瑞鶴が投げる少し前。2塁塁上にいる夕張は考えていた。
(電のことだからきちんとサード側に転がすだろうけど・・。Zライジングのバントは経験がないからなぁ。)
(それに私走るの遅いし。)
そう。私はお世辞にも足が速いとは言えない。
さっきからマウンドで翔鶴さんと話している瑞鶴がこちらをチラチラ見ているが、夕張ならバントゲッツーもいけると話しているのだろう。
実際それはしょうがない。私がピッチャーでもそう思うし。だけど・・。
(ここでバントゲッツーはちょっと大勢きまっちゃうかな~。それは防ぎたい。)
ここを乗り切られると多分瑞鶴は調子に乗る。乗ってそのまま勢いにも乗るだろう。
そうなったら試合を動かすのは簡単じゃない。なんとしてもこの回で最低同点にしたい。
できれば逆転まで行きたい。
(電はZライジングのバントが初めて。私は足が遅い。バントゲッツーは絶対避けたい。)
(・・・気持ち早くスタート切ろうかな。)
走塁も正直自信ないけど気持ち早く走るくらいなら私でもできるし。
(牽制でさされたら元も子もないからソロソロと・・・。)
バッテリーに気取られないようリードをジリジリ広げる。
(投げた直後の2次リードを大胆に。少しでも3塁に近く。)
夕張が集中する視線の先で、瑞鶴は投球モーションに入っていった。
□ □ □
電のバントはややサードよりではあるが瑞鶴の正面付近へ転がる。
(ラッキー!この位置ならダブルプレー余裕でいける!!)
捕球姿勢に移りながらサード方向に意識を向ける。
叢雲は3塁へ、愛宕もチャージをかけているが若干遅い。
(ダブルプレーでこのままチェンジ!)
捕球を終え体勢を3塁側へ向けようとする瑞鶴に声が飛んだ。
「瑞鶴!!ファースト!!」
「うそっ!?」
ランナーは夕張でこのタイミング。
(間違いなく3塁はアウトにできるのに!)
この状況で一番正確な判断を下せるのは位置的に翔鶴だ。
それは瑞鶴もわかっている。しかし・・
(冗談!ここでゲッツーなら流れはこっちじゃん!翔鶴姉ちょっと慎重すぎるよ!!)
バント功者の電がバント失敗に加えゲッツーのタイミング。
瑞鶴が思い描いた展開そのものだ。
翔鶴の指示を無視して3塁へ体を向け送球に入る瑞鶴。
そんな瑞鶴の視界に予想していないものが映り込んだ。
(夕張ちょっと速い!?)
予想していたよりもちょっとだけ速く3塁へ到達しようとしている夕張。。
瑞鶴の表情から余裕の色が消える。このタイミングでは送球に猶予の時間はない。
「くそっ!!」
若干握りが浅いが直している時間はない。
ショートバウンドくらいなら叢雲がうまく捌いてくれるはず!!
瑞鶴はそのまま3塁へ送球。だが・・。
(どこ投げてんのよ瑞鶴!!)
サードの叢雲は表情をしかめた。
瑞鶴の送球は塁上からショート方向へずれる。
3塁から体を伸ばしても届かない。
(後ろに逸らすとそのまま夕張がホームに帰るかもしれない。・・しょうがないわ!!)
叢雲は3塁アウトを諦めから逸れたボールを捕球。
そのまま1塁へボールを送る。その動作に焦りはなく流れるようなプレーだった。
ファーストの愛宕は体を目いっぱい伸ばし叢雲からのボールを捕球する。
その後ろでは捕球と同タイミングで電がベースを駆け抜ける。
タイミングは非常にシビアだ。1塁塁審”大淀”の判定は
「セーフ!!」
「うそ~!!」
「よしっなのです!」
大淀に向き直り声を上げる愛宕と走り抜けながらガッツポーズを小さく決める電。
一瞬で両チームの明暗が分かれた。
ビックナインズは最高の、そしてウィングスにとっては最低の結果だ。
□ □ □
「・・・ごめん、翔鶴姉。」
マウンド上では内野陣が集まっている。1アウト満塁で夕立。守備陣形から練っていかなければいけない相手だ。
「私が指示に従ってれば満塁にはならなかった。ほんとにごめん。」
「済んだことよ。気にしちゃダメ。」
「それに転がった位置もよかったわ。瑞鶴の判断も間違えじゃなかった。ただ夕張ちゃんが少し早かっただけ。」
間違いなく絶好のゲッツー機会だったが夕張の暴走気味ではあるが好走塁、それと・・
「判断は間違ってなかったけど送球をそらしたのはいただけないわね瑞鶴。」
腕を組みながら送球ミスを指摘した叢雲。
口調こそきついが攻め立てる雰囲気ではない。
「あ~ごめん叢雲。よくとってくれたわ。あれなかったら夕張と最悪時雨までホームに帰ってきてたかも。ほんとサンキューね!」
「次はもっと落ち着いてちょうだい。さっきのだって送球が逸れなければファーストはアウトにできたんだから。」
「う~・・今度から気を付ける、気を付けるよ。」
両手を合わせ叢雲に謝る。
あれは完全に私のミス。ほんとに叢雲はよくとってくれた、感謝しないとね。
「まあ翔鶴の言う通り済んだことだし、文句もここら辺にしとくわ。問題は次だし。」
そう言って叢雲は打席に目を向ける。
不意に打席の赤い瞳と目が合った。いつもにもましてその目には光が灯っている。
「夕立・・・。そこを抑えても次は長門。」
「最悪の2連戦よ。バッテリーはどう攻めていくつもりかしら?」
