咲-Saki- とりあえずタバコが吸いたい先輩   作:隠戸海斗

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タコス「GNステルスフィールド!」
京太郎「行こう、スターゲイザー!」
霞さん「この子を人殺しの道具にはさせない!」
ハギヨシ「誘い込んだつもりか!」
純「お前の腹を切り裂いてやる!」
南浦「海ヘビを味わいなッ!」
淡「声が聞こえる・・・・・・? まさか、どうしてあなたが!?」
たかみー「ストライク発進、どうぞ!」
すばら「ハロハロハロー」

フルブ楽しいです(

ところで千里山のエースですら大会時はスカートの着用が義務付けられていたのに、どうしてジャージさんは穏乃で大丈夫だったんだろう?
学校の規定かな?
準決勝ではちゃんとしてましたけどね。

あ、今回も文章量なげーです、ご注意ください。



05松実宥 興味と凍結

晴絵の申し出に、秀介は「おやおや」と笑った。

 

「てっきり部員同士の練習試合だと思ったのですが、まさかコーチが出張るとは」

「私もね、まだ麻雀で生きていく道を捨てたわけじゃないのよ」

 

秀介は晴絵の言葉に、改めて彼女に向き直る。

 

赤土晴絵。

今回龍門渕に練習試合にやってきた阿知賀女子学院麻雀部のコーチ。

秀介はあくまでトラウマがあるなと見抜いただけで、その具体的な内容は知らない。

そんなトラウマ持ちが未だに麻雀に接している理由は何だろうか?

彼女達は自分の二の舞にしたくないから?

それとも。

 

(・・・・・・勝ち進む彼女達を見続けることで、自身のトラウマを克服しようというのか)

 

秀介にとって麻雀とは久との絆であり、自身が楽しみ、他人を楽しませる――時にからかう――為の手段だ。

麻雀を打つ理由なんてそれこそ人の数だけあるだろう。

晴絵のその辺りの事情は分からない。

だがその想いと行動に偽りはないと思われる。

 

「・・・・・・高3の男子に挑発されて滾るか、まだ若い」

「・・・・・・君より年上のはずなんだけど」

「いや、お気になさらず」

 

不意に出た自身の一言を笑いながら、秀介は改めて晴絵に挨拶をする。

 

「お受けいたしましょう、赤土晴絵さん」

 

あえてコーチという役職を外して名前を呼ぶ。

晴絵もその意図を察して笑った。

 

「ええ、コーチではなく赤土晴絵という一個人としてお願いします」

 

 

そうと決まれば、とさっそく卓に向かおうとする晴絵だったが、秀介がそれを止めた。

 

「せっかくだから、まだ俺が打っていない二人も一緒に打ちませんか?」

「君がそれでいいのならいいけど」

 

初めて一緒に打つ相手が一人なのと三人なのでは、意識の割く相手が増えて大変だと思われる。

先程三人相手に打った後も秀介は疲れていたようだったが、それがもう一度繰り返されて大丈夫だろうか?

だが秀介は「心配ご無用」と言いたげに笑った。

 

「さっきは点数計算にも大分意識を割いてましたからね、今回は大丈夫でしょう」

「ほーう、私を相手にする疲労がそれよりも軽いと?」

「さぁてね、打ってみなければ分かりませんよ」

 

それはそうなのだが。

舐められているのかと思いつつ、晴絵は少し挑発的に言葉を続ける。

 

「それに、もしかしたら二人が私に協力するかも、なんて思ったりはしないの?」

「それであの二人やあなたが、満足するような打ち手でしたらね」

 

秀介は全く動じなかった。

そんなことをして勝ったとして満足できるような人間が、ましてやコーチという立場の人間が、わざわざ自分に「麻雀を打ってもらえないでしょうか」なんて言うとは思っていない。

それに、先程三人まとめて打った時にも特に協力プレーは見られなかったし、心配していないのだろう。

晴絵は納得した様子で、現在手の空いている灼に声を掛けに行った。

 

 

「あーらた、彼と麻雀打つんだけど一緒にどう?」

「彼・・・・・・あー、志野崎さん」

 

誰?と聞きかけて該当者が一人しかいないことに思い至る。

練習試合として来た以上麻雀を打つことに文句は無い、と頷きかけてはたと思い留まった。

「彼と麻雀打つんだけど」と言ったか? 今?

 

「・・・・・・ハルちゃんも打つの?」

「そうだよ」

「何で?」

「興味を引かれたから」

 

確かにあの±0の打ち方には非常に驚かされた。

興味を引かされるのも分かる。

だが灼はその言い方に非常に引っかかる点があった。

 

(・・・・・・興味を引かれたって、志野崎さん(あの人)の麻雀に?

 それとも・・・・・・)

 

いやまさか、ハルちゃんに限ってそんなことが。

そうは思いつつ、なんとなくわくわくした感じの晴絵の笑顔がとても気になる。

灼は何となく不機嫌になりつつ、しかしそれを問い詰めるなんてできず、むーっと表情を顰めながら秀介の方に向き直った。

 

確かに麻雀の腕前は強い。

しかし、ただ強さを示すだけなら普通に得点差をつけて勝てばいいだけだ。

それをわざわざ点数調整をして全員を±0にした、その理由は?

灼が思いつく理由はただ一つ。

 

性格が悪いから!

 

そんな男、ハルちゃんにはふさわしくない。

きっとこれから麻雀を打つと言って苛めようとするに違いない。

でもレジェンド赤土晴絵を苛めようなんて身の程知らずもいいところ。

返り討ちに合うといいよ!

とは言っても、ハルちゃんは優しいからトドメは刺せないかもしれない。

でも安心して、その時は。

 

「・・・・・・ハルちゃん、私も打つ」

 

ちゃんと、私がやってあげるから!

そんな心の内を当然知らない晴絵は、灼の闘争心を快く称えた。

 

「いいね、やる気に満ち溢れていて。

 あたしたちでぎゃふんと言わせてやろう」

「うん、言わせてやる・・・・・・」

 

晴絵は灼の肩を抱きながら、ぐっと拳を上げて見せる。

灼はそれを嬉しく思いながら、控えめだが同じく拳を上げた。

それぞれ心の内で気合を入れながら。

 

ベクトルは全く違う方向だが。

 

 

 

宥の試合が終わるのを待って声を掛けたところ、宥は秀介との戦いを快く引き受けた。

休憩をはさむかと晴絵が気を使ったが、宥は首を横に振る。

 

「大丈夫です、身体あったまってますから」

 

こちらもまた心強い返答だ。

晴絵は満足気に笑うと、宥と灼の肩をそれぞれ左右の手で抱く。

そして顔を寄せて告げる。

 

「さっきは±0なんて()()()()()許しちゃったけど」

 

続いて灼が頷きながら言葉を続ける。

 

「・・・・・・今度はそうはいかない」

 

そして宥も。

 

