咲-Saki- とりあえずタバコが吸いたい先輩   作:隠戸海斗

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ここまで話を広げることを考えてなかったからなぁ。
思い切って「B story」の新木桂を1、2、4、5にしておいても面白かったかな。
時間軸は2と3の間、だけどどちらかと言えば若い2寄り、なので2.2くらいになってます。
若いっつっても30過ぎてますけど。

??「さ、30はまだ若いよ!」

あ、それに合わせて新木桂の頃のお話を一言二言変更しています。
豊音さんの村の秘密、多分こんな感じ。



08新木桂その2.2くらい 約束と誘拐

「俺の名は新木桂。

 お前は?」

「私の名前は・・・・・・」

 

その質問に雰囲気が変わる前の笑顔を浮かべて彼女は答えた。

 

 

姉帯(あねたい)音々(おとね)

 音を繰り返すと書いておとね、よ。

 ここからちょっと離れた「がしま村」っていうところに住んでるわ」

 

 

それが彼女との出会いだった。

 

 

 

「それじゃ、麻雀牌を用意しましょう」

 

そう言って彼女は部屋の内線を勝手にとって「麻雀牌お願いします」と連絡を入れた。

しばらくして女将さんが麻雀牌とマットを持って入ってくる。

 

「あら、さっき連絡くれたのは音々(ねね)さんでしたか。

 あんまりお客さん苛めないでくださいよ?」

「そんなことしないよ」

 

そんなやり取りをした後に女将さんは新木の方を向く。

 

「麻雀をされるのならお夕食はもう少し遅らせましょうか?」

「・・・・・・そうだな、よろしく頼む」

 

新木の言葉に「かしこまりました、ではごゆっくり」と告げて女将さんは去って行った。

残された新木は、音々(おとね)と名乗り音々(ねね)と呼ばれた女性の方を見る。

彼女はテーブルにマットを広げると、麻雀牌をジャラジャラと撒く。

 

「ほーら、お兄さんも混ぜて」

 

そう言って牌を混ぜ始めた。

彼女の服装は着物、必然的に正座する形になっているが足のしびれには強いのであろうか。

やれやれと頭を掻きながら彼女の対面に座り、新木も牌を混ぜ山を積む。

 

「サイコロを一個ずつ振って、数が大きい方が親ね」

「ああ」

 

音々の言葉に新木は賽を受け取り、二人で揃って振った。

新木が5、音々が3だ。

 

「じゃあ、お兄さんが親ね。

 二人だから東家と西家のみ、場風は東に固定、対面からのチーも可能。

 左右二人分の点数は無視、つまりツモだと得点力ダウンね。

 それで25000を先に削り切った方が勝ち、それでどう?」

「一進一退のまま時間が掛かるのは勘弁だぞ」

 

万が一にも負けることは無いだろうと思っている新木。

何せ裏で負け無しだ。

目の前の女性から警戒心を抱くほどの気配を感じてはいたが、それでも負けはあり得ない。

とはいえ想像以上の実力者で決着までに何時間も掛かるのは勘弁だ。

だから新木は部屋に備え付けてあった目覚まし時計を手に取り、1時間後にセットする。

 

「これが鳴ったらその局で終了。

 点数が多かった方が勝ち、でいいな?」

「いいけど、私相手に1時間持つかなー?」

「言ってろ」

 

チャラッと賽を振ると同時にタイマーをオンにする。

出目は6、新木の親からスタートだ。

 

「よろしくお願いします」

 

スッと背筋を正して恭しく頭を下げる音々。

表情は相変わらず挑戦的ではあるが。

新木もそれを受け、少しばかり背を伸ばして頭を下げる。

 

「よろしくお願いします」

 

二人の対局は始まった。

 

 

 

「失礼します」

 

そして1時間ほど過ぎ、女将さんがさすがにそろそろ夕食の準備をと新木の部屋にやってきた。

 

「・・・・・・あらあら」

 

そこで目にしたのは仰向けにぐったりと倒れた新木と、その対面で卓に突っ伏した音々の姿だった。

 

「お疲れのようで。

 音々さんがここまで疲れてるのは珍しいですね」

 

笑いながら声を掛けると、二人とも顔だけ起こして女将さんの方を向く。

 

「・・・・・・ああ、夕食ですか」

「・・・・・・ごめんなさーい、片付けるよー・・・・・・」

 

そう言いつつ、ふぅと一息つく始末。

女将さんは笑いながら音々を起こすと麻雀牌とマットをどけて食事の用意を始める。

あれ?と音々が声を上げた。

 

「二人分?」

「ええ、音々さんも食べて行ってください。

 さすがにもう遅いですよ。

 帰る時もおっしゃって頂ければお送りしますし、何なら泊まって行っても」

「ごめんなさいね、ありがとう」

 

用意を終えた女将さんが頭を下げて部屋を後にする頃には、新木も起き上ってテーブルの食事に向き直っていた。

とりあえずビールでも貰おうかと思っていると、既に栓が開けられていたビール瓶を手に取った音々の姿が。

 

「お注ぎしますよー」

「・・・・・・ああ」

 

コップをもってとくとくと注がれるビールを受け止める新木。

注ぎ終ったら音々にも注ぎ返そうとしたのだが首を横に振られた。

 

「未成年なんで」

「・・・・・・何?」

 

確かに若く見えたが未成年だったか。

と言うことは・・・・・・。

思わず視線を外す。

 

(・・・・・・未成年の女に、あそこまで能力を駆使してようやくこの結果だったと・・・・・・?)

