀介」とじゃれ合う。

彼としては少しばかりうざったいことだったが、その後戦いの場を用意してくれたようだし、まぁ水に流してもいい。

同卓メンバーの中には天江衣と同じ高校の国広一と井上純という人物が混じっている。

これはまた幸先がいい。

どうやって遊んでやろうかなと考えながら局を進め、機を待つ。

 

機会はすぐにやってきた。

東三局、初っ端から親ッパネに振り込んだ下家の少女、妹尾佳織の手牌、ツモの流れを見ていくと大三元が狙えそうだ。

ツモから外れている牌は食いずらして何とかできそうだし、この局で仕掛けさせてもらおう。

妹尾の親番、そしてこちらの対面の国広一が48000を割っている。

狙うはそこだ。

食いずらして妹尾に聴牌を入れ、能力を駆使して彼女の上がり牌を一に仕込む。

直後。

 

「あ、えっと・・・・・・リーチです!」

 

鳴きを入れたのにリーチとは。

ガクッとずっこける一同。

何という少女、手付きからも察していたがこれはきっと素人に違いない。

そしてそんな彼女の仕草が予想外に同卓メンバーの緊張感と警戒心を削ぎ、結果として一は妹尾に振り込んだ。

まったく無警戒に。

うん、実にツイている。

天江衣ならこれを裏で操作していたのが自分だということくらい察してくれるだろう。

これで天江衣を焚き付けるという目標は達成した。

 

次にやることは自分の実力をしっかり示すことだ。

こちらも幸い、前日に毒を仕込んだ相手の一人、福路美穂子が同卓していた。

まずは東三局、彼女がどの程度自分の癖を見抜き利用してくるかを見るため、筒子の混一一通でリーチをかけてみる。

あっさりとかわし、津山という少女に差し込んで局を終わらせた。

なるほど、しっかり見て対応しているなと彼は心の中で笑う。

さぁ、そして次は南二局。

偽りの癖で萬子の清一を装って七対子。

表ドラを手牌に加え、裏ドラも能力で仕込んで聴牌だ。

 

「リーチ」

 

美穂子に聴牌が入る一巡前にリーチをかける。

そして同巡、美穂子に聴牌が入り、彼女はドラを手に取りリーチをかけた。

 

「リーチです」

 

こちらの狙い通りに。

 

「ロン、だ」

「・・・・・・え?」

 

一発がついて倍満直撃。

ショックの受け方と普段の堅実な打ち回しから察するに、おそらく大きな手に振り込んだ経験が少ないのだろう。

 

「・・・・・・ちょっとトバしてもいいかい?」

 

軽く挑発してやると怯えた表情に変わった。

中々悪くない顔だ。

もっとも、そこに久が割って入ってきたのでその空気もその場で終わったのだが。

しかしその後の対局でもひたすら狙い撃ちを続ければ精神的にもダメージは蓄積されていくというもの。

トドメの狙い撃ちで美穂子はがっくりとうなだれた。

 

対局が終わった後、久が何やら彼女のフォローに入っていったみたいだがそんなのは別に気にすることではない。

それよりも自身の身体に感じる頭痛と疲労感。

自身の死を連想させるその感覚が、しかし今の彼にとっては心地よかった。

()調()()死に近づいている予感。

 

ふと、見知った顔が近づいてきた。

南浦だ。

老けたな、などと思いつつ懐かしい人物との会話を楽しむ。

もっとも彼の要件は中々驚かされるものだったが。

 

「新木桂という人物を知っているかね?」

 

自分の打ち方を見て、自分の前世を連想してくれた。

ああ、嬉しい、彼はそう思った。

 

自分()知っているだけではない、自分()知っている人が目の前にいる!

 

思わず全てを語りたくなった。

「久しぶりだな」なんて笑顔で返事をしたくなった。

 

だがやはり、「志野崎秀介」が許してくれなかった。

 

「いえ、生憎と」

 

少しばかり考えるような仕草を見せたものの、「志野崎秀介」はあっさりと否定した。

確かに今この場には久もまこもいる、ストレートに返答するわけにはいかない。

それでも何かしら言い回しを変えてくれてもよかっただろうに。

それが、彼にとっては悲しかった。

覚悟はあったものの。

いや、それは覚悟ではなく、諦めだ。

 

そうして南浦の言葉を否定し、久とまこにも適当に誤魔化しをしつつその場は終わった。

 

また彼は、死への決意を新たにした。

 

 

 

そして第三試合。

てっきり決勝で戦うと思っていたものだから、その発表は中々驚かされた。

 