「阿知賀の底力、見せましょう」

 

お互い力強い視線を交わし合い、秀介の方へ向き直る。

秀介は既に卓におり、{東南西北}を抜き出していた。

 

「じゃ、行こう」

「はい」

「うん」

 

晴絵が先陣を切り、宥と灼が続く。

 

いざ、秀介VS阿知賀メンバー第二戦、開幕だ。

 

 

 

抜き出した{東南西北}を晴絵達に確認させた後、秀介は牌をがしゃっと混ぜる。

 

「さぁ、どうぞ」

 

秀介が牌から手を離す。

が、晴絵はその牌に手を伸ばす前に声を上げた。

 

「今のうちに{東}を引いた人間が親決めの賽を振るかどうか決めない?」

「なるほど。

 では先程俺が打った時には{東}を引いた俺がそのまま親をやりましたし、今回もそうしましょうか」

「分かった、それで」

 

秀介の意見にあっさりと賛同し、晴絵は牌に手を伸ばす。

続いて灼と宥、最後に余った牌を秀介が手にした。

 

「幸先いいね」

 

コトンと晴絵が表向きに晒した牌は{東}だった。

 

「{南}です」

「・・・・・・{北}」

「余りが{西}だ」

 

親順が、晴絵→宥→秀介→灼に決まった。

そして各々席に着き、牌を卓に流し込んで新たな山を作って試合開始となる。

 

「よろしくお願いします」

「・・・・・・よろしくお願いします」

 

宥と灼に続き、晴絵と秀介も互いに見合いながら挨拶を交わした。

 

「相手が正面っていうのは悪くないね」

「まぁ、横にいるよりは盛り上がるでしょうし、ちょうどいいでしょう」

「あはは、確かに」

 

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 

 

 

東一局0本場 親・晴絵 ドラ{四}

 

晴絵配牌

 

{一三[五]六⑦⑨2389東南南} {西}

 

まずまずの配牌。

上か下の三色が作れるのが理想だが、平和手にできれば上出来だ。

第一打、{西}を手放す。

 

宥手牌

 

{一二(ドラ)五六六八九⑦1(横⑨)46中}

 

萬子が多めの配牌、{中}も一枚あるし宥好みの配牌だ。

{1}を捨てる。

 

(あったかい色の牌・・・・・・来て・・・・・・)

 

萬子の混一が狙い目だが、{⑦⑧⑨や456}の面子を待つのも悪くない。

いずれにしろ先程打っていたのを観察されていたら打ち方がバレていてもおかしくは無い。

問題はどの程度までバレているか、だが。

 

秀介手牌

 

{三①③④⑤⑦⑨7東南南西(横白)發}

 

(はは、こりゃまいったね)

 

秀介は先程の観察で宥の打ち方をある程度は予想している。

後は彼女が上がらなくても、その手の進行を観察し続ければ確信が持てるだろう。

だがそれよりもまず先に、秀介は自身の手牌を嘆いた。

こればかりはどうしようもない。

混一が狙えそうに見えるが、唯一対子になっている{南}は晴絵と持ち持ち。

晴絵が切ればもちろん鳴けるが役にはならないし、東場の親番となれば{南}は平和手の頭としてもおかしくない。

そしてもう一人厄介なのが下家に一人。

 

灼配牌

 

{(ドラ)⑥12368西北北白白發}

 

こちらも索子で混一が狙えそうな配牌だ。

しかも{北白}が対子、さっさとドラを切って混一まっしぐらを目指す可能性もある。

そうなると秀介は手牌の{白}を切れないし、自身の手の中でも使えない。

この手は早くも、狙いは七対子くらいしかないわけだ。

 

(さて、その残る一枚の{白}は・・・・・・)

 

山を見回してみると、鳴きが入らなければ次巡の灼のツモだ。

 

(そのツモを横取りすれば彼女の手を抑えつつ俺の七対子を一手進めることが出来る。

 が・・・・・・)

 

この序盤、手が速そうな三人を相手にノーミスで七対子を目指したとしてどうなるか。

誰よりも先に聴牌することは可能だろうし、上がることもできる。

だが裏ドラが{九}で絡まない。

ただのリーヅモ七対子では労力の割に合わないし、裏ドラまでいじるのは控えたい。

 

(・・・・・・この局は七対子を目指しつつ、いざリーチが入ったら鳴いて他家が安手になるように妨害だけしていくか)

 

しばし考え込んだが、秀介はドラ表示牌の{三}を切る。

ぎょっとする灼と宥。

 

(・・・・・・第一打がドラ表示牌・・・・・・)

(あったかい牌なのに・・・・・・)

 

そんな中、晴絵はその一打から秀介の手の進行を鋭く見抜いた。

 

(・・・・・・狙いは混一・・・・・・いや清一? もしくは七対子かね。

 配牌から思い切ったことだ)

 

 

当然ギャラリーもその一打に驚く。

 

「ドラ表示牌切っちゃった・・・・・・」

「ドラ引いたらどうするんだろう」

 

穏乃と玄がそう呟く中、智紀がいち早くその狙いを察する。

 

「・・・・・・七対子狙いですね」

「え? なんで?」

 

一の言葉に智紀が言葉を続ける。

 

「あくまで一般的なデジタルとして見た時に可能性が高いと言うだけです。

 ドラ表示牌として場に存在する以上どうあがいても残りは3枚。

 志野崎さんの手牌にある1枚を引けば残りは2牌、重なる可能性は他よりも低いです。

 それに私からは分かりませんでしたが、志野崎さんはさらにもう1枚くらい誰かの手牌にあると読んだのかもしれません」

「だから七対子狙いで切るのは当然・・・・・・ってこと?

 でもまだ第一打だし、鷺森さんに至ってはまだツモってもいないんだよ?

 目指す手役にしろ捨て牌選択にしろ、思い切りが良すぎるでしょ」

「・・・・・・それでいて選択にミスが無いというのが、あの人の強いところでしょう。

 とはいえ第一打から七対子を狙うのは、よっぽど七対子(それ)に向いた手牌か逆に悪い手牌の場合です。

 志野崎さんのあの手牌は混一を目指すのがよさそうですが、そうしないのはさっき±0をやる為に無理をして流れが乱れたのを察しているせいかもしれません。

 ・・・・・・ここから筒子を多く捨てて、河を偽装した七対子萬子待ちという可能性もありますが」

 

智紀は相変わらず睨むように秀介の手牌の眺めている。

だが一からしてみれば、ただそれだけで智紀が秀介の狙いを断言したことも十分驚きだ。

そして同時に不安でもある。

 

(ともきー・・・・・・少し前から思ってたけどなんでそんなに志野崎さんに詳しいのさ)

 

元々プロの打ち方を読んだりもしていた智紀だが、対秀介時の読みはさらに鋭い。

合宿の時に恋がどうとか零していた気がするが、まさかあの相手が秀介だったというのではなかろうか。

でもあの合宿の時が初対面だったんじゃ・・・・・・。

実はともきーにとって志野崎さんは初恋の幼馴染で、あの時が久々の再会だったとかそういうドラマ?