 

闘っている最中は久々に夢中だったので気にしていなかったが、改めて確認するとこれは裏プロとしてかなり堪える。

 

「まさか負けるとは思わなかったよ」

 

音々がそう言うと同時にとくとくと音がする。

見てみるといつの間にやらその手に握られていた瓶のオレンジジュースが、彼女の手元のコップに注がれていた。

一人で先にビールに口を付けようとしていた新木だったが、乾杯を待とうかと手を止める。

 

「こっちだって、最後の最後にようやく僅差で逆転なんて演じるとは思わなかったぞ」

 

新木は愚痴りながらコップを差し出した。

音々も笑顔で同じくコップを差し出す。

 

「良き出会いを果たした今日の日に」

「・・・・・・なんだそれ」

「いいじゃないの、ほら」

「・・・・・・良き出会いを果たした今日の日に」

 

カシャンとコップの音が響いた。

 

 

食事をしながら彼らは色々なことを話した。

生まれ、麻雀歴、過去の戦績など。

新木としては裏プロだということを話して怖がられたり、逆に「裏プロ相手にここまで戦った!」と調子に乗られても嫌なのでその辺りは伏せたままだ。

そうして話を続け、もはやお互いに軽口を叩けるくらいに打ち解けたところで女将さんが部屋に入ってきた。

 

「音々さん、そろそろお帰りを。

 お泊りされるのでしたら連絡を入れないと」

「ああ、そうね。

 今日は泊まるわ」

「かしこまりました。

 お部屋の準備をしますね」

 

食器を下げ、そう告げてから部屋を後にする女将さん。

音々は女将さんが去って行ったドアの方に視線を向けたまま、ボソッと呟く。

 

「・・・・・・別に、同じ部屋でもいいんだけどね」

「そりゃまずいだろ、年頃の娘が」

「なによぅ、子供扱いして」

 

ぷぅっと膨れたがすぐに笑顔になる。

 

「・・・・・・まぁ、ダメだって知ってたけど」

 

再び何やら呟いて立ち上がる音々。

ずっと正座だったはずだが足は大丈夫なようだ。

女将さんに続いてドアに向かうと首だけ振り返りながら笑顔を向けてくる。

 

「それじゃ、お兄さん、また明日ね」

 

そう言って音々は去って行った。

 

その笑顔は少しだけ寂しそうに見えた。

 

 

 

翌日。

音々との麻雀とその後の雑談を交えた食事のせいで風呂が閉められてしまっていたので、新木は朝一で風呂に入っていた。

雪が降る時期は代謝が落ち着いていて汗がべたつくことも無かったのだが、入浴前に浴衣を着ないというこだわりを持つ新木にしてみたら布団も同様だ。

「風呂に入らずに布団で寝られるか」と直接言ったわけでは無いが、女将さんにお湯と手ぬぐいを持ってきてもらって身体を拭いてから眠りについたわけだ。

さすがに朝起きるとべたつくし何とも言えない気怠い不快感が身体を包むので、食事すら後回しにして風呂にじっくりと浸かった。

さっぱりしたところで、さぁ朝食だと部屋に戻る。

 

「おはよう、お兄さん」

 

そこには二人分の朝食と、そのうち片方を食べている音々の姿があった。

その横には麻雀牌とマットも用意してある。

 

「人の部屋で何してんだ」

「いいじゃない、別に。

 食事は一人で食べるより人数いた方が楽しいよ。

 あ、お茶入れるね」

 

そう言うなり食事を中断してポットから急須にお茶を淹れる音々。

実に手際がいい。

身なりもいいし、いいとこのお嬢様なのだろうか。

そう思いながら新木は音々の対面に座ると、即座に箸を手に取って音々の皿から卵焼きを一切れ奪う。

 

「あ! ちょ、何するのよ!」

「こっちの台詞だ。

 俺の皿の不自然にスペースが空いた卵焼き、お前が持ってった証拠だろ」

「バレ・・・・・・酷い言いがかりね!」

「バレたって言い掛けただろ」

「じゃあこうしましょうよ。

 麻雀で勝った方が正義! 私が勝ったらその残りの卵焼きも頂くわ!」

「朝食終わるまで麻雀なんか出来るか」

 

やれやれと頭を掻きながら新木は麻雀牌に手を伸ばす。

ケースの中の麻雀牌は全て裏向きになっていた。

 

「どれでも好きな牌を一個引け。

 大きい数字を引いた方が勝ちだ」

「字牌は?」

「無条件で負け」

「乗った」

 

これならすぐに済む。

朝食を一時中断して音々は一箱選ぶ。

そして。

 

「これ!」

 

その1牌を指で押さえたまま箱をひっくり返し、それ以外の牌をジャラジャラと畳にまき散らした。

片付けるのが面倒そうだなと思いながら新木は音々が箱に残したその1牌を見る。

{9}だ。

 

「へへん!」

 

ドヤァと自慢げに笑う音々に呆れながら新木は容赦なく他の箱を一つ選び、同じように1牌以外を畳に撒いた。

 

「{九}」

「うぐ・・・・・・」

「引き分けだからしょうがないな」

 

新木はそう言うと先程奪った卵焼きを音々の皿に戻した。

 

「これで手打ちにしよう」

 

