咲-Saki- とりあえずタバコが吸いたい先輩 作:隠戸海斗
あのだるーっとしたゆるやかーな空気がたまらん。
公園でみはるんと池田ァ!が遊んでるのも好きですけど。
他にも怜が「共食いになるな」フフッて笑ってるやつとか。
あ、あとねぇ(
「・・・・・・すまないね、もう一度言ってもらえるかな?」
普段温厚な彼としては珍しく、明らかにイライラしているなと分かる様子で彼は告げた。
「そ、その・・・・・・申し訳ございません。
こちらの手違いで既に予約が入っている部屋にお客様の予約を入れてしまいまして・・・・・・。
本日に限り他の部屋もすべて満室で・・・・・・も、申し訳ございません!」
がばっと頭を下げるフロントの男性。
いざとなれば彼の知り合いを通して圧力をかけて無理矢理宿泊することも不可能ではないが、こんな些細なことで借りを作るのは遠慮したいし、何よりどうゴネてもこのホテルと遺恨を残すに違いない。
このホテルの宿泊客専用の食事は非常に美味だと聞いていたから楽しみにしていたのだが。
大きくため息をつきながら仕方がないかと流すことにする。
「・・・・・・ま、ミスがあったのは仕方ないとしよう。
で、どうするつもりだい?」
ミスがあって宿泊できなかったのは――まぁ、もちろん文句はあるのだが――過ぎたこと。
重要なのはその後どうしてくれるのかだ。
宿泊が出来ない時にこのホテルがどういう代案を出してくるのか、それで評価も変わろうというもの。
既に支払ってある分の料金を全額返すのは当然として、代わりに近場のホテルに連絡して部屋を手配してくれるところまでやってもらえればとりあえず文句は無いところだ。
ついでにそちらの宿泊費も出してくれたり手土産の一つでも持たせてくれれば、予定がぎっちり入っている身ではないわけだし、後日改めて泊まらせてもらうことも検討できるというもの。
「は、はい、ホテルではないのですがこの近くの宿に連絡して部屋を押さえさせて頂きます。
事前にお支払頂いた分の料金は全額返金致しますし、こちらからその宿まで車を出させて頂きますので・・・・・・」
まぁ、及第点か。
一先ずそれでOKを出し、決まったら連絡をくれと告げてホテルのロビーで無料のコーヒーを何杯か頂き、時折タバコも吸いながら待つことにした。
ついでにケーキも出てきた。
もちろん無料。
別に甘いものが嫌いだったりはしないのでありがたい。
味も悪くないし、これだったら料理も噂通り期待できそうだ。
気になるのは先程の「ホテルではないが」という一言。
どこぞの安宿を紹介されたらさすがにもう二度とこの地には来るまいと思うことだろう。
(さて、どうなるかな)
こういうトラブルも楽しみに変えられるのが旅行好きのいいところか。
しばし待たされ、宿の手配が出来たと言うので送迎の車に乗り込む。
車内は暖房が起動しているようだがまだ暖まりきっていない。
外は雪、再びこの寒さに当てられることになろうとは、と少し残念がりながらホテルを出た。
そして経過すること1時間以上、街を離れてもはや村ではないかと言うような郊外に到着した。
目の前にあるのは旅館ではなく、民宿。
「支配人の故郷で地元の人々からも愛される宿なんですよ」などと道中で聞いたが、さらに詳しく突っ込んでみると部屋は全部で4部屋しかないド民宿。
宿泊費もホテルの1/3以下。
実際見てみれば外見もちょっと古びて瓦が何ヶ所か無くなっていたり、塀にヒビが入っていたりと不安を掻き立てる。
中は大丈夫なんだろうな、中は。
「本日は申し訳ありませんでした、また機会がありましたら・・・・・・」と挨拶するドライバーに「またいつか」と告げて宿に入って行った。
