咲-Saki- とりあえずタバコが吸いたい先輩   作:隠戸海斗

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豊音さんを攫った直後辺りのところは、ダイジェストじゃなくて少しちゃんと書こうと思ったもので。

ところでもう7月じゃないですか。
このサイトが出来てからもうじき2周年かー。
この小説ももうじき2周年。
まぁ、その前に終わりますけどね。



姉帯豊音その3 誘拐と迎え

まだ全国大会の最中(さなか)、場所は麻雀全国大会の会場。

その試合を制した清澄は帰り支度を整えて宿泊施設まで戻ろうとしていた。

「今日の試合は頑張ったな」とか「夕食は何にしましょうか」などと話しながら歩いていると、不意に秀介が立ち止ったのだ。

 

「どうしたの? シュウ」

 

声を掛ける久。

秀介は携帯を取り出して何やら操作している。

 

「・・・・・・ん、ちょっと先に戻っててくれ。

 靖子姉さんのところに行ってくる」

 

試合が終わったこの時間、既に日は暮れている。

にもかかわらずわざわざ呼び出しとはどういうことだろうか。

「カツ丼さんが?」「何の用じゃろ?」と一同が声を上げる中、久はスッと自身の携帯を取り出した。

 

「・・・・・・断りの電話入れるわね」

「いや、待てって」

 

それを止めさせ、秀介は宥めるように久に言う。

 

「すぐ戻ってくるから、ちょっとだけ待っててくれ、久」

「で、でも! ヤスコの事だからシュウに何をするか!

 私もついていくわ!」

「ついてきて大丈夫な用事ならわざわざ俺だけを呼び出したりしないだろ。

 先に部屋に行って休憩しててくれよ、久。

 夕食の時に合流するから」

「・・・・・・シュウがそう言うなら・・・・・・。

 でも、何かされそうになったらすぐに言うのよ!?」

 

男女の立場が逆だなーと考えながら秀介は久を宥め、彼らと別れて元来た道を戻りだした。

まこを始めとする清澄メンバーも「何にも無いから安心しましょうよ」と宥めつつ宿泊施設に戻る。

そしてそこに。

 

「やぁ、ようやく来たか」

 

靖子は待ち構えていた。

唖然と立ち止まる清澄一同。

 

「・・・・・・なんだその顔は、一応「おめでとう」と言いに来てやったというのに」

 

少し頬を膨らませながらそう言う靖子。

それに対し、一歩前に歩み出ながら返事をしたのは久だった。

 

「・・・・・・ヤスコ、さっきシュウを呼び出したんじゃないの?」

「呼び出し? そんなことしてないぞ」

 

靖子の言葉にざわめきが上がる。

 

「志野崎先輩、藤田プロに呼び出されたって言ってましたよね?」

「名を騙った、っていうのはメールじゃありえんじゃろし」

 

どういうことかと話し合う中、優希がポンと手を叩く。

 

「きっと私達の知らない、他の女のところに行ったんだじぇ」

「・・・・・・あー、藤田プロのところに行くって嘘をついて?」

 

まこの言葉に頷く優希。

その言葉に、「これだけいちゃいちゃしてる部長がいるのにありえない」という意見と「いや、案外どこかで仲良くなった女の子がいるのかも」という意見とに別れた。

 

「いやいや、何を言ってるんだお前達」

 

靖子がそう言って彼女らの言い合いを止めさせる。

そんな過激な言葉を久の耳に入れたらきっと怒るだろうと言うのが分からないのか、と。

 

そしてその当人、久は無言のまま

 

ポロポロと涙を流し始めた。

 

「え、ちょ、久!?」

 

慌てて駆け寄る靖子。

久は涙をぬぐうようなしぐさも見せず、言葉を紡ぎだした。

 

「・・・・・・そ、そりゃぁ、シュウは恰好いいし優しいし気が利くし麻雀が強いし、もてても不思議じゃないけど。

 わ、私より可愛い女の子だって、全国にはいるだろうし、しゅ、シュウの気を引く、子がいても、ふ、不思議、じゃない、けど。

 で、でも、シュウは・・・・・・シュウは私だけって、い、言ってくれた・・・・・・のに・・・・・・!」

 

「お、落ち着け久! 違う! そんなことは無いから!

 あいつに限ってそんなことは無いから!」

「そ、そうですよ! いつもあんなにいちゃいちゃしてて片時も離れなかったんですから、他の女の子なんているわけないですよ!」

「そ、そうです!

 優希! 部長を不安にさせるようなことを言ってどうするんですか!」

「え、私が悪いのか? べつに可能性の一つとしt・・・」

「いいですから!」

「ご、ごめんなさいだじぇ、部長」

 

何とか一同で必死に宥め、泣き止ませることには成功した。

しかしそうなるとやはり、秀介が誰に会いにどこへ行ったのかという疑問がどうしても湧き上がる。

 

「わ、私! シュウを探してくるわ!」

「あ、ちょ、待・・・・・・」

 

呼び止めようとした時には既に久の姿は無く、遠ざかっていく足音だけが聞こえていた。

 

「・・・・・・わ、私達も追う?」

「・・・・・・い、一応その方がいいのでしょうか」

 

 

 

 

 

そんな騒ぎがあったとはつゆ知らず、秀介が向かったのは麻雀大会が行われた施設のすぐ近く、予めメールで約束していた目印の場所。

靖子に呼び出されたということにしておいて他の女の子と会うという点では間違ってはいない。

 

「こんばんは、お久しぶりだねー、志野崎さん」

「ああ、久しぶり」

 

姉帯豊音と志野崎秀介はそこで再会を果たしていた。

大会中にも遭遇していなかったので、こうして直接会うのは岩手で別れて以来である。

とは言っても2ヶ月も経っていないし、メールで頻繁にやり取りはしていたので懐かしいというほどではない。

その過程で豊音も敬語を使うのは止めたし、秀介も豊音の事を呼び捨てにするようになっていた。

 

「負けちゃったよ、清澄強かったなー・・・・・・」

 

小さくそう零す豊音。

チーム一丸となって精一杯戦った、それでも彼女達は秀介が所属する清澄に負けてしまったのだ。

 

「いや、そちらもあれから成長したんだなというのは見ていて伝わったよ」

「んー、なんとなく上から目線に感じるんだけど、気のせいかな?」

「別に、「俺が指導するチームには勝てなかったようだな」とか言ってないだろう?」

「半分言ったようなもんだよー」

 

笑顔のまま、しかし少しだけ悔しそうにしながら豊音はそう言う。

だがあくまでも平等な麻雀という舞台での試合結果だ、そこにうだうだと文句を言うつもりはない。

すぐに豊音も秀介も笑顔になって話を続けていた。

 

やがて話題が一段落ついたところで、豊音が話を切り出す。

 

「あ、それで、わざわざ呼び出して何の用かな?