そう言って新木は音々が入れたお茶を一口飲み、箸を取って朝食に手を付け始めた。

 

「え、いいの?」

「男に二言は無い。

 が、受け取れないって言うなら食べてやってもいいぞ」

「食べるわよ、女将さんの卵焼き美味しいんだから」

 

二人は笑い合うとちらかった麻雀牌をとりあえずまとめておいて、朝食を先に済ませることにした。

 

「・・・・・・ホントだ、美味いなこれ。

 やっぱ返せ」

「二言は無いんでしょ!?」

 

そんなやり取りがされたのは、新木が卵焼きを返して5秒後の出来事だった。

 

朝食が片付けられると麻雀の用意をしながら雑談だ。

 

「お前、昨日確か「がしま村」に住んでるって言ったな。

 どんな字書くんだ?」

「鬼ヶ島とかの最初の文字を無くした字、「ヶ島(がしま)村」」

「変わった名前だな、どこにあるんだ?」

「・・・・・・知らない」

 

その返答に新木は顔を顰める。

自分の村がどこにあるのか知らないなんてことがあるか、と思ったが音々の表情は少しばかり暗い。

 

「他の人の車でこの町に連れて来られる以外、来たことが無いから。

 ルートも距離も知らない、地図も見たことが無いの」

 

隔絶された村なのだろうか。

ふーんと聞きながら食事を続ける新木。

 

「・・・・・・で、お前はその村のお偉いさんの娘、とかかな?」

「・・・・・・まぁ、そんなとこ。

 何で分かったの?」

「昨日からこの宿の従業員が全員、お前に対して敬語を使ってるからな」

「常連さんの娘、っていう可能性もあるんじゃないの?」

「勘」

「むぅ・・・・・・」

 

ここまではっきり言い切られると突っ込みようがない。

実際当たっているのだろう、音々は特に言い返す様子もなくご飯を口に運んだ。

結果黙ってしまった音々に、新木は言葉を続ける。

 

「村の人とか、この周辺の人とかに聞けば教えて貰えるんじゃないのか?」

「無理よ、そんなこと・・・・・・」

 

返事をしようとして、しかし音々の言葉は途中で止まってしまった。

 

「何故だ?」

 

秀介が続きを促すが、音々は首を小さく横に振る。

 

「言えない、それ以上は村の事に係わるから。

 でもそうね・・・・・・」

 

そうかと思うと、またフッと笑って音々は笑顔を新木に向けてくる。

 

「また私に麻雀で勝ったら、少しは教えてあげてもいいかな」

 

そう言って挑発的に笑った。

新木はお茶で口内の食事を飲み込むと返事をする。

 

「上等だ、洗いざらい吐かせてやろう」

 

だがその前に、まずは目の前の朝食を片付けなければ。

 

 

食べ終わった朝食を女将さんに片付けて貰い、二人は麻雀牌を広げる。

一局ごとに、上がれなかった方が相手に聞かれた質問に答えるというもの。

場風や東家、西家は前回と同じというルールで始まった。

 

まず一局目。

 

「ツモ」

「ふぇ?」

 

{六七③④⑤⑨⑨678南南南} {(ツモ)}

 

新木が手牌を晒したのは5巡目だった。

 

「ツモ、のみ」

「早いって! しかも安い!」

 

ぐぬぅと新木を睨む音々。

しかし点数関係なく上がられたら相手の質問に答えるというルールだ、文句は付けられない。

 

「で、何を聞くの? 村の事?

 あ、それとも私のスリーサイズかしら?

 やーん、ダメよそんなこと」

「じゃあそれで」

「え?」

 

ふふんと笑いながら冗談交じりに言ったのだが、新木はあっさりと返事をした。

 

「年下の女にからかわれるってのもあんまり好きじゃないんでな。

 村の事は次に上がった時にするよ。

 そういう訳でスリーサイズを答えろ」

「え、いやいやいや、な、何を言ってるの?」

「どうした、さっさと答えろ。

 答えないって言うなら麻雀は止めだな。

 軽く周辺を散歩してさっさと帰らせてもらうよ」

「うぐ、ぐ・・・・・・!」

 

睨んだり色々言い返したりしようとしているようだがルールはルール。

そもそもルールを言い出したのもスリーサイズどうとか言い出したのも音々が先だ。

顔を赤くし、そっぽを向きながらも渋々音々は答えた。

 

「102、60、95」

「正直に答えろ」

「くっ・・・・・・・・・・・・83、67、89・・・・・・」

「へぇ、そう」

「何よ! 乙女の秘密を聞いておいてその反応は!」

 

むきー!と怒りながら山を崩す音々。

 

「許さないんだから!