宿の人に声を掛けると奥から年配の女将さんが現れ、田舎独特の鬱陶しくない程度の親しさを醸し出しながら荷物を持って部屋に案内してくれた。
中は思ったほど悪くない、きちっと隅々まで清掃されているし隙間風もない。
だがさすがに廊下に暖房は無いようで少しばかり寒い。
「お話は聞いておりましたのでお部屋の暖房は入れておきました」との事なので、部屋にたどり着けばきっと大丈夫だろう。
二階に上がって真ん中の部屋の前に来ると女将さんは鍵を取り出した。
「どうぞ、こちらですー」
ドアを開けて荷物を運び込む女将さんに続いて部屋に入る。
確かに部屋の中は暖かいし、思っていたほど狭くない。
これだったらまぁいいか、後は食事と風呂次第だが。
施設や風呂の案内を聞き、売店などは無いそうだがルームサービスで何か作るくらいは出来るとのこと。
後は場所次第だが喫煙可というのもありがたかった。
ついでに「トラブルはごめんですが、麻雀卓もありますよ」と笑いながら言われる。
口調から察するに彼の事は知らないようだったが。
夕食はすぐ用意するとのことだったが少し休憩したいと言うことを告げて1時間後にお願いをする。
そして女将さんが去ったところで少し休もうと横になる。
布団などは敷いていない、畳の上でだ。
ホテルの方は洋室だったようだがこういうのも悪くない、日本人として。
「!?」
そうして横になった直後、彼は飛び起きた。
何かいる。
いや、何か来る。
何だこれは。
位置まで正確に分かるほどの強力な
この宿の構造からして今階段を上っている最中。
彼は立ち上がり、ドアの方に向き直り自然と身構える。
二階に上がってきた、こちらに向かってきている。
足音も聞こえてくる、これは民宿として少しマイナスだ。
そして足音は彼の部屋の前で止まった。
コンコンとドアをノックされる。
彼が何も返事をしていないうちに、ドアは開かれた。
「みーつけた」
入ってきたのは女性だった。
見た目は成人しているかしていないか微妙なところだが、妙に子供っぽくて人懐っこそうな声で彼女は彼に声を掛けてきた。
「地元の人じゃないでしょ、お兄さん。
旅行者? どこから来たのかしら?」
「・・・・・・質問が多いな。
そもそも中の人間がドアを開けていないのに勝手に入ってくるのは失礼に値するもんだぞ」
「あらぁ、これは失礼。
結構細かいお兄さんなのね」
細かくなどないはずだ、決して。
入ってきた彼女が無礼なだけで。
ずかずかと部屋に入ってきた彼女に対し、とりあえず年上だろうという威厳として答えるだけ答えておくとしようか。
「・・・・・・年は32だ。
確かに俺は地元民じゃない旅行者だが、宿に泊まるのは大抵余所者じゃないかね」
「ここの宿は地元の人も泊まりに来るのよ。
なんせ地元にも愛される宿だから」
そういえば道中でドライバーがそんなことを話していたような。
だがこの言い回しを考えると彼女も地元民で、地元の人間自らが「地元に愛される宿」と吹聴していることになるが。
何故部屋に入ってきたのか、何の用があってこの部屋に来たのか。
色々聞きたいことはあるが、それよりも何よりも彼女が何者か気になる。
だから彼は駆け引きも何もなく直接彼女に問いかけた。
「単刀直入に聞くぞ。
お前は、
問われた彼女は相変わらず子供っぽいまま、しかし身に纏う雰囲気は妖しげに変化する。
「ねぇ、お兄さん」
そして彼女はそれに答えず、微笑みながら声を掛けた。
「私と麻雀しましょう?」
何故麻雀なのか、しかし彼もそれが一番分かりやすい手段だろうと言うことを察していた。
「お兄さん、麻雀打ちでしょう?