それとも意外に一目惚れ?

仮にそうだったとしても、あの人は清澄の部長さんと誰もが認めるカップルだし・・・・・・。

まさか割って入ろうとか考えてるんじゃないだろうね!?

略奪愛!? 何それ、面白そう!

それともまさかの愛人の座狙いかい!?

 

思春期特有の思考はここにも伝染していた。

 

さて、それはさておき灼の手番である。

 

灼手牌

 

{(ドラ)⑥1236(横3)8西北北白白發}

 

混一を目指して早くも{(ドラ)}を切って見せるか、それとも他のところを切るか。

 

(・・・・・・できればこの試合はハルちゃんに頑張って貰いたい。

 私はそのフォローでいい・・・・・・。

 でも点数はあるに越したことは無い)

 

終盤で持ち点が低すぎてプレッシャーがかけられず、逆に局を流す要員として使われるのは避けたい。

灼は晴絵が切ったのと同じ{西}を捨てた。

 

そして2巡目。

 

晴絵手牌

 

{一三[五]六⑦⑨238(横4)9東南南}

 

一先ず一面子が出来上がった。

こうなると塔子(ターツ)が一つ多いことになる。

{一三、[五]六、⑦⑨、89}の内どれかは捨てなければ。

{[五]六}は両面だし赤もあるし捨てるのはあり得ない。

残りの3つ、どれにするか。

様子見で{東}を切るというのもあるが、東場で親番のこの状況、誰かしら{東}を絞っている可能性がある。

ここでみすみす{東}を手放したらその誰かに楽をさせることになるだろう。

ましてやそれが秀介だったという可能性を考えたらまだ気軽には切れない。

どうせいつかは選択しなければならないのだ。

 

(・・・・・・ま、ペンチャンよりはカンチャンの方が望みがあるかな)

 

{一三には四、⑦⑨には⑥}のツモから両面になる可能性がある。

それを考えればペンチャン{89は6}をツモったところでカンチャン待ち、望みが少ない。

{9}を手放すことにした。

 

続いて。

 

宥手牌

 

{一二(ドラ)五六六八九⑦⑨46(横7)中}

 

(あったかいの・・・・・・)

 

これでカンチャンが両面に変化した。

宥好みの赤い牌も増えたし文句は無い。

{4}を捨てる。

 

秀介手牌

 

{①③④⑤(横④)⑦⑨7東南南西白發}

 

二個目の対子が完成。

なお牌入れ替えは行っていない。

それでも先の牌の流れが見えていれば一番作りやすいのが七対子なのだ、これくらいのスムーズな手の進みは当然である。

晴絵も灼も切っており、残る一枚が王牌に眠っている{西}を切る。

 

灼手牌

 

{(ドラ)⑥123368北北白白(横白)發}

 

(面前でも混一狙えそ・・・)

 

面前混一(メンホン)となれば最低7700。

ツモ上がりの場合親の晴絵に多く支払わせることになるが、それでも晴絵の実力を信じてあえてここで上がりを取っておくのも悪くない。

 

(狙えるだけ、狙っておく)

 

{⑥}を切り出した。

 

3巡目。

 

晴絵手牌

 

{一三[五](横二)六⑦⑨2348東南南}

 

残しておいたカンチャンが埋まる。

先程のペンチャンの残り{8}を切って手を進めた。

 

宥手牌

 

{一二(ドラ)五六六八九⑦⑨67(横中)中}

 

{中}が対子、笑みを浮かべながら手牌に加える。

さて、何を切るか。

宥が注目したのは一巡目の秀介の{三}切りだ。

 

(志野崎さん、何を考えて{(あの子)}を切ったんだろう・・・・・・?)

 

さすがにその意図は分からない。

単純に不要だったという可能性もある。

しかし宥はそこに別の意思を感じた。

 

(・・・・・・理屈は分からないけど、もしかしたら誰かの手牌にあるとか、ツモりにくいとか思ったのかな・・・・・・?)

 

ドラ表示牌ということを加味しても、自分もツモりにくそうな気がする。

 

(・・・・・・でもここは・・・・・・)

 

それでも宥は{⑨}を切ってペンチャン処理をする。

後々への布石として。

 

そして秀介。

 

(うん、さっきの試合で流れをいじりすぎたかな)

 

秀介手牌

 

{①③④④⑤⑦⑨7東南南白(横中)發}

 

一見混一の好手牌に見えるが、前述の通り{南は晴絵、中は宥、白}は灼が押さえているのでその辺が軒並み鳴けない、ツモれない。

なおこの後の灼のツモに{發}があることを付け加えておく。

 

デジタルを信仰している身として「流れなんてただの偏りです!」と言う人もいるだろう。

だが秀介の頭はそこまで硬くない。

むしろ前世でそういう流れの作り方、乗り方なんかにまでデジタルで挑んでいた男だ。

この手牌の具合は、先程の±0で本来あるべき流れを壊したせいだと自覚していた。

 

(・・・・・・誰かの隙を見つけるまで、しばらくベタ降りだな)

 

早い巡から降りているところを悟られないようにと注意しながら、秀介は{發}を手放した。

 

そしてこの局阿知賀陣営、特に晴絵の手の伸びが良かった。

 

晴絵手牌

 

{一二三[五]六⑦⑨(横⑧)234東南南}

 

5巡目にして早々に聴牌である。

幸先がいい、誰に遠慮する必要もない。

 

「リーチ!」

 

リーピン赤。

高めの{(ドラ)}をツモれば満貫、裏が一つでも乗るか一発ツモで跳満だ。

このまま勢いに乗って高めツモと行きたい。

だが。

 

(まぁ、そうはいかないよ)

 

次巡、秀介が妨害に動いた。

 

「チー」

 

七対子狙いに見せていた手を崩して{横②③④}の鳴き。

ツモがずれた結果高目の{(ドラ)は宥の手に、そして晴絵の元には安目の七}が舞い込んできた。

 

(ありゃ、安目だ。

 彼の鳴きでずらされたか)

 

それでもツモ切りして果敢に高目を狙う手もあるが、赤い牌が集まる宥の元に{(ドラ)}が行ってしまう可能性もある。

ここは上がっておくが最善か。

 

「上がっておくよ、ツモ」

 

{一二三[五]六⑦⑧⑨234南南} {(ツモ)}

 

「リーピンツモ赤、裏は・・・・・・無しか。

 2600オール」

 

まぁ、上がれたわけだし出だし好調と言うことにしておこうか。

秀介を相手にまずはリードだ。

点棒を差し出してくるその表情は特に変わらない。

一度上がりを取っただけでそれほど点差は開いていないのだし当然だろう。

晴絵もこれくらいで気を緩めるわけがない。

 