 私だって恥ずかしいこと聞いてやるわよ!」

 

そういうとジャラジャラと牌を混ぜ、山を作っていく。

新木もそれに合わせて山を作るが、まぁふざけるのは最初だけだ。

早上がりをちゃっちゃと重ねてとっとと肝心の質問に入ろうと決めていた。

 

そんなわけで二局目。

 

{二三四六六七八九②③⑦⑧⑨} {(ツモ)}

 

「平和ツモ」

「うぐぅ・・・・・・」

 

またしても先に上がる新木。

 

「こ、今度は何を聞く気よ・・・・・・?」

 

音々はびくびくと怯えた表情を向けてくる。

それを見て思わずまた違う質問を重ねようという気も沸いてきたが、さすがに自制して新木は本題に入る。

 

「お前が住んでいるという「ヶ島(がしま)村」の事と、あとお前自身の事だな」

 

その質問に、今まで何かしらの感情を見せ続けていた彼女の表情が、すーっと収まった。

 

「・・・・・・分かった、話すよ」

 

小さく一息、ついでに朝食と一緒に補充された新木の部屋のお茶を淹れ直しながら音々は話を始めた。

 

 

 

「順を追って話しましょう。

 

 「ヶ島(がしま)村」にはね、私達姉帯家が代々半ば祀られる形で暮らしているの。

 何でも昔その村の周辺では水害やら干ばつやら気象異常が頻繁に起こっていたらしいわ。

 そこにたまたまやってきたのか、それとも呼んだのかは知らないけど、よそからやってきた姉帯の一族は不思議な力を持っていて、それで異常を鎮めることが出来た。

 だから村に住んでもらうことでその災害を鎮め続けようっていうお話よ。

 まぁ、今代の私にそんな力があるとは思えないし、精々麻雀上で不思議な力を発揮することが出来る程度。

 それでも祀られ続けているのは、風習程度でしょうね。

 

 でね、村にはもう一つ代々(おさ)を務めてきた一族もいるのよ。

 村は元々「主ヶ島(ぬしがしま)」っていう名前だったらしいんだけど、()が強いその一族が「この村の(あるじ)となるのは我々だ!」とかよく分からない理由を付けて村の名前から「主」の字を取ったっていう話よ。

 それで今の名前は「ヶ島(がしま)村」。

 

 それで話を戻すと、最初に村にやってきた不思議な力を持った姉帯、私のご先祖様は女性だったらしいの。

 それを我の強い村長が、子供が出来れば村から離れられなくなるだろうと考えて、自分の息子の一人を婿養子に入れる形で結婚してもらったらしいの。

 事実は知らないけど話を聞く限り私には、村長が脅したか何かで無理矢理結婚させたんだと思うんだけど。

 おかげで姉帯は村長の思惑通り村から離れることが出来なくなり、また良い事なのか悪い事なのか、生まれてきた子供も災害を封じる力を持っていたらしいわ。

 それ以降、村長の一族は複数の子供をもうけてそのうち一人を姉帯家に入れていく形になったの。

 村長の一族が完全に姉帯とくっついたら、いつか権力を乗っ取られる可能性もあるからね。

 だから村長の一族は複数の子供をもうけて、村長としての権力と血筋を維持しつつ姉帯が離れられないように婿入り、嫁入りしていくようになったのよ。

 

 それがいつのころからか力関係が逆転し、今じゃ姉帯の名字を引き継いではいるものの完全に村長の一族との結婚を強制されているわけよ」

 

ずずっとお茶を飲み、音々は一息ついた。

 

「今の私も、許嫁として村長の所の息子をあてがわれてるところよ。

 年の差は結構あるのにね」

 

やだやだ、と愚痴が混じる。

 

「・・・・・・私は今18。

 代々二十歳になったら村長の一族と結婚して子供をもうけなければならないって決められてるの」

 

あと2年。

たったそれだけで彼女は村とその周辺以外の事もろくに知らずに結婚させられ、子供を作ることを強要されるのだ。

音々はお茶をもう一口飲み、ため息交じりに告げた。

 

「・・・・・・こうやって現状を再確認して嫌な気分になってくるから、あんまり喋りたくなかったのよ」

「・・・・・・なるほど。

 つまりお前が村の場所もよく知らずにこの周辺だけをうろつかされているのは・・・・・・」

「そう、他の場所を知ったら逃げられるかもしれないから。

 私にそんな気はないんだけどね」

 

新木の相槌に返事をする音々。

 

旅館の女将さんは音々に対して敬語を使っていた、つまりその村の権力はこの辺りにも有効なのだろう。

新木がこの旅館に来た時もタクシーだった。

そしてその運転手はこの場所の事をよく知っていた。

おそらく「ヶ島(がしま)村」の事も。

新木が見回した途中の風景でも、電車らしきものは無かった。

 

導き出される結論は一つ。

 

彼女には自由が無い。

 

この周辺以外の場所を知らないということは、おそらく学校やなんかも村の中だろう。

隔絶されたこの周辺の地域が、彼女が知る世界のほぼ全てなのだ。

 

彼女がここを脱出しようとしたらバスかタクシーを使うしかないが、タクシーの運転手が「ヶ島(がしま)村」の事を知っていたら彼女を脱出させるわけがない。

バスも運転手が村の者ならば乗せることを拒むだろう。

電車が無い以上、他に脱出する方法があるとしたら徒歩しかない。

しかし新木が元々泊まるつもりだったホテルからここに来るまでタクシーで1時間以上。

雪は降っていたがそこそこスピードは出ていた。

となれば徒歩でどれくらいかかるか。

ましてや音々はスポーツをやっているように見えない、体力もどれくらいあるか。

村の人間の妨害もあり、彼女自身脱出の術を持たない。

彼女は村の掟通り、2年後に村長の一族と結婚して子供を作るしかないのだ。

 

己の未来が決まっている人生、それはどんなに・・・・・・と聞きかけて新木は止めた。

それがどれほど嫌か、そんな自分を再確認したくないからこんなことを話したくなかったと彼女は言った。

答えは決まっている。

だがそれでも、彼女はお茶を飲み干すと笑顔で言った。

 

「・・・・・・だから、残り2年は精々いっぱい遊びたいと思ってるんだ。

 お兄さん、また来てくれる?