それも相当強いね。
近くを通りがかっただけでも匂いで分かったよ」
匂いと言われてもピンとこない。
だがそれはおそらく彼が感じているこの気配のようなものだろう。
やはり同類か。
そしてそこまで言われれば彼女の正体は不明なままでも少しは目的が分かる。
ただその前に一つ知りたいことがあったから、彼は先に名乗りを上げた。
「俺の名は新木桂。
お前は?」
その質問に雰囲気が変わる前の笑顔を浮かべて彼女は答えた。
「私の名前は・・・・・・」
「姉帯豊音です、よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げる長身の女性。
その前にも軽く自己紹介のようなものを言われていた気がするが頭に入っていなかったようだ。
「・・・・・・志野崎秀介です、よろしく」
暫し過去に記憶を走らせていた秀介はそれを悟らせないように咄嗟に返事をする。
怪しまれてはいない、と考えるのは短絡的だろうか。
それを危惧しながら秀介は改めてその横の年配の女性に視線を移す。
彼女が秀介をここへ呼んだ熊倉トシに違いあるまい。
先程塞も熊倉先生と呼んでいたことだし。
一応確認をする。
「あなたが熊倉トシさん?」
「ええ、そうよ」
変わらず笑顔のまま熊倉は返事をした。
そのやり取りにやはり塞達は息を呑む。
(志野崎さんも熊倉先生を知らない・・・・・・)
(やっぱり知らない同士?)
ならば何故熊倉先生は彼をここへ呼んだのか?
そもそも彼は何者なのか?
今しがた勝負をしたから彼が強い打ち手だというのは分かる。
男子の全国上位者とかだろうか?
それとも大学生? 社会人? 若手プロ?
豊音が来るまで碌に活動が出来なかった麻雀部員として、その辺りの情報をよく知らないから可能性はある。
だがしかし、だからと言って何故彼を呼べたのか。
実は熊倉先生は麻雀界に影響力を持った人物だった、とかなら納得だが。
そんな宮守女子メンバーの思惑はさておき、秀介は秀介で熊倉にぶつけなければならない疑問がある。
「・・・・・・単刀直入に聞きます」
「あら、何かしら?」
その全く変わらない笑顔を不満気に見ながら、秀介は言葉を続けた。
「俺の事をどこで知ったのか、それと俺に何の用か。
あと・・・・・・」
一度言葉を区切り、秀介は軽く睨むように告げる。
「俺を
それは年上に対してするべきではない口調、態度。
それを承知で、不満をぶつける意味も込めて秀介はあえてそんな言い方をした。
敬愛する熊倉先生にそんな態度をとったとあっては、さすがに温厚な宮守女子のメンバーと言えども、むっとする。
そんなメンバーを制しつつ、熊倉は変わらぬ笑顔で返事をした。
「麻雀を打ってもらいたいってだけよ。
あなたの事は、そうね・・・・・・風の噂って事にしましょうか」
要領を得ない返答、それは新木桂について南浦に聞かれた時の秀介の態度に似ていた。
だが熊倉の場合は答えることが不都合なわけではなく、事情を知らないこちらをからかっているだけだろう。
なるほど、普段秀介がからかっている時も相手はこんな感情を抱くのか。
(俺はからかうのは好きだがからかわれるのは嫌いなんだな)
ただの我儘である。
しかしそちらがそういう態度ならこちらにも考えがある、と秀介はぶっきらぼうな態度で言葉を続けた。
「そうか、なら今しがた打ったし俺はお役御免と言うことで」
そっけなくそう言って秀介は床に置いておいたカバンの方へと向かう。
「あら、困ったねぇ。
あなたには是非豊音と打ってほしかったのに」
「それはそちらの都合でしょう」