 えっと、私も会いたくないってわけじゃなくて・・・・・・ただ志野崎さん彼女いるらしいのに、何かなーって・・・・・・」

 

少しもじもじしながらそう言う。

試合中に胡桃を通して久の発言を聞いていた豊音。

あれだけ親しくしてくれたしメールでのやりとりもしているので、()()()()期待が全くなかったわけでは無かっただけに少しだけ残念だったわけだ。

本当に少しだけだからね、と誰に言うでもなく一人心の中で言い訳する豊音に対し、秀介は小さく一息つく。

 

同時に、それまでそこにあった笑顔は消え、まじめな表情に変わっていた。

 

そして告げる。

 

「・・・・・・豊音、君を攫いに来た」

 

「!?」

 

豊音は驚いた表情でその一言を受け止めていた。

 

その言葉に、彼女は聞き覚えがあったから。

 

 

 

「豊音、あんたこの村をどう思う?」

 

それは彼女がまだ幼かった頃の思い出。

うつぶせで横になり、正座した祖母の膝に甘えるように寄り掛かっていた豊音にかけられた言葉だった。

 

「え? うーん・・・・・・」

 

豊音は少しばかり考える。

彼女は村の人達からよくしてもらっていたし、村長一族もまだ子供の豊音に対して優しく接してくれていた。

この村と姉帯家の事について既に聞かされていたということを差し引いても、豊音の理性としてはこの村を嫌いだとは思っていなかった。

昔の事は昔の事、今の自分には良くしてくれているわけだし豊音本人としてみればそれほど嫌いな理由にはならない。

だがそれでも、本能のどこかで嫌悪感がわずかにあるのかもしれない。

 

「きらいじゃないけどー」

 

だからまだ子供なのにもかかわらず、豊音は祖母の言葉にそんな返事をしたのだった。

祖母は豊音の頭を撫でながら言葉を続けた。

 

「・・・・・・もしこの村からあんたを攫ってくれる人が現れたら・・・・・・全てを捨ててついていきなさい」

「え?」

 

その一言の意味が分からずに、豊音はキョトンと首を傾げる。

その様子を祖母は愛おしそうに眺めながら小さく首を横に振った。

 

「・・・・・・ううん、何でもないわ・・・・・・けほっ・・・・・・」

 

笑顔で告げた言葉にわずかに咳が混じる。

 

「おばあちゃん、くるしいの? だいじょうぶ?」

「だいじょうぶよ・・・・・・」

 

祖母はそれ以降その話題をすることは無く、ただ豊音の頭を撫でていた。

豊音はそれを不思議に思いながらも、横になったまま優しくしてくれる祖母に甘え続けるのだった。

 

 

 

きっとこの人の事だ。

理由は無いが、豊音の直感がそう告げていた。

だから豊音は「いきなり言われても何事かと思うだろう」と説明をしようとしていた秀介に対して小さく首を横に振り、その場で返事をしたのだった。

 

「・・・・・・はい、ついていきます」

 

 

 

 

 

それから数日後、団体戦の優勝校も決定し、個人戦も終了して表彰式も終わると、この年の全国高校生麻雀大会は終了を迎える。

宮守メンバーはその間に永水女子のメンバーと共に海へと遊びに出掛け存分に楽しんでいた。

もちろん遊んでばかりではなく個人戦の応援と見学もして、大会が終わるまで麻雀尽くしではあったわけだが。

 

そうして大会も終わり、共に遊んだ永水やしばらくの滞在で世話になった宿泊施設の従業員や周辺のお店に挨拶をして、ついでに一度解散してお土産なんかも買い揃えて彼女達は帰路に付く。

だが、帰りの新幹線を待つ彼女達の表情は思わしくない。

少しイライラした様子の胡桃と塞。

普段からダルそうにしている白望すらが何度か時計に視線を送っている。

無理もない、集合しようと言っていた時間を過ぎてもその場に豊音が現れないのだから。

エイスリンも不安そうにおろおろしているし、熊倉は険しい表情で黙っているのみ。

 

「・・・・・・トヨネどうしたんだろう? 迷子かな?」

「それにしても、誰かに聞けばすぐに来れるだろうし。

 そうでなくてもあれだけ目立つトヨネがおろおろしてたら、絶対誰かしらの目に留まるでしょ」

 

胡桃と塞がそう言いながらまた険しい表情に戻る。

その内来るだろうからと保留にしていたが、そろそろ何もしないという訳にもいかない。

 

「・・・・・・連絡してみる」

 

白望がそう言って携帯を取り出す。

彼女が自分から動くというのも珍しい。

5回ほどコールした後、ようやく豊音に繋がった。

 

「・・・・・・トヨネ?」

『・・・・・・シロ・・・・・・』

 

電話越しに聞こえる声に、どこかほっとした表情で白望は言葉を続ける。

 

「どうしたの? 早く戻って来ないと新幹線に間に合わないよ?」

 

迷子なら迎えに行くよ?と続けようとしたのだが、その直前に豊音によって遮られる。

 

『ごめん』

 

その一言で白望の表情が少しばかり険しくなった。

もちろん電話越しにそれは見えていないはずだが、豊音は心底申し訳なさそうに言葉を続ける。

 

『・・・・・・シロ、私しばらく戻れない・・・・・・』

「・・・・・・どういうこと?」

『皆によろしくお願いできるかな』

 

問い質してもお願いだけで返事をしてくれない。

白望の表情が一層険しくなる。

が、それと同時にひょいっと電話機が取り上げられた。

そちらに目を向けると、そこには話の続きをする熊倉の姿が。

 

「豊音、あんた・・・・・・志野崎君の所かい?」

 

熊倉としてはほんのわずかな可能性、だが彼と会話した時に抱いた消し去れない不安からその一言をぶつけてみた。

 

『え!? な、なんでそ・・・・・・あ、えっと、違いますよ!』

 

その反応、間違いなさそうだ。

 

『と、ともかくごめんなさい熊倉先生!

 学校にもよろしくお願いします!

 心配はしないでくださいね?』

 

それからそんな感じの言葉を一言二言続けた後、豊音は一方的に電話を切ってしまった。

小さくため息をつくと熊倉は通話を切り、白望に電話を返しながら言う。

 

「・・・・・・あんたたちは先に帰ってなさい。

 私はあの子を探してくるわ」

 

熊倉はそう言うともう振り返ることはせず、自分の分の荷物をまとめて持つと去っていってしまった。

 

「え、えっと、一体何が・・・・・・?」

 

残されたメンバーはお互いに顔を見合わせることしかできなかった。

 

 

 

一方のこちらは清澄メンバー。

同じく帰りの新幹線を待っている最中だ。

改札前で一人トイレに行くと言って離れた秀介を待っている状態。

「またどこかの女に会いに・・・・・・」と茶化そうとした優希は咲や和によって黙らされていたが、それが無くても久はどこか不安そうだった。

 

あの日、靖子に呼び出されたと言って出ていった秀介。

戻って来た時に問い詰めても「嘘をついたのは本当に悪かった。ただどうしても大切な用事があったんだ」と言うだけで、その内容は教えてくれなかった。

 