能力者では無さそうだが地力が強い加治木ゆみ。

それに久と天江衣。

そしてそこに加えられる自分の名前。

 

これはいい、もう一試合してからなんて待ち切れない。

 

決着をつけよう、ここで。

 

天江衣との麻雀に。

 

そして、「志野崎秀介」自身の人生に。

 

 

 

試合が始まり、まず出親のゆみが走った。

上がりを重ねて点数を稼ぐ。

そして、天江衣がそれに待ったをかけた。

海底撈月。

何度も見たが実に素晴らしい支配力だ。

上がりを重ねる天江衣。

 

さて、こちらはいつ仕掛けようかと考えながらその打ち筋に見惚れていると、不意に声をかけられた。

 

「・・・・・・志野崎しゅーすけ」

「・・・・・・何だ?」

 

返事をすると、天江衣は少しばかり泣きそうな表情で言葉を続けてきた。

 

「何故衣と麻雀を打ってくれないのだ・・・・・・」

 

自分が様子見をしながら手を抜いていることに対し、天江衣はそう言ったのだろう。

 

だがその発言は、彼の心を抉った。

 

俺だって麻雀を打ちたい・・・・・・。

俺だって麻雀を楽しみたいんだよ!!

 

麻雀を打たされているだと!?

結構なことじゃないか!

それでも麻雀に変わりはないだろう!?

 

俺は違う!

 

俺のこれは!

 

「・・・・・・悪いが」

 

 

麻雀ですらないんだぞ!!

 

 

「麻雀を打たされていた事は一度も無い。

 その感情は生憎と理解できないし、これからもそうだろう。

 天江衣、人と人が理解し合う事は無いよ。

 時に理解したような気持ちになる事はあるかもしれないがな。

 少なくとも俺は・・・・・・」

 

拒絶の意思を込め、彼は衣の手を自身から引き離した。

 

「理解した「つもり」以上の感情を、麻雀を通じて誰かに感じた事は無い」

 

俺はお前を理解できない。

おそらくこう考えているだろうな、程度のことは考えられても、理解したと思うことはない。

 

お前が、俺の感情を理解できないようにな。

 

それでもどうしても理解したいというのなら。

 

いいぞ、ほんの些細な欠片程度だが。

 

 

絶望に染まれよ、天江衣。

 

 

 

二回戦で美穂子を狙い撃った時以上のえぐい一点読みでロン上がり。

カンチャン落としの狙い撃ち。

あふれ牌の狙い撃ち。

チャンタと見せかけての片上がり一通で狙い撃ち。

ダブルフリテンリーチの高めツモ上がり。

 

そして二回戦までの対局を見学していて、そして実際に対戦してみて察しが付く天江衣の能力。

どの牌を危険そうだと判断し、どの牌を安全だと判断したのかという判断基準。

そこに何か、デジタルならざる()()が混ざっている。

天江衣の打ち回しから様々な可能性を想定し、実際に打った時にいくつか試してみて、そこから逆算してようやく察しがついた能力。

 

天江衣は相手の手の点数の高さを察している。

 

その可能性が一番しっくりくる。

ならば読みの拠り所にしているその能力を狂わせたらどうなるか。

その為にどうするか。

 

彼はまず高め安めのある手役を用意した。

高目はツモ上がりで満貫に届くタンヤオ三暗刻、そして安目ロン上がりで5800になる手。

 

この手を、高目ツモ上がりを完全に狙わず、安目ロン上がりのみを狙い続けたらどうなるか。

自身の能力を使えば上がり牌を他家に回したり山の奥に眠らせたりすることなど容易だし、リーチをかけていないのだから他家から上がり牌が出たのを無視しても、その後また天江衣を狙い撃つことが可能だ。

そうしてとことん安目のみを狙い続ける。

そうしたら一体どうなるのだろうか。

 

天江衣の身体反応からこちらの聴牌を察しただろうことは判断できた。

だがその後の牌の切るスピードはそれほど落ちていない。

安い聴牌だしリーチもかけていないから手替わりを待っているのだろう、と考えているのだろうか。

例えリーチをかけていなくてもこちらの手が満貫だと察したらそんな打ち回しなどできるわけがない。

こちらの予想通り、「高目上がりをする気が無い人間からは高目の点数を察知できない」のだろう。

実際安目でロン上がりしてこちらの手牌を晒した時の天江衣の反応は、あまりに驚愕に染まりすぎていた。

さぁ、信頼していた己の能力の一部を奪われ、お前はどう思う?