麻雀を打つのは別に構わないがあなたの態度が気に食わない、と言いたげに秀介はカバンを肩に掛ける。
と、出口の方を振り向いたところでいつの間にか接近していた豊音と視線が合う。
改めて近くで見るとやはり身長が高い。
自分より背が高い女性と出会うのは純以外では初めてだが、見るからに彼女は純よりも背が高い。
だがその身長に反した子供っぽい笑顔が威圧感を無くしているように感じた。
「あ、あの、志野崎さん」
少し遠慮がちではあるが、彼女はわくわくした表情で告げた。
「わ、私とも麻雀打って貰えませんか?」
そう言って豊音はペコリと頭を下げる。
「ここに来る途中、熊倉先生から色々聞いていて楽しみだったんです。
それにうちはここにいるのが全部員だから、知らない人と打つ機会も全然無くて・・・・・・」
そこで一旦言葉を切ると、豊音は宮守メンバーの方に向き直って言葉を続けた。
「だから、この間の大会は色んな人と打てて楽しかったよね!」
「あ、うん、そうだね」
突然話を振られて塞がとっさに返事をする。
周囲のメンバーも小さく頷いている辺り、とっさに返事をしただけでなく本心なのだろう。
そんな一同に笑顔を向けた後、豊音は秀介の方に向き直ると再び頭を下げた。
「せっかくの機会なんです、私と麻雀打ってください、お願いします!」
そのストレートな頼み方に思わず、んぐっと言葉に詰まり渋い表情で視線を逸らす秀介。
が、割とあっさりとカバンを下ろして返事をした。
全く毒気の無い笑顔に、意地悪をしようとしていたことを少しは後悔したのだろう。
「・・・・・・分かった、やるよ」
「ありがとうございます!」
パァッと満面の笑みになり、豊音は胸の前で両手をぐっと握った。
実に女の子らしい。
その身長さえ無ければ、というのはおそらく彼女にとってコンプレックスだろうから言わないでおく。
カバンをまた元の場所に戻し、秀介は改めて豊音に向き直る。
その際チラッと遠目に熊倉を睨むのを忘れない。
「・・・・・・それじゃ、どうする?
30分くらい休憩してから始めるかい?」
「えっ、休憩なんて別にそんな・・・・・・」
秀介の言葉にわたわたと手を左右に振る豊音。
すぐに打ちたいという気持ちと、遅れてきておいて休憩するなんて申し訳ないという気持ちがあるからだろう。
だが秀介はそんな豊音の遠慮をばっさりと切り捨てた。
「遅れてきたのは何故かな?
寝坊したのか、そもそも家が遠いのかと思ったんだが。
寝坊したのなら30分で頭をはっきりさせてほしいし、家が遠かったのなら来るだけでも多少は疲れるだろうから休んでほしいし。
まぁ、ようするに・・・・・・」
秀介はビシッと豊音を指さしながら告げた。
「全力で麻雀やろう、ってことだ」
「は、はい!」
ぱぁっと華やかな笑顔で返事をする豊音、「やたー!」とメンバーの方へ向かって行った。
そしてシロにすりすりと抱き付きながら「全力で麻雀やろうだって! ちょー嬉しいよー!」とはしゃいでいた。
比較的長身のシロだが豊音が相手では小さい部類になってしまう。
豊音の身体を支えきれずにずるずると身体を崩して近くのソファーへと共に座り込む形になった。
その様子を見ながら秀介も近くのソファーに腰を下ろす。
(やれやれ、少人数っていうのはどこも仲がいいものだな)
清澄然り、阿知賀然り、龍門渕然り。
いや、龍門渕は確か既存の麻雀部を打倒したとかなんとか言っていたからそちらとは仲が悪いのかもしれないが。
しかし仲が悪い者同士がチームを組んで酷いことになるかと言うと一概にそうとも言えない。