 麻雀で負けたのなんて初めてだから、悔しいけどやっぱり楽しくて、嬉しくて」

 

にっこりと、新木に対して正面から、告げた。

 

「だからまた、私と麻雀しましょう?」

 

 

それからまた少し麻雀を打ったり話をしたりして、新木は旅館を去った。

金はある程度持っているから無理をしなければ働かなくても生きていけるが、麻雀の代打ちやらなにやらやることが無いわけでは無い。

だから新木は、また一年後に会おうと告げて去って行ったのだ。

 

 

そして一年、再び雪の降る季節に新木はこの地を訪れた。

泊まるのは同じ旅館。

タクシーで来るのは高くなると思ったが、バスのルートを調べて乗り継ぎを繰り返すのは手間だったので再びタクシーに頼んだ。

そして到着した旅館、事前連絡をしていた甲斐あって旅館の女将さんが出迎えてくれた。

 

ついでにこちらに手を振る音々の姿を見つけた。

 

「いらっしゃい、っていうかな」

 

ふふっとはにかみながら彼女は言った。

 

「おかえりなさい」

 

だから、裏プロとして染まっていた彼としては珍しく、心からの笑顔で返事をするのだった。

 

「ああ、ただいま」

 

そして彼らはまた話をしたり麻雀をしたりして盛り上がるのだった。

今回は一週間の連泊。

たまに周辺を巡ることもあったが、新木と音々が離れることはそれこそ別々の部屋で眠る時くらいだ。

それ以外はずっと一緒にいた。

十年来の友人のように。

それ以上、まるで  であるかのように。

 

 

「はぁー・・・・・・」

 

今日もまた麻雀牌の上にぐったりと倒れる音々。

 

「強くなった自信あったのになぁ・・・・・・また負けた。

 お兄さんもすっごく強くなってるね」

「まぁな」

 

音々と会っていなかった一年間、裏プロとして麻雀を打ってきた新木だ。

前回音々と会って以降、己の「死神の力」の詳細を明確に理解し磨いてきたのだから弱くなるはずがない。

一方の音々も村に行けば麻雀の対戦相手がいるのだろう、一年前よりも強くなっていた。

 

「前回は・・・・・・「赤口」、だったか。

 あれだけだったのに、今回のあれは何だ。

 嫌な気配はしたけど上がったら手が死ぬとか」

「「仏も滅するような大凶日」、「仏滅」だよー。

 四人麻雀じゃないけどちゃんと発動できてよかったわ」

「「赤口」に「仏滅」・・・・・・その内六曜全部使えるようになるんじゃないだろうな」

「なったら、その時があなたの敗北の時よ」

「つまりそれまでは俺が勝ち続ける、と」

「んなっ!」

 

「そういう意味じゃないもん」と膨れる音々。

だがすぐに少し寂しそうな表情を浮かべる。

 

「まぁ・・・・・・私が全部を使えるようになる日が来るかは分からないけどね・・・・・・。

 それに、仮に全部使えるようになったとして、お兄さんとまた麻雀できるかどうか・・・・・・」

「なぁ、音々(ネネ)

 

再開して今日でもう5日目。

その間に音々が「皆がねねって呼ぶのはあんまり好きじゃないけど、でも愛称みたいだから呼んでもいいよー」と許可を出したので、新木も遠慮なくネネと呼ぶようになっていた。

 

「・・・・・・なぁに?」

 

返事をする音々に新木は告げる。

声を小さめにしながら。

 

「・・・・・・逃げたいと思わないか?」

「・・・・・・え?」

 

その言葉の意味を理解したのか、音々は驚いた表情で声を上げる。

 

「ど、どういうこと・・・・・・?」

「今言った通り、この地で一生を終えるのが嫌なら他所で生きてみないか?ということだ」

「どうやって!?」

 

声が大きくなってきた音々を宥めながら新木は言葉を続ける。

 

「記憶力には自信があるんでね。

 前回の帰り、今回来た時、さらにこれから帰る時の3回あれば、毎回ルートをバラバラにされていてもどの辺りの地域にこの旅館があるのかは分かる。

 地域を絞り込んだら人を集めてまたここに来るから、その時に目に付く場所にいてくれれば・・・・・・」

 

そう言って新木は音々の胸辺りを指さす。

 

「お前を攫って行く」

「・・・・・・ホント、に?」

 

ぽろっと音々の眼から涙がこぼれた。

 

「私・・・・・・ここから出られるの?」

「一応聞くが両親は?」

 

新木の質問に音々は涙をぬぐいながら答える。

 

「・・・・・・お母さんは私が10歳の時に死んじゃったよ・・・・・・。

 山の中で事故で亡くなったって言ってたけど、村長たちが何かやったんだと思う。

 私が姉帯家と村の事情をお母さんから聞いたのは、お母さんが亡くなった何日か前だったから。

 ・・・・・・それ以上余計なことを言わないようにって、口を封じたんだよ・・・・・・きっと・・・・・・!