(・・・・・・本当にどこかの女の子・・・・・・ううん、シュウに限ってそんなわけが・・・・・・)

 

久は必死に自分に言い聞かせる。

そう、秀介が自分にすら秘密にしたいことなのだ、変に詮索してもよくない。

不安は不安だが、地元に帰れば埋め合わせとして色々自分が喜ぶことをしてくれるに違いない。

秀介はそういう男なのだ。

だから不安になるのはこれで終わり、と久は自分に言い聞かせる。

 

「悪い、待たせたな」

 

秀介の声が聞こえた、どうやら戻ってきたらしい。

久はとりあえず不安を飲み込み、笑顔を作ると秀介を迎えることにしたのだ。

 

「遅かったじゃない、シュウ」

 

 

視線の先には秀介と、彼の後を不安そうについてくる女性の姿があった。

 

久は凍り付いた。

 

 

「あれ? 確か宮守女子の・・・・・・」

 

一番に気付いたのは直接対戦した咲だ。

豊音も「こ、こんばんはー・・・・・・」と挨拶を交わす。

が、だからどうだと言うのだ。

何故秀介が彼女を連れて居るのか、事情が全く理解できない。

 

「・・・・・・シュウ、どういうことか説明して貰えるのかしら?」

 

誰よりも気が気で無さそうな久だが、溢れ出そうな感情を飲み込んでその一言をぶつけてみる。

秀介は申し訳なさそうに頷き、返事をした。

 

「とりあえず長野について解散したらな」

 

 

 

 

 

そうして清澄メンバーは豊音を連れて長野へと戻る。

豊音の交通費は岩手までの分をキャンセルして払い戻し、その分を利用した。

不可能なら秀介がその分を払う予定だったが、駅員に突っ込んだ事情を聞かれずに対応して貰えたのは幸いだ。

道中豊音は持ち前の人当たりの良さや直接対決した咲の計らいもあって、打ち解けた会話を繰り広げていた。

だが秀介及び豊音のそれまでの態度を考えて、何故一緒に来ているのかという突っ込んだ会話だけはされなかった。

 

やがて駅に到着、一同と別れて秀介と久は豊音を連れて家へと向かう。

秀介は「家に着いたら話すから」というだけで説明をしてくれなかったので、久も突っ込んだ質問をできず、なんとなく豊音に邪険な視線を向けることしかできない。

豊音は豊音でそんな視線にさらされてどうすればいいのかとおろおろするのみだ。

 

そして秀介の自宅に到着する。

出迎えた両親は何も聞かず、「やぁ、君が秀介が言っていた・・・・・・」と挨拶するのみなのでどうやら両親への説明は済んでいる模様。

 

「とりあえず俺の部屋に来てくれ、久も豊音も」

「あ、うん」

「あ、はい・・・・・・」

 

秀介に連れられて二人は秀介の部屋へと入る。

久は割と来慣れているが、豊音はそもそも異性の自宅に上がること自体が初めて。

その上さらに部屋にまでとなると中々緊張が隠せない。

 

「さて」

 

床に座り込む二人、その正面に秀介も座り込む。

荷物も置いてお茶を振る舞ったところで秀介は漸く口を開いた。

 

「事情説明をするのは中々長い話になるんだが、一言で纏めるとだな」

 

そこで一度区切りをつけ、秀介は二人に視線を向け直すと言葉を続ける。

 

「豊音を家で預かる。

 親は大会前から既に説得済みだ」

「・・・・・・」

 

久の表情が険しくなる。

一方の豊音も「え、わ、私、志野崎さんの所に泊まるの?」と意外そうに慌てふためいていた。

 

「まぁ、靖子姉さんを説得するって言うのも手なんだけどねぇ」

 

それはそれで巻き込む人が増えて手間になる。

やれやれとため息をつく秀介に対し、バンッと床を叩くと久が立ち上がった。

 

「ゆ、許さないわよそんなこと!

 女の子を家に泊めるなんて! そんな・・・・・・そんなこと!」

 

そして感情に任せ言葉を続ける。

 

「それだったら! 私もシュウの所に泊まるわ!」

 

その一言に「んー」と首を傾げる秀介。

てっきり「私の家で預かるわ! 女の子同士だし!」とか言い出すかと思いきや、自分も家に来ると言い出すとは。

慌てふためいていた豊音はその状況についていけていない様子だったが、ともかくこの二人の世話になるんだなーと言うことは察したらしく。

 

「よ、よろしくお願いします」

 

と小さく挨拶をするのだった。

 

 

 

「それで? 詳しい事情を教えて貰おうじゃないの」

 

怒った表情のまま久は秀介に事情説明を求めた。

当然のことではある。

豊音の方も久の言葉に頷いた。

 

「わ、私も知りたいよ。

 志野崎さんがどうして私の村の事を知ってるの?」

 

「私の村?」と一瞬豊音の方に視線を向ける久だったが、どうやらこの様子では豊音の方にもろくな事情説明をしていないらしいと察する。

それでよくついて来たなとも思ったが、ともかく秀介は二人が揃っているこの状況で事情説明をするつもりがあったのだろう。

二人の言葉に頷くと秀介は重苦しそうに口を開いた。

何度か息を整えているところから察するに、彼自身もその事情説明に緊張をしているらしい。

 

「久、豊音、真面目に聞いてほしい」

 

意を決したように、秀介は言葉を続ける。

 

 

「俺には、前世の記憶があるんだ」

 

 

「えっ!?」

 

突然の言葉に豊音は息を呑む。

 

「シュウ・・・・・・? あんた・・・・・・」

 

久の方も突然の予想外の言葉に言葉を失った。

やがておそるおそるという感じで口を開く。

 

「まさか・・・・・・思春期特有の病気を・・・・・・」

「それを発症するには4年ほど遅いな」

 

ビシッとツッコミを入れられた久を見つつ、今度は豊音が口を開く。

 

「・・・・・・えと、それで、それが何の関係が?」

 

うん、と頷き秀介は言葉を続ける。

 

「お前の祖母、音々(おとね)って名前だろ」

「そ、そうだよー、どうして知ってたの?」

 

秀介に貰ったサインを見て以来ずっと聞きたかった質問。

いや、メールで聞きはしたのだがちゃんと答えてくれなかった質問だ。

先程の「前世の記憶がある」発言と加えて秀介は話し続ける。

 

「俺は前世で彼女を助ける約束をしていた、だがそれは失敗した。

 だから、この人生で出会ったお前は助けたいんだ、豊音」

「し、志野崎さん・・・・・・」

 

その説明で豊音は祖母音々に聞かされた村の事などを思い出す。

同時にいくつか納得もしてしまった。

祖母があの時に何故「全てを捨ててついていきなさい」と言ったのか。

秀介が何故祖母の事を知っているのか。

秀介が言っていることが本当かどうかは別として、確かに過去にそう言うことがあってもおかしくはないという思い。

だがその辺りの事情を知らない久は相変わらず怒った表情で口を挟んでくる。

 