 

 

東一局1本場 親・晴絵 ドラ{⑥}

 

「ツモ」

 

この局も晴絵は流れに乗っていた。

 

{二三四七七(ドラ)⑦456777} {(ツモ)}

 

「リーヅモタンヤオドラ1裏1、4100オール」

 

一局目ほど早くはなかったが他三人を抑えて満貫ツモ上がりだ。

これで晴絵は4万点を超えて他三人は2万点を割り、とりあえず頭一つ抜けた。

まだまだ手を緩めるわけではないが。

 

(さぁ、あんたたちもそろそろ喰らいついて来なさいよ)

 

左右の二人に視線を送ると、それに応えるように頷き返される。

よしよし、それでいい。

後は。

 

(対面の君もね)

 

秀介にも視線を送ると、それに気付いたようで軽く笑い返してきた。

さて、次局はどうなるか。

 

 

 

東一局2本場 親・晴絵 ドラ{東}

 

晴絵 45100

配牌

 

{一五七②③⑤[⑤]⑧⑨1[5]79} {(ドラ)}

 

(ありゃ、これは・・・・・・)

 

浮いているダブ東がドラ、鳴ければ満貫確定だし赤もあるから跳満も圏内だ。

だが出来れば上の三色を狙い、{⑤}を頭にしたいところ。

0本場の時以上に扱いに困る{東}だ。

 

(ま、一先ず{一や1}の処理かね)

 

晴絵は{1}を捨てた。

 

宥  18300

配牌

 

{二三六六八九49南西西發(横中)中}

 

今回は文句ない、萬子の混一が目指せそうだ。

{9}を切る。

 

秀介 18300

配牌

 

{一二三四六[⑤]⑨6678(横發)(ドラ)北}

 

(・・・・・・少しはマシになったな)

 

軽く平和手が狙えそうだ。

気掛かりなのが晴絵同様手牌に紛れ込んだ{(ドラ)}。

この局で晴絵が出した目は6、宥の山からの取り出しだ。

そして残る{(ドラ)}は二枚とも秀介の山にある。

早い巡目で決着が付くのなら気にする必要はないが、全員の手の進みが滞ったりすると厄介なことになる。

 

(いざとなったらそれらしい捨て牌を作ってから{(ドラ)}を強打すれば聴牌を警戒させられる。

 そうすれば安手で場を流そうと考える子もいるだろう)

 

まぁ、それまでに晴絵が{(ドラ)}を手放そうと考えなければ、の話だが。

ドラ表示牌{北}を捨てる。

 

灼  18300

配牌

 

{一三八(横五)①⑥⑦⑦⑧29南西白}

 

灼は特に考える間もなくあっさりと{9}を切り出した。

 

2巡目。

 

晴絵手牌

 

{一五七②③⑤[⑤]⑧⑨[5](横3)79(ドラ)}

 

1巡目の流れで{一}の処理をする。

と同時に。

 

「チーです」

 

宥が動いた。

 

宥手牌

 

{六六八九4南西西發中中} {横一二三}

 

些か動くのが早い気はするが、ともかく{4}を切って手を進める。

 

秀介手牌

 

{一二三四六[⑤]⑨6678(横發)(ドラ)發}

 

{⑨}を河に捨てながらも秀介は今の宥の動きに視線を向ける。

 

(2巡目から両面チーかい。

 混一狙いだとしてもそこはツモ狙いでよかったんじゃないか?)

 

普通なら焦った人間の打ち方とかヘボの打ち方と思うところだ。

が、彼女も県予選を勝ち抜けて全国行きを果たした学校のメンバー、ヘボとは思えない。

 

(・・・・・・何かあるな、面前を捨てて動いた理由が)

 

それが彼女の考えによるものか、それとも能力によるものか、それはまだ少し様子を見てみなければ分からない。

 

灼手牌

 

{一三五八(横六)①⑥⑦⑦⑧2南西白}

 

先程同様スパッと{①}を切る。

普通に平和手でも狙っている様子だが果たして。

 

3巡目。

 

晴絵手牌

 

{五七②③⑤[⑤]⑧⑨3[5]79(横南)(ドラ)}

 

不要、とそのままツモ切りする。

 

宥手牌

 

{六六八(横七)九南西西發中中} {横一二三}

 

(あったかいの・・・・・・)

 

{發}を切り出し上がりに近づけていく。

 

秀介手牌

 

{一二三四六[⑤]6(横4)678(ドラ)發發}

 

せっかくの{發}が宥から切られたが、秀介は鳴かずにスルーする。

 

(この手の急所{五}が少し遠い。

 ずらせば松実さんから次巡の{七}を食い取って三巡程で{八}をツモれるが、仮に上がってもこの手は發赤1、ちょっともったいない。

 それよりも・・・・・・)

 

手牌から{一}を抜き出して切る。

 

(松実さんの観察が優先だ)

 

灼手牌

 

{一三五六八⑥⑦⑦⑧2(横⑨)南西白}

 

(宥さんが動いた・・・・・・)

 

灼はちらっと対面の宥の様子を見た後、{南}を捨てた。

 

4巡目。

 

晴絵手牌

 

{五七②③⑤[⑤]⑧⑨3[5](横3)79(ドラ)}

 

(宥が早そうだね。

 協力プレーをする気は無いけど・・・・・・)

 

自分の力で勝ちたいという想いがある。

だから仲間との共闘はあまりしたくないのだが、他家を上手く使って相手を追い込むというテクニックも上級者には必要だ。

ここは宥に上がってもらおうと、晴絵は{⑨}を切る。

 

(この局は{(ドラ)}を抱え込んで、志野崎君に少しでもプレッシャーがかけられればいいかな)

 

宥手牌

 

{六六七(横七)八九南西西中中} {横一二三}

 

(あったかいの・・・・・・いっぱい・・・・・・)

 

宥は嬉しそうに笑顔を浮かべながら{南}を捨てる。

これで一向聴だ。

 

秀介手牌

 

{二三四六[⑤](横④)46678(ドラ)發發}

 

とりあえず有効牌ツモ、だがどうするか。

 

(・・・・・・対面の赤土さんは{(ドラ)}を切らないな。

 ダブ東ドラ3のプレッシャーをかけてるつもりか)

 

無視してもいいがここはあえて乗っかろう。

そう考えながら秀介は自山に視線を向ける。

 

(・・・・・・{5は遠いな、③-⑥}なら鷺森さんの山だし鳴きが入ってもどちらかツモれるだろう。

 だが{六}切りは松実さんに鳴かれて聴牌だし、直後に俺が彼女の高め{中}をツモる。

 赤土さんはこの局上がりよりも松実さんへの援護を考えているみたいだが、俺が{中}を抑えて彼女の上がりが遠のいている間に{(ドラ)}ゾーンが近づくのは勘弁だ。

 そろそろ赤土さんの連荘も終わりにしてもらいたいし・・・・・・)

 

ぺしっと{6}を切り捨てる。

 

灼手牌

 

{一三五六八⑥⑦⑦⑧⑨2西(横中)白}

 

そして秀介が()()通り、今しがた秀介が{六を宥に鳴かせなかったことにより灼が中}をツモる。

が、彼女はそれを見るなりスパンとツモ切りした。

 

「あ、ポン」

 

当然宥は鳴く。

 

宥手牌

 

{六六七七八九西西} {中横中中横一二三}

 

{六}を切り捨てて聴牌だ。

秀介は牌をツモりながら灼の様子をうかがう。

 

(あっさり切ったな・・・・・・。

 この二人・・・・・・共闘してるのか?