「お前より稼ぐ!」「こっちこそ!」と睨み合いながら互いに点数を競い合って稼いでいけば、必然上位にのし上がることだろう。
たまにはそう言う学校も見てみたいものだが、と考えたところでいつの間にか色んな学校を見て回ることが前提の思考だと気付いた秀介であった。
「え、全員が3年生なのか」
秀介は改めて振る舞われたお茶と、シロが持ってきたお菓子を頂きながら宮守メンバーと休憩がてら談笑していた。
「そうなんです。
それどころか5人揃ったのも今年になってからで、それまでろくに活動できなかったんですよ」
塞が苦笑いしながらそう答える。
それはまた
女子は3年の久と2年のまこ。
今年になるまでそれに秀介を加えて3人しかいなかった状況は
だが今年になって1年が4人入ってきたし、来年以降の事を考えると清澄の方がずっと恵まれている。
全国大会出場は果たしているとのことなのでライバル校かと思いつつ、全国大会が終わるまでは部員募集などの活動はやらなそうだ。
終わってから声を掛けていくのか、それとも来年以降の事はもう諦めているのか。
全国に出場できるレベルの学校で麻雀部が続かないと言うのは残念に思うが、そこにまで口出しする義理は無い。
そんなことを考えていると、今しがたの呟きを聞き取られたのかシロから声を掛けられる。
「・・・・・・
「ん、あぁ・・・・・・そういえば言ってなかったな」
返事をしたところで、そういえば年齢の話はしていなかったなと思い出して言葉を続けた。
「そちらと同じく全国出場を果たした長野の代表、清澄高校の3年だ。
改めてよろしく」
「え、同い年?」
「と、年上かと思った」
秀介の言葉に驚く塞と豊音。
というか熊倉以外の全員が驚いた表情をしている。
「ふぇー」と声を上げながら胡桃が言った。
「やけに大人っぽいから年上かと思ってたのに」
「ああ、同い年と聞いた時には俺も驚いたよ」
「どうしてこっちを見ながら言うのかな?」
「別に、今話してるからさ、深い意味は無いよ」
絶対ちっこいからでしょ、と言いたげな胡桃の視線から逃れるようにそっぽを向きながらお茶を口にする秀介。
まぁ、実際衣と言う前例を見ていなければもっと驚いていたことだろう。
彼女達も彼女達で、秀介の事を大学生かプロかと考えていたことだしおあいこか。
しかし胡桃やエイスリンは背が低いが、対してシロと豊音が長身だ。
全体的に背が低かった阿知賀メンバーとは何が違うのだろう。
食べ物か? それとも土地柄的なもの?
いや、単純にたまたま背が低いのが集まったのが阿知賀だったのだろう、きっと深い意味はあるまい。
そんなことを考えていると、今度は豊音が話しかけてきた。
「長野ってどんなところですか? 都会ですか?」
「いや、都会って程じゃないよ。
周辺に広く田んぼとか広がってるし」
「なるほど、何か名産の食べ物とかってありますか?」
何故食べ物、と今しがた自分も食べ物について考えていたことを思い出しつつ返事をする。
「まぁ、そばじゃないかな。
あとは味噌とか馬刺しとか、牛肉も一応あるな。
それに日本酒とタコス・・・・・・は違うか」
タコスは本当に限られた一部限定だ、多分。
それを聞いて豊音は一層目を輝かせた。
「おそば! この辺にもあるよね!」
「・・・・・・あぁ、わんこそばとか冷麺とかじゃじゃ麺・・・・・・」
シロがだるそうにしつつも答える。
「そうそう、また冷麺食べたいね、最近はあったかいし」
「そうだねー、行きたいよー」
塞と豊音がそう言ってはしゃいでいる様子を見ながら、一瞬耳を疑って秀介はちらっと外を見た。
(・・・・・・あったかい・・・・・・か?)