「話がつながってないわよ。

 助けるってどういうことなの?」

 

それに対して豊音が「わ、私達の村にはこういう言い伝えがどーのこーの」とか、秀介が「だから彼女達は村に縛られてうんぬんかんぬん」と話をした。

一応筋は通っているかと久は小さく頷く。

 

「・・・・・・そういうこと。

 それはそれで納得するけど・・・・・・」

 

頷くだけで受け入れているわけではない様子だが。

 

「あんた、本気で言ってる?」

 

そう言う久に対し、秀介は頭を下げた。

 

「お前には悪いと思ってるよ、久」

 

「悪いと思っているなら事前に話を」と思った久だったが、よく考えてみればつい今日まで大会の表彰式をやっていたわけだし、話を挟む余裕は無かったことに気付く。

確かに大会前にこんな話をしていたら、大会に集中できない要素になっていた可能性がある。

なるほど、確かに事前に話は出来なかったし他のメンバーに聞かせるわけにもいかないし、このタイミングで話すしかなかったと納得が出来た。

そんな様子の久に、秀介は言葉を続ける。

 

「俺はな、久・・・・・・これからお前と一緒になり、人生を進んでいくつもりだ」

「そ、そんなはっきり言われると恥ずかしいんだけど」

 

いきなり何を言い出すのよ、と慌てふためく久。

豊音も横で、うわー!うわー!と赤い顔で慌てている。

その様子を軽く笑いながら秀介はさらに話を続けた。

 

「今もその気持ちに変わりはない、心変わりしたわけじゃないんだ」

 

その右手に、なんとなく力がこもっているのが傍目にもわかる。

過去の何かを悔やむように。

 

「・・・・・・これは前世でやり残したケリだ。

 このまま何もなければそのまま生きていくつもりだったが・・・・・・豊音と出会った以上、前世の約束を果たさなければ・・・・・・」

 

一度言葉を区切り、秀介としては珍しく叫ぶように告げた。

 

 

「俺は志野崎秀介として生きていけない!」

 

 

「シュウ・・・・・・」

「志野崎さん・・・・・・」

 

その言葉に二人は黙り込む。

豊音はもちろんとして、幼馴染の久でさえもここまで感情的な秀介は見た記憶がなかった。

 

「・・・・・・失望したか? 頭のおかしいやつだと思ったか? 久」

 

秀介は項垂れるように言葉を紡ぎだす。

むーっと考え込んでいた久だったが、やがてため息交じりに返事をした。

 

「・・・・・・いいわよ、嘘でも本当でも。

 わ、私を大切に思ってくれているあんたが私を蔑ろにしない上でそこまでしてやりたいって言ってる事なら、私も文句は言わない。

 っていうか、まぁ、うん・・・・・・いくらか手伝ってもいいわよ」

 

女の子同士だからこそ分かる不便もあるだろうし、と久はそう言った。

秀介は比較的女の子の気持ちが分かるタイプだと久は判断している。

そうでなければ欲しい言葉を投げかけていつも自分を喜ばせてくれることはあるまいと。

 

だが自分に接するのと同じような態度で豊音に接していたら、豊音だってころっと秀介に惚れてしまう可能性がある。

それは困る、非常に。

見れば長身だが話してみれば可愛らしいしどこか子供っぽい、見た目とはギャップがある。

それに加えてパッと見で服の上からわかる豊満な胸、それと長身に加えて足は長くスラッとしてそうだしスタイルもいいのだろう。

無意識でも故意でも、あの性格と胸部武装(おもち)などを武器に秀介に迫ったら、例え秀介と言えども何もないとは言い切れない。

これは信頼が無いというわけでは無い、年頃の男子というものはそもそもそう言う生き物なのだ。

だから久は「・・・・・・すまん、久」とか謝る秀介と「竹井さん・・・・・・!」と何やら感動したような豊音に対し、しっかりはっきりと言ってやるのだった。

 

「その代わり、彼女に手を出したら許さないから」

「ああ、それはもちろんだ」

 

即答する秀介。

彼氏としてはそう言ってくれるのはありがたい、ひとまず安心だ。

だから隣の豊音から「え?」と声が聞こえた時には久も「え?」と声を上げてしまったのだった。

 

「・・・・・・あなたまさか・・・・・・」

「あ、いえ、あの・・・・・・そうですよねー、志野崎さんにはもう彼女がいるんですしねー」

 

あははと何かを誤魔化すように笑う豊音。

久の視線が鋭くなる。

 

「・・・・・・ちなみに、もしシュウが誰とも付き合っていなかったらどうするつもりだったのかしら?」

「え、いやー、そのー・・・・・・」

 

煮え切らない態度、そして何やら赤い顔でもじもじとしている様子。

ふむ、と久は秀介に向き直る。

 

「シュウ、ちょっと話があるわ」

「あ、うん・・・・・・」

 

 

それから豊音はしばらく秀介の部屋に一人残され、部屋の外で何やら騒いでいる様子を聞きながらそわそわしているしかなかったのだった。

 

 

 

やがて部屋に戻った久が「お茶のおかわりを持ってくるから」と言って茶道具一式を持って部屋を後にすると、何やらよろよろとした様子の秀介が部屋に戻ってきて座り込むのだった。

特に顔面が腫れていたり口元から血を流していたりはしないが。

何があったんだろうという興味と、聞いてはいけない!という恐怖が同時に豊音の心を支配する。

 

「・・・・・・大丈夫?」

「・・・・・・ああ、うん・・・・・・まぁ、仕方ないさ」

 

秀介は力なく笑うのだった。

なんとなく申し訳ないなと思って黙ってしまった豊音に対し、秀介は軽く笑いかけると言葉を続ける。

 

「・・・・・・ところで豊音、音々は・・・・・・」

「あ、はい・・・・・・」

 

その言葉を受けて豊音は自分のカバンの中身を探り出す。

やがて隅の方からそれを取り出した。

 

「これ・・・・・・」

 

豊音はそれを秀介に手渡す。

 

 

「・・・・・・本当に、亡くなってたんだな」

「・・・・・・うん」

 

 

それは音々の位牌だった。

 

 

「・・・・・・私が宮守に転校してしばらくしてから・・・・・・。

 だから、あの・・・・・・まだ今年の出来事なんだよ・・・・・・半年くらいしか経ってないのかー・・・・・・」

 

大会に参加するために岩手を離れる前に、メールでやり取りしていて話には聞いていた。

それでも実際にそれを目の前にすると感情が高ぶる。

 

「・・・・・・彼女の最後は・・・・・・どうだった?」

「・・・・・・私の頭を撫でてくれて・・・・・・。

 ・・・・・・私がまだ小さかった頃に「攫ってくれる人がいたらついていきなさい」って言われてて。

 最後に、村の他の人達には分からないようにって、私だけに小さな声で・・・・・・「そのことを忘れないで、幸せになりなさい」、って・・・・・・」

 