 それとも鷺森さんもここは松実さんに上がってもらうのが一番と考えたのか?)

 

その表情からはうかがい知れない、中々ポーカーフェイスが出来ている子だ。

こちらも様子見が必要か。

 

そのまま3巡後、宥がツモ上がる。

 

{六七七八九西西} {中横中中横一二三} {(ツモ)}

 

「ツモ。

 混一中1200・2200です」

 

とりあえず一上がり、宥によって晴絵の連荘は終わった。

続いて宥の親番だ。

 

(さぁ・・・・・・)

 

秀介が宥の観察に一層力を入れる。

 

(この局で大まか決められるかな、彼女の打ち方は)

 

 

 

東二局0本場 親・宥 ドラ{⑦}

 

「ツモです」

 

この局、またあっさりと宥の上がりが決まった。

 

{一二三五六七[⑤]⑥(ドラ)⑧中中中} {(ツモ)}

 

「リーヅモ中ドラ赤。

 裏無しで4000オールです」

 

またも{中}が入った萬子が多めの手。

ふむ、と秀介は点棒を渡しながら頷いた。

 

(・・・・・・さすがに決まりかな。

 彼女は萬子と{中}が集まり、それによる混一、清一が強みなんだろう)

 

秀介はそう結論付ける。

上がりの速さはそれほどでもないし、分かっていれば狙い撃ちも可能。

対処の仕方はありそうだが。

 

(・・・・・・まぁ、狙い打たれた時用のカウンター策があるのかも知れんし、奈良のレベルがどれくらいかも知らないがね)

 

一先ず次局辺り狙ってみようかと秀介は心に決める。

 

 

 

東二局1本場 親・宥 ドラ{8}

 

宥 34900

配牌

 

{二二三四六①[⑤]⑥49東西發} {中}

 

(・・・・・・いけそう・・・・・・かな・・・・・・?)

 

宥がまず手に取ったのは{①}。

それを切り出すと同時に、マフラーを軽くパサッと払った。

 

秀介 13100

配牌

 

{九②②③④⑧(横④)(ドラ)9東南西北}

 

秀介はそんな宥の仕草を視線の端に捉えながら{西}を切る。

 

(・・・・・・なんかの癖かね?)

 

今のが意味のないことなのか、それとも自分の100点棒と同じ何かの癖なのか。

それも様子見だなと、秀介はこの場では深く考えないことにした。

 

灼 13100

配牌

 

{三七七八①③⑨11236(横8)9}

 

(宥さんの今のは・・・・・・)

 

灼も今の宥の仕草は見ていた。

そしてそれを受けて、灼は手牌から{三}を抜き出して捨てる。

ざわっと周囲から声が上がった。

萬子を早めに処理して絶一門でも狙う気だろうか。

だが牌の数でいえば筒子の方が少ない。

何を考えているのだろうか。

 

晴絵 38900

配牌

 

{九②②⑤⑧⑨378西北白(横白)發}

 

晴絵は{北}を切りながら、灼に軽く視線を送る。

 

(灼・・・・・・何か作戦でも立ててるのかな?)

 

相手を意識して自分のスタイルを崩すのはよくない。

だがまぁ、せっかくの練習試合だ、色々試してみるのもいいだろう。

それが後々にまで影響を及ぼさなければ、だが。

 

(・・・・・・後で聞いてみて、考えの内容によっては怒らないとだけどね)

 

2巡目。

 

宥手牌

 

{二二三四六(横五)[⑤]⑥49東西發中}

 

(あったかいの・・・・・・来て・・・・・・)

 

宥が言うところのあったかくない牌、{西}を処理する。

次巡以降も{東發4}あたりを捨てるのだろう。

 

秀介手牌

 

{九②②③④④⑧4(横3)(ドラ)9東南北}

 

このツモと先の流れに目を向けて、秀介は少しばかり動きを止める。

 

(・・・・・・この{3と9}は不要だな。

 とはいえドラそばの{9}をこの段階で手放すのはよくない。

 序盤でドラそばを切るのは明らかに不要な手役が狙える場合か、もしくはドラが複数あり、頭もしくは面子、暗刻として決まっている場合だ。

 この段階からドラが手にあるのを悟られるのは・・・・・・まぁ、今回は別にいいと言えばいいんだが、情報は伏せるに越したことは無い。

 鷺森さんにならって俺も萬子を処理するか)

 

自身の手牌をミスなく進められて一流。

相手の思考を誘導できるようになれば超一流だ。

その分考えることが多くて大変だが秀介にはそれだけの能力がある。

{九}を切って灼の打ち筋の陰に隠れることにした。

まぁ、それだけの能力をもってしてあえて±0を狙ったりする辺り、才能の無駄遣いと言うべきか舐めプと言うべきか楽しそうで何よりですと言うべきか。

 

灼はそんな秀介の打ち筋を一瞥し、ツモった{南}をツモ切りする。

続いて晴絵もツモった{一}は不要とツモ切りした。

 

3巡目。

 

宥手牌

 

{二二三四五六[⑤]⑥49(横5)東發中}

 

(あったかいの、もっと・・・・・・)

 

{9}を捨てる。

{東も發も、というか今回は中}も切ってタンヤオ三色を目指す予定だ。

ちらりと秀介に視線を送る。

 

(・・・・・・萬子待ちだって、思ってくれてるかな・・・・・・?)

 

 

 

それは試合開始前、晴絵に引き連れられて秀介の待つ卓へ向かう途中。

 

「・・・・・・宥さん」

「なぁに? 灼ちゃん」

 

不意に宥は灼に声を掛けられていた。

 

「志野崎さんを倒す為に、ちょっと手を組みませんか?」

「・・・・・・手を組む?」

 

突然の言葉に首を傾げる宥。

灼は構わずに続けた。

 

「萬子の混一を多めに狙ってください。

 私は宥さんが聴牌気配なら萬子以外を切るようにします。

 あ、{中}は揃っていない限り援護しますけど」

「ど、どうして?