 

お前は絶望してくれているか? 天江衣。

 

そして次の、役満四暗刻を捨ててのタンヤオロン上がり。

これで天江衣の心が折れたのが分かった。

誰かが言っていた。

勝負とは相手の心臓を掴むこと、そして掴んだら潰すということ。

 

今、彼は天江衣の心臓を潰した。

 

それでもまだ許さない。

 

天江衣、お前は俺を理解したいのだろう?

まだだぞ? まだ俺の絶望は終わっていない。

まだまだこんなものじゃないぞ。

俺の絶望を理解しろよ、天江衣。

もっとだ、もっと、もっと! 絶望に染まれ!

 

「平和純チャン一盃口ドラ1、18000の6本付け」

 

俺は麻雀牌を見ただけで絶望に染まるほどになったぞ。

お前はどうだ? 天江衣。

この試合が終わった後にまだ麻雀牌を握れるようじゃ、まだまだ俺を理解できてはいないぞ。

お前は俺を理解したいと言ったな?

俺もお前に理解して貰いたいぞ。

この絶望を。

 

死を望むほどの絶望をな!

 

トドメなんて物は無い。

お前の点棒はまだ71700もあるじゃないか。

あと何回ロン上がりができるかなぁ?

箱割れになる前に終わらせないとなぁ。

心が粉微塵になる程に打ち砕いて、二度と麻雀がしたくないと絶望して、それでもまだ点棒が残っているから卓に向かわなければならない。

 

そうなればお前は見事俺の絶望を理解してくれていることになるだろうよ。

 

なぁに、心配するな天江衣。

お前は怪物なのだろう?

神様を飲み込んだと俺が錯覚したほどの怪物なのだろう?

優しい仲間もいっぱいいるみたいじゃないか。

麻雀なんか無くても生きていけるよ、天江衣。

それでも麻雀がしたくて、それでも麻雀が出来なくて。

絶望に染まって自殺を考えて。

しかし優しい仲間が止めるだろうなぁ。

「死ぬのなんか止めて」「私達に相談して」って。

 

だが誰もお前を理解できない。

どれだけ絶望に染まっても死ぬことも許してくれない。

 

それだよ、それ。

 

それが今の俺なんだ。

 

お前もそれを望むのだろう?

 

絶望(りかい)してくれよ。

 

俺はお前にも絶望(りかい)して欲しいんだよ、天江衣!

 

 

 

そんな彼の腕が突然ビタッと止まった。

 

「・・・・・・?

 シュウ? どうしたの?」

「・・・・・・いや」

 

怪訝な表情の久に急かされて、彼は配牌の続きを持って行く。

残りの山を見れば動揺せざるを得ない。

せっかく天江衣に自分の絶望を理解して欲しかったのだが。

 

久の手に地和が入った。

 

これはまた酷い偶然があったものだ。

上がりを止められたらダメージを負ってしまうと死神も言っていた。

果たして久の上がりを成立させて、自分はこの後もこの試合を続けられるのだろうか。

 

そこでふと思う。

自分はおそらくこの試合が終わればいつものように吐血して倒れるだろう。

自分の予想通りならそれで死ねるはずだ。

そして天江衣も絶望に叩き落とせる。

 

だがこの、「志野崎秀介」はどうだ?

「志野崎秀介」は絶望しているのか?

俺は絶望に染まっている。

だがきっと「志野崎秀介」は全く絶望していない。

いや、それ以上。

もしかしたら今後、何事もなかったかのように自分の身体を完全に乗っ取って生きていくのではないだろうか?

周囲には何も知らせず、何もない平穏な日々を過ごすのだろうか?

 

それは・・・・・・それは許せない。

 

ならば、これは絶好の機会なのではないか?

 

上がりを止められて余計なダメージを負って死ぬ。

しかもそれを成し遂げたのは「志野崎秀介」が愛する幼馴染の竹井久なのだ。

竹井久に「志野崎秀介」のトドメを刺させる、実にいい、絶望的ではないか!

 

だがそう考えると同時に、やはり声がした。

 

それをするな、と。

 

出たな、「志野崎秀介」。

 

だが邪魔はさせない。

俺は「志野崎秀介」(お前)にも絶望して貰いたいんだよ。

幼馴染の女に自分を()()()()な!

能力は使わせない。

お前が久のツモ牌を入れ替えようというのなら、俺はすぐに元通りに戻させる。

そうやって能力を酷使し続ければ、それはまた余計なダメージとなって俺に帰ってくるだろうよ!

俺は死ぬ、そしてお前も死ぬんだよ! 「志野崎秀介」!