「・・・・・・音々・・・・・・音々ぇ・・・・・・」

「志野崎さん・・・・・・」

 

秀介の手から位牌が落ちる。

 

そしてそれに覆いかぶさるように秀介は倒れ伏し、そして。

 

 

「うぁあああああああ!!!」

 

 

慟哭した。

 

「ネネ! ネネぇ! ごめんな! 俺は・・・・・・守ってやれなかった!!!」

「志野崎さん! そんな、泣かないで・・・・・・ふぇ・・・・・・! おばあちゃぁん・・・・・・!!」

 

それを見て豊音の両眼からも涙が零れ落ち、秀介に覆いかぶさるようにして泣き出した。

 

 

 

「・・・・・・すん・・・・・・シュウ・・・・・・」

 

 

部屋の外、ずっと離れずに全てを聞いていた久も、その場で立ち尽くして涙を流していた。

 

 

 

 

 

それからしばらく後、場所は岩手、宮守女子高校。

 

学校全体、特に麻雀部でとある噂が広がっていた。

 

放課後、部室にはいながらも集まるだけで麻雀を打っていない麻雀部メンバーがお茶を飲みながら話をしていた。

 

「・・・・・・昨日、不審者が学校周辺をうろついてたって」

 

教師からそう言う説明があったらしい。

白望がそう言うと胡桃も声を上げた。

 

「聞いたよ、しかも結構な人数いたらしいね」

 

ホワイトボードでカタカタ震える自分を隠すようにしながらエイスリンも続く。

 

「ワタシ、コエカケラレタ・・・・・・」

 

塞も声を上げる。

 

「私も。

 トヨネのこと聞かれたし、やっぱり何か関係あるのかな」

 

うーむ、と一同は考え込む。

そもそも豊音と別れた理由すら彼女達には分からないので、推測しようにもその手がかりすらろくにない状態なのだが。

強いて言うならば。

 

「・・・・・・熊倉先生、あの時志野崎さんの名前を出してたよね」

 

塞の言葉に頷く一同。

あの時、とは豊音と電話していた時だ。

間違いなく「志野崎君の所かい?」と言っていた。

その後すぐに電話は切られたようだが、熊倉の反応を見るに無関係ではないのだろう。

 

豊音と別れた後も塞達は電話やメールで何度か連絡を取ってみたのだが、ちゃんと通じるし返事も来る。

しかし肝心の詳しい事情説明が無い。

そうなるとこちらとしても不安しか残らないわけだ。

 

いなくなった豊音と、その直前に名前が挙がった秀介。

そこから推測できることは・・・・・・。

白望が首を傾げながら言った。

 

「・・・・・・駆け落ち?」

「その結論はまだ早いんじゃないかな」

 

胡桃がズバッとツッコミを入れる。

エイスリンもホワイトボードに大きく「NO!!」と言う文字と×マークを書いて見せている。

塞に至っては立ち上がって声を上げた。

 

「そんなまさか!

 だってトヨネと志野崎さんが仲良くしてるようなところなんてなかったじゃない!

 駆け落ちするような仲になるだけの交流はなかったはずよ!」

「・・・・・・そうだね、プロポーズされてたのは塞の方だし」

 

ボソッと漏らした白望の言葉に、ボンッと頭から煙を上げて倒れこむ塞。

 

「べ、べべべ、別にそういうのじゃ、ないし・・・・・・」

「そうだね、駆け落ちするなら塞の方か」

「別にそういうんじゃないし!!」

 

胡桃の追撃に思わず声を荒げてしまう。

だがすぐに真っ赤な顔を伏せて屈みこんで恥ずかしがっている様子だ。

 

「デモ、カケオチジャナイ、トスルト、ナンナンダロウ?」

 

エイスリンがそう言うと再び一同は考え込む。

他に可能性は思い浮かばない。

出て来てももはや突拍子もない発想のみだろう。

悩んでいた様子だったが、白望はやがて投げやりな様子で告げた。

 

「・・・・・・きっと豊音が悪の組織に追われてて、志野崎さんがそれを助けてどこかに匿ってるんだよ。

 あの不審者たちもきっとその一味・・・・・・」

「シロ、それはあの人の「大三元戦隊中レッド」発言を受けての推測かな?」

「・・・・・・そうかも」

 

白望の発言と胡桃のツッコミでその場の深刻な空気は霧散した。

 

 

 

一方の熊倉は未だ東京にいた。

学校に所属する教師として生徒と共に帰っていないというのはどうかと思うが、事が事だけに融通してもらったのだ。

一応学校から不審者の件は聞いている。

それと合わせて熊倉は思考を回していた。

 

(この様子・・・・・・やっぱりあの村の者達よね・・・・・・)

 

周辺の町だけではなく、豊音に同伴して村の者に連れられるという形でではあるが、「ヶ島(がしま)村」にも直接訪れて姉帯にまつわる話を聞いたことがある熊倉。

当然その事情を知ったからこそ、彼女も彼女で豊音を助けるべく色々準備をしていたのだ。

豊音が突然いなくなればこういう行動に出るのも当然である。

 

姉帯の一族を利用しようということしか考えていない村長の一族。

豊音の麻雀の力を生かせば全国も夢ではなく、そこからこの村の知名度も上がって大幅に発展できるようになるかもという熊倉の囁きに乗ってきてくれたのは幸いだった。

豊音を連れ出してから間もなくその祖母が亡くなった時に、村民はまたすぐに豊音を幽閉しようとしたのだが、「突然そんなことをしようとしたら怪しまれる」「少なくとも高校は卒業させておいた方が」と説得して何とか留まらせられたと思ったのだが。

 

(・・・・・・まさか志野崎君が言った通り、あのまま豊音を連れ帰ってたら本当にすぐに幽閉されていた可能性が・・・・・・?

 どうして彼にはそんなことを予見できたの?

 いや、そもそもどうしてあの村の事を・・・・・・)

 

いくら考えていてもらちが明かない。

結局出した答えは至極当然の事。

 

(やっぱり、一度会いに行きましょう)

 

向かうのは長野。

とは言え秀介の自宅なんて知らないし、周辺で聞いて回る訳にはいかない。

 

「・・・・・・藤田プロに聞きましょう、確か彼の親戚だったわね」

 

まず探す標的は靖子に定めることに決まったようだ。

となれば。

 

「彼女が行きそうな場所は・・・・・・この時間だと・・・・・・」

 

現在はお昼時。

靖子がいるのは十中八九カツ丼が有名なお店であろう。

 

 

 

 

 

今年麻雀の長野県代表を務めた清澄高校。

少し前からこの学校周辺でもある噂が広がっていた。

 

「シュウ! 今日も一緒に帰るわよ!」

 

下校中の人目がある中、久の声が響き渡った。

以前なら「またあのカップルか」「いちゃいちゃしてんじゃねーよ」「さっさと行こうぜ」とか言われることもあった。

もちろん逆に「あれが噂のカップルか」「あんな風にいちゃいちゃしたい」「私達だって負けない!」などの理由で見守られることもあったのだが、今は全く別の事情でほとんどの人達がその様子を見守っているのだ。

久からそんなお誘いがあったとなれば答えるのが秀介、少なくとも麻雀の大会で遠征する前まではそうだったはずだ。

いや、むしろ久からお誘いがある前に秀介から誘っていたことだろう。

だが。

 

「・・・・・・久、何度も言っただろう?