 あんまり変な打ち方するなって赤土さんも言ってくれてたのに・・・・・・」

 

コーチとしてその指摘は当然であり、また灼もそれを聞いていたはずである。

阿知賀メンバーの中で一番晴絵を慕っている灼としても言うことを聞かないわけがない。

だがそれでも今回、灼は揺るがなかった。

 

「・・・・・・志野崎さんはさっきの宥さんの試合を見ていてある程度打ち方を見抜いてくると思います。

 それとさっきの志野崎さんの試合だけでは断定できませんが、序盤は様子見で点数を減らすかもしれません。

 うまく点数が減ったタイミングで宥さんが筒子、索子も混ぜて三色辺りで跳満を仕上げれば、一撃でトバすことも可能なはずです」

「・・・・・・」

 

灼の言葉に、宥は苦笑いを浮かべるだけだった。

真面目に取り合っては貰えないのだろうか。

 

「いいタイミングで狙えそうな手が入ったら、マフラーを払うなりサインを・・・・・・」

「灼ちゃん、大丈夫」

 

玄の敵討ちと思って、と話を付け加えようとしたところで止められた。

そんなことをしなくてもいい、と言うことだろうか。

だが宥の言葉は灼の予想を超えていた。

 

「私も最初からそうするつもりだったから。

 あのね、さっきの試合も志野崎さんに見られてると思ったから、いつもより萬子集めるのを多めにしていたの」

「・・・・・・!」

 

いつもぽやーっとしているように見える宥。

にもかかわらず既にそれだけの行動をとっていたとは。

 

「玄ちゃんがやられちゃった分も、私がやり返すよ。

 だって私は・・・・・・」

 

 

おねーちゃんだから。

 

 

 

そして8巡目。

 

宥手牌

 

{二二三四五五六[⑤](横七)⑥457中}

 

一向聴、ここで{中}を捨てる。

 

宥捨牌

 

{①西9⑨東南發} {中}

 

ここまで萬子を一枚も余らせることなく手の中で使い切っている。

これで{中}を手放すとなれば萬子の混一から清一に移行したと考えてもおかしくない。

おまけに{9を切ってるから6}は一応スジ引っ掛けだ。

タンヤオ三色赤、リーチをかけて一発か裏ドラが乗れば跳満。

秀介は晴絵と宥のツモで削られたまま取り返していないので、残り点数は13100。

これは親ッパネ直撃でトぶ点数だ。

 

(この一撃で玄ちゃん・・・・・・だけじゃなく、憧ちゃんや穏乃ちゃんの分も・・・・・・)

 

まとめて返すから。

それは普段温厚な宥からは考えにくい攻撃的な闘牌だった。

 

さて、その秀介の手番だ。

 

秀介手牌

 

{②②④④⑧4(ドラ)89南南北北}

 

さすがの秀介もここは宥を狙い打つと決めていただけあって、多少の無駄ヅモは挟みつつもこの形まで進めていた。

七対子ドラドラ、宥が三色を狙うとしたら捨てられる{4}が狙い目だ。

宥も一向聴だし秀介もここいらで聴牌しておきたい。

が、秀介はツモった牌をチラッと確認すると手牌に加えることなく捨てた。

無駄ヅモだったらしい。

 

秀介捨牌

 

{西九3東中發③} {9}

 

ん?と後ろで見ていた衣が首を傾げる。

同じく透華もだ。

 

「{9}なら有効牌のはず・・・・・・」

「ですわよねぇ・・・・・・それをツモ切りって・・・・・・」

 

何を考えて?

実はちゃんと見ていなくて盲牌ミスしただけ?

それともこれも何かの布石?

そう思いながら確認の為に秀介の手牌に視線を落とす。

 

秀介手牌

 

{②②④④⑧⑧4(ドラ)8南南北北}

 

「ん・・・・・・んん!?」

 

思わず二度見してしまった。

聴牌・・・・・・してる?

先程まで秀介の手牌はこの形。

 

{②②④④⑧4(ドラ)89南南北北}

 

一向聴だったはず。

それが{9}をツモ切りしたと思ったらいつの間にか聴牌?

一つ増えた{⑧}はどこから来た!?

真っ先に気付いたのは一だった。

 

(牌をツモるときにあらかじめ手の中に{9}を持ってたんだ!

 そしてツモ切りしたと見せかけて手の中でツモって来た{⑧と9}を入れ替え。

 ツモ切りで手が進んでいないように見せかけてこっそり聴牌だなんて!)

 

イカサマではない、全ては自分の手の内でのことなのだから。

だが公式ルールでは著しく評価が下がりかねないギリギリの行為だ。

確かに今は公式大会ではないがそんな真似をするなんて。

と言うか一でも気付かなかったそのモーションは手馴れているように見えるが。

 

(・・・・・・もしかして、普段ボク達と打ってる時にもちょこちょこやってたんじゃ・・・・・・?)

 

さすがに自分の詳しい過去――小学生時代にやらかした事――まで語ってはいないが、一は秀介が龍門渕に麻雀をやりに来るようになってから手品が得意だということは話したことがある。

それに対して当てつけるようにやってたんじゃないだろうね?

今まで気付かなかったボクのことをどう思っていたのさ!?

この種明かしもからかいの内!?

ホントに人が悪い!

 

そうこう考えている間に9巡目。

 

宥手牌

 

{二二三四五五六七[⑤]⑥4(横⑦)57}

 

宥に聴牌が入った。

 

(志野崎さんはツモ切り・・・・・・手が進んでない。

 なら今の内に・・・・・・!)

 

千載一遇のチャンスとばかりに、秀介への直撃を狙ってトバせる点数を目指す。

 

「リーチです」

 

三色に受けてカンチャン{6待ちになる4}切り。

が。

 

「リー棒はいらない、ロンだ」

 

パタリと秀介が手牌を倒す。

 

{②②④④⑧⑧4(ドラ)8南南北北} {(ロン)}

 

「七対子ドラドラ、6400の一本場」

 

宥の狙いは空振り、むしろカウンターで余り牌を狙われた。

秀介としてはここで宥が三色を狙うかどうかは不確定だったが、まぁ上がれたからよしだ。

 

そうして宥が点棒を差し出す様子に。

 

(・・・・・・ん?)

 

秀介に限らず同卓のメンバーも気付いた。

 

「あ・・・・・・う・・・・・・。

 さ・・・・・・さ、む・・・・・・」

「お、おねーちゃん!?

 どうしたの? 大丈夫!?」

 

玄が駆け寄ってきて宥に寄り添う。

はっとして宥は玄の方を見た。

 

「玄ちゃ・・・・・・ん・・・・・・。

 う、うん・・・・・・大丈夫だよ・・・・・・」

「おねーちゃん・・・・・・?」

 

一体何が?という表情で玄は宥の様子を見ている。

が、秀介の手牌を見た途端に「あっ・・・・・・!」と声を上げた。

何かに気付いたらしい。

 

(・・・・・・何だ?)