長野から来た彼にとってこの辺に来た時の最初の感想は冷房に当たっているような心地よさだった、つまり彼にとってこの辺は今の時期でも涼しいのである。
来た時よりは日が高くなっているし、確かに7月も終わろうと言う頃だし、本来はあったかいどころか暑くてもおかしくないのだが。
土地の違いだなぁと思いながら食べ物トークに花を咲かせる一同を眺めていた。
ふと、あんまりしゃべってないなと思いエイスリンの方に視線を向ける。
ビクッと跳ねて視線を逸らされた。
何故かなー、などとすっ呆けつつ時間を確認するとそろそろ昼食が近い頃か。
「もうすぐお昼だし、皆で食べに行くのもいいんじゃない?」
「そうだね」
彼女達のトークもそんな雰囲気だ。
この場でお菓子やお茶を口にしているのですぐに食事に行くことは無いだろう。
そう、少なくとももう半荘打つくらいまでの間は。
なら、さっさと打って昼食を楽しむのもいいかなと秀介は軽く伸びをする。
ちょうど話題も途切れたのか、熊倉がパンと軽く手を鳴らした。
「じゃ、そろそろ打ちましょうか。
終わったらみんなでお昼にしましょう」
「はーい」
その言葉に返事をしながらスッと立ち上がる一同。
秀介としても久しぶりの遠出、旅行気分で食事を楽しみたいところだ。
問題は一つ、この場に
チラッと視線を向けるが、彼女は「なぁに?」と言いそうな表情で首を傾げるのみ。
秀介はすぐに視線を逸らして卓に向かう。
卓では塞が{東南西北}を抜き出していた。
「えっと・・・・・・誰が打ちます?」
塞は熊倉にそう問いかける。
今来た豊音と先程打たなかったシロは入るとして、もう一人は誰が入るか。
エイスリンに視線を向けるとビクッと飛び跳ねて胡桃の陰に隠れる。
確かに半泣きだったけどそれほどか。
胡桃の方を見るとこちらに手を差し出して「どうぞどうぞ」と席に座るのを促されている模様。
熊倉先生が打ったりしないだろうかと振り返ってみるが、熊倉は「あら、どうしたの」と察していない模様。
いや、察してはいるのだろう。
「塞、彼とは打った?」
「あ、はい」
「もう二度と打ちたくないとか思っちゃったのかしら」
「うぐっ」
ずいぶんと酷い言い回しをする、と塞は軽く頭をかきながら首を横に振った。
そんな言い方をされて頷くような軟弱者が岩手の代表などと思われたら心外だ。
「いいえ、打たせてもらいます」
「そう、お願いね」
実際塞はまだ武器を晒していない、戦いようはある。
今度こそ、いざとなったら。
(遠慮なく、塞がせてもらうよ)
それを受けて秀介は笑い返した。
(さっきとは違う何かを仕掛けてくるな。
いいよ、受けて立とう)
がしゃがしゃと混ぜられた4牌。
誰から引くかと顔を見合わせる。
秀介としてはやはり最初に選びたくはない、と思っていると。
「じゃあ、私が引くよー」
スイッと豊音が引いていってくれた。
引いたのはまだ表にされていないが、秀介には{東}であることが見えている。
(彼女が熊倉さんの本命みたいだしなぁ)
阿知賀のコーチ晴絵と対面で向き合って打った時を思い出し、秀介は豊音の対面に位置する{西}を引いた。
そして塞が引き、めんどくさがり屋のシロは牌を引くことなく自分の席を確定させたようだ。
「{東}だよー」
コトッと牌を卓に置く豊音。
それは置いた場所に座ると言うことも意味するのだがそこまで分かっているのかどうか。
まぁいい、と秀介はその対面に立ち、{西}を表向きに置く。
「対面だな」
フッと笑いかけると豊音はにこっと笑い返す。
実に無邪気で子供っぽい。
「あ、{南}だ」
そして秀介の上家に塞。
残ったシロは北だ。
「起家はそのまま豊音でいいかい?」
席に着いたところで豊音の後ろに立つ熊倉が口を挟んでくる。
初っ端から豊音の力を秀介にぶつけるつもりなのだろう。
特に異論はない、望むところだと秀介は了承した。
「よろしくお願いします」
「・・・・・・よろしく・・・・・・」
塞とシロが挨拶するのとほぼ同時、豊音が口端を吊り上げて妖しげに笑う。
そして周囲を
この圧力、衣に近いものがある。
ふむ、と秀介は対面に視線を向ける。
妖しげに笑う豊音と、その後ろから笑顔で見守る熊倉。
(・・・・・・
「よろしくねー」
秀介の心情を知らず、豊音は間延びした挨拶をする。
(まぁ、見せてもらおうか、その力)
「よろしくお願いします」
豊音の親番からこの試合は始まる。