 お父さんは村長の側だし、私が大切に思っている人なんてあの村にはもういないよ。

 だから・・・・・・お兄さん」

 

音々は決意を秘めた表情で新木に懇願した。

 

 

「私を・・・・・・攫って・・・・・・!」

「・・・・・・分かった」

 

 

 

それから新木が帰るまで、二人は細かい打ち合わせをした。

と言っても、精々村人たちに悟られないように振る舞いを注意したりとか、荷物を持って行くと感づかれる可能性があるからこっそりと最小限だけとかいうことだけだ。

あとは新木がこの村の場所を間違いなく調べられれば問題無い。

 

「あとはそうだな・・・・・・。

 この周辺の人達に抵抗されてもちゃんと攫えるように人数も集めなきゃならないからな。

 一週間くらい見てくれるか」

「一週間だね、分かった。

 それまで毎日この周辺に来てたら怪しまれるから、それまで来ないようにする。

 その代わりきっちり一週間で来てよ?」

「ああ、分かってるよ。

 じゃあ、待ち合わせは俺が帰ってから一週間だ」

「うん、約束だよ!」

 

間違いがないよう何度も日付とおおよその時間を確認し、二人は一旦別れの時を迎えた。

旅館の人達と一緒に音々は新木を見送りに来る。

もうここまで来たら「また一週間後に」などと挨拶を交わすわけにはいかない。

だから二人は打ち合わせ通り、同じ挨拶を交わすのだった。

 

「また一年後に」

「うん、また一年後に」

 

そして新木はまたタクシーに乗り、去って行った。

 

 

 

来る時も同様だったわけだが、そこから新木の思考はフル回転していた。

最初に来た時は運転手の案内に任せていたのでちゃんと覚えているわけでは無い。

その次の帰り道、音々の話を聞いた後から新木はタクシーのルートを記憶していた。

だが予想していた通りその時の帰り、そして今回の往復で全てルートは違うようだった。

それでも新木は記憶することを止めない。

この旅館の場所をしっかり覚えておかなければ。

 

「ありがとう、運転手さん」

「ええ、またお越しくださいね」

 

軽い挨拶を交わした後に、新木はすぐに地図を取り出してメモを取る。

3ルート全てを地図にメモしたところでようやく確信を得た。

 

「・・・・・・間違いないな、あの旅館の場所は」

 

キュッとペンで地図に印をつける。

 

一週間後、その場所に。

 

 

(音々(ネネ)、お前を攫いに行く)

 

 

 

そして一週間。

既に名の知られた新木が声を掛ければ必要人数はすぐに集まった。

と言ってもあの地は新木が拠点にしているわけでは無いので地元民はほとんどいない。

日付を決めて車両を貸し切って大人数で移動したり、現地で車を借りたり、そこから新木の地図を頼りに最短ルートを決めて何台もの車両で揃って移動したり。

 

そうして時間は掛かったが、約束通りの場所に約束通りの時間、新木は辿り着いた。

 

「・・・・・・間違いない、この旅館だ」

 

外見、周囲の風景、全てが記憶通り。

よく似た別の場所では決してない。

間違いなく新木は約束の場所に辿り着いたのだ。

 

辺りを見回す。

外に音々らしき姿は見えない。

 

(音々(ネネ)、どこだ?)

 

旅館の中だろうかと、他のメンバーに待つように告げて入ってみる。

中から老婆が現れた。

 

「・・・・・・いらっしゃいませ、大人数でお泊りですか?

 さすがにお部屋が足りますかどうか・・・・・・」

 

いつもの女将さんではない。

新木は表情を顰めながら聞いた。

 

「何度か来ている新木と言う者だが。

 いつもの女将じゃないな、変わったのか?」

 

そう言いつつ、さすがに少し違和感を感じていた。

世代交代なら若い人になるはずだし、そもそもこの一週間で別の人に代わるなどありえるだろうか。

体調不良で別の人に代わっているとしても、あの女将さんより年配の人が代わるとなるとどういう事態なのだろう。

そんなことを思っていると、老婆は怪訝そうな表情で首を傾げた。

 

 

「この旅館の女将でしたら、私がもう半世紀ほどやってますがなぁ?

 お客さんの事もちょっと覚えとりませんし、どこかとお間違えですか?」

 

 

さすがに背筋が凍った。

 

「・・・・・・ちょっと失礼する」

 

新木はそう言って旅館に上がり込む。

いつも泊まっていた二階の部屋、その途中の階段、床の軋む音、隙間風が入る廊下、窓から見える景色。

全てが記憶通り。

だが何故だ、そこにいる人間が違う。

 

(・・・・・・計画がバレたのか?

 それで人を変えてしらばっくれようと?)

 

そうはいくか、と新木は老婆に別れを告げて旅館を後にする。

旅館の人間を一新して他の人達に箝口令を敷いた程度で音々の存在が消せるものか。

新木は連れてきたメンバーに指示を出し、町中を歩かせる。

自身も同じく歩き回る。

姉帯音々の事、自分の事を話す。

あれだけ村人から慕われていた音々のことだ、突然箝口令を出したところで不審がる人の一人や二人いるはずだ。

そこから見つけられなくても、今度は「ヶ島(がしま)村」の事を聞いて回る。

騒ぎを大きくするわけにはいかないので暴力は使わず、あくまで話だけだ。

 

だがそれでも、音々の事も「ヶ島(がしま)村」の事も誰一人として知っている人はいないときた。

タクシーの運転手も、バスの運転手も、通り掛かりの車の人も。

果ては近くにあった別の村の人たちにも聞いて回ったが、誰一人として「ヶ島(がしま)村」の事は知らないと返事をした。

 

そんなバカな!!