 

秀介としてはその反応はあまりにも違和感がありすぎる。

自身の手に視線を落とすが、特に変わったことは・・・・・・。

 

途端、秀介の思考が今日確認した限りの宥の手牌形を思い返す。

上がった、上がらなかったに係らず全ての手牌を。

 

それと試合前の軽い雑談や、今の彼女の発言。

そこから導き出される答え。

 

(まさか・・・・・・!)

 

デジタルであると同時にオカルトの極みと言ってもいい能力を所持している秀介。

にもかかわらず、どこぞの誰かのように「そんなオカルトありえるか!」と言ってしまいそうだった。

 

彼女の手牌には常に溢れていて、今の秀介の上がり形には一牌も存在しないもの。

萬子、だけではない。

 

(赤い牌か!?)

 

赤が混じっている彼女の大好きなあったかい牌。

今しがた秀介が上がった手牌には一牌たりともそれが存在しない。

それでロン上がりをされたから、今彼女は寒がっているのか?

そんなバカなと言いたい。

だが自分も血を吐くような代償を抱えていた身だ、完全に否定することはできない。

 

秀介は点棒を受け取り、牌を卓に流し込みながら考え続ける。

赤が混じっている牌と赤が混じっていない牌。

数えてみれば明らかだが赤が混じっている牌の方が多い。

 

{一二三四五六七八九①③⑤⑥⑦⑨1579中}

{②④⑧23468東南西北白發}

 

この通りだ。

これはつまり、作れる手役の幅が広いということである。

もちろん宥は実際のところ赤が混じっていない牌も含めて手役を作っている。

今回も萬子待ちを狙っているように見せかけて秀介から{6}がこぼれるのを待つべくカンチャン待ちを選択したのだろう。

 

(・・・・・・俺が言うのもなんだが、ちょっと突拍子もない発想だ。

 次の局、また試すか)

 

秀介は相変わらず震えて見える宥の様子をうかがいながら、次局の手役作りへと頭を働かせ始めた。

 

 

 

東三局0本場 親・秀介 ドラ{九}

 

宥 28200

配牌

 

{二三(横二)六六七(ドラ)②④⑨5北中中}

 

(うぅ・・・・・・玄ちゃんにちょっとあっためて貰ったけど・・・・・・まだ寒い・・・・・・。

 あったかい牌・・・・・・あったかいの、いっぱい来て・・・・・・)

 

未だカタカタと震えながら{北}に手をかけて止まる。

 

(・・・・・・一応私北家だし・・・・・・取っておいたほうがいいかな・・・・・・。

 でもあったかくない牌欲しくない・・・・・・北ってなんか寒そうだし・・・・・・)

 

さんざん考えた挙句、宥は{北}を手放した。

 

途端、その指先から凍るような寒気を感じた。

 

(ひぅっ!?)

 

「ポン」

 

鳴いたのは秀介だ。

手牌からは{1}を切る。

 

(・・・・・・親なのに1巡目から{北}ポン・・・・・・嫌な感じがするよぉ・・・・・・)

 

灼、晴絵と回り、再び宥の手番が回ってくる。

 

宥手牌

 

{二二三六六七(横八)(ドラ)②④⑨5中中}

 

{⑨}を手放す。

 

3巡目。

 

宥手牌

 

{二二三六(横五)六七八(ドラ)②④5中中}

 

(あったかいの・・・・・・もっといっぱい・・・・・・!)

 

宥はあったかくない{②}を捨てる。

 

今度は肘の辺りまで凍り付くような幻影を見た。

 

「ひぁっ!?」

「ポン」

 

再び秀介が鳴く。

{北、②}と鳴いて捨て牌は{二17五}、宥が言うところのあったかい牌のみが捨てられている。

 

(な、なんか・・・・・・あったかくない役狙ってる・・・・・・?)

 

宥が知る限り最もあったかくない役は緑一色だ。

目にしただけで寒気が走る。

ましてや振り込んだらと思うとそれだけで身体が震えそうだ。

だが秀介の鳴きを見る限りそれはない。

にもかかわらずこの寒気、秀介が何を狙っているのか分からないのが怖いと言うのもあるのかもしれない。

 

(あったかいの・・・・・・あったかいの、もっといっぱい来て・・・・・・!)

 

次巡。

 

宥手牌

 

{二二三五六六七八(ドラ)④5(横九)中中}

 

(あったかいの、いっぱい・・・・・・!)

 

大好きなあったかい牌に囲まれて笑顔が戻る宥、{④}を切る。

 

その笑顔もつかの間。

 

「ポン」

 

今度は右腕一本、肩まで凍り付く。

 

(い、いやぁ!!)

 

バッと右手を引っ込める。

本当に体温が下がっているように錯覚してしまう。

いや、果たしてそれは錯覚だけなのか否か。

 

さらに次巡、{一をツモって5}切り。

手牌は萬子と{中}で染まる。

それでも宥の震えは止まらなかった。

 

(もっと・・・・・・もっとあったかく!)

 

そして。

 

(やっ!? この牌やだ!)

 

ツモった瞬間から寒気を感じたその牌。

 

宥手牌

 

{一二二三五六六七八(横⑧)(ドラ)九中中}

 

(うあぁ・・・・・・あったかくないの・・・・・・やだ!)

 

涙目になりながら{⑧}をツモ切りする。

 

真夏でもマフラー、手袋、上着の下にはセーターも着こんでいるほかほかな宥。

 

その全身も、目元の涙も、心臓の奥の奥までが。

 

 

「ロン」

 

 

その一言で凍り付いた。

 

 

秀介手牌

 

{⑧發發發} {横④④④横②②②横北北北}

 

「發混一対々」

 

あったかくない牌オンリー、そしてこの役には別名がある。

 

筒子の内赤が混じらない青と緑で構成された{②④⑧}と、風牌一種、そして{發}で構成されたローカル役満。

 

 

青ノ洞門(あおのどうもん)、だ」

 

 

「い、いやぁああああ!!!」

 

ガタンと宥が自分の身体を抱くようにしながら倒れこむ。

 

「お、おねーちゃん!?」

「・・・・・・さ、寒い」

 

玄が慌てて宥を抱きかかえるが、宥はそれにも気づかない様子で震えていた。

 

「・・・・・・寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い・・・・・・!」

 

これにはさすがに晴絵も灼も、秀介(張本人)すらが「大丈夫か?」と手を差し伸べる。

 

一時試合を中断し、玄が寄り添いながら温かいお茶を飲ませてあげてようやく話ができるようになった。

震えはまだ止まっていないようだが。

玄も宥につられて涙ぐんでいる様子。

そんな中、「宥さんに何をしたんですか!?」と灼に問い詰められた秀介が、宥の能力の推測とそれを確認するための手段を説明していた。

 

「・・・・・・なるほど、宥の特性は理解してたけどそんなデメリットがあったとはね」

 

うむ、と一緒にそれを聞いていた晴絵が頷く。

 