「ん~・・・ピッチャーがこんな弱気じゃだめだと思うけどZライジング以外は自信ない。」
「私もZライジング以外を勝負球に要求するつもりはありません。」
翔鶴・瑞鶴の両方が夕立にはZライジング以外難しいと判断する。
苦い表情をしている二人に金剛が疑問を挙げる。
「一打席目はうまく打たれマシタ。それは事実デース。でもあんなバッティングが何回もできるでショウカ?」
「夕立は反応でチェンジアップを打ってきましたがあれだってきっと咄嗟のもの。これはワタシの感覚デスガ、体が咄嗟に反応する動きというのは意識しての再現は難しいデース。」
「なおかつ、あの打席は甘く入ったからうまく打たれましたがコースを気を付ければチェンジアップでも勝負をかけられるのではないでショウカ?」
「それもあるしぃ。」
金剛を補足するように愛宕も続く。
「いい当たりの感触って結構体に残るものなの。」
「気分も乗ってくるっていうのと体が覚えてるってのもあって、その後の打席も大きいの打てそうな気がするし実際結構打てるもんなの。だけどねぇ。」
「前の打席で打ったコースに近いところを投げられるといけるっ!!って思っちゃうのよねぇ。実際にはちょっと厳しいコースでも、それでも打ちに行っちゃうの。それに、下手に打てる確信もあるから体も開いてスイングしがちなのよねぇ。」
「私はそれで調子崩しちゃうのよ~」と頬に手を当てながら苦笑いする愛宕と「それワカルデース。」と腕を組んでうなずく金剛。
二人とも鎮守府でトップクラスの打撃力の持ち主だ。ならば同じトップクラスの夕立にもある程度当てはまるものなのだろう。
「チェンジアップも展開によっては勝負に使えるってことか・・。」
「もちろん投げミスがないことが前提よ瑞鶴。」
そう言って下唇に指を当て考え込む翔鶴。
この勝負で中途半端な配球は命取りになる。それは翔鶴も十分承知の上だ。
都度の微調整は必要だが大筋は各自に徹底しておきたい。
「翔鶴は夕立をどうしようと思ってるの?」
「最高はゲッツー。最悪でも犠牲フライ・・ですね。」
叢雲の問いに翔鶴が答える。
望む結果のふり幅は広いが共通しているのはアウトが最低1つは欲しいということ。
「最低でも同点でこの回を終えたい・・・。まあそうよね。」
加賀の出来から見てもこの回のリミットは1失点。
それ以上は許容できない。
「ゲッツーを狙うのなら守備陣形はどうするんだい?」
セカンドを守る響も翔鶴に問いかける。
無失点を目指すのなら夕立の打席は前進守備、もしくはゲッツー狙いの陣形もありか。
ホームゲッツーも積極的に狙える展開でもある。ならば前進守備を引くか。
(守る側も心の準備があるからね。ここら辺ははっきりさせておきたい。)
「前進守備でホーム送球が最優先です。内野ゴロなら最低でも本塁フォースアウト。これがこの状況を切り抜ける絶対条件になります。」
「なるほど。」
「節目のカウントごとに陣形は微調整していきます。それでも基本は本塁アウトを念頭においてください。」
「了解したよ。」
守備陣形の大筋は決まった。前進守備を引くのなら配球の方向性もある程度定まる。
(インコースのZライジングで詰まらせてゴロを打たせるか。もしくはZライジングをにおわせておいてチェンジアップで引っ掛けさせる。夕立ちゃんがうまく迷ってくれれば三振も見えてくる。)
(瑞鶴の投げミスがないことが前提になる。でも今の瑞鶴は調子がいい。コントロールもいつもより信頼できる状態。)
翔鶴の頭の中で配球が組みあがっていく。
もちろん夕立の反応によって調整は加えていくことになるが本筋は決まってくる。
「OK。前進守備で内野ゴロならまずホーム送球を優先。これでいいのよね翔鶴。」
香取がこちらへ歩いてくる。
マウンドへ集まって相談するのも制限時間がある。おそらくそろそろリミットなのだろう。
まとめるため叢雲が翔鶴へ確認を求める。
「ええ。ゴロなら迷わずホームへ送球してください。」
「狙えるならホームゲッツーも視野に入れていますので愛宕、それと愛宕が捕球した場合は響ちゃん。
ファーストのベースカバーは怠らないでください。」
「了解。」
「オッケ~。」
「確実にホームはアウトにします。各自、捕球後は焦らず正確なあ送球を心がけてください。握りなおしてもタッチプレイではないので十分間に合います。落ち着いたプレーをお願いしますね。」
「だって、瑞鶴。」
そういって茶化す叢雲。
「うっ・・。りょ了解。」
「焦らずね、瑞鶴。」
翔鶴も再度確認する。
「わ、わかってるってばーもー。」
そう言って頬を膨らます瑞鶴。
満塁は案外開き直れる。瑞鶴も必要上に気負ってはいないようだ。
「では各自、役割を忘れずに。締まっていきましょう!!!」
『オーッ!!!!!』
そう言って内野陣は各ポジションに戻っていく。
戻る最中、翔鶴は赤い瞳と目が合った。
「「・・・」」
逸らすことなくポジションに戻る翔鶴。
気持ちで負けるわけにはいかない。確かに怖いが火花を散らしていかなければ勝てない勝負だ。
(一球たりとも無駄にはしない。全身全霊で夕立ちゃんを抑え込む!)
そして試合は大きな分岐点を迎えようとしていた。