 今日は帰って豊音の世話をしなきゃならないんだ。

 そう言う約束で昨日はちゃんと一緒に帰っただろう?」

 

「トヨネの世話?」「トヨネって誰だろう」「ペット?」「そうか、とうとう娘が生まれたか」などの声に囲まれながら、久は小さく呟く。

 

「何よ・・・・・・ここのところずっと豊音豊音って・・・・・・。

 シュウは私の事が嫌いになったの?」

「久!」

 

その発言に、さすがに秀介は久に歩み寄る。

そしてその肩を掴みながら言葉を返した。

 

「バカをいうな、俺は世界中の誰よりもお前を愛しているんだぞ!」

「で、でも! 不安なのよ!

 最近のシュウは豊音の事ばっかり気にかけてて・・・・・・。

 私とは、朝と登校時と授業中と休み時間とお昼休みと部活の時と家でしか一緒にいてくれないじゃない!」

「久・・・・・・分かってくれよ、久。

 俺はお前なら分かってくれると思ってあの事を打ち明けたんだ。

 そしてお前は受け入れてくれた、協力してくれるとも言ったじゃないか。

 なのに・・・・・・お前はそう言って俺を困らせるのか・・・・・・?」

「こ、困らせるなんて、そんなつもりはないけど・・・・・・でも・・・・・・!」

「現に困ってるんだよ、俺は。

 お前がそんな態度をとるというのなら・・・・・・俺も心苦しいが・・・・・・。

 お昼休み以降の授業中、お前を膝の上に乗せるわけにはいかなくなる・・・・・・」

「そ、そんな! 嫌よ! そんなの嫌!

 ごめんなさいシュウ! もうわがまま言わないから・・・・・・だから、嫌いにならないで!」

「当たり前だ! 久!

 俺こそごめんよ、納得してもらうためとはいえそんな条件を出して・・・・・・」

「そんなことない、私がわがままだったから・・・・・・。

 明日からも・・・・・・シュウの膝の上に乗せて?」

「ああ、もちろんだ」

「シュウ・・・・・・」

「久・・・・・・」

 

その様子を見て生徒たちは思った。

 

ああ、いつもの(バ)カップルだな、と。

 

今や清澄はこの周辺では有名だった。

麻雀で、というのもあるがそれ以外でも。

通りゆく他校の生徒に聞けばまずこう答えるだろう。

 

「ああ、あの(バ)カップルがいる学校ね」

 

方や全国へ行った麻雀部の部長にして学生議会長、方やその幼馴染。

二人のいちゃいちゃっぷりの噂は学校を飛び出し、市どころかそろそろ県レベルに広まりつつあった。

 

 

 

さて、清澄高校で今日もそんなことが起こっているとは知らないとある商店街。

ここでもまた一つ噂が広まっていた。

 

「こんにちはー」

 

彼女が訪れたのは商店街の肉屋。

入ると同時に声が上がった。

 

「また来やがったか! この女!」

 

ビュンと投げられる紙に包まれた何か。

彼女はそれを受け取ると紙を広げて中身を確認する。

 

「わ、凄いおいしそう」

「あたりめぇだ! 信州黒毛和牛最高級のサーロインだぞ!

 レア気味に焼き上げりゃ、お前のほっぺたなんかとろっとろに落ちちまうぞ!」

「すご、高そう・・・・・・。

 でもさすがにそんなお金は無いよー。

 ここに15000円って書いてあるけど・・・・・・」

 

その言葉と同時に店の奥から現れた老人が、値段の表記された紙をビリィッと破り捨てる。

 

「バカ野郎! 店主が5000でいいっつってんだからお前は5000おいてさっさと帰ればいいんだよ!」

「えー!? いや、さすがに5000円じゃ・・・・・・。

 それにお肉だけで5000円も使っちゃったら他のおかずが・・・・・・」

「つべこべ言ってんじゃねぇ!」

 

そう言いながら老人は彼女の財布から「3000円」を抜き取るとぽいっと投げ返した。

「わっ、わっ」と慌てて財布を受け取る女性に、老人は指をさしながら告げる。

 

「ほれ! とっとと消えろ! もう二度と来るんじゃねぇぞ!

 次来たら塩まいてやる!

 そうだ! 前回まき忘れた塩だ! 受け取りやがれ!」

 

財布に続いてぽいっと飛んできたのは瓶入りの塩だった。

ラベルに「ステーキ用振り塩」と書いてある。

 

「掛け過ぎてせっかくの肉の味を殺すんじゃねぇぞ!」

「はーい、ありがとうございます。

 また来るねー、おじいさん」

「二度と来るな!」

 

老人の乱暴な言葉遣いを受け、その女性は笑顔で去っていくのだった。

 

 

この商店街では一つの噂が広まっていた。

 

それは突如現れた長身の女性が、商店街中のありとあらゆる頑固おやじを籠絡しているというものだった。

 

 

 

「あっ」

 

そんなありとあらゆる頑固おやじを籠絡していると噂の女性。

買い物を終えて満面の笑みで帰路に付く途中に、ふと見覚えのある年配の女性と数日ぶりに再会したのだった。

 

「豊音、探したよ」

「熊倉先生、お久しぶり・・・・・・」

 

女性、豊音の言葉に熊倉はため息をつきながら言葉を続ける。

 

「お久しぶりじゃないよ、私は怒っているのよ」

「あぅ、ごめんなさい・・・・・・」

 

しょぼーんと落ち込む豊音。

無理言って突然行方をくらませたのだ、怒られるのも当然と頭を下げる。

そして熊倉の方も、どうやら酷い目に遭わされているわけでは無いのだなと思いながら少しばかり笑顔を浮かべる。

 

「学校の方には今週いっぱいまで休校の届け出を出しておいたけど。

 さ、一緒に帰りましょう」

 

そう言って熊倉は豊音の手を取る。

 

「え、で、でもでも」

 

慌てて逃げようとした豊音だったが、熊倉の手を振り払って逃げるなんて真似がこの心優しい豊音に出来るわけがない。

しかしこのままでは熊倉に連れられていってしまう。

秀介にも久にも何も言っていないのに。

そもそも反対側の手には今日の志野崎家の夕食用にと買ってきた食料が握られたままだ。

このままでは買い物を任せてくれた志野崎家の両親にも秀介にも、一緒に食事している久にも悪い。

だが恩師の腕を振り払うことはできない。

悩みに悩んだ挙句、豊音は決断した。

 