 

町中を探した。

音々が何かヒントを残していないかと旅館の部屋の中も隅々まで探し回った。

 

それでも、何も出てこなかった。

 

数日かけて周辺の町も、地図にある限りの全ての村も探し回り、地図上に無い村の間の空間も探し回った。

 

それでも何も出てこなかった。

 

町の人達にも何事かと好機の視線を向けられ、連れてきたメンバーからも不信の目を向けられ。

 

疲れ果てた新木はやがて、探すことを諦めた。

 

 

ずっと麻雀一筋で生きてきた新木桂は、恋愛感情と言うものがよく分からなかった。

将来生まれ変わった時に幼馴染に対してその思いを抱き理解することになるのだが、それはまだ何十年も先の話。

 

新木桂がこの時点で恋愛感情と言うものを理解していて、音々に対してその思いを抱いていたなら。

もしくは新木が音々に対して初めて恋愛感情というものを抱いたとしたら、彼はまだ音々を探し続けていただろう。

何年もかけて、麻雀で蓄えた金もつぎ込んで、そこまですれば見つけられたかもしれない。

だが、新木は探すことを諦めた。

 

もちろん音々に対して未練はあるし後悔もある。

銃の一つでも持って行って適当な車を一台奪って、音々を攫ってあの場から逃げていたら助けられたかもしれない。

だが新木は女の子一人に対してそこまでのことが出来なかった、やろうという発想すらなかった。

それはつまり、「助けられたらいいな」と思っていただけで「何としても助けなければ」とは思っていなかったと言うことなのかもしれない。

それは恋愛感情を知らなかった新木桂としては仕方がないこと。

だが結果として、彼は音々を攫うことが出来なかったのだ。

 

 

帰りの車の中、新木は一人呟いた。

 

「・・・・・・音々(ネネ)・・・・・・お前今、どこにいるんだ・・・・・・?」

 

 

 

 

 

彼女をいつも町まで連れてきているのは村長の家系の使用人。

彼は今日も音々を村まで連れて帰ってくる。

森林によるブラインド効果と曲がりくねった道、そして遠回りしたり同じ道を逆走したりと言う複雑なルートを走ることにより、音々には村と町との距離も方角も分からない。

仮に「ヶ島(がしま)村」から逃げ出したところで、迷ったり行き止まりにぶつかったり、村に入る別の道に入ってしまったりして逃げることはできないことだろう。

だから音々はここから出ようとはしなかった。

だから、逃げるチャンスは街に出て来た時だと思っていた。

 

そしてそんな中新木から差し出された助けの言葉。

音々は言った。

 

「私を・・・・・・攫って・・・・・・!」

 

新木は答えた。

 

「・・・・・・分かった」

 

今日から一週間後、彼は彼女を攫いに来る。

今の彼女の胸には希望があった。

この生活も、あと一週間なのだ。

 

 

そうして村に戻ってきて、姉帯の家で降ろされて使用人が帰っていくのを見送るのかと思いきや、今日はそのまま村長の家に連れていかれた。

 

「・・・・・・家に帰してくれるんじゃないの?」

「村長がお呼びです」

 

携帯電話もないこのご時世いつそんな連絡があったのか、村に入ってきた後で彼に対してサインでも送られたのだろうか。

そんなことを考えながらも音々は大人しく従う。

そして、広間に案内された。

中には村長、そして音々と結婚する予定のにやにやと笑う息子。

音々はこの男の事が好きではなかった。

この村長一族がそもそも好きではないのだが、それを抜きにしても彼の事を友達にすらなりたくないタイプだと思っていた。

他にも村長の使用人が何人も。

 

「戻ったか、音々(おとね)

「・・・・・・呼び出して何か用?」

 

声を掛けてきた村長に音々はそっけなく返事をする。

この村では姉帯の名は崇められている。

そんな姉帯の家系に対して敬語を使わないのは村長の一族だけだ。

いつの間にそんなに偉くなったのか。

だが力を増したというわけでは無い。

こいつらはいつも()()なのだ。

姉帯の名を利用して自分達の地位を上げたつもり。

だから姉帯を失うのが恐ろしくて、だからこうしてわざわざ小娘一人を複数人で囲わなければ話もろくに出来ない。

それを知っているから音々も全く怖がらず堂々と返事をするのだ。

 

まぁ、座って茶でも飲めと言って村長は言葉を続ける。

 

「お前も今年で19、来年にはうちの息子と籍を入れる予定だ」

「それが何?」

 

差し出されたお茶をすすりながら投げやりに返事をする。

何度も聞かされてきた、鬱陶しくて仕方がない。

また息子の方も「嫁にしてやるからな」とべたべたしてくる、うざったいことこの上ない、だから嫌いなのだ。

嫌悪感を露わにする音々。

例え一年後に大人しく結婚に応じたとしても、その態度を変えるつもりはないのだろう。

そう思っている()()()()、村長はクックックッと笑った。

 

「二十歳に籍を入れ、子を作ることを義務としてきたわけだがな。

 息子と話し合って少し考えを変えたのだ」

「・・・・・・考えを変えた?」

 

悪い方に変わる予感しかしない。

音々は眉を顰める。

 

「何をどう変えたの? 説明して」

「ああ、もちろんだ。

 その為に呼んだのだよ」

 

相変わらず嫌な笑顔を浮かべながら、村長は話を続けた。

 

「代々二十歳になったら子を作るという定めだ、それを変えるつもりはない。

 だがな」

 

ククッと息子の方も嫌な笑顔を浮かべる。

村長は告げた。

 

「籍自体は入れてしまってもいいのではないか、とな」

「・・・・・・なるほど。

 子を作るのは二十歳、だけどその前に結婚自体はしてしまえ、と。

 で? それはいつ?