「先程の俺の七対子に赤が一つもなかったところからの推測で、それを確かめようと思っていたのですが。

 まさかここまでとは・・・・・・申し訳ない」

 

そう言って晴絵に頭を下げる秀介。

さすがに今回はやりすぎたと思っているのだろう、不可抗力とはいえ。

だが晴絵は手をひらひらと振って返すのみ。

 

「いいよ、相手の弱点を突くのは基本だからね」

 

気にしていない風にそう言い、晴絵は特に秀介に詰め寄るようなことはしなかった。

コーチである晴絵が表立ってそういう態度を取っている以上他のメンバーもそれ以上の追及はしない。

灼は未だに秀介を睨んでいるが。

晴絵もそれは気付いているが特に注意せず、そのまま宥の方へと向かった。

 

「宥、大丈夫かい?」

 

玄に寄り添われながら震えている宥だったが、小さく頷いた。

 

「そうか、それはよかった」

 

そう言って晴絵は宥に手を差し伸べる。

 

「じゃあ、卓に戻ろう」

「・・・・・・え・・・・・・?」

「なっ、ま、待ってください!」

 

晴絵の前に立ちはだかったのは隣にいる玄だ。

さすがに今の状態の宥を卓に戻して、今まで通りに打てるとは思えない。

だが晴絵は変わらない様子できっぱりと言ってのけた。

 

「宥、あんた全国大会でも同じことになったらそうしてるのかい?」

「・・・・・・!」

「それとも・・・・・・棄権しちゃうのかな」

「あ、う・・・・・・」

 

言い放たれたその一言は非常に重みがある言葉だった。

 

ここが全国大会の会場だったら、玄が助けに入ることもできなかったし、途中で試合を中断することもできなかった。

かつて久やまこを守る為、血を吐くほどに能力を行使していた秀介も、戦っている最中に席を立つ真似はしなかった。

後に戦う千里山のエースも、極限まで能力を行使しながらもチャンピオンを相手に最後まで戦い続けた。

 

だが宥は今、席を()()()()()()()()()

それを仕方ないと取るか甘いと取るか、それは個人によって違う。

しかしルール上、大会の最中だったら棄権と判断されても仕方がない。

晴絵はそれを指摘したのだ。

 

「・・・・・・や・・・・・・ります・・・・・・」

「おねーちゃん!?」

 

その言葉に、宥は未だ震えながらも立ち上がった。

カタカタと震える姿はとても頼りない。

だがその目には再び火が点ろうとしていた。

 

「よし、頑張れ!」

 

晴絵はそう言うと宥達に背を向け、一足先に卓に戻った。

 

「おねーちゃん・・・・・・ホントに大丈夫・・・・・・?」

 

玄の言葉に震えながらコクコクと頷く宥。

 

「だい・・・・・・じょーぶ・・・・・・だって、私・・・・・・」

 

まだ頼りなさげではあるが、それでも宥は笑って玄に告げた。

 

「・・・・・・おねーちゃんだから」

 

 

再び全員が着席し、試合再開となる。

が、さすがの灼も晴絵の方に視線を送らざるを得ない。

 

(ハルちゃん、さすがにちょっと厳しいとおも・・・)

 

自身がトラウマを抱えている身でありながら、宥にとってトラウマになりかねない事態にあの発言は少し厳しいのではないかと思ったのだ。

そして晴絵はそれに対し、灼や他のメンバーに特に何かを言うでもなく、どちらかと言えば無表情で卓に座るのみだ。

他のメンバーもさすがに不安だろう。

そんな中、秀介が不意に声を上げた。

 

「・・・・・・強がり」

「え?」

 

灼が秀介の方を見る。

が、秀介が見ているのは晴絵の方だ。

 

「・・・・・・何か言ったかな?」

 

晴絵は無表情のまま聞き返す。

秀介は軽く笑いながら言葉を続けた。

 

「その役目、俺が代わってやってもよかったんですよ?」

 

だが晴絵はそっけなく返す。

 

「ダメ、コーチとしてこれくらいやらないと。

 それに君がやったら最終的に遺恨が残るんじゃないかな?」

「今後も長く付き合う予定のあなたがやった方が、後々トゲが残るんじゃないですか?」

 

むー、と軽くにらみ合う二人。

だがすぐに晴絵は「ふふっ」と笑った。

 

「・・・・・・その言葉だけで救われるよ」

 

その一言で灼は察した。

 

(そっか・・・・・・ハルちゃんも本当はやりたくなかったんだ。

 でもコーチとしてたまにはきつい言葉も言わなきゃならない・・・・・・)

 

でなければ面目が保てない。

仲良しこよしで勝ち残れるほど全国は甘くないはずだ。

だから晴絵は嫌われるかもしれないという考えを持ちながらもあえて宥にきつくあたったのだ。

やっぱりハルちゃんは凄い、私が尊敬するに値する人だ!と灼は思った。

それに気付けたのは秀介がこの場でそれを指摘してくれたからだ。

にもかかわらず、灼が秀介を見る目はきつかった。

 

私でも気づけなかったことを気付き、気を使ったのがこの男だ、というのが気に入らない。

 

ただのわがままだと分かっていても、だからと言って気を使ってやるつもりはない。

 

(やることは一つ、この人を倒すことだけ!)

 

灼は自分にそう言い聞かせる。

 

秀介はそんな灼の視線に気づいているのかいないのか、変わらぬ様子で牌を卓に流し込み、新たな山を作る。

そして自分の右側に一本場を示す100点棒を一つ置いた。

 

が、その手にはもう一本の100点棒が。

「ん?」とそれに反応したのは晴絵だ。

それから一瞬間をおいて他のメンバーもその意味に気付く。

すっかり忘れていた彼の癖。

逆に龍門渕メンバーからは「やっとか」と安堵の笑み。

特に衣が嬉しそうだった。

 

「ではでは、阿知賀女子学院の全国大会での健闘を祈って軽く一服・・・・・・」

 

秀介はそれを銜え、煙を吐くように小さく息を吐いた。

 

 

「タバコが吸いてぇな」

 

「高校生だぞ、成人まで待つのだ!」

 

今日ツッコミを入れたのは衣だった。

 

 

 

晴絵 38900

宥  16200

秀介 31800

灼  13100

 

 




何でこんなに文章長くなってるんだろう。
おねーちゃんをいじる算段立ててたのが楽しかったんじゃねぇの?って聞かれたら否定はできないんですが(
予定よりも大事になったし。

周囲の咲ファンに聞いてみたけど、「あったかーいおねーちゃんが緑一色に振り込んだら凍死する」で満場一致だったよ。
実にノリのいい仲間です。
あれ? 秀介が入れ知恵したら全国決勝でまこちゃん活躍できるんじゃね?これ。
「緑一色が大好きな役満」とか言ってたし。
不憫な子と見せかけておいてしっかり伏線になってるではないか!(

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