「く、熊倉先生、ごめんなさい!」

「え!?」

 

 

 

そして志野崎家。

夕食を控えたこの家のリビングには今、豊音と熊倉と、生徒会がある久を残して一足先に帰ってきた秀介がいた。

 

「・・・・・・と言う訳で連れてきちゃいました」

 

なるほど、と頷く秀介。

熊倉の方を見ると、振る舞われたお茶を飲んでリラックスした様子で口を開いた。

 

「近所の人に白い目で見られたわよ」

「俺も明日から白い目で見られると思いますよ、何があったんだろうって。

 いやまぁ、豊音じゃ熊倉さんの手を振りほどいて逃げるとか出来ないと思ったけど」

 

しみじみと秀介はそう返した。

まぁ、知られてしまっても特に問題がある訳ではない。

 

「さて、それじゃ話を聞かせて貰いましょうか、志野崎君」

 

そう言ってきた熊倉に秀介はおとなしく返事をする。

 

「ええ、そうですね。

 ここまで来たのなら仕方がない」

 

その様子に豊音は「あ、あれ?」と熊倉と秀介の顔を交互に見た。

 

「怒らないんですか?」

 

熊倉には黙って行方をくらましたことを、秀介には熊倉を連れてきてしまったことを、それぞれ怒られると思っていたようだ。

熊倉は少しむすっとした様子で言う。

 

「怒ってるわよ」

 

その様子を軽く笑いながら、秀介が「最初からうちに来る予定だったんでしょう?」と言った。

そう言われ、熊倉はやれやれと首を振りながら言葉を続ける。

 

「分かっているなら早いところ説明してほしいわね。

 言っておくけど嘘ついても私には分かるから」

「いやいやまさか」

 

ははは、と笑う秀介。

ある程度推測は出来ても完全に見破れるわけがあるまい。

と思っていたのだが。

 

「あの、熊倉さん本当にそう言うの鋭いから・・・・・・」

 

豊音が少し不安そうにそう言う。

 

「ふむ・・・・・・」

 

その様子を見るに中々高い的中率を誇るのかもしれない。

ならばそれを試そうというのか、秀介は何でもないような表情で告げる。

 

「俺左利きなんです」

「嘘ね」

 

即答された。

そう言えば一緒に冷麺を食べた時に箸を使ったなと思い出す。

ならば何か別の事を、と秀介は言葉を続ける。

 

「彼女持ちなんで豊音には手を出していません」

「・・・・・・本当ね。

 よかった、傷物にされていたらただじゃおかなかったわよ」

 

熊倉が事前に久との事を知っていたかは不明だが、知らない可能性の方が高いだろうし、嘘を見破れるというのも中々信憑性はありそうだ。

秀介の隣で何やら赤い顔でもじもじしている豊音はさておき。

 

「冬はよく別荘に遊びに行ってます」

「嘘ね。

 それも別荘自体が無いでしょう?」

「俺、拾い子なんで両親とは血が繋がっていません」

「それも嘘。

 そんな事を言っても無駄よ」

 

自信有り気に熊倉はそう言う。

なるほど、これはよっぽど自信がありそうだなと思いながら、秀介は告げた。

 

 

 

「俺、死神に憑りつかれてます」

 

 

 

やれやれと首を横に振りながら熊倉は言う。

 

「あのねぇ、そんなう・・・・・・そ!?」

 

自信ありげだった熊倉の表情は、その一言で崩れた。

それに気付かない様子で豊音が口を挟んでくる。

 

「あの、そろそろ試すのいいんじゃ?」

「そうだな、じゃあ説明しよう」

 

豊音の言葉に頷いて秀介は、「あの、ちょ、ま・・・・・・」と慌てた様子の熊倉を無視して一気に説明をする。

 

「俺の前世で豊音の祖母を助ける約束をしていたけれどそれが果たせなかった。

 だからこうして出会った豊音の方は、何としても助けたいと思った、それで攫った」

 

簡潔にまとめ、一息に説明を終える。

事前に言われたわけだが、改めてそれを聞いた豊音は「うーん」と腕組みをしてしまった。

 

(改めて聞くと、うーんってなっちゃうよねー・・・・・・。

 私も半信半疑ではあるんだよねー)

 

そう思いながら豊音は秀介の方にチラッと視線を向ける。

 

(でもお祖母ちゃんの名前は知ってたし・・・・・・うーん・・・・・・。

 この家での生活結構楽しかったから気にしてなかったけど、改めて考えると信用していいのか悪いのか・・・・・・。

 熊倉先生、本当か嘘か見抜いて?)

 

そう、熊倉なら秀介の言っていることが嘘か本当か分かるだろうと思ったのだ。

いや、熊倉を家に連れてきた理由は「手が振りほどけなかったから」で間違いないのだが、考えてみるとこの人なら見破れるかなーと言う期待が途中から出てきたわけだ。

 

(本当なら信用できるし、嘘なら他に何か目的があるってこと。

 私に手を出さないから、か、身体が目的じゃないし・・・・・・か、身体が目的・・・・・・って・・・・・・うわー! うわー!)

 

何やら一人で妄想を働かせて赤くなる豊音。

だが熊倉の判決を見極めるべく、彼女は熊倉に視線を向けるのだった。

 

 

「   」

 

 

熊倉はポカーンと口を開けたまま凍り付いていた。

 

「熊倉先生!? 本当なの!? 嘘なの!? どっちなの!?」

 

こんな表情見たことないよ!と、思わず立ち上がって熊倉の肩を掴んでしまう豊音。

がくんがくんと揺さぶるのはやりすぎではないかと秀介が豊音を止めたところで、玄関の扉が開閉する音が聞こえた。

 

「・・・・・・あら、お客さん?」

 

リビングの騒ぎが聞こえたらしく顔をのぞかせてくる。

現れたのは久だった。

 

「おかえり、久」

「その人は?」

「熊倉トシさん、宮守女子の監督だ」

 

秀介の説明を聞き、久は「ああ」と声を上げる。

 

「なるほど、突然行方をくらませた豊音を探しに来たのね」

「察しが良くて助かる」

 

ふむふむと頷く久。

いつの間に意識を取り戻したのか、熊倉はその様子を見て(たず)ねてきた。

 

「・・・・・・あなた、志野崎君の彼女?」

「え!? ま、まぁ、そうですけど」

 

突然の言葉に照れながら返事をする久。

普通に家にやってきたこの状況なら姉や妹と勘違いされてもおかしくは無いはずだが一目で見抜くとは。

久と秀介の様子を見ながら熊倉は考え込む。

 

(彼女がいたのは本当・・・・・・以前岩手で食事をしたときは箸を右手で使ってたから左利きなのは嘘、のはず。

 他の言葉も彼の反応を見る限り間違っていない、はず・・・・・・。

 なのに死神とか前世とか・・・・・・嘘を言っていない!?

 まさか本当に・・・・・・!?)