 準備もいるでしょうから、来月とかかしら?」

 

つまらなそうにそういう音々。

だが、嫌な予感がする。

何ならすぐに立ち上がって平手でも飛ばせるようにと、床に手をつき前傾姿勢になって村長の言葉を待った。

村長は笑いながら言う。

 

 

「今からだ」

 

 

同時に息子が立ち上がった。

ああ、そう、そういうことね。

 

「ふざけないで」

 

スッと立ち上がると音々は息子に平手を食らわせる。

彼は驚いてガタンと倒れこんだ、格好悪いことだ。

 

「一年後には大人しく結婚する。

 だからそれまで自由にしてくれるって約束でしょ、今更一方的に破らないで」

 

そう言って音々は二人に背を向けて歩き出す。

が、周囲の使用人たちが立ち上がり、音々を囲った。

 

「・・・・・・どいて」

 

音々が凄んで見せるが、一瞬ビクッと怯えるだけで誰も道を開けない。

 

「取り押さえろ」

「やめてよ!」

 

村長の指示に、使用人達が音々に襲い掛かる。

着物は走って逃げるのには向かない、そのまま取り押さえられた。

この人数で押さえられては逃げようがない。

いや、そもそもそれだけではない?

 

(視界が・・・・・・霞む?)

 

なんだかボーっとする。

何故?

怪しげな香が炊かれているわけでは無い。

ならば。

 

「さっきのお茶・・・・・・何飲ませたの?」

 

凄んで見せようとしたのだが、喋る言葉にさえ力が入らない。

 

「なぁに、大人しくなる薬だ」

 

使用人たちは音々の手を後ろで押さえ、髪を掴んで上を向かせる。

そんな状態になっても音々は言葉を続けた。

 

「・・・・・・なんで急に・・・・・・こんなことするのよ・・・・・・。

 私は・・・・・・大人しくしてたのに・・・・・・」

「おや、自分の胸に聞けばよいものを」

 

クックックッと笑いながら音々の言葉に村長は答えた。

 

「私を攫って」

「なっ!?」

 

その言葉、音々が新木に言ったものに相違ない。

何故? 何故その言葉を知っている!?

宿の人の誰かに聞かれた!?

人の気配には気を使っていたのに!?

 

「あの・・・・・・新木とか言ったか。

 あの男が今年の宿泊の予約を入れた時点で部屋にマイクを仕込んでおいたのだ」

「盗聴・・・・・・!」

 

ギッと歯が鳴る。

迂闊過ぎた。

でもまさか村長がそこまでしてくるなんて!

 

「あの街の住人は全員揃って他の町の住人と入れ替える。

 「姉帯がこの地からいなくなったらまた災害が起きるかも、そして周辺の町も巻き込まれるかも」と信じている信心深い住人ばかりだからな、皆大人しく従ってくれたよ」

「そ、そこまでするの・・・・・・?」

 

姉帯一人を逃がさない為だけにここまで囲ってくるなんて!

予想が甘すぎた、逃げられるなんて所詮夢だったのか。

 

「さぁ、納得したか?

 ではさっそく」

 

説明を終えたところで音々の前に村長の息子がやってくる。

相変わらずにやにやとした表情。

目の前に来られたら嫌悪感で殴り飛ばしたくなる。

 

彼は音々の顔を両手で捕まえた。

 

 

「誓いの口付けを」

 

「いやだ!」

 

 

 

 

 

新木はその時彼女にそんな事態が降りかかっていることを知らない。

だから助けには来れない。

それは十分に分かっている。

 

それでも彼女は夢想した。

 

「お前を攫いに来た」とやってくる彼の姿を。

 

 

 

その夢は叶わない。

 

 

今世では。

 

 

 

叶うのは40年ほど後の世界。

 

 

 

 

 

その場所は東京。

麻雀の大会を行い、それを中継する観客席のある所。

 

時は全国大会真っ只中。

 

人通りのないその廊下にいるのはたったの二人。

 

一人は長身の女性、姉帯豊音、姉帯の名を持つ者。

 

一人は男性、志野崎秀介、新木桂の意思を持つ者。

 

「志野崎さん」

 

笑顔の豊音が口を開く。

既に大会で敗退が決まっている彼女。

永水女子からのお誘いで海にでも行こうかと決まったところだ。

その夜、何度かメールでやりとりをしていた秀介からの呼び出しで一人抜け出してきた豊音。

待っていた秀介に何の用かと問いかける。

 

「お久しぶり、メールでは何度かやり取りしてたけどー」

「ああ、そうだね」

「それで、あの・・・・・・こんな時間に何の用かな?」

 

秀介が一瞬下を向く。

 

それまでそこにあった笑顔は消え、まじめな表情に変わっていた。

 

「豊音」

 

秀介は告げる。

 

 

()()()言えなかった言葉を。

 

()()()彼女が待ち望んでいた言葉を。

 

 

 

 

 

「君を攫いに来た」

 

 

 




進展があるのは全国大会に行ってから、だから宮守女子編としてはここでおしまいです。

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