 

絶対にそれはさせないと意固地になるか? ん?

俺がこれほど絶望しているのはお前のせいだというのに!!

 

ならいいだろう、一度だけチャンスをやるよ。

 

手牌から{(ドラ)}を捨てる。

加治木ゆみの手牌に{(ドラ)}が対子で存在している。

これを加治木ゆみが鳴いてくれればツモはずれて地和は成立しない。

だが鳴かれなければ次のツモで久の上がりだ。

俺の読みでは加治木ゆみは動かない。

いや、お前もそう思っているんだろう? 「志野崎秀介」。

 

チャンスをやると言ったな?

あれは嘘だ。

初めからお前にチャンスは無いんだよ。

俺がお前にチャンスなんかやるわけがないだろう?

 

そして久の手が山に伸びる。

ツモ牌は変えさせない。

喰いずらしもできなかった。

 

さぁ、絶望しろよ、「志野崎秀介」!!

 

 

「・・・・・・つ、ツモ・・・・・・」

 

 

久が上がった。

 

 

 

 

 

ん・・・・・・ああ、今何局だ?

意識を失っていたらしい。

その間も「志野崎秀介」が普通に局を進めていたようで支障はない。

だがダメージに変わりはない。

ああ、死の感覚が全身を覆う。

 

浴衣の袖口がわずかに汚れている。

軽く血でも吐いたかな?

周りが騒いでいないところから察するに、軽く咳き込んでまき散らした血を拭い取った程度だろうか。

 

ふと見ると衣が連荘を重ねているようだ。

盛り返したのか? あそこから?

いつの間に。

想像以上に強かったようだ、さすが天江衣。

久の上がりが無ければトドメをさせただろうになぁ。

そう笑いながら彼は配牌を受け取り、しかし一牌だけは伏せたまま理牌をした。

万が一にも「志野崎秀介」が生き残らないように、完全にトドメを刺す。

 

手牌の一部を伏せたまま一切触れない。

透視でこの牌がなんであるかは分かっているがそこは重要ではない。

そのまま手を進めて一向聴。

一方の天江衣は聴牌。

そして不要牌を切ったと同時に、伏せておいた牌を有効牌に入れ替える。

急激な能力の使用も大きなダメージにつながる。

そして天江衣、お前はこれでもまだ自分の能力を信じていられるかな?

 

「ロン。

 ダブ南、3200の3本付け」

 

さぁ、「志野崎秀介」。

 

死のうぜ? 俺と一緒にな。

 

 

 

「平和ツモ、400(よん)700(なな)の一本付け」

 

 

そして、試合は終わった。

 

今にも意識を失いそうだったが、まぁここくらいは騒ぎを起こすなという「志野崎秀介」の意思に同調しておいてやる。

大事にならないようにとその場を離れた。

途中久に呼び止められたが、適当に話を濁して立ち去る。

 

 

最後に萩原と名乗った執事に出会う。

俺が倒れた後、病院を手配するのだろう。

 

だが無駄だよ。

俺は死ぬ、生きる気が無い。

()()()と一緒に死ぬんだ。

 

 

は、はは、はははははははははは!

 

 

動機は確かに暗く染まったものだったのかもしれないが、その打ち筋は、いかに相手を狙い打つかという思考は、まさに「麻雀を楽しんでいた」と言える姿だった。

 

にもかかわらず、それに本人だけが気付かないまま。

 

 

「・・・・・・ざまぁみろ・・・・・・志野崎秀介・・・・・・」

 

 

彼は最期に笑った。

 

 




全牌透視と牌入れ替えで嫌悪感を抱くのは、それを知った他の人物だけでは無いってことです。
天使ではなく死神、祝福ではなく呪い。
麻雀が大好きな人間ほど、この能力自体がもう麻雀を心底楽しめないという代償。
秀介の能力詳細を書いた回の感想で突っ込んできた方、まともにお返事できずごめんなさいでした。

「麻雀を打たされていた事は一度も無い。
 その感情は生憎と理解できないし、これからもそうだろう」

この台詞を聞いて皆さんはどう思った事でしょう?
「自分はそんな酷い体験したことない」と思ったでしょうか?
「自分の方が酷い体験しているよ」と思った方は果たしていらっしゃるか。
意識を誘導するような文章は周辺には書いていないはずですが、それでも前者ばかりではないかと思っております。

バッドエンドはお嫌いですか?
私はたまーにそう言う空気に浸りたいと思う事があります。


この時の秀介は、「いい年したクソガキのわがまま」。

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