 

いやいやそんなバカな。

確かに世にオカルト的なものは割とありふれているし、彼女もそのその一端をよく知る身だ。

だが本当に死神だの生まれ変わりだの・・・・・・。

そこまで考えて、熊倉は「あっ!」と声を上げた。

 

「・・・・・・志野崎君」

 

やがて秀介の名を呼び、正面から視線を合わせながら問い質す。

 

 

「あんたの前世の名前は?」

 

 

「・・・・・・それを聞いてどうするので?」

「それで信じるかどうか考えるわ」

 

ふむ、と秀介は頷く。

まだ豊音どころか久にも教えていないその名前。

彼女ならその名前を知っていてもおかしくないし、そこからどんな探りが入れられるか。

だがここまで来たのだ、今更熊倉に嘘をついたところでバレるだろうし、なにより彼女の協力も必要だろう。

やむを得ずという表情だったが、秀介は答えた。

 

「興味本位で人に広めたり・・・・・・いや、絶対に人に教えたりしないと約束して頂けるなら」

「約束するわ」

 

熊倉が頷いたのを確認し、秀介はこの人生で初めてその名を()()()()

 

 

 

「新木桂」

 

 

 

熊倉の表情が驚きに染まると同時に、疑惑が確信に変わったように見えた。

 

豊音はその名に聞き覚えが無い。

 

(え、そう言う名前だったんだ。

 そこまでは教えて貰ってなかったなー)

 

そんなことを思うのみ。

だが久は違う。

 

(新木桂・・・・・・?

 確か南浦プロとか大沼プロとかが言ってた・・・・・・)

 

南浦プロは自分でも疑っていた様子。

大沼プロは冗談めかしていた様子。

だが二人とも確かにその名を口にしていた。

となるとそれはつまり、「新木桂」という人物が本当に存在し、なおかつ中々の有名人であった可能性が高いということだ。

 

暫しその場に奇妙な沈黙が広がる。

どういう言葉を口にすればいいのか、どう話を続ければいいのか分からないのだろう。

そんな中、熊倉の大きなため息が沈黙を破った。

 

「・・・・・・いいわ、信じましょう」

「・・・・・・いいんですか・・・・・・?」

 

なんとなく話についていけていない様子の豊音がそう言うと、熊倉はどこか懐かしむような表情で言葉を続ける。

 

「あなたの前世が本当に新木桂だったのなら、信用に値するわ」

 

その言葉に驚いたのは久だ。

 

(やっぱり・・・・・・本当に新木桂って人はいたの・・・・・・?)

 

半信半疑。

だが今更壮大な計画の元に実行されたドッキリだなんてことはあるまい。

豊音の方は「新木桂って、熊倉先生の知ってる人なのかな?」と首を傾げるのみ。

秀介は秀介でその名を出してしまったことをどう思っているのか。

覚悟はしていても少しは後悔しているかもしれない。

しかしこれで豊音の安全が少しでも高まるのなら。

 

「では・・・・・・」

「ただし」

 

「信用に値すると言って貰えたのなら豊音は自分が預かる」と言葉を続けようとした秀介だったが、それは熊倉に止められた。

 

「私が匿う予定だった場所の準備が出来次第、豊音は引き取らせてもらうわ」

 

熊倉は熊倉で計画していたことがある。

秀介個人が匿っているよりもよっぽど確実で安全な計画なのだろう。

それは秀介も分かっていること。

だから秀介は、豊音が「えっ」と声を上げるのにも構わず了承の返事をする。

 

「ああ、そちらの方が安全でしょうしね」

 

そうなると困惑するのは豊音と久だ。

てっきり他の誰も信用できないから「攫う」などという行為に踏み出したものだと思っていたのだし。

 

「・・・・・・いいの? シュウ」

 

困惑しながら久が聞くと、秀介は笑顔で頷いた。

 

「豊音が守られればそれでいい、守るのは俺でなくてもな」

 

そう返事をして、秀介はからかうように久に言う。

 

「それとも、俺と久が結婚してからも豊音の面倒を見続けると思ったか?」

「え、け、結婚、って・・・・・・!!」

 

「何を言い出すのよ!」と赤くなりつつも満更でもなさそうにデレデレしながら返事をする久であった。

豊音の方もその言葉が聞こえたらしく、「え、結婚って! わっ!わっ!」と赤い顔で声を上げていた。

 

そんな三人の様子を見て、やれやれと首を振りながら熊倉は立ち上がる。

 

「それじゃ、今日のところは帰るわ。

 豊音、すぐに迎えに来てあげるからね」

「え、あ、はい・・・・・・」

 

すぐってどれくらいだろうと思いながら、豊音は反射的に返事をした。

それを聞いて笑顔を浮かべると、熊倉は秀介と久と秀介の両親に挨拶をして帰っていくのだった。

 

 

 

とは言っても、やはり不安は残る。

熊倉は帰りの道中一人考えていた。

なお運よくタクシーを捕まえられたので、それで駅まで向かう模様。

 

(心配だわ、豊音は男の子とあんまり接してこなかったっていうし。

 あんなに一生懸命に守られたら惚れちゃっても無理ないわね。

 はぁ、全くいい男がいたもんだ。

 しかも新木桂だなんて、私達の世代では男女問わず憧れの対象だったっていうのに)

 

はぁ、とため息交じりに思考を巡らせている。

やがて何かの危機を察知したのか険しい表情に変わった。

 

(もし私が迎えに来るまでに・・・・・・もしも、万が一!

 彼女がいるにもかかわらず、豊音が彼と恋仲・・・・・・それ以上、子供とか作っちゃってたら!)

 

手塩にかけて育てた、というわけでは無いが、保護者代わりと言ってもいい様な立場で豊音の面倒を見てきた熊倉。

そんな風になった豊音をもし目撃してしまったら!と考え、熊倉は流れる外の景色を見ながら思う。

 

 

(その時は私も口出ししてしっかり育ててあげないとね。

 

 間違っても、将来の麻雀界が楽しいことになりそうだなんて思ってないんだからねっ!)

 

 

険しい表情もどこへやら、何か楽しげに熊倉は笑っていた。

 

 

 




ツンデレ熊倉さん、これは流行らない(

どうでもいい補足ですが、回想シーンの豊音さんは10歳くらい(身長160cm

年表に書いた通り、村の連中はバッドエンドです。
そして豊音さんの家族が人質に取られたり災害に巻き込まれたりしない為には、豊音さんの家族には既に死去して貰っていなければならないという悲劇。
代々短命だから二十歳で子供を作っているとかいう裏設定も考えてたけど。
その方がしっくりくるかもしれないけど、そうすると豊音さんも短命になる恐れがあるから、やっぱり村長一族のせいにしておこう(
もしくは土地の災害を鎮めていた代わりに短命だったから、土地から離れたら長生きするよー、とかね。
やっぱり村長一族のせいじゃないか(

次回は「おまけ」、そんなに長くないから二日くらいで投稿できると思います。

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